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負け犬の顔
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マンションを出た俺らは、腹減ったな、ということになり、近くのマックに行った。二人とも金がないのでハンバーガー(百円)とコーラS(百円)を頼んだ。お互いに家に帰れば夕飯があるので、これぐらいで我慢する。あー、やっぱ、マックは落ち着く。
流介は今夜は実家に帰るらしく、半月ぶりの帰宅になるという。半月もよその家に泊まっていることを流介の親はどう考えてるのだろう? やはり氷堂の家だということで二つ返事でオーケーだったのだろうか? いや普通なら尚のこと、ご迷惑になるからやめなさい、と言うだろう。
しかし何と言っても流介を産み、育てた親である。常人には計り知れない感覚の持ち主であると予想するのが妥当だろう。だから、特にどうとも思っていないのかもしれない。
窓際の席に座ると、向かいに氷堂のマンションが見えた。今頃二人はどうしているだろうか。そんなことを考えながらハンバーガーを口に押し込み、コーラで流し込む。
当然、空腹は収まらないが、なんとなくすぐには家に帰る気にもなれず、そのままダラダラとスマホゲームをいじった。なけなしの石で回した十連ガチャも不発に終わり、それ以上はゲームをやる気になれず、流介に気になったことを聞いてみた。
「お前さぁ、なんでさっきあの部屋出たの?」
「えー?」
流介は手にしたスマホの画面を見つめながら気のない返事をする。まだゲームに夢中のようだ。
「あのままあの二人だけにしたら、氷堂、橘華蓮に取られちゃうんじゃねぇの?」
「取られちゃうって、何を?」
「だから、フィギュアの練習のために氷堂が演劇部を辞めさせられるってことだよ」
俺は紙コップを手にして、残ったコーラをストローからすすった。もうほとんど残ってなかったので、ズチューッと間抜けな音がした。
「あぁ、そうだね。その可能性は高いね」
相変わらず、流介はスマホを見つめたままだ。
「じゃ何であの二人置いてきたんだよ?」
「負け犬の顔をしたからだよ」
流介はスマホから目を上げずに言う。心ここにあらず、といった風情だ。そんなにゲームが調子良くいってるのだろうか。
「誰が?」
「華蓮」
おぉっと。天下の橘華蓮をファーストネーム呼び捨てですか。ホントにこいつはいつも何様なんだろう。
「勇騎がさぁ、演劇はフィギュアにも必要だ、って華蓮に言い返したじゃん? あの時の華蓮が一瞬負け犬の顔になったんだよ」
それは俺も覚えている。
あの時、橘華蓮は氷堂に対し、怯んだのだ。負け犬とまでは思わなかったが、あの瞬間を境に攻守が逆転したような印象だった。橘華蓮の話だと、彼女には絶対的に氷堂が必要らしい。
その氷堂に、ペアにだけ専念したくない、と言われたも同然だ。それを思うと絶望的な気分になるのも無理はない。
「俺もあの時、こんな顔してたんだろうなぁ、って思ったら、なんかね……」
「あの時って?」
「太一が来る前に華蓮が俺に、何で演劇やるのか、って食ってかかってきたって話したじゃん?」
「あぁ」
「あの時さ。スケートの邪魔だから、そんなことに勇騎を巻き込むな、って言われてさ。その時の俺は多分こんな負け犬の顔してたんだろうな、って華蓮の顔見て思った」
「お前らしくないな」
お前みたいな『中の下男子』が橘華蓮を見て自分を思い出すな、とはもちろん思ったが、そっちは口には出さずにおいた。
「なんだよ、その俺らしくないって」
そう言って、流介は笑った。久々にこいつの笑顔を見た気がした。そして流介はようやくスマホから顔を上げた。
「だって流介、いつも無駄に自信満々じゃねぇか」
「無駄に、ってひどいな。それに、俺はいつも自信なんかないよ」
「嘘つけよ」
