世界を支配する悪い魔女は こっそり気紛れの人生を過ごすことにした ~可愛い勇者に倒して貰うまで~

白山 いづみ

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命の雨音

翼龍の王様

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 魔女を倒して、王女様は国を取り戻しました―――
 物語の中でなら、そういう一言でお終いかもしれない。

 そんな単純な結末を迎える為には、魔物に傷つけられた王都の復興が必要だ。



 偽王によって地下牢に入れられていた官職の長たち。
 今一番働いて貰わなければいけないのだが、魔女の脱走に巻き込まれたのか、全員遺体で見つかった。

 王城の機能を先導してきた人材が、一斉にいなくなったことになる。
 今後、穴が開いた重役を誰が引継ぎ、この大事件の処理をどうするのか。
 城内の官人たちは、困惑の顔を突き合わせていた。

 

 薄く空を覆っていた雲が切れて、沈みかけた西日が橙色に王都を染めていく。
 ―――昨日大挙して押し寄せてきた魔物は、もう出現しないだろうか。
 そういう不安が民衆を染める。
 城門を補修したり、避難場所を決めたりしてはいる。
 けれどいま、魔物と戦うことができるのは、教会に残っている青年ひとりだ。

 聖者が王城の門を破って入っていった後、人々は固唾をのんで王城を仰いだ。
 外からみても、膠着していた事態は動いたようだった。
 晴れ間に雨が降ったり、翼龍が頭の上を旋回したり。
 しかし、そのあとは静かになったきり、状況がよくわからない。
 
 
 飽きずに空を見上げていた子供たちが、空をゆびさして歓声をあげた。
 つられて、ひとり、ふたりと顔を上げた人々が、慌ててまわりに声をかけあった。
「もうすぐ夜だ。まさか、魔物じゃないよな」
「ばか、王様の、翼龍のお姿だよ! 国旗に描いてあるだろう」



 ざわめきの中で、王都の空を旋回する赤金色の輝きが、夕日を受けてキラキラと零れる。
 壊れた城門のあたりに降りていくのをみて、引き寄せられるように、都下の人々がそこに足を向けた。


 事前に何も知らされていなかった衛士達は、慌てて城門の片付け作業を中止させて、撤退する。

 そのすぐあとに、巨大な翼龍が軽やかに瓦礫の上に降り立った。



『―――王城の皆さん。そして、王都の皆さん』

 きれいな少女の声が響く。
 大急ぎであらゆる官職の人間が、身を乗り出した。

 翼龍から、きれいな少女の声が響く。
 大急ぎであらゆる官職の人間が、身を乗り出した。
 伝説としてしか語られてこなかった、翼龍。
 その姿で、直接民衆に語り掛けてくるなんて、前代未聞のことだ。

 赤金色の見事な翼龍は、堂々とした翼をひろげる。
 王城の城門とほとんど同じ大きさだ。
 この王城の都市が、建国時から翼龍の存在を前提に造られていることを、あらためて実感する。

『私は、王位継承権第一位、リーア=フローレンス=シェリース。国をおびやかしていた赤い魔女は、倒しました。昨日王都を襲ったのは、赤い魔女が仕掛けた魔物たちです。・・・この世界を支配している魔女とは別のものでしたが、いったん、魔物が押し寄せてくることはないでしょう』

 巨大な翼龍から響いてくる少女の言葉に、ほっとした息が満ちる。

『けれど、お父様は・・・国王は斃れてしまいました。また、私が王城に戻ってくるのを手助けしてくれた聖者ロアも、この争いの中で、命を落としました。でも、それより。昨夜この城下で、魔物の襲来によって命を落としたり、お怪我をされた方々。そしてこの件で生活を失った地域の方々。・・・沢山の人人々に、被害が出てしまった・・・』

 城下に、どよめきがひろがる。

『まずは傷ついた皆さんの救援を第一にします。王城の衛士達、どうか城下の人々に必要な手助けをお願いします。また、文官は、奪われていた土地に住民が戻って生活を再建する為に必要な物資を即時手配支給して下さい。あらゆる必要な事は関係部署へ遠慮しないで申し出て下さい。そして、話をうけた機関は、王家の名にかけて、すべて即時適切に対応してください。―――すべての責任は、私が負います』


