行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀龍太朗

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声優部ぅ?

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 というのも、シーズン前の夏はフィギュアスケートの選手にとって、来たるシーズンの土台を作るべき大事な時期であるからだ。そんな時に合宿所を出るということは普通は考えられない。通学が負担になる、という氷堂の申し出にも、何か取って付けたような感覚を覚えたという。

 ひょっとしたら氷堂はペア解消を考えているのではないか。橘華蓮はそう疑ったそうである。実際、ペアを解消するタイミングとしては遅くはあるが、シーズン前ということを考えると、なくはない。

 しかし、六月に発表された強化指定選手にはペアとして二人揃って選ばれたこともあり、思い過ごしだろう、と夏の間は自分に言い聞かせた。

 ところが新学期に入ってから更にまた少し様子がおかしくなる。

 一学期の間は練習が終わった後、気分転換やお疲れ様の意味も込めて、よく一緒に食事に行っていたという。ところが二学期が始まってからは一切それがなくなってしまったらしい。それどころか、練習が終わると挨拶もそこそこに、一人そそくさと帰ってしまうようになったのだ。

 そうして九月も半月ほどが過ぎた今日、夏中抱えていた鬱屈とした思いが遂に臨界点に達した。

 練習後、橘華蓮は氷堂を尾行し、このマンションを突き止めたのだそうだ。そして強引に部屋に押し入り、そこで橘華蓮が見たものは、二人楽しそうに遊んでいたと思しきテレビのゲーム画面と散乱したコントローラーであった。


 ◇   ◇   ◇


 流介からの説明を聞き終わり、改めて部屋の中を見回してみた。

 さすがにテレビ画面の電源は消されているものの、確かにリビングには二つのゲームのコントローラーが投げ出されてあり、ポータブルのゲーム機も二種類ほどテーブルの上に置いてある。テーブルにはマグカップが二つと台本らしき冊子が二冊。ちゃんと一人芝居の稽古もしてるらしいが、それ以上にゲームに夢中になっている気配が濃厚である。

「お前、練習してるんだろうな?」

「もちろんだよ、息抜きは大事だゼ」

 なんとなく流介には息抜きの合間に人生をやっている印象が否めないが、ここは本人の言葉を信じるしかない。まぁそもそも、俺には関係のない話なのだが。

 ちなみに氷堂の部屋は2LDKで、リビングは今言ったように主にゲーム部屋という感じだ。ゲーム機が散乱している以外には特にこれといったものはない。

 ダイニングのテーブルの上にも何もない。キッチンは清潔に使われていて、よく掃除されていることがわかる。後で聞いたら、栄養士の人にもらう献立を自分で作っているのだそうだ。いや全く頭の下がる思いである。少し、自分の生活を振り返ってしまった。母さんの皿洗いくらいは手伝おうと思った。

 ベッドルームの他の一部屋はトレーニングルームとなっていて、マシンが五種類くらい置いてあった。ちなみにバストイレは別である。

 必要なもの以外は何もない、非常にストイックな印象のある部屋だ。なんとなく氷堂のイメージにぴったりだった。

 とにかくそんな感じで、自分のところを出て行った氷堂が男と二人で同棲し、仲睦まじくゲームなんぞやってると知って、怒りの導火線に火が付いたのだろう。

 なんで氷堂と同居してるのか、流介にすごい剣幕で食ってかかったという。音弧祭りのための同居だというと、なぜ演劇をやるのかと問いただしてきたところで、俺はここに着いたのだ。一言で言ってしまえば、修羅場である。

「なんでこんなめんどくさいところに俺を呼んだんだよ」

「緩衝材が必要だと思って」

 最悪だ。

「それに、太一、華蓮のファンだろ?」

 その時、橘華蓮が俺たちの方を見た。めちゃ鋭い眼光である。確かに流介相手に橘華蓮のファンだという話をしたこともあるが、俺が好きなのは氷の上の橘華蓮であって、この橘華蓮ではない。

「ちょっと! そこ何コソコソ話し合ってンのよ!」

 よく、可愛い子は怒っても可愛いと言われるが、橘華蓮の場合は違った。怖い以外ない。

「いや、これまでのいきさつを一応、太一にも話しておいた方が良さそうだなって思って。あ、こいつ、俺と同じ声優部なんだ」

「声優部ぅ?」

 橘華蓮の大きな目が座る。

「そもそもアンタが勇騎を焚きつけたんじゃないの?」

 そう言いながらゆっくりと流介に近づいてきた。妖精というよりは闘犬である。

「いや、俺は焚きつけてないよ」

 嘘つけ。

「僕がやりたかったんだよ」

 氷堂がそう言うと、橘華蓮は氷堂の正面に立ち、挑むように見上げて、噛んで含むように言った。

「あなたはフィギュアスケーターなのよ。演劇なんて必要ない!」

「必要なんだ! 表現力を磨くにはダンスのレッスンだけじゃダメだ! 演技力も磨かなくちゃ次のレベルに行けないんだ!」

 氷堂、流介の口からのでまかせをそんなに大真面目に受け取らなくていいんだよ。そう言いたかったが、そんな事とても言える雰囲気ではなかった。

 しかし、大人しい氷堂から反撃を食らうとは思っていなかったのか、橘華蓮は少したじろいだ。逆に心なしか、氷堂の目には光が宿ったように見える。

「だって、フィギュアの表現力と演劇の表現力は違うもん……」

「違わない。自分以外のものになって現実とは違う世界を作り上げるという点において、同じだ」

「そんなこと言って……ホントは私と一緒にいるのが嫌になっちゃったんでしょ」

「そんなことないよ!」

「高校だって、わたしに黙って違うとこ行っちゃうし」

 音弧野高入学は氷堂一人で決めたことだったのか……。

 ペアで話し合って決めたことだとばかり思っていたので意外だった。詳しい経緯は報道されていないと思うので、世間の多くの人も俺と同様に思っていたのではないか。

 ここまでの話の流れを総合すると、どうも氷堂の方が一方的に橘華蓮から離れたがっているように思えてならない。これは本当にペア解消の危機なのかもしれない。だとしたらスケート連盟的にはとんでもない事件である。

「ねぇ、わたしのこと嫌いなの?」
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