行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀龍太朗

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同じ目標に向かってやってきたんじゃねーの?

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 次の試合までは間が開くそうなので、用を足しに行く。しかし、さすがに超満員だったので、トイレの方もかなり混んでいた。ちょっと待っていられない状況だったので、近くの校舎へ行く。

 すると、その校舎はOWEの楽屋として使われているらしく、デカい奴らがゴロゴロいた。でも、背に腹は代えられない。俺は派手な格好をした半裸の巨漢たちの間をぬって、廊下の端のトイレへ入った。

 するとそこには、ベースボールマシーン2号……、いや、星野がいた。リング上の衣装そのままの格好で、洗面所の鏡に向かい、目の上を氷のうで冷やしている。腫れ上がっていた。近藤さんに蹴られた時のものだろう。俺に気づいた星野は振り返り、

「……またおまえか。つーか、なんでこんなところにいるんだ?」

 と言った。なんか、気怠そうだ。目の上のケガが痛いのだろうし、疲れてもいるのだろう。

「いや、近藤さんに誘われて……。お兄さんの方の……」

「え? オーナーから? へぇ……」

 オーナーって呼ばれてんだ……。同好会会長じゃなくて。俺は、さすがに我慢しきれなくなったので、星野には構わず用を足した。

 俺は手を洗いがてら、声をかけた。

「……大丈夫ですか?」

「まぁ……。オーナーの足がまともに入っちゃって……。俺のケガ見て、龍之介が機転効かせて試合終わらせてくれて……」

 あぁ、だから割とあっけなく終わったんだ。手も洗い終わったのでトイレから出ようとすると、今度は星野の方から声をかけてきた。

「お前の方の……痛ッて!……部活どうなってんの? 声優だったか……」

「いや、俺は、やめました……」

「……なんで?」

 俺は事のいきさつを話した。なんとなく、氷堂と橘華蓮については一切触れなかった。

「……俺がなんでプロレスやってるか、知ってるか?」

 一通り聞いた後、星野が言った。

「はい。近藤さんから聞きました」

「あ、そう……。知ってたか……」

 なんだか、がっかりしたようだった。話の腰を折ってしまったか。

「あ、いや、でも、あんまり詳しくは……」

「そうか……。で、俺、三年で、夏が終わったから引退なんだけど、」

 少し、気を取り直したようだ。星野は話を続けた。

「部活辞めてまで、こんなことしてるのは、あいつらが好きだからだ。三年とは二年半、二年とは一年半、一年生とはまだ半年だけど、それでも、一緒にいる時間としては短いとは思えない。そんな、短くはない時間を一緒に過ごしたら、そりゃ情も移る。ましてや、同じ目標に向かって突っ走って来た連中なんだから」

 そんなもんかねぇ。俺は体育系の部活に入ったことがないから全然わからないが。

「おまえ、その流介って奴とは、この半年、同じ目標に向かってやってきたんじゃねーの?」

 どうだろうか?

 同じ目標に向かって半年。そう言われると、声優になりたいのは流介だけだし、半年という期間は俺には短いと思える。

 だけど、星野の問いかけに、違う、と言えない自分がいる。

「いや、俺には関係ねーんだけどさ。おまえ見てると、プロレスなんてバカみたいなもんやった俺は、やっぱ正しかったんだなぁ、って思って……」

「あの、一言、言わせてもらっていいですか?」

「おう……。言ってみろよ」

「プロレスはバカみたいなもんじゃないですよ」

「え?」

「バカそのものだ」

「……あぁ?」

「その通り! よく言った」

「近藤さん!」

「ベースボールマシーン2号! 君はまだまだプロレスの真髄、魅せることの真髄をわかっちゃあーいなかったようだ」

「え?」

「バカになれ! 星野ォー!」

 近藤さんはケガをしている星野の顔面を容赦なく張った。

「痛ッてェー! 何すんだ、テメぇ!」

「バカになれ!」

 スパァンッ!と良い音がした。俺の頬から。

「あ痛ぁ!」

 なぜか俺まで張られた。どういうことだ?

「コノヤロー!」

 星野が近藤さんに殴りかかる。

「バカになれ!」

「バカはおめぇだ!」

 期せずして、トイレの中で大乱闘が始まった。俺も巻き込まれた。


   ◇   ◇   ◇


「いらっしゃい……! ませー……。お一人様ですか?」

 出迎えてくれた店員の笑顔が凍り付いた。俺の顔を見てのことだろう。

 あれからひどかった。

 近藤さんは完全にエキサイトしていたし、星野は「おまえに気合いを入れてやる」と、わけのわからんことを抜かしていた。逃げようとする俺までバトルロイヤルに引きずり込みやがった。二人ともケンカが強かったので、やられる一方でボコボコにされた。顔面に熱を帯びているのが自分でもわかる。

 ほうほうの体で逃げ出したが、それ以上はプロレスを見る気にもなれず、こうして駅ビルのサイゼに逃げるようにしてやってきたというわけだ。

 昼メシはさっき食ったし、プリンでも食うか。しかしなぜ、サイゼのプリンはこうも美味いのだろう。

 注文を済ませ、ドリンクバーから氷をたっぷり入れたファンタを持ってきて患部に当てる。気持ちいい……。心地良くない気持ち良さだ……。

 目をつむってそうやっていると、真後ろからブツブツと呪詛のような小さい声が聞こえてきた。実に気持ち悪い。

 非難の目で振り向くと、流介であった。
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