世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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教会の鐘は死者を数える

奴隷商人と歴史書

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 一度聖女に連れ出されて外出したせいか、外に出るという意識の壁が無くなった。
 ミリアから情報を得て、カール=イアの外出時間を把握し、他の使用人の目を盗む。
 そうして捻出した機会を使って、イリスと一緒に屋敷を抜け出す。

 身分制度に反旗を翻す―――。
 聖女アイス=カークランドが、父ギルバート=ハーシェルと共謀した、計画。
 教会というのは、誰に対しても中立であるべきだ。
 そういう常識を覆すような現実に、少なからず、驚かされている。


 何も知らない一般の聖使の目もあるからか、イリスに導かれた外出先は、教会ではない。
 都市の一角にある小高い丘の、墓地だ。



 ざあ、と風が鳴る。
 黒衣の魔術師が、墓地のなかで祈るように佇んでいた。

「グランス! 連れてきたぞ!」
 風の音に負けないようにイリスが声をあげる。

 振り向いた黒衣の魔術師は、歩をすすめてくるこちらをみて、上品な笑みをうかべた。
「はじめまして。僕はグランス=カークランド。フェリア教会の聖女の、弟だよ」

 ニコリと首を傾けると、黒い髪がさらりと揺れた。
 黒で統一された、瑞々しい爽やかな容姿。
 聖女はどう考えても40代の筈だが、彼は20代位にしかみえない。
 まあ、聖女の外見も年齢不詳ではあるが。

 それにしても聖女は銀髪だが―――義兄弟なのだろうか。
 どこか神秘的で掴みどころの無い雰囲気は、似ている。


「随分前からイリスに潜入して貰っていたんだけど、それが君に繋がるなんて、凄い幸運だったね。ギルバート総議長には、僕もお世話になったんだ。仲間になってくれるなんて嬉しいな。よろしく、ユリウス」
 差し出された手を握る。
 墓地で佇んでいたせいなのか、グランスの手は、冷たい。

「父と聖女の共謀を、貴方に支えて頂いているんですね」
「総議長は鍵。聖女は鍵の持ち主。僕は、鍵を有効化する機を創り出す。条件が揃っていたとしても、状況を動かすのは人間だからね。いろんな立場の仲間を、繋いでいるんだ」
 魔術師としての神秘的な外見とは違い、グランス=カークランドの言葉は、理論的だ。

「君が来ると聞いて、どうしても会いたいという仲間がいてね。折角だから、紹介するよ」
 グランスがそういって屈んだ足元で、白い墓標の叢からするりと大きな白い蛇が出てきた。
「!?」
「あ・・・! おい、まさか、あいつが帰って来たのか?!」
 同時に驚いたイリスが、何か別のことで慌てる。

 蛇は手を伸べたグランスの腕に大人しく巻き付くと、そのまま彼の肩にスルスルとのぼり、ピタリとこちらを見据えた。
 ―――蛇を肩に乗せた黒い魔術師。
 世界を統べる魔女のように、違和感なく景色に馴染む。

「彼は、アローク=カンベラー。中央都市フェリアの中でも屈指の奴隷商人だ。彼の協力で、国内外の奴隷の実情を把握できている。ギルバートとも懇意にしていたよ。そういう意味では、この計画の、一番の立役者かな?」


 ―――この白い蛇が? という疑念は、一瞬で吹き飛ぶ。


「イ・リ・ス! そんなに私の帰りを待ち焦がれてくれてたのね。私も早く貴方に会いたかったわ~!」
 甘い声と共に、イリスが沈んだ。
 背後から突然抱き付いてきた金髪の美人に、覆い潰されている。
「な、おまえ、不意打ちとか、ないだろ・・・!くっそ、図ったな・・・!」
「ふふ。引っ掛かってくれてありがと。大好きよ!」

 凄い勢いの女性にイリスが困っているのをみて、おもわず感心する。
 冗談の柔軟性に乏しいイリスには、丁度良い相手だ。
 金髪の美人は、イリスをいじってから、にこやかにユリウスをみた。
 
「はじめまして。アローク=カンベラーよ。私としては奴隷商人というより、動物愛好家といって欲しいところだけど。あなたがユリウスね。文武両道の王子様。うん。すごく王子様ね!」

 なるほど。
 イリスが蛇をみた段階で、違う意味で驚いたのは、これか。
滑らかに手入れされた真っ直ぐな金髪。光沢のある紫がかった黒が基調の、個性的で奇抜な服装。
 どう見ても一般的な人間ではなさそうだ。

