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第1章 『基礎訓練』編

第9話:基礎技能【撃】その2

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 運動場に戻ってきたアグニは黒い棒の正面に立つと、正拳突きの要領で「sekiban」に言われた注意点を思い出しながら【撃】を放つ。

 ズドォンッ!

 今までとは明らかに手に伝わってくる感触が異なっていた。ずしりと手に伝わってくる衝撃は、黒い棒に今までとは比にならない威力を伝えていることを示しており、明らかな手応えに嬉しくなったアグニは、その後もひたすら【撃】を練習した。しかし手の皮は思った以上に薄く、何回か【撃】を放つだけですぐに切れて血が出てしまう。結局アグニはアンブロシアを口に頬張った状態で【撃】の練習をすることにした。大層まぬけな顔になっていたが、アグニはそんなことは気にもとめずにひたすら反復し続けた。

――1週間後

 アグニの放つ【撃】はしっかりと成長していた。黒い棒の生えている地面は、何度も【撃】を食らったことでひび割れ、アグニが殴るたびにミシミシと音を立てていた。
 そして今日、アグニが最初に放った【撃】はひびの入った地面を木っ端微塵に打ち壊した。

「いよっしゃぁぁぁぁ!! やったぞぉぉぉぉ!!」

 アグニは仰向けに寝転ぶと天井に向かって手を突き出した。今まで人を殴ったことも無い、ゲームのコントローラーやペンしか握ったことの無かったこの手が、地面にひびを入れ、あまつさえごく狭い範囲ではあるが木っ端にしたことが信じられなかった。握った拳の拳頭は硬くなり、いくつもの細かい切り傷が出来ていた。

「sekibanか、誰が作ったんだろ……
そういえばここ、なんとかアカデミーって言ってたっけ? てことは学生がいたわけで、俺が今やってるのは基礎技能な訳で、ということは俺よりもヤバい奴がいた可能性もあるわけだよな……」

 【縮地】で相手に迫り、至近距離で【撃】を放つ。これを上回るにはあと何を身につければよいのか、アグニには目からビームを出すとか口から炎を吐く位しか思いつかなかったが、ソレだとしても恐ろしい。そしてアカデミーというのがその名の通りアカデミーなのであれば、卒業生はどんなバケモノだったのか、想像するだけで鳥肌が立つ。

「……遺跡、ってどこから来たんだよ。遺跡のあった世界の戦争とか想像するだけで過酷だわ。多分人外しか居らんやんけ」

 アンブロシアを囓りながらアグニはそう呟いていた。そしてアグニはあることに思い至る。

「あ……そういえば俺【縮地】してから【撃】って出来るのかな」

 おそらく基礎技能1,2というのはそういうことだろう。もしかしたら3,4、5と続いていくのかもしれないが、兎に角今はやってみよう。自分の可能性にワクワクする経験など人生で初めてだった。
 アグニは起き上がると左足を引いて縮地の体制をとる。そして重心を落として流れるような動作で強く地面を蹴った。
 音が消え去り体が前に勢いよく進む。しかしアグニはそのまま【撃】を放つことが出来なかった。

 何故出来なかったのか。
 それはアグニが左手で【撃】を放つ、若しくは右足を引いて【縮地】をする練習をしていなかったから。

「そうだ、どっちか出来るようにならないと駄目じゃん」

 考えた結果、撃も縮地も両方で出来るようになればいいという結論には至ったのだが、一旦は右足を引く【縮地】の練習から始めることにした。縮地のほうが簡単だったからだ。

――4日後

 アグニはどちらの足を引いても縮地が出来るようになっていたし、なんならどちらも引かずとも縮地が出来るようになっていた。今まで無意識に、勢いをつけるときは足を引かなければいけないと思い込んでいたが、引かなくたって別に問題無く加速できるということがわかった。ただし足を引くときよりは縮地の移動距離が短くなってしまう。
 準備の整ったアグニは黒い棒を正面に見据えて立った。深呼吸をすると右足を引く。そして流れるような動作で地面を蹴り出し、黒い棒に向かって飛び出した。
 ドンドンと棒が近づいてくる。
 まだだ。あと少し。もう少し、よし今だ!!

 ズッドォォン!!!

 インパクトの瞬間、アグニの拳は今まで聞いたこともないようなもの凄い音をたてて黒い棒を殴っていた。棒の生えている付近の地面は粉々に砕け散って巻き上がり、棒は地面に沈み込んでいた。

 しかしアグニは拳に目をやって顔を顰めている。嬉しくないのだろうか?

 よく見ればアグニの拳頭*は皮膚が裂け血が溢れ、骨が露出してしまっていたし、手首は完全に折れていた。まだアグニの拳も手首も十分な強さでは無いようだ。
 アグニは口に含んでいたアンブロシアをかみ砕くと、にやりと笑って焦げ目のついた位置に戻っていった。

 運動場には炸裂音のような音がいつまでも響き渡っていた。




――――――――――――――――――――
※拳頭というのはてを握ったときに骨が浮き出ている部分の内、特に人差し指と中指の骨のところの事を意味しています。
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