行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀龍太朗

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誰?こいつ

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 しばらく、俺の目には橘華蓮しか映らなかった。

 もちろん俺を呼び出した流介もいたのだが、そんな汚物は目に入らない。

 なんせあの橘華蓮である。もう一度言おう。、橘華蓮である。

 氷堂勇騎と並び(パートナーなんだから当り前だが)次の国民的スター候補最右翼の橘華蓮である。いや、俺にしてみりゃ氷堂以上に国民的スターだ。俺の中では既に国民的スターナンバーワンだ。

 そう、俺は橘華蓮のファンである。

 というより、ほとんどの男子はこのペアなら橘華蓮のファンであろう。アイドルも裸足で逃げ出すルックス。小柄でありながら長い手足と引き締まった体。そして最大の魅力は当然のことながら、氷上での演技だ。

 真っ白い氷の上を舞い、跳び、踊る姿は現代に現れた妖精そのものである。まさに可憐である。名は体を表すとはこのことだ。

 ただ、その舞い、跳び、踊る所作のほとんどが氷堂の腕の中という点に関しては忸怩たる思いがないとは言えないが、幸か不幸か氷堂は橘華蓮をその腕の中に収めるに足る器の持ち主である。このことは余程の偏屈狂の痴れ者男子でない限りは認めざるを得ないだろう。橘華蓮ファンの全ての男子が憎むべきペアパートナーに対して純度百パーセントの嫉妬を発散させるための罵詈雑言を浴びせることができない代わりに、彼ならこの子を任せられる、という親でもないのに娘を嫁に出す父親のような勘違い親心を抱いて心の平静を保つことができるのは、無論勝手極まる蚊帳の外的ファン心理である。

 しかしテレビでは何度も橘華蓮を見たことがあるが、こうしてで見るとやはり違う。

 栗色に染めた長い髪は滝のように腰にまで届いており、ミニスカートから伸びた形の良い足はスラリと長く、そして引き締まっている。さすがはジュニアとはいえ世界王者だ。

 そして何より顔の小ささに驚いた。流介の半分くらいしかないのではないか。逆に目の大きさは流介の三倍くらいはありそうだ。また、背はとても小さく、百五十センチは間違いなくない。百四十センチちょっとくらいだろう。

 そんな風に恥ずかしながらしばし我を忘れ、橘華蓮に見とれていたら、ものすごい殺気を感じた。その殺気の主は他ならぬ橘華蓮であった。

「誰?こいつ」

 次期国民的スター候補生筆頭が俺にかけた記念すべき第一声がそれだった。殺気を孕んだ鋭い眼光のおまけ付きだ。しかしよく考えたらそれは仕方がない。突然見知らぬ俗にまみれた一般男子が現れたら大抵の妖精なら警戒するだろう。

「あぁ、こいつ俺の友だち。赤本あかもと太一たいち

 この部屋にいるもう一人の俗にまみれた一般男子であるところの流介が割と馴れ馴れしい口調で妖精に俺を紹介した。

「で? なんで演劇なのよ勇騎!」

 紹介された俺に対しては「へー」の一言もなく、橘華蓮は話の矛先を氷堂に向けた。

 どうも俺に対して鋭い殺気を向けたのは見知らぬ下衆な来訪者が来たということだけではなさそうだ。もちろんそれもあるのだろうが、ハナから機嫌が悪かったようだ。何やら取り込み中のところだったと推察される。話を向けた先の氷堂に対しての強い口調でそれはわかる。

 しかもそれは、放った言葉から察するに演劇部関連のことが原因であるらしい。一方の氷堂はというと、心なしか青ざめたような顔色で佇んでいる。

 ちなみに橘華蓮は温厚で優しそうな氷堂とは対照的で、強気で奔放な発言でも知られている。

 そもそも氷堂の方はコンプレックスを感じている低い声のせいもあるのか、メディアに向けて多くを語ることは極めて少ない。対して橘華蓮は時に傲慢とも取れるような強気な発言をしたり、インタビュアーのお仕着せ的質問に対して不機嫌さを露わにしたりと、世間をざわつかせることも少なくない。

 それ故時折、一部(主に氷堂ファンの女性)からバッシングを食らうこともある。しかし、当の橘華蓮はそんなものはどこ吹く風、まるで気にすることなく超然としたものである。

 そんな小さくて強気なお姫様が今、俺の目の前で氷の王子様に食ってかかっている。なんだか現実を感じるのが難しい。こうして二人が並ぶと本当に綺麗で、片や怒りを露わにし、片やスウェットの上下を着ているにもかかわらず、それこそ妖精の兄妹のように見える。RPGにでも出てきそうだ。

 ところで、いきなり橘華蓮がいてびっくりしていたので思い至らなかったが、そもそもここは氷堂の部屋である。そして彼は今、橘華蓮とは別居中であり、音弧祭りの舞台のために流介と同居中である。ならばなぜ、彼女がここにいるのだろうか。

「おい、どういうことだよ?」

 小声で流介に声をかける。

「いや、実はさ……」

 流介が語るところによれば、これまでの経緯はこうである。


   ◇   ◇   ◇


 事の発端は夏休みが始まる時にまで遡る。

 氷堂と橘華蓮は一学期までは今まで通り合宿所で同居していたそうである。しかし、氷堂は夏休みを機に華蓮との合宿所を出た。

 理由としては、一学期の間、音弧野高に通ってみて、合宿所からの通学が思いのほか負担だったから、ということらしい。

 というわけで音弧野高近くの物件を探していたところ、この部屋の元々の家主である現在大学生の氷堂の親戚が折り良く留学することになったので、一年間貸してもらえることになった。

 しかし橘華蓮は出て行った氷堂に対して、ある疑惑を感じていたという。

 ペア解消。
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