行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀龍太朗

文字の大きさ
上 下
25 / 48

負け犬の顔

しおりを挟む
 マンションを出た俺らは、腹減ったな、ということになり、近くのマックに行った。二人とも金がないのでハンバーガー(百円)とコーラS(百円)を頼んだ。お互いに家に帰れば夕飯があるので、これぐらいで我慢する。あー、やっぱ、マックは落ち着く。

 流介は今夜は実家に帰るらしく、半月ぶりの帰宅になるという。半月もよその家に泊まっていることを流介の親はどう考えてるのだろう? やはり氷堂の家だということで二つ返事でオーケーだったのだろうか? いや普通なら尚のこと、ご迷惑になるからやめなさい、と言うだろう。

 しかし何と言っても流介を産み、育てた親である。常人には計り知れない感覚の持ち主であると予想するのが妥当だろう。だから、特にどうとも思っていないのかもしれない。

 窓際の席に座ると、向かいに氷堂のマンションが見えた。今頃二人はどうしているだろうか。そんなことを考えながらハンバーガーを口に押し込み、コーラで流し込む。

 当然、空腹は収まらないが、なんとなくすぐには家に帰る気にもなれず、そのままダラダラとスマホゲームをいじった。なけなしの石で回した十連ガチャも不発に終わり、それ以上はゲームをやる気になれず、流介に気になったことを聞いてみた。

「お前さぁ、なんでさっきあの部屋出たの?」

「えー?」

 流介は手にしたスマホの画面を見つめながら気のない返事をする。まだゲームに夢中のようだ。

「あのままあの二人だけにしたら、氷堂、橘華蓮に取られちゃうんじゃねぇの?」

「取られちゃうって、何を?」

「だから、フィギュアの練習のために氷堂が演劇部を辞めさせられるってことだよ」

 俺は紙コップを手にして、残ったコーラをストローからすすった。もうほとんど残ってなかったので、ズチューッと間抜けな音がした。

「あぁ、そうだね。その可能性は高いね」

 相変わらず、流介はスマホを見つめたままだ。

「じゃ何であの二人置いてきたんだよ?」

「負け犬の顔をしたからだよ」

 流介はスマホから目を上げずに言う。心ここにあらず、といった風情だ。そんなにゲームが調子良くいってるのだろうか。

「誰が?」

「華蓮」

 おぉっと。天下の橘華蓮をファーストネーム呼び捨てですか。ホントにこいつはいつも何様なんだろう。

「勇騎がさぁ、演劇はフィギュアにも必要だ、って華蓮に言い返したじゃん? あの時の華蓮が一瞬負け犬の顔になったんだよ」

 それは俺も覚えている。

 あの時、橘華蓮は氷堂に対し、怯んだのだ。負け犬とまでは思わなかったが、あの瞬間を境に攻守が逆転したような印象だった。橘華蓮の話だと、彼女には絶対的に氷堂が必要らしい。

 その氷堂に、ペアにだけ専念したくない、と言われたも同然だ。それを思うと絶望的な気分になるのも無理はない。

「俺もあの時、こんな顔してたんだろうなぁ、って思ったら、なんかね……」

「あの時って?」

「太一が来る前に華蓮が俺に、何で演劇やるのか、って食ってかかってきたって話したじゃん?」

「あぁ」

「あの時さ。スケートの邪魔だから、そんなことに勇騎を巻き込むな、って言われてさ。その時の俺は多分こんな負け犬の顔してたんだろうな、って華蓮の顔見て思った」

「お前らしくないな」

 お前みたいな『中の下男子』が橘華蓮を見て自分を思い出すな、とはもちろん思ったが、そっちは口には出さずにおいた。

「なんだよ、その俺らしくないって」

 そう言って、流介は笑った。久々にこいつの笑顔を見た気がした。そして流介はようやくスマホから顔を上げた。

「だって流介、いつも無駄に自信満々じゃねぇか」

「無駄に、ってひどいな。それに、俺はいつも自信なんかないよ」

「嘘つけよ」

「ホントだよ。太一の中で俺はどういう人間なんだよ」

 とんでもねぇ奴だよ、と思ったが口には出さなかった。

「まぁ、正直演劇がフィギュアの役には立たないなんて全然思わないし、そういった点では、長い目で見れば、フィギュアの練習の邪魔にだってなっていないと思うけど、短期的には、つまりフィギュアの技術を磨く練習時間は、削ってしまっているとは思う。そういった意味では確かに華蓮の言ってることは正論だ。それに、世間の多くの人だって、そういう風に考えるだろうから、もし華蓮がマスコミとかを通じて勇騎が演劇やってて練習の妨げになっている、って言ったら、圧力だって出てくるだろう。そう考えたらちょっと厳しいなぁ、って思ったんだよね。勇騎を引き留めるのは無理かなぁ、って。あ、もう終わったな、って心底思った。だからあの時の俺は負け犬の顔をしてたと思うんだよね」

 生徒の分際で校長を殴り返すような、理解不能な奴だと思っていた流介がそんな弱気なことを考えていたとは意外だった。また、自分の欲望のためなら一般高校生の分際で国民的スターをも利用するような得体のしれない奴だと思っていた流介が、相手に譲歩したことも意外だった。

