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じゃあ、やれよ!
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氷堂の家が学校から近くて助かった。LINEの返事はすぐに来た。今日は学校を休んで、今家に一人だという。橘華蓮は出かけているらしい。都合が良い。
そっちに行ってもいいか、と聞いたら構わないというので、やって来た。氷堂のマンションに行くのは久々、これで二回目だ。毎日通学途中に見上げてはいるが、あの日以来全然行っていない。ただ今日は、ちょっと野暮用がある。
エントランスで鍵を開けてもらって、エレベーターで氷堂の部屋のフロアまで上る。呼び鈴を鳴らすと氷堂はドアを開けてくれた。「やあ」と笑顔で迎えてくれ、「コーヒーでも入れるよ」と中へ入れてくれた。部屋に入ると知らないクラシックの曲が流れていた。
俺は一瞬部屋を間違えたかと思った。以前来た時とは結構な様変わりをしていたからだ。
壁には、俺はよく知らないけど、イケメンのアニメのポスターが二枚貼られている上、それと同じキャラのフィギュアがテレビの前やら本棚の上などにびっしりと並べられている。
キッチンやダイニングのテーブルの上には本やマンガ、雑誌、教科書だけではなく、飲みかけのペットボトルまでもが雑然と置きっぱなしになっている。リビングの隅を見れば、脱ぎっぱなしであろうパーカーなどの衣類が山と置かれている。サイズは小さいし、色もピンク系が多いので、橘華蓮のものに違いない。
以前訪れた時は実に整然としたものだったが、えらく雑然とした部屋になってしまった。
「これでも少し整理したんだよ」
俺は呆然と部屋を見回していたのだろう。或いは嫌そうな顔をしてしまっていたかもしれない。いずれにしろ、俺の心中を察した氷堂は、そう苦笑いを浮かべながら、俺にコーヒーの入ったマグカップを手渡した。
それにしても、整理してこれかぁ……。まぁ整理といっても俺が急に来ると言ったから、散らかっていたものを手早く横にどかしたり、まとめたりしただけだろう。氷堂が一時期、橘華蓮の元を出て行ったのはこれが理由だったのかな、とも邪推してしまう。
「音弧祭りは?」
氷堂が自分の分のコーヒーを飲みながら聞いてきた。
「うん、まぁ、盛り上がってるよ」
「そう……」
やっぱり気になるのだろう。本当は氷堂も一人芝居をやりたかったのだから。できればまだそうあって欲しい。
氷堂はマグカップをテーブルに置き、CDの棚の前に行って物色し始めた。その背中に俺は声をかけた。
「今日、何かやることあんの?」
「いや、特に……」
「橘さんはいつ頃戻ってくる?」
「今日は……しばらく戻ってこないと思う」
「そしたら……、頼みがある」
「何?」
「今日の舞台に立ってくれないか」
「……」
氷堂はCDを物色する手を止めた。
「実は……、今日の舞台で千人動員しないと声優部は立ち上げられないんだ。校長と、そう約束したんだ」
「え! そうだったの……?」
流介もその話は氷堂にはしなかったらしい。めちゃめちゃ驚いてる。そりゃそうだ。校長室の百日間連続清掃を聞いた時ですら氷堂は「まさか」と言わんばかりに驚いていた。ズブの素人に舞台やって千人動員するというのは、どう考えても狂気の沙汰だ。
「流介じゃあ千人なんて絶対無理だ。声優部にはお前の力が必要なんだ。頼む! こんなこと勝手かもしれないけど、もう俺たちはお前に頼むしかないんだ」
本当に随分と勝手な言い分だと思う。もう面と向かって、お前を利用させてくれ、って言ってるようなものだから。でも、もうこっちだってなりふり構っていられない。
「千人かぁ……」
「そうだ」
氷堂は、まだちょっと信じられていないような、戸惑いの表情を浮かべている。
「でも、やらなくちゃいけないんだ」
氷堂は何回か、わかった、というように頷いた。
「僕に来てくれって……、それは流介が言ったの?」
「いや……、俺の判断だ」
「そうか……」
氷堂は俺の方に向き直った。
「だったら、今日の舞台には立てない」
最後の頼みの綱は、あっさりと切られた。
「なんでだよ! 演技はもう仕上がってるんだろ!」
でも俺は食い下がる。
「お前、一人芝居やりたいんじゃなかったのかよ!」
「やりたいよ」
「じゃあ、やれよ!」
「流介が来てくれと言ったんじゃなければ、僕は行くことはできない」
そういえば、俺が最初にこのマンションを訪れた日以来、流介と氷堂の関係はギクシャクしている。
というより、氷堂が一方的に流介を避けてるように見える。流介はそれまでと変わらず、廊下で氷堂と会った時には普通に声をかけていたのだが、氷堂は挨拶もそこそこに目をそらせてしまう。
無理からぬところではある。流介の方から一方的に氷堂を切ったのだから仕方がない。しかも国民的スター候補生の氷堂勇騎である。まさか自分が、言ってみればクビになるとは思いもしなかったろう。
俺だってその場で耳を疑った。本人としては相当プライドも傷ついたろう。ひょっとしたら、氷堂勇騎の生まれて初めての挫折(というと言い過ぎかもしれないけど)かもしれない。
