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教会の鐘は死者を数える
策略
しおりを挟む学舎での授業を区切る笛の音が鳴る。
木製の武器をガラガラと片付けて足早に訓練場を後にする貴族の若者達の背中を、見送った。
この連邦国は、戦争らしい戦争を体験していない。
魔物の討伐や盗賊の取り締まり以外に実戦に出る事のない官軍。
さらにその上に立つ貴族の子弟たちの戦闘訓練は、ただの教養に過ぎない。
彼らが戦闘訓練を軽く見るのは、仕方が無いといえばそれまでだ。
「セルウィリア=オークリス。終了時間だぞ。片付けて―――」
「自主訓練に使わせてください。後片付けはしますから、先生はお先にどうぞ」
「そうか? あまり遅くならないように帰れよ」
貴族の子息相手にも丁重過ぎる事の無いこの教官は、大人になれば、気が合いそうだ。
静かになった空間で、木剣を構える。
すう、と、静かな空気を、撫ぜる。
型としては平凡な、基本の素振だ。
――――
「総議長の即刻死刑が適用されたのは良かった。オークリス議員も喜んでいるよ―――」
「ようこそ、首都フェリアへ。君が、議会に? いやいや、折角来たのだから、君が行くのは、議場じゃない。皆が通う学舎に案内させよう―――」
――――
ギリ、と、苛立ちを噛み殺す。
(―――どいつもこいつも―――・・・小娘が、って、言いたいんでしょうよ・・・!)
ザッと足元を踏みしめ、口の中で小さく付与魔法を詠唱しながら木剣の切先で魔力を描く。
淀んだ空気を裂き、幾閃かの赤い軌道が訓練場に線を描く。
ゴッという炎の音が、耳に心地良い。
――――小娘。
確かにそうかも知れない。
けれど、年齢も性別も、関係無い。
私は、私だ。
ふと、涼しい風が頬を撫でた。
足を止めて風上を見上げると、夕焼けを背にした人間が外壁の上に立っているのをみつける。
それはセルウィリアが気付いたのをみて、ザっと壁から降りてきた。
手にした木剣に風の魔力を付与し、ゆっくり、近付いてくる。
貴族の学舎で、そんな行動をするなんてーーー
自主訓練に戻ってきた学生、では、なさそうだ。
何かの目的で貴族の子を狙う犯罪者か・・・
でも、武器は訓練用の木剣だ。
逆光で、顔がみえない。
―――呼吸が、合う。
動きの鈍い貴族の学生達とは、違う。
大雑把な指導をする教官とも、違う。
西日に目を細めた一瞬、それは、正面からとびこんできた。
ガン、という衝撃。
手にしていた木剣が、一合目の衝撃に耐える。
目の端に入る相手の顔は、薄茶色の長髪でみえない。
キリ、と重なった刀身を外し、連閃が弧を描く。
(やられるか・・・っ!)
今度こそ軌道を捉え、下から跳ね返した―――はずだった。
パンと派手な音を立てて、手の中が軽くなる。
黒い粉を撒き散らしながら、木剣が折れた。
身体がこわばる。
サッと突き付けられる敵の剣先に、息を呑んだ。
「・・・お見事です。木剣じゃなければ、私の剣が吹っ飛んでいました」
静止した木剣から、風の付与魔法が消える。
おろした剣の先には、柔らかな笑顔が待ち構えていた。
平民の外套の下に、奴隷服がのぞいている。
けれどその堂々とした立ち姿は、決して彼を卑屈にはさせない。
「ユ・・・―――!」
名前を叫びかけた唇に、冷えた彼の指が触れた。
それだけで、声を失う。
「やっと会えましたね・・・会いたかったです。セルウィリア」
少し首を傾げてにっこり笑う眉目秀麗の少年。
夕焼けを背にした姿が、こうしてみると、改めて、美しい。
「―――この、逃亡奴隷。警団に見つかったら殺されるわよ」
「このあたりは私の庭ですから、ご心配には及びません。・・・こんな所に、奴隷が入って来れるなんて、誰も思いつかないでしょうね。金目の物も無いから、見張りも来ない」
貴族の施設を熟知している奴隷というのは、結構な危険人物だ。
今までそう簡単に貴族が奴隷になったりはしなかったから、警備側としても、盲点だろう。
「どうして私がここにいるってわかったの?」
