あなたのためなのだから

涼紀龍太朗

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画質悪ィな

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 俺が校庭に駆けつけた時、そこにいた連中も正門へと急いでいた。どうやら川の方で何かあったみたいだ。俺も小走りに川へと急いだ。

 近づくにつれ、男子のものであろう悲鳴が聞こえてくるようになった。川岸には既に大勢の生徒がいた。しかし、そこで何が行われているかを見るため、人垣の中を分け入っていく必要はなかった。事はで行われていたからだ。

 パンツ一枚の男子生徒が、薄暗がりの中、

 地上五メートルほどのところだろうか。最初見た時は文化祭の出し物、随分大がかりな手品、その予行演習かと思った。だが、そうではないことにすぐに気づいた。宙に浮いた男子の顔があまりにも切迫しすぎていたからだ。

「痛てェーよォーッ! 放してくれ、降ろしてくれェー! 助けてェー!」

 聞いてるこっちが怖くなるくらいの悲鳴だ。あれは、野球部の近藤だ。

 よく見ると片方の足、左足の腿から先が。残った腿の切断面が赤い。間違いなく、あれは血だ。

 急に、眩暈がしたように感じた。突然、同級生の血を見たから、というのでもない感じだ。夕暮れ時の、例の、風景が感じだ。目頭を押さえ、しばし下を向く。再び目を開けて周りを見ると、同じように目頭を押さえている奴らがちらほらいた。そういえば、こっちの川でこういう光景を目にするのは珍しい。

 野次馬から一斉に悲鳴が上がった。近藤がからだ。近藤は筋骨隆々としていて、百八十は軽く越えている。それほどの体躯を誇るのは、この学校では他には桐谷くらいである。その近藤が無重力状態のように、今までよりも更に上空へ浮かんだ。一瞬空中で静止したかと思うと、ゆるく回転しながら落下し、着水した。

 人垣の前の方から「近藤ー!」という声が上がった。おそらく、助けに行ったのだろう。ややあって、「どけ!」とか「保健室へ!」といった声が近づいてくる。人垣をかき分けて、パンツ一枚でずぶ濡れになった近藤が、男子生徒数人に抱えあげられて俺の前を通っていった。見ると、なくなったはずの近藤の左足はあった。しかし、腿には深くえぐられた傷口が裂けていた。赤い色の中に白いのが見えた気がしたが、あれは骨だったろうか。俺は、急いで川の脇に走った。そして、吐いた。

「太一、大丈夫?」

 声をかけられたので、ちょっと苦しかったが顔を上げると、流介であった。

「……なんで、Tシャツなの?」



 流介は一部始終を見ていたという。

 川の方が何やら騒がしいので、気になって行ってみると、川岸に野球部の連中が数人集まっていた。野球部の何人かが「泳いで帰る」と言ったそうだ。面白がった部員に煽られ、「有志」の連中は服を脱ぎ、パンツ一枚になった。ただ、無事渡れたとして、その後どうするつもりだったのだろう。パンツ一枚で町を闊歩するつもりだったのだろうか? まぁ、良い。野球部有志は歓声に押され、次々と川へ飛び込んだ。そして十メートルほど泳いだところ、近藤が突然水飛沫を上げて、宙に浮かび上がったという。それも物凄いスピードで。水面から一気に地上五メートルほどのところへ、だ。

 それからはもう、皆がパニック状態で、その騒ぎを聞きつけ、あっという間に人が集まってきたという。

 流介の話で、事のあらましはわかった。ただ、引っかかるところがあった。

「おまえ、気付いた?」
「何に?」
「近藤が空中にいた時、腿から先がなかったの」
「え、マジで?」

 そう言って流介はケツのポケットからスマホを出した。

「おまえ、撮ってたの?」
「撮るだろ? 普通」
「撮らねぇだろ、普通……」

 思うところはあるものの、早速流介の写メを見た。

「動画っておまえ……」

 しかも結構近くだ。人道的にはどうかと思うが、おかげでよくわかった。

「やっぱりだ。見てみろよ」
「あ! えぇー、何だこれ……」

 ボキャブラリーの少ない、心の叫びを流介は上げた。

「しかし、画質悪ィな」

 近藤が浮いてる周りの空が、時折切り取られたようにズレるように乱れる時がある。日が暮れかかってるので暗く、スマホ側で勝手にISOを上げてしまう。そのため画質が荒くなり、こうなってしまうのだろう。

 流介にスマホを返した時だった。校内放送が流れた。

『緊急放送です。川にサメが出た可能性があります。くれぐれも、川や湖などの水辺には近づかないでください。繰り返します……』

「近藤のことかな? でも、サメって言ってるけど、近藤、空にいたよな」

 流介が疑問を口にした。

 そう、近藤は空中にいた。何人もの生徒が見ているので、間違いない。確かに、俺たちが入学するずっと前に、サメが遡ってきたこともあったらしい。ただ、今回はサメと言われても納得できるものではない。

『ごめんなさい、ちょっといいかな』
『あ、はい……』

 スピーカーの向こうで、乱入者があったようだ。

『あ、どうもー、生物教師の葉月です』

 女生徒のおっとりした声から、低い、ダンディな声に変わった。

「あ!」

 その声を聞いて、大事なことを思い出した。

『えーっとですね、校内にいる方、川や湖だけでなく、校舎からも出ないでいただけますでしょうか。お願いします。校舎の外にいる人は、すぐに校舎の中へ戻ってください。どうも、学校の周りに危険な生物がうろついているみたいなんで、校舎から出ないようにお願いします』

「俺、釣り部戻らないと」
「え? 危なくない? 危険な生物って言ってたよ」

 危険という割には、のんびりしたトーンではあったが、葉月先生は生物の教師だし、元は大学で遺伝子の研究をしていた人なので、そこそこ説得力がある。それに、あの人は大体において、のんびりと話す。

「いや、でも……、釣竿、出しっ放しだったから……」
「えー、でも一人で行くの危なくない? 俺も一緒に行こうか?」
「いや、すぐ行ってくるから、大丈夫だよ」

 我ながら理由になってないが、俺のシャツを着ている七瀬を流介に見せるわけにはいかない。



 七瀬のクラスの女子にジャージを取ってきてもらい(幼馴染だからか、別段変に思われなかった。こういう時、幼馴染って便利だ)、下駄箱に着いた時にはもう外は暗かった。この季節、日が暮れ始めてからは早い。

 上履きを下駄箱に放り込んで靴を履いてダッシュしようとした時だった。地震が起きた。巨大な鉄球が校舎にぶつかったような衝撃。上の階からガラスが割れる派手な音が、振動と、悲鳴と共に聞こえてきた。ガラスは一枚や二枚ではない。一気に大量に割れた感じだ。全身が恐怖を感じるほどの、体験したことのないほどの強烈な横揺れ。振動はもう一回、更にもう一回と続いている。ガラスが割れる音に合わせて建物全体が揺れている。あまりの衝撃に身体が強張って動けない。しかも暗い。怖すぎて声も出せない。

 でも、怖がりながらも違和感を感じた。なんか変だ。

 地震はもっと、全体的な揺れが続くはずだ。それなのにこの揺れは、一発一発の衝撃はデカいが、その間は特に揺れていない。

 やがて、衝撃が止んだ。しばらくそのまま動けなかったが、徐々に体の強張りも薄れてきた。周囲からも不安を漏らす、静かな悲鳴とも言えるような話し声が聞こえてくるようになった。一旦、大丈夫そうか。

 早く七瀬のところに行かないと。
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