 凛とした少女の声が、翼龍から響いて、人々の胸におちる。
 赤金色の翼龍。
 これが、この国の、王だ。
 おおきな翼をたたむと、するりと小さくなり、金色の少女の姿が、ぽつんと残る。

 それを見ていた人間は、まばたきを忘れた。

 リーアは上品に一礼し、また赤金色の輝きを膨らませて、バサリと翼龍として舞い上がる。



 高く高く飛んで王都の空を一巡りした翼龍が、開け放たれたままの王城の空の大正門から王城に入っていくのを、集った人々だけでなく、遠くから見上げた人々も、食い入るように見守った。

 ドン、と空中の大正門が閉じる。
 落日の明かりのなか、翼龍の消えた王都の空に、うっすらと虹が描かれていた。







 あの後すぐに、オリティアも古い脱出口で怪我をして動けなくなった所を発見された。
 この反逆者の姉弟は、厳重な監視の元、救護所で眠らされている。

 激戦地になっていた王座の間の復旧は後回しにして、旅装のクレイ、シヅキ、リッドと一緒に手頃な会議室を借りていた。


 リーアが姉弟を地下牢へ収監することに反対したあたりから、セキが王女の意図を補足するように、直接まわりの官人達に次々と指示を出していっていた。
 アキディスによって停止させられていた城内の各機関の仕事を再開させ、城内外の状況を確認させている。
 そして、王城の外の人々に状況を伝え、リーアが王位につくという事も周知する必要があった。
 魔物による被害をうけた人々の救済。
 それを王が直接指示することによって、絶対王政の芯を立て直す。
 リーアに翼龍の姿で演説をして貰うこと、その内容も、全部セキが決めたことだ。

 際立った問題もなく、王城は生き返りはじめた。
 国学院生の姿のセキが主導していることに、誰も疑問の声をあげてこない。
 王女様の意向を代弁しているという形だけれど、国の方針指示するなんて重要な役割は、そろそろ本来の役目の人間に、返すべきではないだろうか。

 レザード少尉と薬師長の父には、各官職への連絡に動いて貰っている。
 城内の連絡は、城内に詳しい人間に任せた方が良い。
 なにしろ、この300年の王城は、セキも知らなかった裏道があるほど、構造が複雑だ。
 
 
「おつかれ。セキさんは仕事ができる人間だな」
「これは私の仕事ではないが。・・・地下牢での要人の犠牲が、本当に、痛いな」
 そう。本当は地下牢から救出した官職の長達に、あとは全部任せれば良かった筈なのだ。
 まさか赤い魔女のせいで殺されているとは。
 
 そっと会議室の赤い椅子に腰をおろしたセキの肩を叩いたクレイは、ひとつ大きなため息をついた。

「それより、滅茶苦茶腹が減った。ちょっと厨房に行ってくるぜ。セキさんの分も持ってくるわ」
「―――おぬし、さっきまでの惨状を見いて、よく食欲がでるな」
「惨状? そんなに酷くはなかっただろ。話は複雑だったが」

 そういうクレイはいつのまにか見慣れた旅装姿に戻っている。
 衛士達の役割が正常に機能しはじめた以上、確かにその方が面倒にならない。

「・・・クレイさん。厨房の位置なんて、どうして知ってるんですか?」
 壁に背を預けていたシヅキが、冷静な質問をした。
「衣食住を確保することは重要任務だ。どうせ暇だろ、一緒に行くぞ、シヅキ」
「あ、ちょっと・・・!」

 思えば助けたばかりの時のシヅキは、火傷と傷心で、ただ痛々しいばかりだった。
 身体の傷が治り、昨日の今日で本来の調子を取り戻したようにも見える。
 しかし、人は、止まれば過去を振り返るものだ。
 クレイが忙しく連れまわしてくれるのも、悪くないだろう。

 二人をみおくってから、卓上に放り出していた自分の荷物を確認する。
 財布と僅かに残った薬と、学生証。
 そこにくたびれた制服の上着を脱ぎ捨てて、椅子にもたれる。
 食欲なんてない。
 けれど、どっと疲れがおしよせる。
 

 リッドは―――。
 そういえば、服の返り血が凄いから着替えてこいと言ったのはセキ自身だ。
 どこかで湯を使わせてもらったのか、濡れた茶色の髪を拭きながらリッドが丁度戻ってきた。
 