「ホントだよ。太一の中で俺はどういう人間なんだよ」
とんでもねぇ奴だよ、と思ったが口には出さなかった。
「まぁ、正直演劇がフィギュアの役には立たないなんて全然思わないし、そういった点では、長い目で見れば、フィギュアの練習の邪魔にだってなっていないと思うけど、短期的には、つまりフィギュアの技術を磨く練習時間は、削ってしまっているとは思う。そういった意味では確かに華蓮の言ってることは正論だ。それに、世間の多くの人だって、そういう風に考えるだろうから、もし華蓮がマスコミとかを通じて勇騎が演劇やってて練習の妨げになっている、って言ったら、圧力だって出てくるだろう。そう考えたらちょっと厳しいなぁ、って思ったんだよね。勇騎を引き留めるのは無理かなぁ、って。あ、もう終わったな、って心底思った。だからあの時の俺は負け犬の顔をしてたと思うんだよね」
生徒の分際で校長を殴り返すような、理解不能な奴だと思っていた流介がそんな弱気なことを考えていたとは意外だった。また、自分の欲望のためなら一般高校生の分際で国民的スターをも利用するような得体のしれない奴だと思っていた流介が、相手に譲歩したことも意外だった。
しかし、負け犬の顔、と言われた時、俺にも思い出したことがある。第一志望の高校に落ちた時のことだ。
信じられなくて悔しくて、泣きそうだった。でも周りの人間にそんなところは見られたらカッコ悪いし、俺にも微々たるものだが意地があるので、努めて冷静な態度を取った。所詮高校の受験でしょ、大したことじゃないよ、って。ちょっと薄ら笑いさえ浮かべてみた。
でも、後から受かった奴と話した時、「お前あの時すごい顔してたから、とても近くに寄れなかった」って言われた。すごい顔がどんな風だったのかは、そいつは言ってくれなかったが、多分流介の言うところの負け犬の顔だったのだろう。
それを考えると橘華蓮にそんな顔されたら、やっぱりちょっと、何と言うか、他人事には思えないかもしれない。もちろん、橘華蓮と俺の受験なんかでは背負ってるものがあまりにも違いすぎるとは思うが、賭けてきたものを奪い取られたという点ではあんまり違いはないような気がする。
流介は今夜は実家に帰るらしく、半月ぶりの帰宅になるという。半月もよその家に泊まっていることを流介の親はどう考えてるのだろう? やはり氷堂の家だということで二つ返事でオーケーだったのだろうか? いや普通なら尚のこと、ご迷惑になるからやめなさい、と言うだろう。
しかし何と言っても流介を産み、育てた親である。常人には計り知れない感覚の持ち主であると予想するのが妥当だろう。だから、特にどうとも思っていないのかもしれない。
窓際の席に座ると、向かいに氷堂のマンションが見えた。今頃二人はどうしているだろうか。そんなことを考えながらハンバーガーを口に押し込み、コーラで流し込む。
当然、空腹は収まらないが、なんとなくすぐには家に帰る気にもなれず、そのままダラダラとスマホゲームをいじった。なけなしの石で回した十連ガチャも不発に終わり、それ以上はゲームをやる気になれず、流介に気になったことを聞いてみた。
「お前さぁ、なんでさっきあの部屋出たの?」
「えー?」
流介は手にしたスマホの画面を見つめながら気のない返事をする。まだゲームに夢中のようだ。
「あのままあの二人だけにしたら、氷堂、橘華蓮に取られちゃうんじゃねぇの?」
「取られちゃうって、何を?」
「だから、フィギュアの練習のために氷堂が演劇部を辞めさせられるってことだよ」
俺は紙コップを手にして、残ったコーラをストローからすすった。もうほとんど残ってなかったので、ズチューッと間抜けな音がした。
「あぁ、そうだね。その可能性は高いね」
相変わらず、流介はスマホを見つめたままだ。
「じゃ何であの二人置いてきたんだよ?」
「負け犬の顔をしたからだよ」
