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【5】孤独
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エレノアの朝は、
「ごきげんよう」といういかにもお嬢様然とした挨拶から始まる。
「ごきげんよう、みなさん」
「あ!エレノア様!ごきげんよう」
朝、クラスに入ると、きゃあきゃあと騒いでいた同級生が、待ちかねたというように私の周りに集まってきた。
「エレノア様、お聞きになりまして?
今度このクラスに転入生が来るそうですのよ」
自称情報通の彼女は、どこかでシャーロットがこのクラスに転入することを聞きつけて来たらしい。
相変わらず耳の早いことだ、と私は苦笑する。
「ええ。先日生徒会のお茶会でお会いしましたわ。ノアが連れてきてくれて」
「まあ!どういった方ですの?」
「光の属性をお持ちの、女性の方よ。
とても可愛らしい方だったわ」
当たり障りのないように答えると、私の周囲が、わっ、と湧いた。
この学園は、個人のもつ能力によってクラスが振り分けられる。
属性の希少性と、その力の強さ。
人はみな、なんらかの属性を持って産まれてくるが、その属性の種類は人によって様々で。
火、水、風、土、なんてありふれたものから、呪や木、雷なんて珍しいものもある。
その中でも光、そして闇属性は圧倒的に希少性が高く、その属性をもって生まれ、学園に入学した人間は自動的にこのクラスに配属される。
そこに学年は関係なく、1年生から最高学年の3年生まで、全員が同じクラスで学ぶことになるのだ。
しかしクラスSに所属する人間は3年を通してもほとんどおらず、その年の所属人数が0人なんてこともザラにある。
なので、新しい顔ぶれが加わるとなると、みんな喜んで騒ぎ立ててしまうのだ。
「ノア様がお連れになったってことは、その方は教会の関係者なんですの?」
「そうね。ノアと同じように、教会で女神の盾教の教えを学んでいる方よ」
「ノア様が、転入前に生徒会のみなさまにご紹介するなんて、よほど優秀な方ですのね」
そりゃなにしろ聖女様ですもの。
嫌味ったらしく口をついてしまいそうな言葉をグッと飲み込んで、私は曖昧に微笑う。
「闇属性のエレノア様とその方が並んで魔法を使ったら、とても映えて美しいのでしょうね」
「さあ、それはどうかしら。
わたくしの闇の力なんて、すぐに光にのまれてしまうかもしれないわ」
圧倒的な光の洪水に存在をかき消されて。
影すら残すことも許されないほど。
あながち冗談ではなかったのだが、彼女たちは謙遜と受け取ったらしい。
魔法の授業が楽しみですわ!と嬉しそうに騒いでいる。
私も常であれば、級友たちと転入生について盛り上がることが出来たのだろうが。
とてもそんな気にはなれなくて、そっとため息をこぼした。
「やあ、面白そうな話をしているね」
「クラウディア様!」
「今度入るっていう転入生の話?」
そこへやってきたのは、鮮やかなスカイブルーの髪を頭の上でひとつにくくり、しなやかになびかせる女子生徒。
クラウディア=カエルス=シュペール侯爵令嬢。
「ええ、そうですの。
エレノア様がお会いしたと聞いて、お話をうかがっていたんです」
「へえ、エレノア、会ったの?」
「この前ね。生徒会のお茶会で」
「ふうん」
いささかうんざりとした私の様子を見てとったクラウディアは、ニッと笑うと。
「ま、あんまり相手のこと聞きすぎても期待ばっかり先行しちゃうしさ。
お楽しみは後にとっておくことにしようよ」
「ええー、でも」
「どんな子か、なんて、実際に接してみるまでわからないんだしさ」
クラウディアは女子の制服を着てこそいるが、背が高く、“氷の貴公子“なんてあだ名がついているほど、その振る舞いは男性的で。
