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【7】汚染

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「なにかしら、これは」

目の前で繰り広げられている光景に、わたくしは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。

場所は生徒会室。時刻は昼休み。
早めに昼食を終えた私は、殿下が来られる前に生徒会の仕事を済ませておこうと、こうして生徒会室に足を運んでみたのだが。

「テオさま、あーん⭐︎」

「し、シャーロット嬢、悪いが、その、そういったことは出来ないというか……」

「えぇー、なにも恥ずかしがらなくてもっ。テオさまってばかわいいっ」

「か、かわいい?俺が?」

「はい、照れてるテオさま、とってもかわいいです~」

顔を真っ赤にしてわたわたと慌てるテオドールと、お弁当のおかずを片手に、彼に迫るシャーロット。
なにを見せられているのか、甘ったるい空気が生徒会室に充満していた。

「ああ、副会長……」

「ユリウス様、なぜ、彼女がここに?」

「ごめん、シャーロットを連れてきたのはボク」

彼らから距離をとりながら、ゲンナリとした顔を隠さずに、す、と手を挙げたのはノアだった。
ユリウス様も申し訳なさそうな顔をして頭を垂れている。

「生徒会室を見てみたい、って言うから、ちょっと連れてきたんだけどー」

「そう。見に来ただけのわりには、ずいぶんと奔放な振る舞いをされているようだけれど?」

「なーんか知らないけどテオドールと仲良くなっちゃって~。
ここでお昼を食べましょう、ってシャーロットが聞かなくてさぁ。
あっ、言っとくけどボク止めたからね?でもテオドールが良いって言うし、仕方なく見守ってたらイチャイチャし始めちゃってさー」

「申し訳ありません、副会長。私がお止めできればよかったのですが、テオドール様に押し切られてしまい……」

ノアはともかく、ユリウス様は仕方ないだろう。
同じ生徒会の仲間とはいえ、あくまでもユリウス様は特例の庶民生徒。
いくら学園内では身分制度が意味をなさないといっても、貴族であるテオに真っ向から苦言を呈することは難しい。

「テオ、シャーロット様。
生徒会室は遊ぶところではありませんわ」

「あっ、エレノアさま!エレノアさまも一緒にごはんたべますか?」

「なんだエレノア、来てたのか」

シャーロットはあくまでにこやかに、テオは鬱陶しそうな顔をして。
ツカツカと歩み寄った私に、顔を向ける。

「テオ、あなた何をしているの。
シャーロット様と交友を深めたいなら他に行きなさい。仕事の邪魔だわ」

「ぇー、エレノアさまひどいっ!そんな言い方しなくたって」

「いいんだ、シャーロット。
いつもコイツはこうやって突っかかって来るんだ」

「聞こえなかったの?テオ。
仕事をしないなら出て行きなさいと言ったのよ」

甘ったるい空気が、剣呑なものに変わる。
そもそも生徒会室には重要な書類も多く、お茶程度ならまだしも、食べ物を持ってウロウロ室内を歩き回るなど言語道断。
だから生徒会の役員は、必ず昼食を済ませてから仕事に来るという不文律があったはずで。
そんなこと、テオにだってわかっているはずなのに。

「ふん、仕事ならしている。
転入したての生徒の不安を取り除いてやるのも、立派な生徒会の仕事の内だろう?」

「不安を取り除く?わたくしには2人で戯れているようにしか見えなかったけれど?」

「やめてください、エレノアさまっ!
わたしのせいでおふたりがケンカなんて」

私とテオの応酬を見て、シャーロットが慌てて駆け寄ってくる。
ぎゅ、と腕をつかまれて、うるうるとした目で顔を覗き込まれる。

「ね?ケンカなんてやめましょう?」

「私は正当な注意をしているだけよ。
なにもケンカなんてしていないわ」

「……あれ?」

冷めた目でシャーロットを見下ろすと、彼女は呆気に取られたように首を傾げた。

「なんで効かないの……?」

「え?」

「あっ、いえ!なんでもないんですっ」

そういえば朝も、似たようなやりとりをした気がする。
あの時も不思議そうな顔をされて、それで、シャーロットに握られた手がしびれてきて……。

「テオさまぁ、わたし、ここで殿下をお待ちしたかったんですけど、お邪魔みたいなのでもう行きますねっ」

「エレノアのことなんか気にするな、シャーロット。気が済むまでここにいたらいい」

「んんー、でも、エレノアさま怒っててちょっとこわいし。
嫌われたくないので、また今度きます!」

「ま、待ってくれ!」

手際よくお弁当を片付けたシャーロットは、あとを追いかけるテオドールをともなって、生徒会室を出ていった。

「なんだったの、あれ~」

「テオドール様、一体どうされたのでしょうか」

2人の背中を黙って見送ったノアとユリウス様が、不思議そうに目を丸くした。

いくらなんでもおかしい。
テオは確かに傲岸不遜で、常に私とは水と油の関係ではあるが、注意を聞き入れないほど頭の悪い男ではなかった。

そもそも、生徒会室はテオが忠誠を誓うアルベルト殿下の、学園での執務室のようなもの。
そこを汚されてしまう可能性があるのに、あんな風に受け入れるなんてありえない。
むしろ、真っ先に怒ってもおかしくないはずなのに。

「ノア、シャーロット様が生徒会室に入ってきた時、なにか変わったことはしていなかった?」

「変わったことってなにさ?」

「そうね、例えば……。、とか」

「そういえば、そうですね。
シャーロット嬢がなにかにつまづいてしまって、それをテオドール様が支えてさしあげていましたが」

「……そう」

じわり、不快なしびれが私の腕を覆う。
間違いない、と思った。
シャーロットは、のだ。
そしてそれを同じように私にかけようとして、失敗した。

「テオってウブだから、可愛い子に触ってドキドキしちゃったのかな~」

「なんにせよ、テオの職務放棄は問題だわ」

「もうすぐ殿下もいらっしゃいますし、きっとすぐに戻られるでしょう」

ユリウス様がやさしく微笑う。

しかし、昼休み中にテオが戻ってくることはなく。
そして殿下も、登校してくることはなかった。
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