「・・・どうしてだと思いますか?」
軽くなった木剣を握り締めた右手を、そっと拾われる。
衝撃に耐えて火照った指先が、冷えた手に触れて気持ち良い。
振り払う事を忘れて、呆然とそこに唇が落とされるのを見守る格好になった。
「ウインツ総議長に会いましたよ。地方の情報を集めて、足元を固めているようです。あの人が突然政権を握るきっかけになったのは、事件前に送られてきたというシェリース王国からの贈り物だと思います。その中身までは掴めていませんが、俺は、それに魔女の息がかかっているんじゃないかと考えています。使用人の話によると、いつも持ち歩いているようなので、手出し出来ないんですが・・・。それと肝心な、あの事件のとき何があったかですが、議題は奴隷制度についてです。エラークの農業は奴隷無しにはありえないという主張と、奴隷に人権をという父の主張の衝突でした。エラークの意思を代表して剣に手を掛けたオークリス議員、それに対して実際に剣を抜いた総議長―――という図があったようです」
滑らかに語る目の前の奴隷の言葉に、静かに、驚かされた。
「・・・結局、鍵を握っているのは、ウインツなのね。でも、既に政界はあの人の手に落ちてる。このまま、あと3年で成人したら、お父様の跡を継いで、あの人の政権のもとで働く事になるんだわ」
「なにをいじけているんです。素晴らしい事じゃないですか? そんなことを言ったら、私なんてずっと奴隷のままですよ」
「・・・あ」
する、と手から肩に、ユリウスの冷たい手がのびる。
「私は、奴隷のままでいるつもりは、ありません」
やわらかに重ねてきた唇から、真っ直ぐな声が入ってくる。
薄茶色の瞳から、目がはなせない。
「ウインツ総議長がずっと総議長の座にいるとは限らない。人事院の内部も世代交代している。新しい政策が出た時に、社会に及ぼす摩擦を最小限にできるよう、準備しておく。それこそが、現職の議員達の後継としてできる、役割です・・・例えば、奴隷制度が廃止されたときの為に、先手を打って農耕の効率化を進める、なんてね」
「・・・。どこまで、自信家なんだか」
コツ、と額をぶつけて目を閉じる。
―――辛い言葉を紡ぐ甘い唇。
ぬくぬくと暮らしているような普通の貴族令嬢なら、ぼうっと惚れてしまう場面だろう。
これ以上吐息が触れる位置にある綺麗な顔をみていたら、自分でも、そうなりそうだ。
跳ね上がった鼓動をしずめるように、声をおとす。
「本当に、奴隷制度が廃止される? 貴方がそう展望するほど、形骸化した社会構構造を変えるのは、簡単じゃない。・・・エラーク代表議員の後継者とはいえ、私は今、何もできていないないのよ・・・」
「仰るとおり、簡単な事じゃない。でも、必ずそうなりますよ。―――1人でやらなくても、良いんです。どんな天才でも、人は1人では何も出来ない。難しく考えないで、現場の若者の声に耳を傾けてみることです。必ず、そこに活路がある」
「ものすごく理論的な夢想家ね」
小さく、笑う。
フェリアで掛けられてきた言葉に荒んでいた心に、彼の言葉が、優しく染みていく。
―――この中央都市で、ユリウスだけが、私を後継者として真剣に接してくれる、なんて。
涙が滲んで、目をこすった。
「あなたが奴隷身分から解放される頃には、皆の恨みが消えればいいのに―――。」
「―――やっぱり、エラークの皆様がイア室長の屋敷を襲撃したのは、貴女の指示じゃないんですね」
「何、それ・・・襲撃ですって・・・?!」
知らない所で勝手に物事が進んでいく。
いつもあとから知らされて、唇を噛むしかないのが悔しい。
「オークリス議員は、地元に愛されていた・・・うらやましい方ですね」
「って、ユリウス、あなた・・・。だから私の所に現れたのね」
自分を標的にした襲撃の、親玉の懐に飛び込んだというわけか。
「私を狙ったものだとしても、荒らしたのは人事院議員の室長の邸宅です。人事院は警団も管轄していますから、状況によっては厳しく捜査の手が伸びてくるかもしれません。捜査が及ばないように、対策をおすすめします」
