行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀龍太朗

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貴様……、何モンだ?

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 流介、氷堂、俺の三人が久々に校長室に赴くと、校長が待ち構えていた。いつものように自分のデスクにふんぞり返っている。

「来たか」

 いつかと同じような時代的な台詞を吐くと、流介がうやうやしく脚本を手渡し(かなり慇懃無礼な所作だった)、校長はそれを受け取った。

「少女ぉ?」

 校長はタイトルを見て怪訝そうに流介を見ながら一言漏らした。男気を標榜する高校の文化祭の出し物としては不適当と思ったのだろう。かえずがえすも前時代的である。

 しかし不満そうではあったが、ページを開いた。氷堂の手前だからだろう。言いたいことはありそうな雰囲気だったが一旦飲み込んだようだ。読んだ後に言ってやろう、そんな表情だ。

 内容は本当につまらない親子モノ、といったところだが、校長の目にはどう映るだろうか。

 校長は黙ったまま読み進める。俺らは固唾を飲んでそれを見つめる。ページを開く音がする度に心臓が高鳴る。もうボールは投げられて、後はどうすることもできないのだが、やはり緊張してしまう。

 まぁ、俺が脚本を書いたわけではないし、俺には関係ない話なのだが。

 そしたら、なぜ俺はここにいるのだろう?

 校長は黙々と読み続けている。そして時折、何が刺さったのかはよくわからないが、校長は眉間の皺を明らかに深くしていた。やはりその都度、心臓の音は強くなる。何で俺がこんなに緊張しているのか……。

 短い脚本なので、校長はすぐに読み終わったが、やけに長く感じた。校長は脚本を閉じると、一度表紙を見直した。

「貴様……、何モンだ?」

 凄まじい眼光で、校長は流介を見据えた。しかし、流介の答えを待たず、

「やっぱりおまえ、面白ェ奴だな」

 と、片側の頬だけで笑った。なんだか、物凄いような笑みだった。

「いいだろう」

 と言って流介に差し出した。どうやら了承されたようだ。

「ありがとうございます」

 流介は特に喜ぶでもなく淡々と返した。横の氷堂も「ありがとうございます」と頭を下げたものの、特に喜びを露わにすることもない。むちゃくちゃ安心した俺がバカみてぇじゃねぇか。

「中途半端なもの見せたら、殺す」

 今、「殺す」って言った。自分の学校の生徒に向かって、校長が「殺す」って言った。大丈夫か?この高校。やっぱり俺、中退した方がいいのかな? 大検取った方が、いいのかな?

 さすがの氷堂もドン引きしたのか、ビビッたのかはわからないが、顔を強張らせて黙ったままだった。


   ◇   ◇   ◇


 一応、多分、脚本問題が解決されたため、声優部と演劇部での共催の舞台が正式に決まった。

 氷堂が一人芝居をやるということで、校内でひとしきり話題となったばかりでなく、広く一般にも知れ渡るところとなった。

 生徒からの口コミで広がったのもあるが、氷堂が雑誌のインタビューで話したのが何より大きいだろう。普段マスコミに対して無口な氷堂にしては珍しいが、より多くの人に観てもらいたいと考えての発言だったらしい。

 より多くの人が集まるどころか、パニックになってしまう危険性まで出てきた。学校側は急遽警備会社に当日使用される体育館の警備を依頼したくらいだ。また、当日の入場整理券配布も検討されている。

 氷堂にはもう少し自分の人気というものを正確に認識してほしい。たまに有名人に見られる傾向だが、本人は自分が世間からどれだけ注目されているか、今一つわかっていないみたいだ。

 とはいえ、これでいよいよ勝ったも同然となった。


   ◇   ◇   ◇


 それから一週間が経った。流介と氷堂の方は、共同生活は元より、練習もうまくいっているようだ。良いことである。

 ここから先は二人の問題であって、俺の出番はない。校長室の掃除もしなくていいし、オリジナルの脚本で頭を悩ませることもない。毎日昼メシは一緒だけど、声優部のことについてはほぼ接点はなくなった。これまた良いことだ。余計なことを考えなくてよくなった分、暇になってしまった。

 そろそろ俺は俺の活動のことを考えるか。ちょっと早いかもしれないが、受験勉強でもしようか。次は絶対に失敗できない……。

 というようなことをツラツラ考えていた時期に事件は起こった。

 夕食後、自分の部屋でゲームをしてたら流介から連絡が入った。今すぐ来てくれという。



 氷堂のマンションは音弧野高校最寄駅前にあるタワーマンションだ。

 登校する時にはいつも、こんなところに住む奴はどんな奴なのか、と思っていたが、案外近くにいた。さすがはスター選手である。おそらくスケート協会が面倒を見ているのだろう。

 セキュリティも非常にしっかりしていて、入り口にはガードマンがいた。そのガードマンのおっさんに軽く睨まれつつ、指定された部屋番号を押す。程なくして流介の声が聞こえた。

「今、鍵開けるからちょっと待ってて」

 すぐにカチリと鍵が開く音がした。おい、もうここの住人気取りか。その部屋は氷堂のものであって、断じてお前のものではない。お前はただの居候だ。そう強く思いながら錠の開いた自動ドアを通った。



 呼び鈴を鳴らすと、ややあって氷堂がドアを開けてくれた。同級生とはいえ、国民的スター候補生筆頭にドアを開けさせるということに対して、少々の後ろめたさを感じつつも「おじゃまします」と言って中に入った。

 これが超一流スポーツ選手の棲み家かぁ、などと素人心丸出しの感想を、もちろん口には出さずに思いながら廊下を奥へ進んで行って、ダイニングの中へ入った。


 そこには橘華蓮がいた。

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