 しかし、負け犬の顔、と言われた時、俺にも思い出したことがある。第一志望の高校に落ちた時のことだ。

 信じられなくて悔しくて、泣きそうだった。でも周りの人間にそんなところは見られたらカッコ悪いし、俺にも微々たるものだが意地があるので、努めて冷静な態度を取った。所詮高校の受験でしょ、大したことじゃないよ、って。ちょっと薄ら笑いさえ浮かべてみた。

 でも、後から受かった奴と話した時、「お前あの時すごい顔してたから、とても近くに寄れなかった」って言われた。すごい顔がどんな風だったのかは、そいつは言ってくれなかったが、多分流介の言うところの負け犬の顔だったのだろう。

 それを考えると橘華蓮にそんな顔されたら、やっぱりちょっと、何と言うか、他人事には思えないかもしれない。もちろん、橘華蓮と俺の受験なんかでは背負ってるものがあまりにも違いすぎるとは思うが、賭けてきたものを奪い取られたという点ではあんまり違いはないような気がする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

CRoSs☤MiND ~ 過ぎ去りし時間(とき)の中で ~ 第 二 部 柏木 宏之 編 ▽ 迷い、そして葛藤 △

Digital&AnalogNoveL
ライト文芸
Cross Mind 第二部 他の編、涼崎春香の恋人であり、とある事故により、他の編、隼瀬香澄と恋仲となった男性主人公の一人である柏木宏之の物語。精神的弱さと優柔不断が災いして、将来、その二人の女性を悩ませてしまう。

もしもしお時間いいですか?

ベアりんぐ
ライト文芸
 日常の中に漠然とした不安を抱えていた中学1年の智樹は、誰か知らない人との繋がりを求めて、深夜に知らない番号へと電話をしていた……そんな中、繋がった同い年の少女ハルと毎日通話をしていると、ハルがある提案をした……。  2人の繋がりの中にある感情を、1人の視点から紡いでいく物語の果てに、一体彼らは何をみるのか。彼らの想いはどこへ向かっていくのか。彼の数年間を、見えないレールに乗せて——。 ※こちらカクヨム、小説家になろう、Nola、PageMekuでも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

僕(じゃない人)が幸せにします。

暇魷フミユキ
恋愛
【副題に☆が付いている話だけでだいたい分かります!】 ・第1章  彼、〈君島奏向〉の悩み。それはもし将来、恋人が、妻ができたとしても、彼女を不幸にすることだった。  そんな彼を想う二人。  席が隣でもありよく立ち寄る喫茶店のバイトでもある〈草壁美頼〉。  所属する部の部長でたまに一緒に帰る仲の〈西沖幸恵〉。  そして彼は幸せにする方法を考えつく―――― 「僕よりもっと相応しい人にその好意が向くようにしたいんだ」  本当にそんなこと上手くいくのか!?  それで本当に幸せなのか!?  そもそも幸せにするってなんだ!? ・第2章  草壁・西沖の二人にそれぞれの相応しいと考える人物を近付けるところまでは進んだ夏休み前。君島のもとにさらに二人の女子、〈深町冴羅〉と〈深町凛紗〉の双子姉妹が別々にやってくる。  その目的は―――― 「付き合ってほしいの!!」 「付き合ってほしいんです!!」  なぜこうなったのか!?  二人の本当の想いは!?  それを叶えるにはどうすれば良いのか!? ・第3章  文化祭に向け、君島と西沖は映像部として広報動画を撮影・編集することになっていた。  君島は西沖の劇への参加だけでも心配だったのだが……  深町と付き合おうとする別府!  ぼーっとする深町冴羅!  心配事が重なる中無事に文化祭を成功することはできるのか!? ・第4章  二年生は修学旅行と進路調査票の提出を控えていた。  期待と不安の間で揺れ動く中で、君島奏向は決意する―― 「僕のこれまでの行動を二人に明かそうと思う」  二人は何を思い何をするのか!?  修学旅行がそこにもたらすものとは!?  彼ら彼女らの行く先は!? ・第5章  冬休みが過ぎ、受験に向けた勉強が始まる二年生の三学期。  そんな中、深町凛紗が行動を起こす――  君島の草津・西沖に対するこれまでの行動の調査!  映像部への入部!  全ては幸せのために!  ――これは誰かが誰かを幸せにする物語。 ここでは毎日1話ずつ投稿してまいります。 作者ページの「僕(じゃない人)が幸せにします。(「小説家になろう」投稿済み全話版)」から全話読むこともできます!

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

女神と共に、相談を!

沢谷 暖日
青春
九月の初め頃。 私──古賀伊奈は、所属している部活動である『相談部』を廃部にすると担任から言い渡された。 部員は私一人、恋愛事の相談ばっかりをする部活、だからだそうだ。 まぁ。四月頃からそのことについて結構、担任とかから触れられていて(ry 重い足取りで部室へ向かうと、部室の前に人影を見つけた私は、その正体に驚愕する。 そこにいたのは、学校中で女神と謳われている少女──天崎心音だった。 『相談部』に何の用かと思えば、彼女は恋愛相談をしに来ていたのだった。 部活の危機と聞いた彼女は、相談部に入部してくれて、様々な恋愛についてのお悩み相談を共にしていくこととなる──

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

処理中です...