 会議室にセキしかいないのをみたリッドは、少し控えめに声をかけてくる。
「リーアの演説は、成功したのか?」
「まだ、わからぬな」
 翼龍が城下に姿を晒してから、小一時間ほどになる。
 それが城下の人々にどう影響したのかは分からないが、少なくとも城内の空気が活気づいているようには、感じる。
 
 魔女の手下に利用されていた偽王を庇ったリッドに対して、セキは今更ながら気まずさを感じた。
 さっきまでは怒涛のように指示を飛ばしていた一環で、リッドに血だらけの恰好を何とかするように言ったものの、彼は、隣国の貴族だ。
 しかも怒りに任せてかなり失礼な発言をした気がする。

 セキは何となく言葉がみつからず、俯いた。
「リッド。その―――すまなかった。私は、頭に血が昇っていたようだ」
「え、ちょ、何だよ。セキが謝る事無いだろ。この国の事情も何も知らないで、色々口出しして、迷惑かけっぱなしなのは俺の方だ」
 リッドはくしゃりと髪を掻いて、隣の椅子に座る。

「・・・話し合えれば、良かったんだ。声をあげる機会が無い事が、オリティアとアキディスを衝き動かした。彼らのような人々の意見を拾い上げて、政策に生かせるようにすれば、同じことは起こらない。絶対王政は凄いと思う。でも、それを基本にしたままでも、多くの意見を集積する方法は、いくらでもあると思う」
「―――ふ。流石に、議会制の国だな。絶対王政を基本にしたまま、か・・・」
 セキは、まっすぐなリッドの強い言葉に、どこか、安心した。



「失礼する。セキ=アドリス殿はおられるかな?」
 会議室の開けっ放しの扉から、数人の文官がぞろぞろと入ってきた。
 知らない顔だが、役職別の紋様が服に刺繍されているから、役職の判別はつく。

「セキ=アドリス殿。こんな時ゆえ、突然の失礼をお許しください」
 堅苦しい挨拶をしたのは、法政官の男だ。
 それに続いて占術師と薬師、建築官、国学院の副長の顔もあって、警衛官と刑務官以外の主要な官職が揃っていることになる。

 急いで椅子を立って一礼しつつ、内心首を傾げた。
 これだけの役職が揃って訪ねてくるような用件が、思い当たらない。

「私は単なる学生です。お気遣いなく。それより皆様お揃いでお尋ね頂くとは、何事でしょうか」

「王女陛下に於かれては、これからの指針を示されたお蔭で我々も動き出すことが出来ました。しかし、六官全体を取り纏める指導者に欠けている。手短に申しあげれば、女王陛下をここまで助けて頂いた貴殿に、王の補佐官として官を取り纏めて頂きたくお願いに参りました。無論正式な任命は王女殿下から下されるものですが、力を貸して頂けませんか」

 ゆるやかな衝撃が胸裏を駆け巡る。
 思わず一歩下がって、リッドに肩でぶつかった。

「いや、私は、そのような身分では―――」
 リッドの手が後退を止めるように背中を押してくる。
 振り返ると、肯定の視線とぶつかった。

「貴殿が信用に足る人柄というのは、国学院が保障しておる。父君も国学院と並ぶ薬師の長だ。身分というならば問題はない。・・・それに、警護の者から、王証碑の力が貴殿に移ったという報告も受けた。あの力は秘伝にして唯一無二のものだ。はっきり言えば、王の傍近くにいて頂かねば、困るのだ」

 国学院の老顔の言葉に、返す言葉がない。
 言われてみれば全くその通りだ。
 しかし、ただの学生がいきなりそんな大きな役職に就くというのは、今まで考えられなかった。
 その地位を目標にしていた官人は、いなかったか。
 他人の頭の上を飛び越えて高位に就く事は、史上を眺めてみても、恐ろしい僭越だ。

「傍仕えは致します。しかし、補佐官たる人材は他にも・・・」
「僭越を恐れているのは、わかります。今は皆がそうなのです。しかし貴殿を推薦したのは、我々六官の代表。それに異を唱える者はおらぬでしょう」


 ―――甘言だ。あまりに、ひどい。
 目の前が遠くなった気がした。
 しかし同時に、そのような状態の官人が多くては国を任せる訳にはいかないのではないか、という思考も働く。