「オークリス嬢のおかげで、その評価には大きな変更があったようですね。まぁ、私には都合の良い変化ですが。・・・父ギルバートが、お世話になりました。まずはその点に、感謝致します」

 足を揃えて一礼する。
 奴隷の礼ではない。上級貴族の間での礼儀だ。

「フェルトリア連邦総議長ギルバート=ハーシェル。史上最長記録で総議長の座にあった彼は、多くの政治的改革改良を実行してきた。その最終目標は、奴隷制度の解放。・・・彼に出来ない事を、私達が、引き継ぐ。そういう利害に関わらない行動に、血縁や家柄は、関係ないと思っていたけれど―――。どんな数奇な運命か、あなた自身が、奴隷になってしまった。これは、無関係ではいられない訳よね。誰かが仕込んでおいたのか・・・思い当たるのは、ギルバート本人と聖女ぐらいなんだけど」

 にっこりしながら、直球な物言いだ。
 血縁者だからといって、信用はしていなかった。
 そういう事だろう。
 この美人は、関わるなかでも相当辛辣な人間だ。

「そうですね。身分の落差を面白い程味わっている所ですよ。誰が仕掛けた事だとしても、奴隷制度の開放について、私が尽力しないという事はありません」
 まっすぐに金髪の美人をみる。
 誠意の姿勢がないと彼女の信頼を得ることはできないだろう。

「・・・ユリウス。こいつは、男だ。一応、言っておくぞ」
 イリスが、ものすごく嫌そうな顔で、そっと呟いた。
「・・・えっ?!」
「ふふ、そんなに驚いて貰えるなんて嬉しいわ。グランス、協力ありがと」
 アロークがグランスの肩にいた蛇に手を伸ばすと、大人しくするりと主人を変える。

 蛇と魔術師と女装の奴隷商人。
 これが『蒼き展望の聖女』の後援者達だとおもうと、凄い光景だ。


「他にも教会の中に協力者が二人いるけど、折を見て紹介するよ。具体的な奴隷解放に向けては、中央議会での正式な採決を目指しているんだ。ただ、治安と身分を管轄している人事院の仕事ぶりが障害になっていてね。まずユリウスには、イア室長の動きを封じて欲しい」
 涼しい顔で、グランスがいきなり物騒なことを言い出した。

「動きを封じる・・・というのは、仕事ができないような状況を作れば良いですか? 失脚まで必要でしょうか」
「どちらでも構わない。人事院の実務に混乱が及べば理想的だよ」
 ―――聖女から貰った魔法具。あれをカールの枕元に忍ばせてから数日が経過している。
 既に手段を指示されているようなものだろう。
「わかりました。何とかしましょう」

 横で聞いていたイリスが、首を傾げる。
「グランス、それって俺が毒でも盛ればいいんじゃないのか?」
「君を犯罪者にさせる訳にはいかないだろう? アリスも、まだ小さいのに」
「あ、そうか」
「やだ、イリスが作る料理に毒が入ってるなんて想像したら、ゾクゾクしちゃう!私を痺れさせてイリス~♡」
「お前がもう毒だらけだろ!」
 アロークのからかいを真剣に返すイリスが、面白い。

「段取りとしてイア室長の手腕を抑えた段階で、次の手段に移る。頼んだよ。ユリウス」
 グランスにポンと胸元を叩かれると、ふわりとした暖かさが胸元にひろがる。
「連絡は、イリスを通じさせて頂きます」
「ああ。期待している」

「あ、ユリウス、この後少し時間を取れるかしら?この都市の奴隷のことを、貴方に把握しておいて貰いたいの」
 女装の下から、深い色の眼光が、ちらりと現れた。
「はい。―――お任せします」
 アロークが仲間である事は間違いないだろうが、彼は、奴隷商人だ。
 2人きりになった時に何があるかはわからない。
 南地区エラークの住人との繋がりがあって、命を狙われる可能性だって考えられなくも無いと思う。
 その危惧に気付いたのか、気付いていないのか、彼は満足そうな笑顔で頷いた。






 さまざまな店が軒を連ねる表通り。
 連邦国の中枢であるフェリアの街並みは、色彩豊かに各地の文化が集まっている。
 けれど一本道を外れれば、蔦をのばしたように無軌道な裏道が数多くのびている。

 先導するアロークに続いて、くるくると攪乱され、しばらくして薄暗い掃溜めのような場所に出た。
 ぽつぽつと松明が小さい火が灯り、廃墟ではないことを示している。

 誰かの足が横たわっているのに躓きそうになりながら、前を行くアロークを追う。
 ちらりと振り返ると、薄汚れた奴隷が、寝息を立てていた。
 点々と置かれた鉄格子のまわりで、虚ろな様子の奴隷が何人も座り込んでいる。
 彼らは鉄格子の檻に、鎖で繋がれているのだ。
 アロークはそれを確認しながら、緩やかな足取りで奥へと進んでいく。

 初めて目の当たりにした奴隷たちというものの姿に、胸が痛くなる。
 ずっと清潔な環境に育った身には、この光景だけでも少し衝撃的だ。


「ここの奴隷は、いわば棚落ち。買い手がつかずに値下がりしたものよ。5人単位で肉体労働の労働力として取引されるの」

 ちらりと振り返って解説をしたアロークの目が、計算高く冷たい輝きを放っている。
 足を止めず先に進むと、ボロボロの天幕が密集する場所を通過して、 広い講堂のような建物に入った。


 建物の中には、やはり檻がならんでいる。
 けれど、その中にいるのは人間ではない。
 
 アロークの蛇のような爬虫類、犬のような小動物、普段目にすることのない大型の獣。
 これだけの種類の獣が同じ空間にいるのに、吠えたり暴れたりする様子はない。

「この動物たちも、商品ですか?」
 不気味なほど大人しい動物達を見渡して、ふと檻に入っていない黒い鳥をみつけた。
 繋がれているわけでもない。
 目が合った瞬間、ぱっと翼を広げて、まっすぐこちら目掛けて飛んでくる。
 驚いて咄嗟に差し伸べた腕に、鳥がとまる。
 ばさ、と大きな暖かさが頬を叩いた。

「この子たちは、私のペット。売り物じゃなくてよっ」
 軽口を叩いたアロークの肩の蛇が、まねするようにシャーと大口を開けてみせた。
 けれどやはり、攻撃はしてこない。
 翼をたたんで腕に居着いた黒い鳥は、彼の蛇には微塵も反応しない。

 アロークは女装の胸元をぽんと叩いた。
 突然小ぶりの鳥が服の隙間から飛び出して、彼の指先にとまる。

「ふふ、びっくりした? 連絡鳥を、いつも胸にしまっているの。あらゆる情報を正確に、迅速に掴んでおく事こそが、有利に生き延びる秘訣なのよ」


 これだけ従順な動物をこんな場所で飼っている。
 この癖の強い奴隷商人は、相当な手腕の経営者なのだろう。
 だけど、どうして奴隷商人が、不利益にしかならい教会の活動に参加しているのか。


「アローク。こんな立派な経営をしているのに、どうして・・・・」
 声をあげると、すう、と伸びてきた指先に、トンと唇を封じられる。

「さっき通ってきた天幕の中は、女達よ。男達みたいに野晒しにしておくと、良からぬ奴らの手が延びる危険があるからね。貴方が教会に連れてきたリーティアちゃんはとても幸運だったわ。そして、なかなか可愛い才能も持っていたしね」

「リーティアに、才能、ですか?」
「この子達と仲良くできるの。なかなか希少な事よ」

 す、と指先が頬を撫でてくる。
 アロークの赤い瞳は、まるで、蛇のようだ。

「貴方は貴方で良い素質を持っているけれど、まだまだね。美しいだけじゃ、ダメよ。どうせ自分を売るなら、需要に合わせた自分を創らなきゃ」

 冷たくてあたたかい手のひらに頬を包まれると、不思議な気持ちになる。
 癖の強すぎる人間だが、嫌だとは思わない。
 動物たちが大人しいのは、アロークの、この独特な雰囲気に懐いているからなのだろうか。

 じっと赤い瞳に見つめられる、
 ―――グランスが、見つめてくる視線と、似ている。


「・・・私は、そんなに父に似ていますか」
「あら―――。つい比べちゃうのは、失礼よね。誰に似ていても、貴方は貴方」
 あっさり断言したアロークの口許が笑う。

「ユリウス=ハーシェル。貴方は私を信じた。だから私も、貴方を信頼することにするわ。私、相当な不審人物だと思うんだけど、よく1人で付いてきたわよね。・・・あなた自身も、十分、不審人物の才能はありそう。信用のある嘘で世の中を渡っていく才能があるとしたら、ギルバートも顔負けでしょうね」

