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命の雨音
悪王らしさ
しおりを挟む「王証碑は安全な所にあるゆえ、どこを捜しても、無いぞ?」
王妃は笑って、部屋を荒らしている白い外套の泥棒を見上げた。
自室に閉じ込められてからの初めての来客が、窓からの泥棒というのは、なかなか面白い。
しかし、王宮の中だけの秘密である王証碑の存在を知っていて、それを捜し始めたということは、ただの泥棒ではなかろう。
きっと振り向いた女の、赤い髪が揺れる。
「知ってるわよ。あの学生が持ってるって言うんでしょ。でも、二つあるって聞いたよ。もう一個は、どこに隠したのよ。そのへんの奴は知らないとか言うし、まったく、使えないね」
「ほんに知らぬよ。お主は、あの占術師の姉弟の仲間ではないのかえ?」
女は鼻を鳴らして嫌な顔をする。王妃はそれをじっと見た。
少なくとも王宮では―――身の回りには、そんな仕草をしてみせる女人はいない。
「一緒にしないでよね。私はアンタの娘を攫った魔女だよ。こんな古臭いお城おなんて、いらない。新しい領土と強い力。それだけくれればいいのよ。まったくアイツら、嫌な時に王様殺してくれちゃって、迷惑してんのはこっちだわ」
びっくりするような事を、言う。
少しぼうっとしてから、首を傾けてみせた。
「―――それならば魔女殿。何故、学生ひとりから王証碑を取って来られぬのか? 戦の心得も乏しいただの学生相手なら、奪い取るのは容易かろう」
言いながら、嬉しくなってきた。
あれを持ったセキ=アドリスが無事なのだとすると、きっと翼龍の力を受け継いだ娘が守っているのだろう。
二人が元気で無事なら、それでいい。
きっとこの状況を、何とかしてくれる。
「ふぅん、あの甘ったれた王女様の事は訊かないんだ。なに、あの学生、アンタのお気に入りなの? あとあのウザい魔術師・・・。あー、もう。計画が滅茶苦茶。面倒くさいから、王証碑と王族の力ってやつだけくれれば、もういいのよ。・・・何だったら、教えてくれれば、あの王様殺しの姉弟、始末してあげる」
ぐいと近づけてきた顔から、目を逸らす。
何かの暗示でも掛けられてはたまらない。
もっとも、もう一つの王証碑がどこにあるのかは、亡き王しか知らない事だから、うっかり喋ってしまうことはない。
「―――魔物の誘惑には、のらぬ。立ち去るがよい」
「むかつくな。私のこと、ナメてるでしょ」
ゆら、炎の魔力が立ち昇り、足元を紅色の蛇がぐるりと取り囲む。
娘とセキが無事であれば、私がいなくても、大丈夫。
まして官の足枷となっているこの状況は、二人の足枷ともなる。
「さよう、私はお主を侮っておる。お主の云うところの、甘ったれた王女が怖くて、学生ひとりから小物ひとつも奪えぬのだからのう」
「―――丁重に扱っていれば、いい気になりやがって・・・!!」
赤い蛇が強い光を放つ瞬間、硬く身を守る魔法を、変形させる。
詠唱はない。ほんの一瞬、魔力を押し出す。
王の、夫の敵。
手を下したのは国民だけれど、原因を作ったのは間違いなく、目の前の魔女だ。
それと対峙できたことに感謝する。
視界が爆ぜて、白くなった。
「・・・こういう時に、救護の人間は、どこにいるんだ」
驚きを通り越して、苛立ちながら、アキディスは声をおとした。
『―――昨夜の負傷者のために、医務室に詰めていますよ』
頭の中に囁いてくる、ゼロファの声。
彼はアキディスの影に潜むように姿を消して、逐一やろうとすることを手助けしている。
力を全部寄越せといった、結果だ。
それにしても、魔力の爆発の跡のようなこの部屋を、誰かに見られる訳にはいかない。
王妃を人質に取っているからこそ成立している城内の強制支配が、根本から瓦解してしまう。
とにかく、王妃が生きているように見せかけて凌ぐしかない。
それには、この部屋を何事も無かったかのようにするか、王妃の身体をきれいに治すしかないが―――
足を踏み出すと、ビシャ、と赤い血溜まりを踏んで、すこし息を呑む。
「・・・大丈夫だ」
なにが、大丈夫なものか。
そう思いながらも手をかざすと、治癒の魔力があふれだした。
『光よ 我が意に従い 全き命を照らし出せ』
焦げた黒と赤の景色に、詠唱通りの輝きが迸る。
あっという間に焼けただれた部屋はもとの白さを取り戻し、足元に横たわる血の海も、ふかふかの絨毯の感触にかわる。
そして、眠るように横たわる人間が―――二人。
金色の王妃はわかる。
しかし、この赤い髪の若い女は一体、どこから沸いて出たのだろうか。
「・・・うっ・・・」
突然びくりと呻いて、赤い光が彼女の上腕で明滅した。
覗き込んでみれば、赤く浮かび上がった蛇の入れ墨。そこから供給される朽ちかけの魔力が、かろうじて彼女の命を繋ぎとめていたらしい。
ゼロファは、何も言わない。
そっと金色の王妃の身体を抱き上げてから、片足で赤い方を小さく蹴る。