ユリウスは、標的にされた事への不満は微塵もみせない。
間近にある彼の優しい顔を、おもわず、ぼうっと見る。
「・・・名残惜しいですが、そろそろ失礼します。逃亡奴隷に認定されると、面倒ですからね」
する、と肩から離れていく手を、あわてて捕まえる。
「―――これから、何をするつもりなの? 襲撃された屋敷に、戻るの?」
まわりに言われるまま学舎に来ただけの自分が、どれだけ父の為に動けただろう。
それに比べてイアの屋敷に閉じ込められていただけの筈のユリウスは、言葉通りほとんどの情報を集めてくれた。
このまま待っているだけの人間でいたくない。
おいて、いかれたくない。
「大丈夫。一旦教会に身を寄せますよ。また、会いに来ます。セルウィリア」
取った手を握り返されて、今度は頬に優しい別れのキスが触れる。
「~~~!!」
流石にもうダメだ。
ぱっと頬をおさえた隙に、ユリウスはサッと踵を返してもときた壁に駆け寄る。
風魔法を足にのせてトントンと壁の向こうに姿を消すのは、あっという間だった。
足元に残された2本の木剣。
そう、自分とユリウスは、おなじ目的に立つ関係だ。
彼の優しさに、甘えてばかりはいられない。
――――1人では何もできない。
きっとそれは、ユリウスが、そうだったんだろう。
そうでなければ、私の所にわざわざ集めた情報を知らせに来てくれる筈もない。
―――彼が頼る人材に、私が含まれているなら―――
「私も、いじけてる場合じゃ、ないわね」
ユリウスが貴族地区を後に足を向けたのは、教会ではなかった。
フェリアの街は、小高い山の麓にある。
地元民が裏山と呼ぶそこは、貴族地区にも接している。
散歩には厳しく、景勝地でもない―――人の来ない場所だ。
そこに何か目的があるわけではない。
ただ無意識に、この山を登っていた。
星がきらめく、よく晴れた夜空。
中腹まできて、ふう、と息をついた。
登る人間が少ないと、路も険しい。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、大きく吐く。
背の高い雑草が生い茂るこの中腹の丘は、ゆるやかに平坦な草原のようだ。
足をとめて、あたりを見回した。
チラチラと夜の闇の中に輝く魔力の要素が、雑草の上で静かに漂っている。
魔法の練習には最高の場所だろう。
このまま、独り、教会に帰る事なく逃げ出してしまったら、どんなに楽だろうか。
でも、リーティアの拙い声と背中に触れた体温を思い出す。
イリスとセルウィリアに結果だけをみせて信用を得た成果も、不意にする訳にはいかない。
奴隷。
実際に触れてみなければ、関心も持たなかった。
いきなり投げ込まれてはじめて、深く考えさせられる。
―――この場所は、使ったことのない魔法を試すには、丁度良さそうだ。
まずは、アロークの特技。
動物と心を通わすというより、支配下において手足のように動かすといったほうが、近そうだった。
日中でも試しに上空の野鳥にその魔力を使ってみたら、うまくいった。
鳥の視覚を共有して、その行動を操作する。
だからこそ、最短でセルウィリアの居場所をみつけた。
この魔力が増幅される環境でそれをやったら、どうなるだろう?
鳥に言葉を喋らせることぐらいは、出来そうだ。
すう、と意識を手近なところにいる野鳥にむける。
――――
だが、もう夜だ、
眠ったような沈黙の反応だけしか、つかめなかった。
アロークの特技は、また今度日中に修得しよう。
ふ、と息をつく。
・・・自分は、こんなところで、何をしようとしているんだろう?
アロークも教会が保護できるよう手を回していたと言っていたし、寄り道は一カ所だけにして、本来、教会にまっすぐ向かうべきだった筈だ。
本当に逃げたい訳じゃない。
父と聖女の画策にうまく乗せられた感はあるが、奴隷制度の廃止には、本気で向かうつもりだ。
―――だけど。
ここ数日、環境が変わり続けていて、少し、疲れた。
淡々とやるべきことをしているつもりだが、本当にうまく出来ていただろうか?
最初に軟禁されていただけの時間も、今思えば、下手に動かない、という必要な時間だった。
リーティアを拾ってイリスの人間性を確認できて、聖女の計画への参画にまで繋がった。
アロークという特殊な人材からは、学ぶべきものが多い。
実際に奴隷制度が廃止された場合の、最大の課題は、セルウィリアに託した。
できることは、している。
でも、抜け落ちている事はないだろうか?
―――父さん。
一度だけ夢に出た父の言動は、まるでこの状況をわかっているかのようだった。
あれは、何だったんだろう。
そもそも、父はどうしてそこまでして、奴隷制度を撤廃することに拘ったのだろう?
自宅には奴隷はいなかった。
過去に奴隷絡みで何かがあったような話も聞いたことが無い。
・・・今更ながら、知らされていなかった事が多いのが、悔しい。
もっと、自分から話を聞きに行くべきだったんだ。
目標にしているのなら、背中をみて大きくなるだけじゃなく、何を考えているのかを、自分から掴みに行かなければいけなかった。
―――せめて父が考えそうなことを、推測してみる。
道具だというなら、人の代わりになるものを作ればいい。
知識がないというなら、教育をすればいい。
人間と鳥は別の生き物だけど、奴隷も平民も貴族も、同じ、人間だ。
平民も奴隷も、望めば誰でも学ぶことができる環境があれば、社会はもっと、違うものになるだろう。
じつは奴隷がいることは、大きな損失になっているんじゃないか。
貴族にも平民にも、都合の良い人手。
面倒な事を押し付けて、物事の効率化や改善の工夫を怠っているという状況が出来ていないだろうか。
足元から、夜露の匂いが駆け抜けていく。
そっと、よく晴れた空の、星を仰いだ。
上級貴族のみに閲覧が許されている歴史の禁書には、この瞬く星々の他に、ひときわ大きな星が記されていた。
そういうふうに、過去の自然を偲ぶ感性も、すべて、教養が下地になっている。
ふと目の端に、赤い影がうつる。
目を向けると、猿のような魔物が、じっとこちらを窺っていた。
ぞっと、背筋が冷える。
こんな街の近くに魔物がいるなんて―――。
咄嗟に身構えるも、完全に、丸腰だ。
「・・・俺に、何か用か」
まっすぐ襲い掛かってくるような気配のない魔物に、そっと声をかけた。
『ワタシノ希イヲ、壊シタ・・・オマエカ?』
人語を操る魔物は、恐ろしく手強いと聞く。
だがそこに恐怖するよりも、内容に、凍り付いた。
『オマエノ血カラ、同ジニオイガスル! コワシタ。セッカク守ッテヤッテタノニ、ナアーーー』
気味の悪い声が、異様に、響く。
「何を言っている? 新種の魔物か? 誘惑の発言なら、俺には無効だ。失せろ!」
奴隷はともかく、魔物に掛ける情けはない。
一足飛びに跳び掛かってくる魔物をひらりと避け、全力の魔力を叩きこむ。
『風よ、我が意に従え!』
辺りに漂う魔力の粒子が、一瞬間、爆発的な相乗効果をもたらす。
ドン、と風の刃が魔物の背中を貫いた―――では、済まなかった。
砂になって消える猶予も与えず、木端微塵に消滅させてしまった。
想定外の魔力効果に、驚く。
同時に、丸腰ゆえの緊張で瞬殺してしまったのを、ちらりと悔いた。
・・・魔物の希いを壊したって、どういうことだ。
そもそも魔物って何だ。
禁書には争いの流血を悲しむ大地が発生させたという。
それはつまり、人間の心と魂の反映だ。
簡単に嘘をつく人間の言葉より、魔物の言葉には真実があるのかも知れない。
「ユリウス」
静かな声に振り向くと、グランス=カークランドがいた。
―――今、魔物を倒したのを、見ていただろうか。
「グランス。どうしたんですか? こんな所へ」
「帰りが遅いから迎えに来たんだよ。エラークの民に襲われたと聞いて、心配したよ」
どうやら、魔物を倒したところは見ていないようだ。
「ご心配ありがとうございます。少し、身を隠した方が良いかもしれませんね」
そういいながら、グランスの顔色が悪いのに気づく。
この自然の魔力に満ちた丘は、魔法を探究する魔術師であれば、喜びそうな場所だが―――。
「・・・俺たちからも、逃げ出したいか」
グランスの言葉は、真っ直ぐで、静かだ。
―――なるほど、逃げるのかと、思われていたようだ。
「ふふ、追いかけられると、逃げちゃいたくなりますね。・・・冗談ですよ。少し、疲れただけ。聖女様から頂いた石は役に立ちました。ありがとうございました」
ゆるやかな笑顔をつくって、ゆっくりと彼のもとに足を運ぶ。
「あれは僕の仕業じゃないけどね。・・・人事院の内部が混乱しているこの機に、次の計画に移るよ。明日、アロークの手配していた北方からの奴隷300人がこのフェリアに到着する。元々エラークの労働力になる予定だった人達だ。それを、利用する」
「利用する?」
「彼らを連れて、中央議会に直訴にいく。遠方からはるばる来た実際の奴隷を前にすれば、硬直した議題を揺さぶる事ができるだろう。警備系統には偽の通行許可を流す。そのために、人事院には混乱が必要だった」
物騒な事を淡々というグランスは、まるで、盤面上の算段を語っているかのようだ。
―――はじめて会った時も、いきなり物騒な事を依頼してきた。
グランスの事は、よくわからない。
アロークは潔い曲者だが、相反するように、この魔術師は、底が知れない。
そっと黒い外套の下から青白い笑みが覗き込んでくる。
ユリウスより10年は年上の筈だが、少年のような瞳が、星明りを映す。
「・・・教会に帰ろう。疲れているだろう? 教会の浴場は姉さんが改築したから、観光地顔負けの施設だよ。さっき合流したイリスが簡単な夕食を作ってくれたんだけど、凄く美味しかった。君の分も残してあるよ」
ゆっくり草を踏んでグランスの傍に立つと、黒い服のしたから白い手が伸びて、きゅ、と平民の外套を掴んでくる。
迷子の子供のような仕草。
この人は、どうしてそんなに、気遣ってくるのだろう。
「―――お気遣いありがとうございます。まずは、グランス=カークランド。あなたが教会に帰るのを手助けさせてください。顔が真っ青ですよ」
「そうかな? でも、君と2人きりで話がしたかったんだ」
グランスの手をひいて、もときた山道をおりる。
暗い足元は、丘の魔力の残滓が、仄かに照らしている。
「ギルバート―――。彼は恩人で、父のような人だった。こうして君と歩いているなんて、何だか感慨深いな」
グランスの静かな声が、あたたかい。
―――父のような人。
面影をユリウスに重ねて、だからこうして、一人で、追いかけてきたのだろうか。
「・・・私が父から受けた教えは、『冷徹に人を愛せ』ですよ。なかなか、厳しい言葉です」
「そうか・・・。俺も、ギルバートに落とされた一人という事だ」
「オークリス議員も、エラークの民に愛された人でしたね」
「―――そう。民衆のために良い為政者から、死んでいく。魔女の世の中だからといえば、それまでだ。だけど、ギルバートは諦めなかった。だから、その遺志を僕達が継いでいくんだ。一人の願いが人脈に伝えば、何倍もの力になる」
無条件に頷きそうになる明るい考え方。
―――間違ってはいない。
だけど、次の手を現実に確実に打つには、大雑把過ぎる―――
「君が今感じている僕達のアラは、理解できるよ。夢想家と言われても、仕方ない。・・・でも、長い目で見た時、この過程は必要なんだ」
考えを見透かしたような言葉に、どきりとする。
山の下り道で握った手は、すこし、あたたかくなってきた。
「・・・議場に登壇するのは誰なんですか?」
「僕と姉さん。アロークには奴隷達を引率して貰うよ。イリスは小さい妹もいるし、無理はさせられないから、教会に残って貰うつもりだ。・・・ユリウス。君は、どうする?」
「―――一緒に、行きます」
ここで居残っていたら、何も、みえなくなってしまう。
グランスの言った計画は、滅茶苦茶だ。
それを分っているうえで必要だというのは、それなりの思惑があるのだろう。
ふ、とグランスの貌がゆるやかになる。
「・・・本当は、中央議会とか、緊張していたんだ。明日はよろしくね、ユリウス」
わざとなのか、そういう性質なのか―――
いずれにせよ、どうやら、グランスの思惑に落とされたのは、ユリウスのようだった。
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