22 / 48
誰?こいつ
しおりを挟む
しばらく、俺の目には橘華蓮しか映らなかった。
もちろん俺を呼び出した流介もいたのだが、そんな汚物は目に入らない。
なんせあの橘華蓮である。もう一度言おう。あの、橘華蓮である。
氷堂勇騎と並び(パートナーなんだから当り前だが)次の国民的スター候補最右翼の橘華蓮である。いや、俺にしてみりゃ氷堂以上に国民的スターだ。俺の中では既に国民的スターナンバーワンだ。
そう、俺は橘華蓮のファンである。
というより、ほとんどの男子はこのペアなら橘華蓮のファンであろう。アイドルも裸足で逃げ出すルックス。小柄でありながら長い手足と引き締まった体。そして最大の魅力は当然のことながら、氷上での演技だ。
真っ白い氷の上を舞い、跳び、踊る姿は現代に現れた妖精そのものである。まさに可憐である。名は体を表すとはこのことだ。
ただ、その舞い、跳び、踊る所作のほとんどが氷堂の腕の中という点に関しては忸怩たる思いがないとは言えないが、幸か不幸か氷堂は橘華蓮をその腕の中に収めるに足る器の持ち主である。このことは余程の偏屈狂の痴れ者男子でない限りは認めざるを得ないだろう。橘華蓮ファンの全ての男子が憎むべきペアパートナーに対して純度百パーセントの嫉妬を発散させるための罵詈雑言を浴びせることができない代わりに、彼ならこの子を任せられる、という親でもないのに娘を嫁に出す父親のような勘違い親心を抱いて心の平静を保つことができるのは、無論勝手極まる蚊帳の外的ファン心理である。
しかしテレビでは何度も橘華蓮を見たことがあるが、こうして生で見るとやはり違う。
栗色に染めた長い髪は滝のように腰にまで届いており、ミニスカートから伸びた形の良い足はスラリと長く、そして引き締まっている。さすがはジュニアとはいえ世界王者だ。
そして何より顔の小ささに驚いた。流介の半分くらいしかないのではないか。逆に目の大きさは流介の三倍くらいはありそうだ。また、背はとても小さく、百五十センチは間違いなくない。百四十センチちょっとくらいだろう。
そんな風に恥ずかしながらしばし我を忘れ、橘華蓮に見とれていたら、ものすごい殺気を感じた。その殺気の主は他ならぬ橘華蓮であった。
「誰?こいつ」
次期国民的スター候補生筆頭が俺にかけた記念すべき第一声がそれだった。殺気を孕んだ鋭い眼光のおまけ付きだ。しかしよく考えたらそれは仕方がない。突然見知らぬ俗にまみれた一般男子が現れたら大抵の妖精なら警戒するだろう。
「あぁ、こいつ俺の友だち。赤本太一」
この部屋にいるもう一人の俗にまみれた一般男子であるところの流介が割と馴れ馴れしい口調で妖精に俺を紹介した。
「で? なんで演劇なのよ勇騎!」
紹介された俺に対しては「へー」の一言もなく、橘華蓮は話の矛先を氷堂に向けた。
どうも俺に対して鋭い殺気を向けたのは見知らぬ下衆な来訪者が来たということだけではなさそうだ。もちろんそれもあるのだろうが、ハナから機嫌が悪かったようだ。何やら取り込み中のところだったと推察される。話を向けた先の氷堂に対しての強い口調でそれはわかる。
しかもそれは、放った言葉から察するに演劇部関連のことが原因であるらしい。一方の氷堂はというと、心なしか青ざめたような顔色で佇んでいる。
ちなみに橘華蓮は温厚で優しそうな氷堂とは対照的で、強気で奔放な発言でも知られている。
そもそも氷堂の方はコンプレックスを感じている低い声のせいもあるのか、メディアに向けて多くを語ることは極めて少ない。対して橘華蓮は時に傲慢とも取れるような強気な発言をしたり、インタビュアーのお仕着せ的質問に対して不機嫌さを露わにしたりと、世間をざわつかせることも少なくない。
それ故時折、一部(主に氷堂ファンの女性)からバッシングを食らうこともある。しかし、当の橘華蓮はそんなものはどこ吹く風、まるで気にすることなく超然としたものである。
そんな小さくて強気なお姫様が今、俺の目の前で氷の王子様に食ってかかっている。なんだか現実を感じるのが難しい。こうして二人が並ぶと本当に綺麗で、片や怒りを露わにし、片やスウェットの上下を着ているにもかかわらず、それこそ妖精の兄妹のように見える。RPGにでも出てきそうだ。
