超人アンサンブル

五月蓬

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1章 BIG3

幕間3 『速報』

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 最下層の古びた平屋、千郷家にて一人娘の千郷愛が素っ頓狂な声を上げた。
 家中に響いた思わぬ奇声に茶の間で客人の話を開いていた父が椅子から転げ落ちた。
 どたばたと騒々しい足音と共に、茶の間のドアを勢いよくぶち開けて、愛が転げ込んでくる。
 
「大変! 大変大変お父さん大変!」
「おい馬鹿、何つう声あげてんだ!? あ、すみません! ウチの馬鹿娘が……」
「大変なんだってお父さん!」
「後にしろ! 今大事な話の途中……」

 構ってられないと、娘を追い返そうとする父だったが、愛が点きだした携帯電話を見て、父は怪訝な表情に変わった。

「おい、これって……」
「シャッターちゃんが今、写真ばらまいてて……!」
「シャッターって……お前の高校の友達だったか? いや、だがこれって……」

 覚えのある人物の写った写真をまじまじと見つめる千郷に、愛は興奮気味に声を上げた。
 
「ビッグフット!」
「は?」

 唐突な単語に一瞬、千郷は娘の言っている意味を理解できなかった。
 ぴんとこない様子の父に、愛ははっきりと、その写真の人物の正体を告げる。
 
「だから! この人が! 『ビッグフット』だったんだよ!」

 『ビッグフット』。
 日本を騒がせた三人の超人犯罪者『ビッグ3』の一角。
 その思わぬ名前の持ち主が、写真に写った『自分がつい最近出会った人物』であると知り……
 
 千郷はふっと後ろに倒れた。
 
「お、お父さん!?」
「ち、千郷さん!?」

 客と愛が倒れた千郷の顔を覗き込む。
 千郷はあまりの衝撃に、完全に気を失っていた。



   ----



 とあるビニールハウスの中、緑の茂る庭園に面して、テラスでティーカップとノートパソコンに向かい合う黒いドレスの婦人が、向かい合って座る学生服の少女に声を掛ける。

「……アーカイブ。写真から大体の位置、割り出せる?」

 小型のPDAを手に持ったまま大口を開けて固まる女子高生は、はっとして、PDAを下ろし、向かい合う包帯に包まれたミイラ婦人に言葉を返す。
 
「うぇっ!? は、はい、えっとえっと……」

 すっと息を吸い、瞳だけをぐるぐると動かす。しかし、すぐに瞳は止まって、少女、『アーカイブ』は大きく吸いこんだ息を吐き出した。
 しばらくぜえぜえと肩で息をした後、アーカイブは頭の中で整理した情報をまとめ、向かい合うミイラ婦人を見上げた。
 
「……無理っ! 歩き慣れた上層ならともかく、下層のこんなどマイナーなエリアなんて知りません! っていうか、お姉ちゃんじゃあるまいし、こんな写真一枚から位置の予測なんてできませんよ!」
「……まぁ、そうよねぇ」

 カタカタとキーボードを打ち、ミイラ婦人はぼそぼそと呟いた。
 
「『シャッターちゃん追加情報よろ』っと」
「……おおよそ偉い人のやる情報収集じゃないですよ、それ」
「え。だって、『超人チャンネル』面白いでしょう」

 アーカイブは呆れ顔をしつつ、PDAを操作する。
 
「お願いだから今日は出てよお姉ちゃん……! ったく、もーどうしてこんな事に!」

 上層の優雅なお茶会にも、不穏な空気が漂い始める。
 
 
 
   ----



 下層には高校もある。その高校の制服を着た男子高校生が、同じ高校の制服を着た女子高生をおんぶしながら、ビルとビルの間を飛び移った。
 女子高生は男子高校生の肩に掛けた腕の先に、右手に小型のデジタルカメラを、左手に携帯電話を持ちながら、けたけたと楽しそうに笑い声を上げた。
 
「食いついてる食いついてる! めっちゃ食いついてる! こりゃ号外もあるで! ホラ見てペン! 『まりりん』さんが詳細よろ、だと!」
「暴れるなってシャッター。落っこちるかカメラ落っことすぞ」

 ぴろりとデジカメの電子音が鳴る。虚空を映した筈の女子高生、『シャッター』のデジカメには、そこにはいない筈の二人の人物をはっきりと写し出していた。
 同時に携帯からも電子音が響き、同じ二人の人物を写した画像が画面に浮かび上がる。
 
「移動速度はやーい。ま、私のカメラからは逃れられないんだけどねー!」
「毎回思うんだが、お前の『念写』の為に、俺の移動って必要か?」
「いるよ! いるいる! 電波的な何かがビビっと来ないと私のカメラは写らないんだって!」