流介はスマホから目を上げずに言う。心ここにあらず、といった風情だ。そんなにゲームが調子良くいってるのだろうか。
「誰が?」
「華蓮」
おぉっと。天下の橘華蓮をファーストネーム呼び捨てですか。ホントにこいつはいつも何様なんだろう。
「勇騎がさぁ、演劇はフィギュアにも必要だ、って華蓮に言い返したじゃん? あの時の華蓮が一瞬負け犬の顔になったんだよ」
それは俺も覚えている。
あの時、橘華蓮は氷堂に対し、怯んだのだ。負け犬とまでは思わなかったが、あの瞬間を境に攻守が逆転したような印象だった。橘華蓮の話だと、彼女には絶対的に氷堂が必要らしい。
その氷堂に、ペアにだけ専念したくない、と言われたも同然だ。それを思うと絶望的な気分になるのも無理はない。
「俺もあの時、こんな顔してたんだろうなぁ、って思ったら、なんかね……」
「あの時って?」
「太一が来る前に華蓮が俺に、何で演劇やるのか、って食ってかかってきたって話したじゃん?」
「あぁ」
「あの時さ。スケートの邪魔だから、そんなことに勇騎を巻き込むな、って言われてさ。その時の俺は多分こんな負け犬の顔してたんだろうな、って華蓮の顔見て思った」
「お前らしくないな」
お前みたいな『中の下男子』が橘華蓮を見て自分を思い出すな、とはもちろん思ったが、そっちは口には出さずにおいた。
「なんだよ、その俺らしくないって」
そう言って、流介は笑った。久々にこいつの笑顔を見た気がした。そして流介はようやくスマホから顔を上げた。
「だって流介、いつも無駄に自信満々じゃねぇか」
「無駄に、ってひどいな。それに、俺はいつも自信なんかないよ」
「嘘つけよ」
「ホントだよ。太一の中で俺はどういう人間なんだよ」
とんでもねぇ奴だよ、と思ったが口には出さなかった。
「まぁ、正直演劇がフィギュアの役には立たないなんて全然思わないし、そういった点では、長い目で見れば、フィギュアの練習の邪魔にだってなっていないと思うけど、短期的には、つまりフィギュアの技術を磨く練習時間は、削ってしまっているとは思う。そういった意味では確かに華蓮の言ってることは正論だ。それに、世間の多くの人だって、そういう風に考えるだろうから、もし華蓮がマスコミとかを通じて勇騎が演劇やってて練習の妨げになっている、って言ったら、圧力だって出てくるだろう。そう考えたらちょっと厳しいなぁ、って思ったんだよね。勇騎を引き留めるのは無理かなぁ、って。あ、もう終わったな、って心底思った。だからあの時の俺は負け犬の顔をしてたと思うんだよね」
生徒の分際で校長を殴り返すような、理解不能な奴だと思っていた流介がそんな弱気なことを考えていたとは意外だった。また、自分の欲望のためなら一般高校生の分際で国民的スターをも利用するような得体のしれない奴だと思っていた流介が、相手に譲歩したことも意外だった。
しかし、負け犬の顔、と言われた時、俺にも思い出したことがある。第一志望の高校に落ちた時のことだ。
信じられなくて悔しくて、泣きそうだった。でも周りの人間にそんなところは見られたらカッコ悪いし、俺にも微々たるものだが意地があるので、努めて冷静な態度を取った。所詮高校の受験でしょ、大したことじゃないよ、って。ちょっと薄ら笑いさえ浮かべてみた。
でも、後から受かった奴と話した時、「お前あの時すごい顔してたから、とても近くに寄れなかった」って言われた。すごい顔がどんな風だったのかは、そいつは言ってくれなかったが、多分流介の言うところの負け犬の顔だったのだろう。
それを考えると橘華蓮にそんな顔されたら、やっぱりちょっと、何と言うか、他人事には思えないかもしれない。もちろん、橘華蓮と俺の受験なんかでは背負ってるものがあまりにも違いすぎるとは思うが、賭けてきたものを奪い取られたという点ではあんまり違いはないような気がする。
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