ところで、いきなり橘華蓮がいてびっくりしていたので思い至らなかったが、そもそもここは氷堂の部屋である。そして彼は今、橘華蓮とは別居中であり、音弧祭りの舞台のために流介と同居中である。ならばなぜ、彼女がここにいるのだろうか。
「おい、どういうことだよ?」
小声で流介に声をかける。
「いや、実はさ……」
流介が語るところによれば、これまでの経緯はこうである。
◇ ◇ ◇
事の発端は夏休みが始まる時にまで遡る。
氷堂と橘華蓮は一学期までは今まで通り合宿所で同居していたそうである。しかし、氷堂は夏休みを機に華蓮との合宿所を出た。
理由としては、一学期の間、音弧野高に通ってみて、合宿所からの通学が思いのほか負担だったから、ということらしい。
というわけで音弧野高近くの物件を探していたところ、この部屋の元々の家主である現在大学生の氷堂の親戚が折り良く留学することになったので、一年間貸してもらえることになった。
しかし橘華蓮は出て行った氷堂に対して、ある疑惑を感じていたという。
ペア解消。
もちろん俺を呼び出した流介もいたのだが、そんな汚物は目に入らない。
なんせあの橘華蓮である。もう一度言おう。あの、橘華蓮である。
氷堂勇騎と並び(パートナーなんだから当り前だが)次の国民的スター候補最右翼の橘華蓮である。いや、俺にしてみりゃ氷堂以上に国民的スターだ。俺の中では既に国民的スターナンバーワンだ。
そう、俺は橘華蓮のファンである。
というより、ほとんどの男子はこのペアなら橘華蓮のファンであろう。アイドルも裸足で逃げ出すルックス。小柄でありながら長い手足と引き締まった体。そして最大の魅力は当然のことながら、氷上での演技だ。
真っ白い氷の上を舞い、跳び、踊る姿は現代に現れた妖精そのものである。まさに可憐である。名は体を表すとはこのことだ。
ただ、その舞い、跳び、踊る所作のほとんどが氷堂の腕の中という点に関しては忸怩たる思いがないとは言えないが、幸か不幸か氷堂は橘華蓮をその腕の中に収めるに足る器の持ち主である。このことは余程の偏屈狂の痴れ者男子でない限りは認めざるを得ないだろう。橘華蓮ファンの全ての男子が憎むべきペアパートナーに対して純度百パーセントの嫉妬を発散させるための罵詈雑言を浴びせることができない代わりに、彼ならこの子を任せられる、という親でもないのに娘を嫁に出す父親のような勘違い親心を抱いて心の平静を保つことができるのは、無論勝手極まる蚊帳の外的ファン心理である。
しかしテレビでは何度も橘華蓮を見たことがあるが、こうして生で見るとやはり違う。
栗色に染めた長い髪は滝のように腰にまで届いており、ミニスカートから伸びた形の良い足はスラリと長く、そして引き締まっている。さすがはジュニアとはいえ世界王者だ。
そして何より顔の小ささに驚いた。流介の半分くらいしかないのではないか。逆に目の大きさは流介の三倍くらいはありそうだ。また、背はとても小さく、百五十センチは間違いなくない。百四十センチちょっとくらいだろう。
そんな風に恥ずかしながらしばし我を忘れ、橘華蓮に見とれていたら、ものすごい殺気を感じた。その殺気の主は他ならぬ橘華蓮であった。
「誰?こいつ」
次期国民的スター候補生筆頭が俺にかけた記念すべき第一声がそれだった。殺気を孕んだ鋭い眼光のおまけ付きだ。しかしよく考えたらそれは仕方がない。突然見知らぬ俗にまみれた一般男子が現れたら大抵の妖精なら警戒するだろう。
「あぁ、こいつ俺の友だち。赤本太一」
この部屋にいるもう一人の俗にまみれた一般男子であるところの流介が割と馴れ馴れしい口調で妖精に俺を紹介した。
「で? なんで演劇なのよ勇騎!」
紹介された俺に対しては「へー」の一言もなく、橘華蓮は話の矛先を氷堂に向けた。
どうも俺に対して鋭い殺気を向けたのは見知らぬ下衆な来訪者が来たということだけではなさそうだ。もちろんそれもあるのだろうが、ハナから機嫌が悪かったようだ。何やら取り込み中のところだったと推察される。話を向けた先の氷堂に対しての強い口調でそれはわかる。
しかもそれは、放った言葉から察するに演劇部関連のことが原因であるらしい。一方の氷堂はというと、心なしか青ざめたような顔色で佇んでいる。
ちなみに橘華蓮は温厚で優しそうな氷堂とは対照的で、強気で奔放な発言でも知られている。
