小熊カチョー物語

燦一郎

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その7 乾杯

③ 失恋男の心の中

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小熊おぐまカチョーは樫の木で後頭部を殴られたような気分になりました。

それまで心の中で育っていたすべての感情が、すーっと、抜けて行ったのです。

肉体の終焉を悟った魂が外に出て行くように。

「で、小熊カチョーに相談なんだが、君が主賓として出席してくれないかな。披露宴の日は彼女の直属の上司の企画部長が旭山動物園に出張中だし、あいにく私も上野の双子パンダを視察にいくので誰も参加できないんだ」

美女の横だからか、大馬おおばブチョーの口調はいつになく紳士的でした。

するとリス子さんが頬をぽっと赤らめて、小声で語りました。

「小熊カチョーは、職場に慣れない私にいろいろと気遣ってくださっているし、課は違っても、本当の上司のように思っていました。ですから披露宴の主賓には、小熊カチョーがふさわしいと考えています。私の職場の上司として紹介させていただきます」

「……」

「どうした、なんか言いなよ、小熊」

小熊カチョーの頭の中は、万華鏡のように蠢いておりました。

どの絵で止めればいいのか、心をどの位置に置くべきかわかりません。

とりあえず言葉を探しました。

そして一呼吸おくと、こう言ったのです。

「ぼ、僕でよければ」

「はあ? もうちょと大きな声で言って。聞こえねえんだけど」

「ぼ、僕でよければ、出席します。き、きちんと挨拶もさせて頂きます」

「じゃあ話は決まった……ということで白鳩しろばとさん、宴の準備を進めてくれたまえ」

「ありがとうございます、小熊カチョー」

リス子さんが嬉しそうに頭を下げました。

あっけなく終わってしまいましたね、恋が。

失恋の痛みは、なかなか消えないのであります。

そして未練がましく、

「本当の本当は僕のことを思っていてくれているんだろう? ブチョーの前だったから心の中を開かさなかったんだよね?」

なんて瞼の中のリス子さんに語りかける始末。

リス子さんには相愛のフィアンセがいるというのに、性懲りもないというのはこのことを言うのですね。

冷静になって現実を直視すれば、自分の悪あがきの無意味さを知らされるのです。

リス子さんは日に日に綺麗になっていくようでした。

結婚を目前に控えた女性は、なんであんなに麗しく見えるのでしょう。

失意の底にある小熊カチョーは、ある意味切れていました。

お昼はラーメンとチャーハンとレバニラ炒めを平らげ、会社の帰りにコンビニでビールを買って一気飲みし、鼻歌をうたいながら帰宅しました。

家族の顔を見たらやたらと明るく振る舞い、ジョークを飛ばして子供たちを喜ばせました。

「どうしちゃったの? パパ」

「パパきゅうにおもろくなっちゃったね」

やたらと明るく振る舞う小熊カチョーはとても不自然に見えます。

「会社でいいことあったの?」

熊香くまかは子供たちの前ではそう言いますが、夫の心意を嗅ぎ取っているのか、夜寝室に入ると「さいきん会社で嫌なことが続くわね。パパ頑張ってね」と優しい声をかけてきます。

「熊香ごめんね……もう大丈夫だから。もう少しで嫌なことも乗り越えられるから」

といって布団に入る失恋男なのでした。
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