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或る少女の日記
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「実は練習について一つ提案があるんだ」
「どんな?」
「口の動きを合わせるのって、意外と難しいと思うんだ。僕らがやろうとしていることはリップシンクとも違うし、あれならあらかじめ録音された音源に口を合わせるだけだから、タイミングを合わせるのは比較的簡単だと思うけど、僕らのはお互いがライブだからね。お互いの呼吸が合わないことには口の動きと声を合わせるのは難しいと思うんだ」
なるほど、そこまでは考えていなかった。さすがはフィギュアのペアを専門にやっているだけのことはある。他人と動きを合わせることの難しさを知らなくては出てこない発想だ。
「まぁ、そうだねぇ。それは俺も思ってた。実際やるとなるとかなり難しいかな、って」
……流介も気づいてたのね。
「でね、お互いの呼吸を合わせるのに効果的な方法があるんだ」
「へぇ、どんな?」
「普段から行動を共にすれば割と呼吸というか、お互いの癖というかタイミングがわかるようになるんだよね。だから、僕と流介くんで一緒に住みたいと思ってるんだけど、どうかな?」
なるほど。この辺の感覚はさすがだ。パートナーと同棲をして世界一になっただけに説得力が違う。
いや待て、そうじゃないぞ俺!
氷堂はさらっと言ったが、とんでもない爆弾発言だ。今は普通に昼メシを共にしているが、氷堂は国民的スター候補生筆頭なのである。そんな人間とこのボンクラが一つ屋根の下に住むなんてありえない!
「うん。いいね」
しかしボンクラは二つ返事でOKしやがった。
「待て待て待て!」
「なんだよ」
「身の程を知れこのボンクラクソ野郎」
「ひどいな」
「お前みたいなドブネズミと氷堂が同棲とか世間様が許さねぇよ」
「同棲って……」
「そもそも氷堂は今、フィギュアのパートナーと一緒に住んでるから無理だろ」
「あ、そこは大丈夫」
氷堂が口を挟んだ。
「え?」
「華蓮とは今は別々で暮らすようになったんだ。僕はこの近くのマンションで一人暮らししてるよ。だから大丈夫なんだ」
「あ、そうなの?」
高校は別々になったのは大きく報道されていたが、同棲をやめたことについては知らなかった。そうかぁ、別々になったのは高校だけじゃなかったのか。なんだか気まずいことを聞いたような気がしないでもない。
「うん。まぁ、流介くんの方が嫌なら無理強いはしないけど……」
「俺は問題ないよ」
「あ、そう!」
氷堂の顔がパァッと華やぐ。なんだか嬉しそうだ。
「じゃあ、決まりだね。そしたらもう本番まで一ヶ月もないし、早速今日からウチに来ない?」
「うん、いいよ。じゃあ、学校終わったら荷物まとめて勇騎の部屋に行くよ」
なんだかトントン拍子に決まってしまった。そうか、それにしても橘華蓮の後に氷堂勇騎と同棲するのが流介か……。なんだか世の中わからない。そしてそれが氷堂が俺たちに話したいことだった。残念ながら校長室盗難事件についての話ではなかったが、ある意味それ以上にスキャンダラスな話題であった。
ともあれ脚本が出来たということで、一旦氷堂に渡された。
タイトルは『或る少女の日記』。
ひねれ!まんまじゃねぇか!と思ったが、男である氷堂の一人芝居のタイトルであることを思うと、ひねる必要なんかなく、ストレートなタイトルの方が十分インパクトあるかもな、と思い直した。
ちなみに俺は後日読ませてもらったが、内容としてはあの日記のままだったものの、きちんと脚本の体裁になっていた。ト書きとかもしっかり書いてある。大したものだと思った。
◇ ◇ ◇
そんな感じでなんとか脚本も出来上がったので、翌日校長にチェックしてもらうこととなった。
ちゃんとオリジナルの脚本かどうかを確かめるということらしいが、チェックというよりは、検閲といった趣だ。
俺の中ではあの日記が実は盗まれた校長室の金庫の中身なのではなかろうかという疑いが拭いきれない。しかも校長室に容疑者として呼び出された翌日である。こうして堂々と校長の元に持って行くわけだから要らぬ心配かもしれないが、流介にはとんでもなく度胸の据わったところがあるから余談は許されない。盗んだものを堂々と被害者の目の前で見せびらかすくらいのことは平気でやらかしそうである。
しかし、オリジナルかどうかのチェックといったところで、よくよく考えたらあの熊校長がそんな文学とか演劇に精通しているとも思われず、校長の知らなそうな漫画を適当に脚色すれば良かったのでは、と思った。今にして思うと、俺が書いた漫画をパクッた脚本の方が安全だったかもしれない。しかし脚本が出来上がった今、それは後の祭りである。
こうなった以上、氷堂というカードを手に入れた俺らからすれば、舞台に立たせてもらえさえすれば勝ったも同然なのだから、あとはただ校長の検閲を無事通過するのを祈るばかりである。
「どんな?」
「口の動きを合わせるのって、意外と難しいと思うんだ。僕らがやろうとしていることはリップシンクとも違うし、あれならあらかじめ録音された音源に口を合わせるだけだから、タイミングを合わせるのは比較的簡単だと思うけど、僕らのはお互いがライブだからね。お互いの呼吸が合わないことには口の動きと声を合わせるのは難しいと思うんだ」
なるほど、そこまでは考えていなかった。さすがはフィギュアのペアを専門にやっているだけのことはある。他人と動きを合わせることの難しさを知らなくては出てこない発想だ。
「まぁ、そうだねぇ。それは俺も思ってた。実際やるとなるとかなり難しいかな、って」
……流介も気づいてたのね。
「でね、お互いの呼吸を合わせるのに効果的な方法があるんだ」
「へぇ、どんな?」
「普段から行動を共にすれば割と呼吸というか、お互いの癖というかタイミングがわかるようになるんだよね。だから、僕と流介くんで一緒に住みたいと思ってるんだけど、どうかな?」
なるほど。この辺の感覚はさすがだ。パートナーと同棲をして世界一になっただけに説得力が違う。
いや待て、そうじゃないぞ俺!
