上 下
20 / 36

或る少女の日記

しおりを挟む
「実は練習について一つ提案があるんだ」

「どんな?」

「口の動きを合わせるのって、意外と難しいと思うんだ。僕らがやろうとしていることはリップシンクとも違うし、あれならあらかじめ録音された音源に口を合わせるだけだから、タイミングを合わせるのは比較的簡単だと思うけど、僕らのはお互いがライブだからね。お互いの呼吸が合わないことには口の動きと声を合わせるのは難しいと思うんだ」

 なるほど、そこまでは考えていなかった。さすがはフィギュアのペアを専門にやっているだけのことはある。他人と動きを合わせることの難しさを知らなくては出てこない発想だ。

「まぁ、そうだねぇ。それは俺も思ってた。実際やるとなるとかなり難しいかな、って」

 ……流介も気づいてたのね。

「でね、お互いの呼吸を合わせるのに効果的な方法があるんだ」

「へぇ、どんな?」

「普段から行動を共にすれば割と呼吸というか、お互いの癖というかタイミングがわかるようになるんだよね。だから、僕と流介くんで一緒に住みたいと思ってるんだけど、どうかな?」

 なるほど。この辺の感覚はさすがだ。パートナーと同棲をして世界一になっただけに説得力が違う。

 いや待て、そうじゃないぞ俺!

 氷堂はさらっと言ったが、とんでもない爆弾発言だ。今は普通に昼メシを共にしているが、氷堂は国民的スター候補生筆頭なのである。そんな人間とこのボンクラが一つ屋根の下に住むなんてありえない!

「うん。いいね」

 しかしボンクラは二つ返事でOKしやがった。

「待て待て待て!」

「なんだよ」

「身の程を知れこのボンクラクソ野郎」

「ひどいな」

「お前みたいなドブネズミと氷堂が同棲とか世間様が許さねぇよ」

「同棲って……」

「そもそも氷堂は今、フィギュアのパートナーと一緒に住んでるから無理だろ」

「あ、そこは大丈夫」

 氷堂が口を挟んだ。

「え?」

「華蓮とは今は別々で暮らすようになったんだ。僕はこの近くのマンションで一人暮らししてるよ。だから大丈夫なんだ」

「あ、そうなの?」

 高校は別々になったのは大きく報道されていたが、同棲をやめたことについては知らなかった。そうかぁ、別々になったのは高校だけじゃなかったのか。なんだか気まずいことを聞いたような気がしないでもない。

「うん。まぁ、流介くんの方が嫌なら無理強いはしないけど……」

「俺は問題ないよ」

「あ、そう!」

 氷堂の顔がパァッと華やぐ。なんだか嬉しそうだ。

「じゃあ、決まりだね。そしたらもう本番まで一ヶ月もないし、早速今日からウチに来ない?」

「うん、いいよ。じゃあ、学校終わったら荷物まとめて勇騎の部屋に行くよ」

 なんだかトントン拍子に決まってしまった。そうか、それにしても橘華蓮の後に氷堂勇騎と同棲するのが流介か……。なんだか世の中わからない。そしてそれが氷堂が俺たちに話したいことだった。残念ながら校長室盗難事件についての話ではなかったが、ある意味それ以上にスキャンダラスな話題であった。

 ともあれ脚本が出来たということで、一旦氷堂に渡された。

 タイトルは『或る少女の日記』。

 ひねれ!まんまじゃねぇか!と思ったが、男である氷堂の一人芝居のタイトルであることを思うと、ひねる必要なんかなく、ストレートなタイトルの方が十分インパクトあるかもな、と思い直した。

 ちなみに俺は後日読ませてもらったが、内容としてはあの日記のままだったものの、きちんと脚本の体裁になっていた。ト書きとかもしっかり書いてある。大したものだと思った。


   ◇   ◇   ◇


 そんな感じでなんとか脚本も出来上がったので、翌日校長にチェックしてもらうこととなった。

 ちゃんとオリジナルの脚本かどうかを確かめるということらしいが、チェックというよりは、検閲といった趣だ。

 俺の中ではあの日記が実は盗まれた校長室の金庫の中身なのではなかろうかという疑いが拭いきれない。しかも校長室に容疑者として呼び出された翌日である。こうして堂々と校長の元に持って行くわけだから要らぬ心配かもしれないが、流介にはとんでもなく度胸の据わったところがあるから余談は許されない。盗んだものを堂々と被害者の目の前で見せびらかすくらいのことは平気でやらかしそうである。

 しかし、オリジナルかどうかのチェックといったところで、よくよく考えたらあの熊校長がそんな文学とか演劇に精通しているとも思われず、校長の知らなそうな漫画を適当に脚色すれば良かったのでは、と思った。今にして思うと、俺が書いた漫画をパクッた脚本の方が安全だったかもしれない。しかし脚本が出来上がった今、それは後の祭りである。

 こうなった以上、氷堂というカードを手に入れた俺らからすれば、舞台に立たせてもらえさえすれば勝ったも同然なのだから、あとはただ校長の検閲を無事通過するのを祈るばかりである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...