 ふうと深く溜め息をつき、男子高校生、『ペン』はぴょんと更に隣のビルへと飛び移った。

「そういうものなのか」
「そういうものなの! だから、ペンは今日も私のアッシー君という事で、ヨロシク! っとっと、それよりまりりんさんにお返事お返事」

 携帯を弄りながらシャッターは舌舐めずりする。
 
「『下層一層観光街の七番地付近をうろうろ』、っと」
「教えるのか」
「教えるよ。勿論、まりりんさんに、って訳じゃないけど。『お偉いさん』の権力争いに首突っ込む気はさらさらないよ。そういうのは『私の報道』じゃない」
「じゃあどうして?」

 それを聞くかい、と得意気ににへへと笑い、少女はもう一度シャッターを切った。

「ビッグ3が同時期に入区するって噂。本当だったら、この『ビッグフットのスクープ』で、『他のビッグ3』も釣れる筈」

 ビッグ3。日本を、世界を騒がせた、狂気に満ちた三人の超人犯罪者。
 ビッグハンド、ビッグフット、そしてビッグマウスの三竦み。
 少女はそれを見てみたい。

「タダでさえいちいち騒々しい超人特区に最高のスパイスが加わるんだよ? そんなの味わいたくない人が居る訳がない」

 まるでそれが超人特区の総意であるかのように、少女は身勝手に言い放った。
 
「人も超人も、『ひと』を名乗る生き物は、誰だって、いつだって、最高の刺激を求めてる」

 ぴろりん、と携帯が鳴り、新しい画像が追加される。それを再び掲示板に掲載する。
 沸き立つ野次馬達を眺めながら、少女は騒動を拡散していく。
 
 『超人パパラッチ』、シャッターとペンは今日もまた不穏を煽る。



   ----



「つまり私の熱いパッションでヒートな震えるビートを最もエクスプレッションできるのが、ドラムなワケ。ちょっと聞いてるプロデューサー?」
「プロデューサー。正直今の芸風、イマイチわたくしにあってないと思うんですよ」
「僕の次のイベントなんですけどー」
「だぁぁぁッ! もううるッせえよお前らッ! 俺ぁ聖徳太子じゃねぇんだぞッ! 後にしろ後に! 今忙しいんだよ!」

 下層庁の一室、下層統治者『プロデューサークレア』の執務室にて。
 一癖も二癖もある、クレアのプロデュースする超人であり、彼の忠実な配下である面々ががやがやと話す中で、クレアはノートパソコンと向き合い色眼鏡を外した。
 眉間には深くしわを寄せ、バンと机を強く叩けば、向かい合う超人達は少しびっくりした様子でぴょんと肩を弾ませた。
 ど派手な黄色のメッシュ入りの赤髪をがっと掻き上げ、パンクファッションの女が右手に持ったスティックを回して、目をぱちくりさせた。

「え。なになにプロデューサー、機嫌悪い? ハシってんの?」
「その無理矢理それっぽい用語使ってドラマー感出すのやめろ! 腹立つ! お前、俺がスカウトしてからドラム初めたから、まだドラム歴一ヶ月だろ!」
「は? 私は生まれた時からハートビートっていうビートを刻んでるから。生まれながらのドラマーだから」
「……はぁ。もう本当に出てってくれお前ら」

 突っ込む気も失せ額に手を当てクレアは顔を伏せる。
 目の前の馬鹿三人は尚も首を傾げて出て行く素振りを見せない。

「あの糞パパラッチ……余計な真似しやがって……折角、アダムの野郎もスルー方針、魔女もクマも気付いてなかったってーのに……!」

 プロデューサークレアには目論見があった。
 それを知ってか知らずか、三馬鹿はああ、と揃って手をぽんと打ち、思い思いに口を開く。
 
「ビッグ3の件? まぁ、確かに噂に聞く限りじゃあ、ヤバイ奴らみたいだけど、私ほどじゃないかなー。何たって私は……」
「パパラッチというと、シャッターモーニングの? わたくしもあの新聞に取り上げて貰えれば、少しは知名度とか上がりますかね?」
「そんな事より僕のイベントの件なんですけどー」
「お前ら本当に自由だな!」

 騒ぎの渦中、下層の更にその中心は、こんな事件など起こらなくともいつでも騒がしい。事件にも慣れた様子で、クレアは慣れた手つきで机の電話の受話器を取る。

「もしもし! おう、俺だ! いいか! 余計な騒ぎにすんなよ! 魔女とクマ、アダムにバレないようにはキツイかも知れないが……少なくとも一般人には悟られんな! 『派手に誤魔化せ』!」