氷堂はさらっと言ったが、とんでもない爆弾発言だ。今は普通に昼メシを共にしているが、氷堂は国民的スター候補生筆頭なのである。そんな人間とこのボンクラが一つ屋根の下に住むなんてありえない!
「うん。いいね」
しかしボンクラは二つ返事でOKしやがった。
「待て待て待て!」
「なんだよ」
「身の程を知れこのボンクラクソ野郎」
「ひどいな」
「お前みたいなドブネズミと氷堂が同棲とか世間様が許さねぇよ」
「同棲って……」
「そもそも氷堂は今、フィギュアのパートナーと一緒に住んでるから無理だろ」
「あ、そこは大丈夫」
氷堂が口を挟んだ。
「え?」
「華蓮とは今は別々で暮らすようになったんだ。僕はこの近くのマンションで一人暮らししてるよ。だから大丈夫なんだ」
「あ、そうなの?」
高校は別々になったのは大きく報道されていたが、同棲をやめたことについては知らなかった。そうかぁ、別々になったのは高校だけじゃなかったのか。なんだか気まずいことを聞いたような気がしないでもない。
「うん。まぁ、流介くんの方が嫌なら無理強いはしないけど……」
「俺は問題ないよ」
「あ、そう!」
氷堂の顔がパァッと華やぐ。なんだか嬉しそうだ。
「じゃあ、決まりだね。そしたらもう本番まで一ヶ月もないし、早速今日からウチに来ない?」
「うん、いいよ。じゃあ、学校終わったら荷物まとめて勇騎の部屋に行くよ」
なんだかトントン拍子に決まってしまった。そうか、それにしても橘華蓮の後に氷堂勇騎と同棲するのが流介か……。なんだか世の中わからない。そしてそれが氷堂が俺たちに話したいことだった。残念ながら校長室盗難事件についての話ではなかったが、ある意味それ以上にスキャンダラスな話題であった。
ともあれ脚本が出来たということで、一旦氷堂に渡された。
タイトルは『或る少女の日記』。
ひねれ!まんまじゃねぇか!と思ったが、男である氷堂の一人芝居のタイトルであることを思うと、ひねる必要なんかなく、ストレートなタイトルの方が十分インパクトあるかもな、と思い直した。
ちなみに俺は後日読ませてもらったが、内容としてはあの日記のままだったものの、きちんと脚本の体裁になっていた。ト書きとかもしっかり書いてある。大したものだと思った。
◇ ◇ ◇
そんな感じでなんとか脚本も出来上がったので、翌日校長にチェックしてもらうこととなった。
ちゃんとオリジナルの脚本かどうかを確かめるということらしいが、チェックというよりは、検閲といった趣だ。
俺の中ではあの日記が実は盗まれた校長室の金庫の中身なのではなかろうかという疑いが拭いきれない。しかも校長室に容疑者として呼び出された翌日である。こうして堂々と校長の元に持って行くわけだから要らぬ心配かもしれないが、流介にはとんでもなく度胸の据わったところがあるから余談は許されない。盗んだものを堂々と被害者の目の前で見せびらかすくらいのことは平気でやらかしそうである。
しかし、オリジナルかどうかのチェックといったところで、よくよく考えたらあの熊校長がそんな文学とか演劇に精通しているとも思われず、校長の知らなそうな漫画を適当に脚色すれば良かったのでは、と思った。今にして思うと、俺が書いた漫画をパクッた脚本の方が安全だったかもしれない。しかし脚本が出来上がった今、それは後の祭りである。
こうなった以上、氷堂というカードを手に入れた俺らからすれば、舞台に立たせてもらえさえすれば勝ったも同然なのだから、あとはただ校長の検閲を無事通過するのを祈るばかりである。
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