そんなクラウディアに「ね?」と美しくたしなめられては、自称情報通の彼女も引き下がるしかなかったのだろう。
渋々といった様子ではあるが、彼女はおとなしく私から離れていった。
そこで話は終わりだと思ったのか、周囲に集まっていた野次馬的生徒たちも、サッと熱が冷めるように散っていく。
「ありがとう、クラウディア」
「いいって、エレノア、なんかちょっと困った顔してたし」
「あら、そんなに?」
「うん。めんどくさーって顔」
うへー、って表情をわざと作るクラウディアに、私は思わず吹き出してしまう。
そんな私を見て、彼女はポツリと続けた。
「あとちょっと悲しそうだった」
「……」
「なんかあった?」
クラウディアは私の幼い頃からの親友である。
領地も隣同士で、親同士の仲も良く、クラウディアが本当に男性だったら、私はきっと彼女と結婚していたのだろうと思うくらい。
だから隠し通せたと思った些細な表情の変化も、彼女にはお見通しってことで。
「なにもないわよ」
「本当?」
「クラウディアは心配性ね」
「殿下が、この前エレノアが体調を崩したって言っていたから。
……その転入生のせいじゃないのかなって」
勘が鋭い親友を持つと苦労する。
私はあくまで平静を装って首を振った。
「気にしすぎよ」
「ならいいんだけど」
これ以上追及しても喋らないと思ったのか、クラウディアはあっさりと引き下がった。
いくらクラウディアが親友だとして、どうしたら言えるだろう。
私は前の人生で聖女様に殺され、何故か再び人生をやり直して、今度は聖女様に殺されないように頑張っています、なんて。
荒唐無稽な話。信じてもらえるとは思っていない。
「エレノア」
「なに?」
「私はエレノアの味方だからね。
なにがあっても。それだけは覚えておくんだよ」
「ええ、わかっているわ」
それでも、“ひとりでもいいから味方が欲しい“と叫ぶ、寂しがり屋の心は止められなくて。
自分の席に戻っていくクラウディアの背中を見ながら、私は唇をギュッと噛み締めた。
「ごきげんよう」といういかにもお嬢様然とした挨拶から始まる。
「ごきげんよう、みなさん」
「あ!エレノア様!ごきげんよう」
朝、クラスに入ると、きゃあきゃあと騒いでいた同級生が、待ちかねたというように私の周りに集まってきた。
「エレノア様、お聞きになりまして?
今度このクラスに転入生が来るそうですのよ」
自称情報通の彼女は、どこかでシャーロットがこのクラスに転入することを聞きつけて来たらしい。
相変わらず耳の早いことだ、と私は苦笑する。
「ええ。先日生徒会のお茶会でお会いしましたわ。ノアが連れてきてくれて」
「まあ!どういった方ですの?」
「光の属性をお持ちの、女性の方よ。
とても可愛らしい方だったわ」
当たり障りのないように答えると、私の周囲が、わっ、と湧いた。
この学園は、個人のもつ能力によってクラスが振り分けられる。
属性の希少性と、その力の強さ。
人はみな、なんらかの属性を持って産まれてくるが、その属性の種類は人によって様々で。
火、水、風、土、なんてありふれたものから、呪や木、雷なんて珍しいものもある。
その中でも光、そして闇属性は圧倒的に希少性が高く、その属性をもって生まれ、学園に入学した人間は自動的にこのクラスに配属される。
そこに学年は関係なく、1年生から最高学年の3年生まで、全員が同じクラスで学ぶことになるのだ。
しかしクラスSに所属する人間は3年を通してもほとんどおらず、その年の所属人数が0人なんてこともザラにある。
なので、新しい顔ぶれが加わるとなると、みんな喜んで騒ぎ立ててしまうのだ。
「ノア様がお連れになったってことは、その方は教会の関係者なんですの?」
「そうね。ノアと同じように、教会で女神の盾教の教えを学んでいる方よ」
「ノア様が、転入前に生徒会のみなさまにご紹介するなんて、よほど優秀な方ですのね」