 ガチャリと力強く電話を切り、プロデューサークレアは目の前に立つ、未だに状況を把握していない馬鹿三人を睨み付けた。
 
「お前ら。手段は問わない。『面倒事』だ。『悪目立ち』しろ」

 そこで初めて事態を理解した、馬鹿三人がにたりと笑った。
 
「OK、プロデューサー」

 中層の統治者は、派手に、事態を収束する。



   ----



 受話器を置き、クマの着ぐるみはふい~っと、わざとらしく息を吐いた。
 
「こいつはくまった」
「どしたの激寒駄洒落おじさん」
「え。辛辣」

 クマの着ぐるみは、傍らでゲームに勤しむクマ耳ヘッドフォン少女を振り向く。しかし、自身の上司への暴言の撤回など微塵もする気もないようで、黙々と携帯ゲーム機と格闘している。少しだけしょんぼりして、クマの着ぐるみは前をむき直した。
 そんな最下層統治者アルフベアーは、執務室にて困った様子で手元のノートに何かをさらりと書き込む。
 アルフベアーを挟んで少女の逆側に立つ、スーツ姿の長身の男が、少し呆れた様子で聞いた。

「今の電話は何ですか。アルフベアー様」
「阿部君! くまった事になったよ! 今の電話、自警団の人!」

 聞かれるのを待ってましたという態度。目立ちたがり屋のこの統治者はかまってちゃんなのである。その上司の面倒臭い態度に呆れながらも、比較的常識人のような部下、阿部君は一応聞いてみた。
 
「何事ですか」
「誘拐された子供の捜索願い! フリッカー一味が臭い、だって! 調査して下さいだと!」

 フリッカー一味という単語を聞いてから、阿部君の表情も変わっていた。
 呆れ顔から「やってしまった」と言いたげな、あちゃあ、と言ったような表情である。アルフベアーは頭を抱えて机に蹲った。
 
「これもう絶対に『バレてる』よ……」
「欲を出すからこうなるんですよ」
「だって、だってさぁ……」
「言い訳はいいですから。どうするんです。あの男はああ見えて切れ者ですよ。誤魔化しききませんよ」
「ふええ……くまったよぉ」

 アルフベアーはクマの着ぐるみを頭だけ被る奇人である。その表情は部下である阿部君にも、クマ耳ヘッドフォンの少女にも読み取れない。本当に困り、焦っているのか。情けない声色は演技のようにも聞こえた。
 先程取った受話器を持ち直し、アルフベアーは顔を伏せたまま、ダイヤルに指を掛ける。番号を見ないまま押し終わると、クマの着ぐるみの頭の方の耳に受話器を押し当てた。
「もしもし、こちら森の熊さん。状況どう? うん。うん。えー……ああ、やっぱり? うーん……いけるかなぁ。うん。分かった分かった。最悪動くから。君は待機ね」

 どうにも歯切れの悪い通話を終えて、がちゃりと電話を切るアルフベアー。伏せた顔は持ち上がらない。はぁ~、と深い溜め息がクマの着ぐるみの下から漏れた。
 
「……胃が痛い」
「胃薬持ってきますか?」
「おねがい阿部君……」

 アルフベアーの横から離れ、執務室入り口近くにある棚に手を伸ばす阿部君。相変わらず顔を伏せたままのアルフベアーを、ようやくクマ耳ヘッドフォンの少女が横目で窺った。

「ベア様」
「なぁにベア子」
「良い報せと悪い報せがあるんだけど」
「もうやめて……良い報せだけでいいから」

 少女ベア子はゲーム機を置いて、実は手に隠していた携帯電話をぱっとアルフベアーに見せる。
 
「ビッグ3見つかったって」
「いやったぁぁぁぁぁ!」

 聞いた瞬間、飛び跳ね歓喜するアルフベアー。そして、飛び上がった後、そのまま顔から机に落下し、クマの頭を机に打ち付けた。
 
「よりによって、今!?」

 ビッグ3を探していたアルフベアー。ビッグ3を見つけた事は喜ぶべき事である。
 しかし、このタイミングで見つかった事は、最悪な状況である。
 良い報せであり、悪い報せに、アルフベアーは歓喜し絶望した。
 
「しかも、よりにもよって発見者はあのパパラッチ」
「最悪だ!」
「更に、既に掲示板に発見場所を書き込み済み」
「超最悪だ!」

 ベア子がポーカーフェイスをぐにゃりと歪め、楽しげに笑った。
 
「吐きそう? 着ぐるみの中で吐きそう?」
「おいベア子、ベア様いじめんな」

 阿部君が、ベア子の頭を小突きつつ、胃薬の瓶をアルフベアーのそばに置く。
 そして、アルフベアーの背中をそっとさすった。
 
「でも、本当にどうするんです。ヤバイなんてレベルじゃないでしょう」
「…………仕方ない。最悪、いくらか信用を失う覚悟で行動を起こすとします。……ふええ、僕の稼ぎが、臨時収入がぁ~……」
「……本当に仕方が無い人ですね、あなたは」

 部下からも呆れられる最下層の戯ける統治者。
 彼もまた、ビッグ3の入区に踊る一人であった。
 


 ビッグ3を中心に、無数の思惑が入り乱れ、超人特区が揺れる。
 事件は大きく動き始めた。


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