しかし、さっきも言ったようになりふり構ってはいられない。俺は敢えて言った。
そっちに行ってもいいか、と聞いたら構わないというので、やって来た。氷堂のマンションに行くのは久々、これで二回目だ。毎日通学途中に見上げてはいるが、あの日以来全然行っていない。ただ今日は、ちょっと野暮用がある。
エントランスで鍵を開けてもらって、エレベーターで氷堂の部屋のフロアまで上る。呼び鈴を鳴らすと氷堂はドアを開けてくれた。「やあ」と笑顔で迎えてくれ、「コーヒーでも入れるよ」と中へ入れてくれた。部屋に入ると知らないクラシックの曲が流れていた。
俺は一瞬部屋を間違えたかと思った。以前来た時とは結構な様変わりをしていたからだ。
壁には、俺はよく知らないけど、イケメンのアニメのポスターが二枚貼られている上、それと同じキャラのフィギュアがテレビの前やら本棚の上などにびっしりと並べられている。
キッチンやダイニングのテーブルの上には本やマンガ、雑誌、教科書だけではなく、飲みかけのペットボトルまでもが雑然と置きっぱなしになっている。リビングの隅を見れば、脱ぎっぱなしであろうパーカーなどの衣類が山と置かれている。サイズは小さいし、色もピンク系が多いので、橘華蓮のものに違いない。
以前訪れた時は実に整然としたものだったが、えらく雑然とした部屋になってしまった。
「これでも少し整理したんだよ」
俺は呆然と部屋を見回していたのだろう。或いは嫌そうな顔をしてしまっていたかもしれない。いずれにしろ、俺の心中を察した氷堂は、そう苦笑いを浮かべながら、俺にコーヒーの入ったマグカップを手渡した。
それにしても、整理してこれかぁ……。まぁ整理といっても俺が急に来ると言ったから、散らかっていたものを手早く横にどかしたり、まとめたりしただけだろう。氷堂が一時期、橘華蓮の元を出て行ったのはこれが理由だったのかな、とも邪推してしまう。
「音弧祭りは?」
氷堂が自分の分のコーヒーを飲みながら聞いてきた。
「うん、まぁ、盛り上がってるよ」
「そう……」
やっぱり気になるのだろう。本当は氷堂も一人芝居をやりたかったのだから。できればまだそうあって欲しい。
氷堂はマグカップをテーブルに置き、CDの棚の前に行って物色し始めた。その背中に俺は声をかけた。
「今日、何かやることあんの?」
「いや、特に……」
「橘さんはいつ頃戻ってくる?」
「今日は……しばらく戻ってこないと思う」
「そしたら……、頼みがある」
「何?」
「今日の舞台に立ってくれないか」
「……」
氷堂はCDを物色する手を止めた。
「実は……、今日の舞台で千人動員しないと声優部は立ち上げられないんだ。校長と、そう約束したんだ」
「え! そうだったの……?」
流介もその話は氷堂にはしなかったらしい。めちゃめちゃ驚いてる。そりゃそうだ。校長室の百日間連続清掃を聞いた時ですら氷堂は「まさか」と言わんばかりに驚いていた。ズブの素人に舞台やって千人動員するというのは、どう考えても狂気の沙汰だ。
「流介じゃあ千人なんて絶対無理だ。声優部にはお前の力が必要なんだ。頼む! こんなこと勝手かもしれないけど、もう俺たちはお前に頼むしかないんだ」
本当に随分と勝手な言い分だと思う。もう面と向かって、お前を利用させてくれ、って言ってるようなものだから。でも、もうこっちだってなりふり構っていられない。
「千人かぁ……」
「そうだ」
氷堂は、まだちょっと信じられていないような、戸惑いの表情を浮かべている。
「でも、やらなくちゃいけないんだ」
氷堂は何回か、わかった、というように頷いた。
「僕に来てくれって……、それは流介が言ったの?」
「いや……、俺の判断だ」
「そうか……」
氷堂は俺の方に向き直った。
「だったら、今日の舞台には立てない」
最後の頼みの綱は、あっさりと切られた。
「なんでだよ! 演技はもう仕上がってるんだろ!」
でも俺は食い下がる。
「お前、一人芝居やりたいんじゃなかったのかよ!」
「やりたいよ」
「じゃあ、やれよ!」
「流介が来てくれと言ったんじゃなければ、僕は行くことはできない」
そういえば、俺が最初にこのマンションを訪れた日以来、流介と氷堂の関係はギクシャクしている。
というより、氷堂が一方的に流介を避けてるように見える。流介はそれまでと変わらず、廊下で氷堂と会った時には普通に声をかけていたのだが、氷堂は挨拶もそこそこに目をそらせてしまう。
無理からぬところではある。流介の方から一方的に氷堂を切ったのだから仕方がない。しかも国民的スター候補生の氷堂勇騎である。まさか自分が、言ってみればクビになるとは思いもしなかったろう。
俺だってその場で耳を疑った。本人としては相当プライドも傷ついたろう。ひょっとしたら、氷堂勇騎の生まれて初めての挫折(というと言い過ぎかもしれないけど)かもしれない。
しかし、さっきも言ったようになりふり構ってはいられない。俺は敢えて言った。
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