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教会の鐘は死者を数える
処刑で始まる2人の道
しおりを挟む「お前、あとは死刑になるみたいだから。ザマぁ無いよな」
学舎を親友と一緒に歩いていたら、いきなり警衛官に捕まって地下牢にぶち込まれた。
鍵をかけながら警護官がそう言って、冷たく笑う。
「何なんだよ? 嫌がらせにも程があるぞ」
「嫌がらせはお前の存在だ。総議長も悪党だな。よくも今まで善良な皮を被ってたもんだ」
「・・・父が何をしたって?」
目の前の警衛官が嘲笑と共に大きな息をつき、大仰に首を振った。
後ろに控えた警護官達も、ニヤニヤと笑っている。
「くそ、何だってんだ。・・・何が起きてるんだ!」
「教えてほしいか? お坊ちゃん。連邦国の歴史上稀にみる程の、大罪だ。お前の父は、もう今日にでも処刑確定だな。・・・文武両道、法律にも詳しいんなら、これでわかるだろ?」
「・・・処刑・・・?!」
混乱する頭を稼働させて、司法の手順を超えた処刑の罪状を絞り込む。
近年前例がなく、上級貴族でもすぐに処刑場に送られるような罪状は、かなり限られる。
このフェルトリア連邦は、周辺のような王政国家ではなく、連邦国家だ。
複数の地域が地域性に合わせた自治を行い、この中央都市のフェリアが、各地方を纏める中央議会を主催して、統一している。
それが、フェルトリア連邦国だ。
その総議長として、いわば国王のような地位を勤めているのが、自分の父だ。
総議長を、司法制度を無視して即日にでも死刑に至らしめる刑法―――。
「父が、議員を殺傷する筈がない・・・!」
切り返した叫びに、警衛官の一人が、かっと声を荒げる。
「そうかよ! 俺達は皆騙されてた。由緒正しい中央の上級貴族様だ。所詮地方の人間なんぞ、田舎者だとみていたんだろうなぁ。南のエラークの人間は、総議長の死刑を歓迎するだろう。お前も早いとこ、痛い目見る前に死刑場に行けるように祈るがいいさ!」
目の前の警護官が格子を蹴って怒りを撒き散らす。
周りの同僚が、ニヤニヤしつつ、それを形ばかり宥める。
狭い石牢の廊下を、ガチャガチャと立ち去る警衛官に、かける言葉は、無かった。
呆然とした。
フェルトリア連邦の総議長の、突然の大失脚事件だ。
ユリウスに兄弟はない。母は幼いころに亡くなっているし、親戚は別の家門に入っている。
血縁を頼るには、孤立無援状態だ。
突然降りかかった災難に、不安と焦りに駆られる。
今朝出てきた家は、どうなるんだろう。
死刑の父のその後は・・・処刑された人間は、どこに行くんだろうか。
ぐるぐるととめどない自分の思考回路に、頭を振る。
「ユリウス!」
聞き慣れた親友の声が石牢に響いた。
静かだった環境に慣れた身体が、びくりと反応する。
ぱっと、声の主が鉄格子を掴んで、顔をみせた。
「リッド・・・! 入ってきて大丈夫なのか」
そういえば、捕まる直前まではこの幼馴染と一緒に学舎で過ごしていたんだった。
自分が捕まった事を一番先に目の当たりにしたのもリッドだが、まさか一番最初に会えるとは思っていなかった。
彼も同じく上級貴族。議会議員の跡継ぎとして、幼いころからの親友だ。
そういうリッドの膝から、血が滲んでいる。
「どうしたんだ、その怪我」
「怪我・・・のうちに入るかこんなの! お前の、父が・・・公開処刑されたんだ・・・」
「・・・そっ・・・そうか、即日処刑か・・・」
「聞いたのか・・・」
「連れてきた兵士が嫌味たっぷり撒き散らして行った」
「なんでそんなに落ち着いてんだよ。・・・俺の方が、格好悪いじゃねーか」
確かに状況も気分も最悪だ。吐き気がする。
だけどこういう時に取り乱すのは、性格じゃない。
「刑場で止めようとした、けど、潰された・・・ごめ・・・ん」
処刑を目の当たりにしたらしい親友の方が、震えるように声をおとす。
彼が取った反逆まがいの行動にも、びっくりさせられる。
嗚咽を堪えるように息を止めて小刻みに震える親友が、どこか、遠い。
鉄格子の冷たい厚みが、現実感を麻痺させているのだろうか。
リッドが精一杯行動してくれた成果もなく、自分もここから出る方法が無いとすれば、この先、どうすれば良いんだろう。
震える息を悟られないように静かに、ため息をつく。
「どうして、こんなことに・・・」
「・・・魔女なんだ」
思わぬ断言に、首を傾げる。
現在までの経緯にその原因要素はなかった。
世界を魔物の脅威によって支配している魔女。
それが原因だという悪い話は、時々耳にする。
けれどそれが、どうかかわってくるのだろうか。
「俺の父さんが次の総議長に決まった。・・・おかしいだろ? 都合良く、急にさ。父さんも前と人が変わったみたいなんだ・・・」
「それが魔女の仕業って事なのか?」
リッドが携えてきた情報しか知る事が出来ないのがつらい。
起きた事件に対して、自分に何かできることがあるなら、なんでもするのに。
他に打開策を見つけることは、出来ないのだろうか?
