上 下
27 / 45

カレーラーメンライスにしない?

しおりを挟む
 カレーライスをトレイに載せて空いた席を探す。

 昼休み。あれから一週間経った。同じクラスなので流介とは毎日顔を合わせているが、全然話さない。俺は目を合わせる気もない。氷堂の方は、違うクラスだし、あれからどうなったのか、動向は全然わからない。まぁ、もう俺には関係ないから、どうでもいいんだけど。

 氷堂の出演が取り止めになったことは、正式にアナウンスされた。

 これで当日の観客動員はまるで見込めなくなった。頼んでいた警備会社の警備もキャンセルになったという。氷堂が出演するということで宣伝にはなったとは思うが、出ないのであれば観に行く理由はなくなるだろう。

 音弧祭り当日まで残り一週間。打てる手は、まぁ、ないだろう。万事休すだ。校長は安堵しているに違いない。ひょっとしたらあの校長室の中で小躍りしてるかもしれない。目に浮かぶようだ。

 それにしても、なぜ流介は橘華蓮との氷堂の奪い合いから身を引いたのだろうか。

 意外としか言いようがない。まぁ、相手はあの次期国民的スター候補生筆頭の橘華蓮なわけだから、当たり前と言ってしまえば全くそうなのだが、なんせ流介である。こいつの性格やこれまでの行動を考えると理解不能だ。『負け犬の顔』を見て同情した、というのが理由なのかもしれない。それなら一旦納得はできはする。

 しかし繰り返すが、流介である。校長を殴り、百日間掃除をし、氷堂を利用し、挙句得体の知れない女が書いたであろう日記を持ってくる流介である。どういう風の吹き回しだろうか。とんでもない暴風雨が吹き荒れたものだ。

 しかし、流介の中でどんな脳内的天変地異が起こったのかは知る由もないが、氷堂の出演がなくなった現状として、声優部設立は風前の灯であることは間違いない。

 あいつは本気で声優部を作りたかったんじゃなかったのか? だったら、どんなド汚ねぇ手を使ってでも、それに邁進しなくちゃいけなかったんじゃなかったのか?

 窓に近い奥に空いた席を発見し、そこを陣取る。窓側ではなく、食堂に背中を向けた側にする。窓の外の景色が良く見える。こうして見ると、ウチの学校はグラウンドがたくさんある。野球、サッカー、ラグビー、陸上、テニスコートもある。随分無駄に贅沢な学校だ。

 さて食事にしようと、カレーライスを見下ろす。別に、カレーラーメンライスなんて食いたくはない。あんなジャンクなもの、食ってられるか。

「隣、いいかな?」

 後ろから、力石徹みてぇな低音の良い声が響いた。振り返るまでもなく(振り返ったが)氷堂だった。

「お、おぉ……」

 はにかんだ笑顔を見せて、氷堂はトレイを持って立っていた。トレイの上にはラーメンが置かれている。氷堂とラーメンというのがまるでそぐわないので、そのギャップに気圧された。

「ありがとう」

 氷堂は、隣と言いつつ、回り込んで俺の前の席に座った。まぁ、当たり前か。隣同士というのも、なんだか決まり悪い。そして、氷堂のトレイにはラーメンの他に皿が二枚置かれているのに気づいた。

「カレーラーメンライスにしない?」

 と言ってきた。

「ええええー!」

 あんまりにもびっくりしすぎたので、思わず声が出てしまった。割とデカい声になってしまったのが自分でもわかった。周囲の反応が怖くて、後ろを振り返れなかった。近藤さんの言うように、確かに俺はリアクションがデカいかもしれない。

「やっぱり、ダメだよね……」

「いやいやいやいやいやいや、いいよいいよ、全然いいよ。ちょうど、カレーラーメンライス、食いたいと思ってたし……」

「そうなの? よかった」

 しかし、なんでまたカレーラーメンライス? ラーメンでさえ氷堂には合わないのに、カレーラーメンライスとなると、もはや未知との遭遇レベルだ。

 しかしまぁ、せっかくだからと、一旦俺のカレールーを氷堂のラーメンの上に乗せ(国民的スター候補生筆頭のラーメンの上に、俺はいったい何をやっているのだろう?)、ライスを二つの皿によそい、カレーラーメンをそれぞれのどんぶりと皿に分けた。二人して、ズルズルと麺をすすり、ライスを口に含んで、ルーを流し込んだ。

「これ、おいしいね」

 そう言ってくれると嬉しいが、体が資本のスポーツ選手には、あまりお勧めはできないなぁ、と思った。

「今日は弁当じゃないんだ?」

「たまにはね」

「ふーん」

 そのまま、またズルズルと、お互いのカレーラーメンライスを食す。特に話すこともないまま、二人とも食い終わってしまった。一気に食ったなぁ。それだけカレーラーメンライスが美味かったというのもある。なぜジャンクな食い物はこうも美味いのだろう。

 俺はカレーラーメンライスを誘ってくれたお礼とばかりに、食後のお茶を氷堂の分も持ってきた。まぁ、俺が飲みたかっただけというのもあるが。

「あれからすぐ、今まで通り、華蓮と一緒に住むようになったんだ」

 お茶を一口すすった後、氷堂が話しだした。今まで通り、とは、高校に上がる前、ということだろう。よくよく考えれば俺たちはまだ、高校に入ってからまだ半年くらいしか経っていない。

「やっぱり……、あのマンションで?」

「うん」

「そうかぁ……」

「あの後、もう一度二人でよく話し合ったんだ。やっぱり、少なくとも、もうしばらくは、二人でやっていこうって」

 氷堂の気が変わったのは、やはり流介の一言が引き金になっていたからだと思う。相棒に対して無責任、と言われた後のうつむいた氷堂の顔が浮かぶ。

 何はともあれ、同棲を再開したということは、氷堂のソロや演劇部は(少なくとも当面は)棚上げとなり、二人はペアに専念するものと思われる。日本のフィギュアスケート界の危機は一旦闇から闇へ葬り去られたようだ。

 逆に、ひょっとしたら大きなチャンスを逃したとも言えるかもしれない。ソロとペアの二刀流、というプランは常識はずれな不可能事とは思われるが、成し遂げられれば歴史に残る大偉業だ。

「僕はちょっと、焦りすぎていたんだと思う」

「焦った?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい

四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』  孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。  しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。  ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、 「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。  この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。  他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。  だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。  更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。  親友以上恋人未満。  これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

フリー台詞・台本集

小夜時雨
ライト文芸
 フリーの台詞や台本を置いています。ご自由にお使いください。 人称を変えたり、語尾を変えるなどOKです。 題名の横に、構成人数や男女といった表示がありますが、一人二役でも、男二人、女二人、など好きなように組み合わせてもらっても構いません。  また、許可を取らなくても構いませんが、動画にしたり、配信した場合は聴きに行ってみたいので、教えてもらえるとすごく嬉しいです!また、使用する際はリンクを貼ってください。 ※二次配布や自作発言は禁止ですのでお願いします。

処理中です...