「・・・警護官と刑務官も、同意見でしょうか」
「無論、話は通っています。激務のためこうして一緒には来られなかったが」

 あっさり頷かれて、流石に動悸がしてきた。
 王妃様に単身呼び出された時よりも、足元で大地震が起こっているようだ。
 背中を支えるリッドの掌が、平衡感覚を保たせてくれている。

「・・・少し、時間を頂けますか」

 否と突き返すには、彼らの言い分はもっとも過ぎる。
 だからといって、わかりましたと快諾できる内容でもない。
 セキが小さく呟いた言葉に重役たちは安堵の顔をうかべる。
「良い返事をお待ちしております」
 
 会議室を出ていった重役たちをみおくって、セキはそのまま椅子にぺたりと腰を落とした。

「・・・私が、補佐官? 王の傍に並び立つ、占術師より上の立場だぞ。王族以外の最高位だ。それを私に? 馬鹿じゃないのか」
 おもわず心の声が口に出た。


 リッドが小さく笑う。
「セキ。王家に忠義を貫くって言ってたよな。それは、人の顔色を気にするような事か?」
 冷静な声に、すっと動揺が引いた。
「他人の顔色を伺い、保身に走る。いま私が僭越を恐れるとは、そういう事か・・・」
 リッドの言葉に、目が覚めた思いがした。

 しかし、だからといって、リッド達を魔女の炎から助けに駆けつけた時のように、ぱっと立ち上がって、僭越結構、と割り切るような決心がつかない。


「・・・国の為に出来る事が増えると思えばいい。確かに面倒な事は避けられないだろうけど、地位があったなら、それは畏れるものじゃなくて、最大限に使うべきものだと思う。俺も、国に帰ったら、総議長の子だって立場を、利用させて貰おうと思ってる」

 すぐそばの、真剣な眼差し。
 リッドが隣国の貴族だというのは分かっていたが、総議長といえば、国王のようなものの筈だ。
 その子息がそう言うのだから、説得力は充分だ。


 言葉が出ないうちに、慌ただしく侍女姿の女性がとびこんできた。
 「すみませんっ! こちらに王女様はいらしていませんか?!」
 部屋の中にはずんだ息が飛び込む。

「いや―――」
「本当に、ですか?!」
 セキは侍女の剣幕に思わず頷いてみてから、ようやく何が起こっているのか理解して椅子を蹴った。

「いつから、おられぬ。一度は部屋に戻ったのだろう?」
「半刻ほど前です。私どもが少し目を離した隙に部屋を出られてしまわれたみたいで。お湯を使われてお着替え中でした。王妃様の元も捜したのですが・・・」
「わかった。私も捜してみる。警衛官に相談は?」
 首を振った侍女に頷いて、セキはリッドを振り返った。
「少し席を外す。ここにある許可証で城内は自由にできよう。・・・先程の忠告、ありがたく頂戴した」


 頷いたリッドをおいて、会議室を飛び出した。
 王妃様の所に居ないとなると、侍女には行方の検討がつかないだろう。
 昇ってきた城内の裏道をざっと一巡りしてみても、隠れているような気配はない。
 そもそも、リーアが狭い所にいるような想像がつかない。
 その本性は、巨大な翼龍なのだから。

 ―――外。

 今まで気に留めた事は無かったが、王座の間の大正門の外には、少し低い位置に王家の庭園がある。
 入った事が無いからどんな所だか知らないが、この状況下で、誰かが立ち入る事はない筈だ。
 急いで別塔の階段を駆け上がって、少ない見張りを勢いで説き伏せて王家の庭園へ辿り着く。
 
 焼け付くような喉に、外気の湿気が甘く感じる。

 雨音が、鳴り響いているのかと思った。

 きれいに整えられた緑の中で、滾々と吹き出す水が広々とした池の中に落ちていく。
 星が瞬きはじめる時間だというのに、水滴が輝きながら弾けて、ぼんやりと緑を照らし出している。

「・・・ここに、いらっしゃいましたね」

 きれいな金髪が池の淵にしゃがみ込んでいるのに、声をかける。
 立ち上がった小さな身体は、ぶかぶかの官服を着込んでいた。
 「侍女が心配しております。戻ってあげて下さい」
 官服姿で、何をしていたのだろうか。
 取り敢えずその追求は置いておいて、奔放な女王様を鞘に戻さなくてはと思う。