そもそも氷堂の方はコンプレックスを感じている低い声のせいもあるのか、メディアに向けて多くを語ることは極めて少ない。対して橘華蓮は時に傲慢とも取れるような強気な発言をしたり、インタビュアーのお仕着せ的質問に対して不機嫌さを露わにしたりと、世間をざわつかせることも少なくない。
それ故時折、一部(主に氷堂ファンの女性)からバッシングを食らうこともある。しかし、当の橘華蓮はそんなものはどこ吹く風、まるで気にすることなく超然としたものである。
そんな小さくて強気なお姫様が今、俺の目の前で氷の王子様に食ってかかっている。なんだか現実を感じるのが難しい。こうして二人が並ぶと本当に綺麗で、片や怒りを露わにし、片やスウェットの上下を着ているにもかかわらず、それこそ妖精の兄妹のように見える。RPGにでも出てきそうだ。
ところで、いきなり橘華蓮がいてびっくりしていたので思い至らなかったが、そもそもここは氷堂の部屋である。そして彼は今、橘華蓮とは別居中であり、音弧祭りの舞台のために流介と同居中である。ならばなぜ、彼女がここにいるのだろうか。
「おい、どういうことだよ?」
小声で流介に声をかける。
「いや、実はさ……」
流介が語るところによれば、これまでの経緯はこうである。
◇ ◇ ◇
事の発端は夏休みが始まる時にまで遡る。
氷堂と橘華蓮は一学期までは今まで通り合宿所で同居していたそうである。しかし、氷堂は夏休みを機に華蓮との合宿所を出た。
理由としては、一学期の間、音弧野高に通ってみて、合宿所からの通学が思いのほか負担だったから、ということらしい。
というわけで音弧野高近くの物件を探していたところ、この部屋の元々の家主である現在大学生の氷堂の親戚が折り良く留学することになったので、一年間貸してもらえることになった。
しかし橘華蓮は出て行った氷堂に対して、ある疑惑を感じていたという。
ペア解消。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

僕(じゃない人)が幸せにします。
暇魷フミユキ
恋愛
【副題に☆が付いている話だけでだいたい分かります!】
・第1章
彼、〈君島奏向〉の悩み。それはもし将来、恋人が、妻ができたとしても、彼女を不幸にすることだった。
そんな彼を想う二人。
席が隣でもありよく立ち寄る喫茶店のバイトでもある〈草壁美頼〉。
所属する部の部長でたまに一緒に帰る仲の〈西沖幸恵〉。
そして彼は幸せにする方法を考えつく――――
「僕よりもっと相応しい人にその好意が向くようにしたいんだ」
本当にそんなこと上手くいくのか!?
それで本当に幸せなのか!?
そもそも幸せにするってなんだ!?
・第2章
草壁・西沖の二人にそれぞれの相応しいと考える人物を近付けるところまでは進んだ夏休み前。君島のもとにさらに二人の女子、〈深町冴羅〉と〈深町凛紗〉の双子姉妹が別々にやってくる。
その目的は――――
「付き合ってほしいの!!」
「付き合ってほしいんです!!」
なぜこうなったのか!?
二人の本当の想いは!?
それを叶えるにはどうすれば良いのか!?
・第3章
文化祭に向け、君島と西沖は映像部として広報動画を撮影・編集することになっていた。
君島は西沖の劇への参加だけでも心配だったのだが……
深町と付き合おうとする別府!
ぼーっとする深町冴羅!
心配事が重なる中無事に文化祭を成功することはできるのか!?
・第4章
二年生は修学旅行と進路調査票の提出を控えていた。
期待と不安の間で揺れ動く中で、君島奏向は決意する――
「僕のこれまでの行動を二人に明かそうと思う」
二人は何を思い何をするのか!?
修学旅行がそこにもたらすものとは!?
彼ら彼女らの行く先は!?
・第5章
冬休みが過ぎ、受験に向けた勉強が始まる二年生の三学期。
そんな中、深町凛紗が行動を起こす――
君島の草津・西沖に対するこれまでの行動の調査!
映像部への入部!
全ては幸せのために!
――これは誰かが誰かを幸せにする物語。
ここでは毎日1話ずつ投稿してまいります。
作者ページの「僕(じゃない人)が幸せにします。(「小説家になろう」投稿済み全話版)」から全話読むこともできます!
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる