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故郷の景色を探して
しおりを挟む極東の文化を象徴していた、桜の木。
私がこの新しい世界に降り立ってから、かなりの時間が経った。
だけど、あの美しい桜の木には、まだ出会えていない。
確か桜の木は、挿し木で同じものを増やせる。
挿し木する人がいなければ、世界のどこかにあったとしても、あまり広まることはないだろう。
この世界の大地は結構広いし、まだ行ったことの無い場所も多い。
だから、探してみよう。
野生に咲く小さな幹があれば、私が挿し木をしてあげよう。
もう誰も覚えていない、懐かしい故郷の色。
満開の桜の木の下で、少しだけ、眠りたい。
「『風よ 我が意に従え!』気を付けて、レイティア!」
「はぁぁぁっ!!」
魔法使いの風魔法が、赤黒い猛獣の足下を浚う。
そこに剣士が斬り込んでいく。
息の合った連携。
ザッと猛獣の首筋を斬りつけて、完全に決まったように見えた。
だが、まだだ。
少し身をよじった猛獣の傷は致命傷まで至っていなかった。
『ガルル!!』
「!!!」
凶悪な爪のある前肢が、剣士を薙ぎ払う。
『風よ・・・!』
魔法使いが咄嗟に剣士を護ろうとするも、発動が間に合わない。
ザッと爪の攻撃をうけた剣士が木立のなかに跳ばされた。
「レイティア!」
『グオォォォォ!!』
赤黒い猛獣が、魔法使いに突っ込んでいく。
「っ・・・『風よ 我が意に従い 薙ぎ払え!!』」
圧縮した空気が猛獣を叩き付ける。
しかしそれも、猛獣を倒すような決定打にはならない。
『グオォ!!』
「・・・!」
やられる―――
おもわず目を閉じて身構えた魔法使い。
しかし、猛獣の動きは、突然ピタリと停まった。
「こんな魔物を相手に、無茶をしちゃ駄目よ」
そっと優しく声をかける。
彼女達はなかなか頑張ったし、きっと同世代と比べたら、強いほうだと思う。
けれど、これはちょっと無茶だ。
「こんな凶暴な大熊の魔物、大人の退治屋でも厳しいでしょうに」
パチンと指を弾く。
それで、赤黒い猛獣は、ざあっと砂になって地面に流れ落ちていった。
一瞬呆気に取られた顔でこっちを見た魔法使いは、しかし、すぐに倒れた剣士のもとに駆け寄った。
「レイティア! やだ、死なないで・・・!」
脇腹を大きく抉られた剣士の身体から、力無く血が流れていく。
微かに反応をみせた剣士に、辛うじて意識はあるようだ。
「イオ・・・エル・・・」
「『命の光よ 集い来たれ』!!」
薄紅色の回復魔法が、必死に剣士の命を繋ごうとする。
キラキラと宙を舞う、優しさで創られた魔法の光。
そういえば、この色はまるで、桜みたいだ。
涙を浮かべて必死に魔法を詠唱する魔法使いの後ろから、そっと、その両手に手を重ねる。
彼女の茶色の髪から木々の匂いがする。
『命の炎よ ここへ』
同系統の力を、魔法使いの回復魔法に重ねた。
ぱっと薄紅色の輝きが眩しいくらいに満ちて、すうっと消えていく。
やっぱり、散っていく桜の花みたいだ。
「・・・ぅ・・・」
「あ、傷が・・・」
痛みが消えてそっと目を開けた剣士の顔色も、悪くない。
流れた血のぶんまで回復させることができているようだ。
魔法使いに抱き起こされた剣士は、彼女の襟元まで伸びた茶髪をそっと撫でた。
「心配かけてごめん。ありがとう、イオエル。・・・そして、貴女も。助けて頂き、ありがとうございます」
折り目正しく、真摯な眼差し。
薄い茶髪を後頭部でキリッと束ねた、剣道女子的な少女。
―――こんな少女達が退治屋まがいの事をしているなんて、この地域の村は、人手不足なのだろうか?
「あの魔物相手に、よく逃げないで頑張ったわね。いつもふたりで戦っているんでしょう。でも、無理しちゃ駄目よ。命は大事にしなさいね」
「あ・・・。は、はい。本当に、ありがとうございました」
一瞬驚いたような顔をした剣士が、改めて頭を下げる。
それを横目で見た魔法使いも、ペコリと頭を下げた。
それから、ちらりと目をあげる。
「えっと・・・お姉さんは、すごい魔法使いなんですか?」
「すごい魔法使い?」
魔法使いのおもわぬ可愛い発言に、少しだけ、楽しくなる。
「さっき指を弾いた音だけで魔物を倒したし、回復魔法も、一瞬であっというまに治しちゃったし」
「えっ? そうなの? すご・・・!」
魔物を消した所を見ていなかった剣士のほうが、魔法使いの言葉に驚いた。
ふたりをみていると、なんだ可愛い。
ニコリと笑んで、首を傾けてみせる。
「そうよ。私はちょっとすごい魔法使いなの。東から『桜の木』を探して旅しているのだけれど、何か知ってるかしら?」
きょとんとしたふたりに、さっきの回復魔法の薄紅色の光をぽうっと見せてみる。
「こういう感じの花が、春のひとときだけ咲いて散っていくの」
春に咲く、薄紅色の木の花。
そう人々に聞いてまわっても、近いけどどこか違うものしかみつからなかった。
「「・・・あれかな・・・」」
ふたりは顔を見合わせて、剣士のほうが口をひらいた。
「今はもう花が散って、ただの緑の木ですけど、森の奥に春先だけ薄紅色の花を咲かせる木があります。花がある時期がすごく短いんですけど・・・」
そう。
今は初夏だ。
桜の木があったとしても、今すぐに桜の花をみることはできない。
「もしよかったら、案内して貰える? 枝の形で、探してるものと近いかどうかは分かるから」
「は、はい。勿論―――。いいよね? イオエル」
「うん。ねえ、本当に身体もう大丈夫??」
魔法使いが心配そうに剣士が立つのを支える。
かなりの深手を、普通の魔法ではありえない速さで治したのだ。
心配になるのも当然だろう。
「安心なさい。命の炎を足したから、前よりも元気になってる筈よ。貴女にもできるし、あとで教えてあげるわね」
魔法使いの少女が、ぱあっと緑の目を輝かせた。
「・・・本当? じゃあもしかして、ほかの魔法も、もっと強くなれる?」
「勿論よ。強くなりたいの?」
「うん。さっきみたいにレイティアが怪我しないように。もっと、力になりたい」
「そうね、大好きな人が怪我するのは、辛いわね。素敵な目標だわ」
桜の木。
その枝ぶりは、環境によっても違う。
太くうねった黒い幹。
折れそうなほど前後左右に伸びていく枝葉。
野生の日本桜。
ごつごつとした黒い幹に触れると、それが、見知った品種だとわかる。
そっと幹に触れたまま黙ってしまった私の隣で、魔法使いが同じように幹に触れた。
「探してた木で、あってる?」
小さく声をおとして、覗き込んできた。
おもわず滲んだ涙が、零れていく。
「ええ。何万年ぶりなのかも忘れちゃったけど、確かに、この木だわ。」
「えー、そんなに生きてるの?」
「こら、イオエル。ものの例えでしょ。でも、合ってて良かったです。花の季節ならもっと良かったですね」
「そうね。案内してくれて、ありがとう」
この少女達のやりとりを見ていると、とても微笑ましい。
退治屋のような事を続けるのなら、どちらも欠ける事がないよう、もっと実力をつける必要があるだろう。
何万年も生きてきた。
魔法も剣も、最近3000年位で習得した技術だけど、彼女達に教えてあげるくらい、多分、できる。
どこまで教えて良いかの加減は、ちょっと考える必要があるかもしれないけど。
「私は、遥か東方から旅してきた、ミカゲ=ディシール。桜の花が咲く季節まで、貴女達に魔法と剣を教えてあげる。最強の退治屋になれるわよ」
「えっ? そんなに教えてくれるの?」
「いいんですか?」
最強ときいて、ふたりの緑の瞳が、素直にきらきら輝く。
「私と桜を繋いでくれた、お礼よ。よろしくね。イオエル、レイティア」
満開の桜が満ちる頃
今を生きるふたりは、世界でいちばん強くなるだろう。
桜の木の下でみる夢は、きっと、楽しいものになる。
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