「―――考えていたの。どうして、お父様が殺されたのか。アキディスって人が言っていた事が、本当なのか、考えても、よくわかんなかった。お城の皆に聞いてもちゃんと答えてくれないから、さっき、街におりて、いろんなことを聞いてきたの」

 疲れた四肢が、熱く痺れるような気がした。
 一度空を手にした翼龍の行動力は、強烈だ。

「それで・・・何か、わかりましたか」
 首を振って振り向いた顔に、静かに笑みが浮かんでいた。
 幼い貌が水の光に薄く照らされて、どこか王妃様に似た双眸が輝く。

「アキディスが言った事も城の皆が言う事も、どっちも間違ってないのは、わかったの。私がこれから、どうしたら一番正しいのかが、よく、わからないの」
「我が国は、この都市は、王がなくては成り立ちません。あの男の言うようにすれば、都市が滅びます」
 きっぱり断言しながら、正直、驚いていた。
 アキディスのしたことは、王族の否定であって、リーアの否定でもある。
 それを正面から受け止めて、客観的に眺めようというのは、大きな抵抗があって当然の筈だ。
 

「・・・あのね、あの、セキ。怒らないで聞いて」
 小さな身体が、精一杯に思案を巡らしている。
 これがただの少女なら、可愛い、の一言で片付くが、リーアの場合は国の指針にかかわる。
「努力は致します」
「駄目。努力じゃなくて、絶対、怒らないで」
「・・・・・・わかりました」

 官服の袖からちいさく指先がみえて、そっとセキの胸元に触れた。
 よく分からないけれど、そのままにして、小さな王女様を見つめる。

「・・・覚えてる? 小さい頃、一緒に遊んだの。ずぅっと、私、あの子が男の子だと思ってた。でも、女の子だったのね。だから侍女に言って沢山捜して貰ったのに、見つけられなかった」

 ―――覚えている。
 というよりも、想い出している。
 王妃様の冷たい手に触れた時、堰を切ったように記憶が蘇ってきた。
 たぶん、リーアの安全の為に、王妃様が私の記憶を塞いでいたのだろう。
 
「花冠を、編みましたね」
 胸元の手を取って、そっと片膝をついた。
 このまま見下ろしている訳にもいかない。

 リーアの大きな瞳が、赤く揺れる。

「その貴女が、私の王証碑になってくれて、嬉しかった。迎えに来てくれたのも、いろんな事から庇ってくれたのも、凄く、嬉しかった。――――セキが好き。ずっと、好き。他には、何もいらないの」

 真っ赤な頬に伝う涙が、緑の薄明りに光る。


 拙い声が胸に染み込んで、不思議にするりと肚に落ちた。
 これからの事をどうするのが一番正しいか。
 そんなもの、セキにだって分からない。
 正しいと思って突き進んだ道が最善の道である保障はどこにもない。
 それよりも。
 打算と計算でできた未来図よりも、価値のある事がある。


「・・・翼龍になり、正門から飛び出して行かれた時、少尉は慌てていたし、皆、呆然としました。王を失うのではないかと。私は・・・怒っておりました」
 リーアが、びくりと反応する。

 怒らないで、と牽制されてはいたけれど、怒ったのは今じゃない。
 それに、今から言う言葉で怒られるべきは、自分だ。


「―――赤金色の美しい翼龍は・・・私のものなのだから」


 リーアの涙を拭って、真っ赤になってしまった頬を両手でとらえる。
 間違いなく不敬罪であることは、もう気にしない。

 「ほら、怒りませんでしたよ。寧ろ私が怒られるべきです。・・・これからどうしたら一番正しいのか、一人で悩んで答えが出てくるような問題ではありません。そのために六官がおりますし・・・私も、ずっとお傍におりましょう」



 こんな時に、ふっと笑いが零れた。
 魔女の手下が言い捨てた言葉を思い出す。

 これで王家は終わり』―――。

 確かに、リーアが嫁がねば、聖者亡き今、王家の血筋は続かない。
 こうなったら、アキディスとオリティアがやろうとしていた施策を、推し進めていく必要もあるかもしれない。
 都市の住人の為に、これからの未来のために、現実的な手を打っておく必要がある。


 そういう冷静な思考を巡らせながら、胸に飛び込んできた小さな体温を、抱き留めた。
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