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桜の花を見たことがない村人たち
しおりを挟む朝から酒づくりでいそがしかった久太郎は、少し遅れて村長の家に上がった。
村人たちが、がやがやしゃべっている。
村長がにこにこしている。
「集まってもらったのはほかでもねえ。あしたこの村に春神さまがやってくるらしい。お城のお侍さんからきいた」
「春神さまだと? そりゃすげえ」
村のみんなは海のむこうの南の国からひっこしてきたばかり。
人の話ではもうすぐ春らしいが、春がどんなものか知らない。
だから春神さまもめずらしい。
「どんな神さまだろう」
「人間のかっこうしとるんかのう」
村人たちも楽しそうだ。
村長がいう。
「せっかくきてくださるんだ。村に桜の花を咲かせてくれるようお願いしてみんか?」
村人たちがうんうんとうなずく。
南の国には桜は咲かず、誰も見たことがない。
それはたいそう綺麗な花だと聞いている。
春になったらぜひ桜を見てみたい。
春神さまなら、すぐに咲かせてくれるにちがいない。
「だれが春神さまにお願いするんか」
「だからそれを決めたかったんじゃ。だれかお願いしてみてえもんはいねえか!」
そのとき久太郎がひらめいた。
―酒屋をはんじょうさせるうまい手を思いついたぞ―
「おいらがやってもええか」
元気に手を上げる。
「久太郎か」
村人がうんうんとうなずく。
久太郎にまかせておけばだいじょうぶだ。
少しおっちょこちょいだが、いっしょうけんめい仕事する男だ。
「だったら久太郎にたのむか」
と村長。
久太郎が立ちあがる。
「ついでに、春神さまはわしの家にとまってもらってもええか」
「よかろう。あした村の入り口で春神さまをお迎えして、久太郎の家にお連れする。家で待っとれ」
久太郎は走って家に帰った。
その話をきいた女房のお栄が、娘のようにはしゃいだ。
「お前さん、でかしたね」
「わしにええ考えがある」
「桜はうちの庭に咲かせてってたのむんだろ? そしたら花見客でにぎわって酒も売れるってことだろ?」
「お栄も同じこと考えたか」
「うんとごちそうせんばね」
似た者どうしのふたりは、口を大きくあけて笑った。
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