行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀龍太朗

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小説2

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 しかし、なかなか結果はついてこなかった。

 有名になるどころか、レッスン代は家計の負担になってしまっている。母に迷惑をかけるわけにはいかない。わたしは次のコンクールでバレエを辞めることを母に告げた。中学一年生の時だった。

 すると母は、

「もし優勝できたら、……父さんの写真、見せてあげるから、頑張りな」

 と言った。

 それまで、頑なに父の写真を見せてくれなかった母だったので、一瞬何を言われたのかわからなかった。今にして思うと母は、絶対優勝なんかできない、と思っていたのだと思う。ただ、最初から最後と決めてコンクールに出るよりは、せめて本気で優勝を目指して欲しいという親心からの言葉だったのかもしれない。

 多分、執念だったのだろう。わたしは優勝した。父を一目みたいという、その執念。

 母は約束通り写真を見せてくれた。写真を持ってきた母は、嬉しいとも、残念ともつかない、そんな笑顔だった。

 ようやく父の顔を見ることができる。すぐに見たいような、やっぱり見たくないような……。なぜだかわからないが、その写真を見たら、後には戻れない気がした。人生が変わってしまうような。

 わたしの気持ちを察したのか、母が言った。

「……どうする?」

 その一言が、逆に背中を押してくれた。わたしは見ることを決意した。

 わたしたちを捨てた憎しみはもちろんある。でも、憧れも、ある。確認、という無機質な、感情とも言えない思いもあったかもしれない。

 ただひょっとしたら、やっぱり見ようと思った一番の動機は、自分にも人並みに二人の親がいるということを、実感したかっただけなのかもしれない。

 わたしは母から写真を受け取った。

 写真の中の父は、まだ若かった。聞けば、大学を卒業する間際に一緒に撮ったものだという。母よりも頭二つ分は背が高く、やせた、長い男の人だった。

 一瞬、天地が逆さまになった気がした。わたしはその場にしゃがみこんでしまった。しばらくは何も考えられなかった。ようやく自分を取り戻した時、わたしは泣いてしまった。

 間違いない。あの日の、まぶたの裏のヒーローだった。

 ひとしきり泣いた後、わたしは母に、なんとかしてこの人に会えないか、と聞いた。しかし、母にも父の行方はわからないという。

 わたしのまぶたのヒーローが、わたしの父だったなんて……。

 こういう気持ちを何と呼んでいいか、いまだにわからない。嬉しさ、悔しさ、喜び、怒り……。正の感情と負の感情が一緒になって襲ってくる。



 父さん、あなたにわかるでしょうか? わたしたち二人がどんなに夜が怖かったかを。
 父さん、あなたにわかるでしょうか? あの日、わたしの前に現れてくれて、どんなに嬉しかったかを。



 会わなくてはいけない。その思いだけはわかった。強く、わかった。

 会って何をするか。それはわからない。ただハッキリしているのは、会わなくてはいけない、ということだった。それだけは、ゆるがない。

 それからのわたしに、迷いはなかった。薄もやのようなものから、視界がはっきり開けたのだ。

 出るコンクールにことごとく優勝した。名前も少しずつ、知られるようになった。

 でも、名乗り出てはくれなかった。まだ足りない。名声が足りない。

 わたしは尚も勝ち続けた。

 でも、ダメだった。勝てば勝つほど、虚しくなった。



 そしてわたしは高校生になった。



 入学後、半年ほど過ぎた頃だった。フランスへの留学の話が舞い込んだ。

 母は喜んだ。これは大きなチャンスだ。バレリーナとして、更に大きく羽ばたくことができる。世界へ行くことができる。喜ぶ母を見るのは、わたしも嬉しかった。

 でも、わたしは断ることにした。

 わたしがバレエを続けるのは父さん、まぶたの裏のヒーローに会うためだからだ。フランスになんか、行くわけにはいかない。フランスに行ってしまったら、父さんに会えなくなる。

 しかし、喜ぶ母には、なかなか言い出せなかった。今日こそ言おう、そう決めては実行できない日々が続いた。

 そんなある日、学校に一人の教師が赴任してきた。産休を取った現代文の先生の代わりだという。先に現代文の授業があったクラスの子たちは「なんだか怖いね」とうわさをしていたが、わたしは特に興味を持てなかった。

 授業に身が入らず、「どうやってお母さんに切り出そうかな……」とぼんやり考えていたら、休み時間になってしまった。そのまま自分の席で窓の外を眺めていた。小さな雲が、だんだん小さくなっていく。消えるまで眺めていた。

 気がつくと、やけに静かになっていたのでまわりを見回したら、いつのまにか授業が始まっていた。隣の子の教科書を覗き見る。現代文らしい。慌てて教科書を出し、教壇に向き直った。

 わたしはそのまま動けなくなった。

 まぶたの裏のヒーローが、そこにはいた。多分、そうだ。いや、絶対に。間違いようがない。

 あの人は現れた。迷子になった日以来の年月分だけ年を取った姿で。


 この瞬間、わたしは運命を信じた。 


 父を、わたしの元へ導いてくれた。


 あなたはわたしをおぼえていますか?


 わたしはずっとあなたのことを探していました。


 今、問います。


 あなたはわたしの父ですか?
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