 今までの行動を見てきたような事をいう。
 ―――アロークは、不審を通り越して、凄い。

 どこか胸に残っていた、貴族としての呵責のようなものが、ほどけていく。

「―――詐欺師も、楽しいかも知れませんね」
「ふ・・・。美しい詐欺は、芸術品よ」






 フェリア中央教会の地下聖堂。
 祭壇に据えられているのは、地上の聖堂にあるような天使像ではない。
 銀色の水盤。
 きらめく水面が、石造りの天井を青白く幻想的に彩る。


 水盤の前で古書をひろげたアイス=カークランドは、茶色く傷んだ紙を丁寧に捲った。
 そこに書き込まれた文字は、しかし、力強い。
 魔力をもって書かれたこの古書は、魔道具化している。


 『禁書―歴史書』
  
 現在の魔女が支配しているといわれている世界情勢よりずっと昔の、歴史書。
 各国固有の歴史書とは違い、どの国でも為政者にだけ伝えられていて、禁書と言われている。
 


 ==========
 星の欠片は 大地に馴染み
 新たな命の 夜の光に
 謳えば星は 柔らに道を照らす  
 ―――『グラディウス大陸』
 
 人々は4種族から始まる。
 国が興ると、領土の争いが始まる。
 国が興亡し、種族が入り乱れ、多くの血が流れていく。
 悲しみの大地は、魔物を作る。
 治まらない戦乱と混乱の時、翼持つ一族の末裔が、風紀を戒めた。
 ===========

「『支配者を害する事はできない』・・・それが、天使族の風紀のひとつ」



 静かに読み上げるアイスの隣に、グランスが立つ。
 古書をパタンと閉じて、アイスの朗読を遮った。
「また持ち出したね。僕が管理するって言ったのに」

「グランス。アロークからの情報はもう聞いたかしら? シェリース王国の王が、昨夜亡くなったそうよ」
「相変わらずあらゆる場所に目があるね。それは、最近あの国に現れた魔女が原因かな? 助けに向かったリッドは、どうしているんだろう」



「・・・王は、民に殺されたわ」
 小さく呟いた言葉に、グランスははっと顔をあげて、姉をみる。

「まさか・・・あちらにまでは、僕達は、何も仕掛けていない」

「あちらは絶対王政。その衝撃はこの連邦国の比じゃないわ。リッド・ウインツを送り出したのはあくまで彼の意思だったけれど、それも一因かも知れないわね」

「関連性があるとすれば、シェリース王国からの友好の品だね。ギルバートが一度受け取ったものの、ウインツ上級議員に渡した。・・・今回の計画を前に、ギルバートは、後継を誰にするか、決めてた」

「そう。その友好の品を所持したウインツ上級議員の息子が、シェリース王国に向かったなんて、不思議な縁ね・・・」




 歴史書が、水盤の前で青白い輝きに共鳴する。
 きらきらと綴られた文字が魔力を纏う。
 この魔法具には、特筆すべき効果はない。
 ただこの史実に偽りが無い事を示すだけの事だ。

 ―――けれどそれは、過去の時間を、再生する。

 固定化した社会構造の中では、天使族の末裔が定めた風紀が、絶対だ。
 それに上書きするように、世界を支配する魔女の、魔物の行動原則がある。
 天使と魔女と。
 両者が定めた世界の規則に、身動きが取れなくなっている。
 それが、いまの世界的な社会構造の大枠だ。

 展望の聖女は、未来を視る。
 
 大切な友人であるギルバートを死なせない―――そういう未来も確かにあった。
 だけど、それでは何も変わらない。
 社会を前に進める為には、布石となる絶対的な大きな衝撃がどうしても必要だった。
 そして彼と魔法具化した禁書を媒介に、天使族の戒めを解呪した。
 それが及ぼす影響は、フェルトリア連邦だけではないのかも知れない。


 じっと目を閉じていたアイスは、水盤の輝きに、目を細める。

「・・・グランス、リッドの額にいたずらしたように、ユリウスの胸にも、仕掛けをしたわね」
「ああ、彼はもう良い目を持っているからね」


「―――北はシェリースからの品、南はエラークからの黒い石―――役者は、揃った―――」






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 総議長の正装をしたギルバートが、上級貴族の徽章を外して石造りの床に叩きつけた。
 ガシャンという綺麗な音が、地下聖堂に、響き渡る。
 
 「・・・本当に、馬鹿よ。民の為に死んでくれって言われているのよ?」

 「馬鹿か。それが私の―――俺の、魅力だろう?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





「―――私も、未来の為に、捨てていくものがある―――。」

 小さく声を落とす展望の聖女に、グランスは、そっと目を閉じた。






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