そりゃなにしろ聖女様ですもの。
嫌味ったらしく口をついてしまいそうな言葉をグッと飲み込んで、私は曖昧に微笑う。
「闇属性のエレノア様とその方が並んで魔法を使ったら、とても映えて美しいのでしょうね」
「さあ、それはどうかしら。
わたくしの闇の力なんて、すぐに光にのまれてしまうかもしれないわ」
圧倒的な光の洪水に存在をかき消されて。
影すら残すことも許されないほど。
あながち冗談ではなかったのだが、彼女たちは謙遜と受け取ったらしい。
魔法の授業が楽しみですわ!と嬉しそうに騒いでいる。
私も常であれば、級友たちと転入生について盛り上がることが出来たのだろうが。
とてもそんな気にはなれなくて、そっとため息をこぼした。
「やあ、面白そうな話をしているね」
「クラウディア様!」
「今度入るっていう転入生の話?」
そこへやってきたのは、鮮やかなスカイブルーの髪を頭の上でひとつにくくり、しなやかになびかせる女子生徒。
クラウディア=カエルス=シュペール侯爵令嬢。
「ええ、そうですの。
エレノア様がお会いしたと聞いて、お話をうかがっていたんです」
「へえ、エレノア、会ったの?」
「この前ね。生徒会のお茶会で」
「ふうん」
いささかうんざりとした私の様子を見てとったクラウディアは、ニッと笑うと。
「ま、あんまり相手のこと聞きすぎても期待ばっかり先行しちゃうしさ。
お楽しみは後にとっておくことにしようよ」
「ええー、でも」
「どんな子か、なんて、実際に接してみるまでわからないんだしさ」
クラウディアは女子の制服を着てこそいるが、背が高く、“氷の貴公子“なんてあだ名がついているほど、その振る舞いは男性的で。
そんなクラウディアに「ね?」と美しくたしなめられては、自称情報通の彼女も引き下がるしかなかったのだろう。
渋々といった様子ではあるが、彼女はおとなしく私から離れていった。
そこで話は終わりだと思ったのか、周囲に集まっていた野次馬的生徒たちも、サッと熱が冷めるように散っていく。
「ありがとう、クラウディア」
「いいって、エレノア、なんかちょっと困った顔してたし」
「あら、そんなに?」
「うん。めんどくさーって顔」
うへー、って表情をわざと作るクラウディアに、私は思わず吹き出してしまう。
そんな私を見て、彼女はポツリと続けた。
「あとちょっと悲しそうだった」
「……」
「なんかあった?」
クラウディアは私の幼い頃からの親友である。
領地も隣同士で、親同士の仲も良く、クラウディアが本当に男性だったら、私はきっと彼女と結婚していたのだろうと思うくらい。
だから隠し通せたと思った些細な表情の変化も、彼女にはお見通しってことで。
「なにもないわよ」
「本当?」
「クラウディアは心配性ね」
「殿下が、この前エレノアが体調を崩したって言っていたから。
……その転入生のせいじゃないのかなって」
勘が鋭い親友を持つと苦労する。
私はあくまで平静を装って首を振った。
「気にしすぎよ」
「ならいいんだけど」
これ以上追及しても喋らないと思ったのか、クラウディアはあっさりと引き下がった。
いくらクラウディアが親友だとして、どうしたら言えるだろう。
私は前の人生で聖女様に殺され、何故か再び人生をやり直して、今度は聖女様に殺されないように頑張っています、なんて。
荒唐無稽な話。信じてもらえるとは思っていない。
「エレノア」
「なに?」
「私はエレノアの味方だからね。
なにがあっても。それだけは覚えておくんだよ」
「ええ、わかっているわ」
それでも、“ひとりでもいいから味方が欲しい“と叫ぶ、寂しがり屋の心は止められなくて。
自分の席に戻っていくクラウディアの背中を見ながら、私は唇をギュッと噛み締めた。
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