「おい、生きてるなら起きろ、魔女」
「・・・なんだ、おまえ・・・」
蹴られたのに気付いたか、苦しい息づかいの返答がこぼれた。
世界を支配する魔女なら、ただの王妃との一戦で、こんな醜態を晒すことはないだろう。
偽者の魔女に違いない。
ゼロファに力を貰っている自分の方が、遥かに強い気がする。
「どうして今更、ここへ来た? 俺の邪魔をするなら、このまま殺す」
ビリ、と言い下した。その恐ろしい響きに、自ら納得する。
いかにも、悪王だ。
この魔女はもしかすると、支配を確実にして開城するときに民衆に晒せば、王位を確立する役に立つかもしれないと考える。
それも、悪王らしい。
赤い魔女が口を開く前に、足元から、ドンと大きな振動が響いた。
今度は何だ。
舌打ちする。こいつに構っている場合じゃない。
『闇よ 我が意に従え』
赤い魔女に深い眠りの魔法をかけて、待たせていた衛士を呼ぶ。
地下牢に入れておくように言い置いて、いそいで王妃を抱えて王座に戻る。
王座の隣、王妃の席に冷たい身体を丁重に座らせ、厳重に幻覚と障壁の魔法をかけた。
これで、囚われの眠り姫状態だ。
「アキディス、今の音は―――?」
分厚い本を両手に抱えたオリティアが、駆け込んできた。
「音は、わからない。今確認させるよ。姉さんは気にしないで計画を進めさせて。何があっても、邪魔はさせない」
「うん、えっと・・・その、王妃様は―――?」
「ほら、部屋にいても人質感がないじゃないか。だからここにいて貰う事にしたんだ。危ないから障壁には触らない方がいいよ」
たとえ共犯の姉にでも、死んでいるとは言わない。どこで漏れるかわからない。
すぐに慌ただしく一人の衛士が広間の入り口に駆け込んで、膝をついた。
「申し上げます! 城門が破られ、何者かが侵入しました!」
思わず自分が敷いた支配ながら、感心させられる。
昨夜のように素手の自分を相手にたじろぐような腰抜けの衛士ばかりかと思っていたが、簒奪の悪王にでも堂々と従う度胸のある奴がいるとは。
だが、いまは衛士一人に構っている暇はない。
「そうか、俺が捕らえろと言ったら従える相手か? 城門を破るなんて、なかなか普通の人間じゃ、出来ないだろ」
ゆっくり、低い声を衛士の頭に落とす。
彼が言い淀んでいるうちに、遅れて駆け込んだ数人の衛士が同じような報告にきて、膝をついた。
「昨夜もいらした、聖者ロア=フローレンス様のご一行のようですが、城門を破壊されました!」
どうやら第二報は、少しは役に立つ。
聖者ロアといえば、王族の人間だ。
民衆に降って大人しくしていると思っていたが、王位を継ぐ王女にもしもの事があった場合、次の王位継承者だと噂されていた。
ということは、王の死が、閉ざした筈の王城のどこからか、漏れたか。
「ただの侵入者だ。殺せ。って言っても無理だろうから、助力してやる。殺して連れて来い」
折角王城を掌握して魔女らしいものまでも捕まえた所なのに、とんだ冷や水だ。
集った衛士たちが、青ざめた顔をあげる。
気持ちはわかる。
悪王の命令に従って行動するところまでは良くても、王族を手に掛けろというのには、身体が動かないだろう。
まさに自分がそうだったのだから。
でも、やらなければ、前には進めない。
『闇と光 閉じよ 後天の畏れ 奮え荒坤の指令』
意味不明の上級魔法がスラスラ出て来た。
指先が勝手に魔法を描くに任せると、赤黒い闇の塊が、青ざめた衛士たちに吸い込まれる。
一瞬ぐらりと胸を掴んだ彼らが再び上げた眼差しは、暗かった。
「―――行け。侵入者を、殺せ」
衛士たちは一礼すると、素早く城内の下降用滑走路に飛び込んでいった。
城下街と同じように、城内も降りはごく短時間だ。
しかも古い。
つまり、各階に途中で停まる為には個人の技量が必要という、とても危険な滑走路でもある。
それがずっと使われているのは、古城ならではだろう。
城下街だって、もう少し安全にと、角度や周囲の環境が工夫されている。
とてもじゃないが、新参者の自分は、古城の危険な機能を使う気にはなれない。
ふと、背中に苦しげな声をうけた。
「―――本当に、アキディスなの?」
振り向かなくても、姉が辛い顔をしているのが、わかる。
人が変わったような冷徹な言動と、高等魔法。そう思うのは当然だろう。
そうだよ、という言葉を仕舞い込んで、ゆるやかに首を振る。
「・・・違うかも知れない。でも、俺がずっと同じでいる必要なんてないだろ? 自分が変わらなければ、何も変えられない。国を変える事なんて、出来ない」
ちら、とすこしだけ振り返る。
「手を汚したのは、俺だよ。だからこれは俺の役目だ。―――貴女は貴女の役目がある」
そう育てたのは貴女だと言おうとして、やめる。
言い訳じみたことを言っても仕方がない。
顔を背けて、目を瞑った。
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