酷い現実だ。
けれど、こうして駆けつけてきてくれたリッドの優しさは、素直に嬉しい。
「俺も死刑って、もう決まったのか?」
警護官の嫌味の言葉であってほしい。
だが、リッドは、力無く頷いた。
「いや、そうならないように手を尽くす」
頷いた後に、彼ははっとしたように顔を上げ、新たな闘志に目を光らせる。
「悪いな・・・出来るだけ頼む」
死刑と言われても、執行の進捗は、わからない。
事例から考えて今日明日の話ではないと思う。まだ免れる機会がある筈だ。
「分かった、待ってろよ。絶対助けるからな」
リッドの強い言葉に頷く。
こうなった今、本当に信用できるのは、同じ上級貴族であるリッドだけだ。
あの警護官のように、生まれ持った環境を妬む人間のほうが、身分格差のある社会には圧倒的に多い。
走り去る足音を見送って、冷たい石牢に背を預ける。
長い、ため息をついた。
物語のお姫様のような立ち位置ではない。
この最悪の状況を救うのは、自分自身だ。
現実的に考えて打開の布石となりうるのは、牢の外にある。
リッドが走ってくれたが、他に頼りになりそうな人間は他にいないだろうか。
同じ学舎の貴族たちの顔を思い浮かべてみるが・・・
「・・・リッドぐらいしか、信じられる奴なんて、いないな・・・」
目の前が、暗くなった。
ふと、目をあける。
・・・どの位時間が経過しただろうか。
この冷たく無骨な牢空間にはそぐわない集団の気配が、声を潜めながら接近してきていた。
「・・・本当にこんな所にいらっしゃるの? 寒いし、怖いわ」
「で、でもっ・・・一目見たいって、みんなで決めたんじゃないの」
「そうよ! 早くお会いしましょう」
聞き覚えのある少女達の声。同じ学舎に通っていた貴族令嬢だ。
鉄格子の向こうに並んだ三人が、小さな悲鳴を上げる。
「ユリウス様っ ・・・お、お元気ですか?」
おかしな挨拶をした少女たちに、いつものように、爽やかな笑顔をむける。
「・・・こんな所に来てくれたんだね。ありがとう。私は元気だよ。恐らく刑を受けるまでは。病気もないし、拷問もないから」
拷問という言葉に、彼女達が息を呑む。
考えもしなかったのだろう。
貴族の学舎に、牢で拷問が行われる事まで丁寧に教える教師は、いない。
その様子に、鉄格子ごしに真顔をよせてみせる。「来てくれたのは嬉しいけど、早く安全な所に帰ったほうがいい・・・私は、大丈夫」
つられたように彼女たちも真面目に顔を引き締めた。
互いに顔を見合わせて頷く。
「私達に、出来る事があれば仰って。怖いけれど・・・ユリウス様は悪くないんですもの」
年長の女の子が気丈に言い放った。
未成年の貴族の少女たちに、判決を覆すような働きを求めることは出来ないだろう。
しかし、折角の好意を無下にする手はない。
ユリウスは柔らかい笑顔を作る。
「ありがとう。大人たちに減刑をお願いしてくれると嬉しいな」
彼女達の親は当然、職務を持つ貴族だ。
可愛い娘の懇願ぐらい、聞くだけなら聞くだろう。
動くかどうかは別の話だが。
「わかりましたわ。人事院にいるお父様以外にもお願いに参ります」
貴族のお嬢様が、期待以上の切り返しをみせた。
これは意外と、うまくいけば効果があるかもしれない。
いそいそと立ち去った三人は、身分や戸籍と首都の警備を管轄する人事院所属者の令嬢だったと思う。
だから、こんな場所にこっそり入って来れたのだろう。
それにしても、ただ待つ事しか出来ないのは芸がない。
次に誰かが来るとすれば、正式判決を持ってくる官僚か、父を逆恨みした刺客か・・・
誰がやって来ようと、そのへんの囚人でいるわけにはいかない。
(・・・負けるわけには、いかない)
「―――そうだろう? 父さん」
長い時間が経過した。
することもなくただ待つ。
それは保障されていない希望を待つには過酷だ。
日頃は勉学や鍛錬に励んでいたから、これほど暇な時間があったことは記憶にない。
勿論、自分で自分の時間を作る事はできたけれど、無意味な時間を作ることはなかった。
ひたすら待つ。
ひたすら祈る。
15年間自分がいた社会空間に空洞ができた穴は、地位権力を狙っている貴族にとって魅力的なはずだ。
熱意のあるリッドを信じるているし、可愛らしさを駆使してくれる令嬢も頼りにする。
けれど自分を救えるのは、自分自身だ。
唐突に、廊下から複数の足音がやってきた。
(・・・ようやく来たか)
無言の足音が、鉄格子の前で止まる。
既に廊下の蜀台が消えて真っ暗だったので、彼らが手にした蜀の明かりが、久しぶりにあたりを照らした。
「お前がユリウス=ハーシェルか。・・・何をしている?」
聞き覚えのない、男の低い声がよく響く。
暫く音声を耳にしなかったから、余計に鮮明に聞こえるのかも知れない。
ユリウスは待っている間、貴族の華美な上着を脱いで、背筋を伸ばして石牢の真ん中に座っていた。
その姿勢を崩さずに、目をあげてみせる。
「父が安らかな眠りにあるよう、祈っていました」
貴族の外套を纏った男の左右の人間が、困惑するように顔を見合わせた。
牢屋の役人だ。こういう囚人は初めてなのだろうか。
「愁傷な心がけだ」
男は面白そうに笑う。その含みのある笑みに、ユリウスも視線を外さずに笑顔を作る。
「刑の執行ですか? 早いですね」
「いや、俺は裁判員ではない。娘達がやらかしおってな。ひとつ文句を言おうと思って尋ねたんだが・・・」
何をやらかしたんだろうと気になる所だが、ちょっと想像がつかない。
「あの子達が言い触らす内容とは別に、お前は面白そうだ。普通、こんな牢屋に食事もなく2日もおれば、ぐったりしている人間が多い。俺が来たからといって動いた気配もなかった。ずっとそうやって座っていたのか」
「まだ2日しか経っていないんですね。父の為に祈りを捧げるのに、姿勢を正すのは、当然の事です」
実際は、すぐにでも動けるように時々身体を動かしていたが。
「父の為、か。自分の為ではないのか? 死刑であることは知っているだろう」
「父の刑については、司法上仕方ありません。しかし私が死刑になることは、損失です。私を養ってきた税金が、無駄になるでしょう」
「税金で養われた貴族の子供はお前だけではない。人格を疑われれば昇進の機会を失うから黙っているだろうが、お前の地位の穴が空いた事を喜んでいる人間もいるだろうな」
「勿論、総議長である父がいなくなった以上、死刑囚の私がもとの地位に戻れるとは思いません。私が言っているのは、為政者向けの高等教育を受けた人材の損失ですよ。身分の低い役人が期待以上の働きをしないのも、仕事の出来る人間と出来ない人間がいるのも、根本的に教育の問題です。貴族への高等教育は、為政者向け。心構えから平民よりも厳しく構成されています。折角育てたそういう人材を失うことは、損失だと考えます」
「・・・それは命乞いか」
「はい」
飲まず食わずのせいで口が乾いて喋り辛い。
そして、必死だ。
そういう風に取られても、この際、構わない。
とにかく死刑から脱してここを出るためには、権力を持った大人に動いて貰う必要がある。
死刑囚としてではなく、ここを出たい。
その後のことは、状況に合わせて考えればいい。
「それでは、お前の命の価値は幾らかな?」
死刑から脱するには、判決を下す裁判官達に根回しをしておく必要がある。
人事部の関係者といえど、勝手に囚人を動かす事はできない。
そのための賄賂の額の事だ。
人事部の議員に、裁判官が動けば、現実的な話になる。
「貴方なら幾らで買っていただけますか?」
流石にその界隈で動いている額の相場は知らない。
男は小さく笑う。
左右の兵士に目配せして、彼らを追い払った。
この交渉の成功まで、あと少しだ。
命乞いと知って腰を据えて会話に付き合うということは、多少なりとも助ける気があるだろう。
「まだまだ子どものくせに、知恵がまわるな」
兵士がいなくなった途端、さっきまでの淡々とした態度が、一変した。
高圧的な視線に、そっと、息をのむ。
「いいだろうユリウス=ハーシェル。その命は繋いでやろう。だが、せいぜい奴隷で満足するんだな」
空気が震えた気がした。
自分を閉じ込めている鉄格子が、逆に、頼もしく感じられる。
「ふ。その顔だ。耐えているのは立派だが、お前、相当自尊心が高いだろう」
「・・・お褒め頂き、恐縮ですね」
「奴隷になれば、そんなものは砕け散る。・・・そうなったお前を見るのが、楽しみだ」
立ち去る足音が消えても、あの男の高圧的な笑みが、脳裏に焼きついていた。
(怖いのか?・・・俺は・・・)
交渉は成功した。
だが、その先の闇は、深そうだ。
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