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奇遇
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……あった。ギリギリだけど。まさかドリンク一杯で四捨五入して千円(五百三十九を四捨五入すると五百、五百を四捨五入すると千)にもなろうとは思わなんだ。帰りの電車賃どうしよう。歩いて帰るか……。
俺はキャラメルフラペチーノ(Tall、¥539)を片手に空いてる席を探した。それにしてもTallって思ったよりデケェな。下から二番目だからそんなでもないと思ったが……。Shortにすべきだった。
まぁ、それは良いとして、見渡すとほぼ満席である。先に席を確保しなかった自分を責めたが後の祭りだ。しかし、奇跡的にも窓に面したカウンター席が一つ空いていた。俺はそそくさとその席を確保したが、カウンターの一列を眺めると、本日の「威圧されるその三」が始まった。
ほとんどの連中がマックを開いていた。マックと言っても馴染みのファストフード店などではない。断じてない。マッキントッシュの方だ。銀色に輝くコンピュータの液晶を誇らしげに輝かせ、ある者はドリンク片手に涼し気に画面を見つめ、ある者は周囲を威圧するかの如くキーを叩き、またある者はきらびやかなイラストを描いている。
金、洒脱、有能の三要素をこれでもかとばかりに見せつけてくる。俺は完全に心を折られた。ポッキポキだ。この猛者たちの前でキャンパスノートなど開けるわけがない。同じノートでもなぜこうも違うのか。席に座ったはいいが何もできず、負け犬、つまりルーザードッグの俺は背負ったリュックを降ろすのも忘れ、これ飲んで早く帰ろうと、とりあえずキャラメルフラペチーノをストローからすすった。
「うっま!」
思わず声が出てしまった。周囲の者が俺を見る。慌てて下を向く。しかし、しかしだ。なんじゃこの美味さはー! さすがに一杯千円(四捨五入して)するだけのことはある。こんなにうまいドリンクを飲んだのは生まれてはじめてだ(多分)。いやー、やっぱり何でも体験してみるもんだな。さっきまでの折れた心はどこへやら、一気に気分は上がった。よし、何かものすごい名作が書けそうな気がしてきた。
「お。また君かぁ。奇遇奇遇」
隣の人が声をかけてきた。振り向くと、もしやという嫌な予感は当たった。OWEの近藤さんだった。
「あ……。どうも……」
なぜ学校を離れ、この広い街の中で隣同士にならねばならぬのか。まさかマックブックを開いて俺を威圧してくるメンバーの一人が近藤さんだったとは。世の中狭い。狭すぎる。そしてまた近藤さん、マックブックとスタバが似合うなー。
「何、夏休みの宿題?」
「まぁ……、そんなところです」
近藤さんのマックブックの画面を見ると、幾つものウィンドウが開かれている。グラフだったり、文章だったり、数字がびっしり並んでいたり。
「近藤さんも宿題ですか?」
「うん。学校の方のはもう終わってるんだけどね」
優秀だな、おい。
「これは次の興行についての宿題だよ。本当は近所の行きつけの純喫茶の方が落ち着いた雰囲気でいいんだけど、残念ながら今日は満席でね。仕方がないからこうしてチェーン店に来てるってわけさ。しかしやはり、来てみると相変わらずチェーン店ってものは味気がないね」
「はぁ……」
純喫茶かぁ……。さすがである。俺がこうして威圧され続けているスタバを「チェーン店」呼ばわりだ。
「どう? 君も観に来ないかい?」
「興行ですか……?」
「そう、秋分の日にね。オータムレッスルファイトと銘打ってやるんだ。ほら、トイレで一悶着あった星野も出るよ」
「えー!」
周囲の者が俺を見る。慌てて下を向く。あぁ、俺のキャラメルフラペチーノが少しこぼれてしまった。千円(四捨五入)したのに。そしてズボンに茶色いシミができた。箇所は言いたくない。
「はっはっは。君は面白いなア。そのリアクションの大きさはプロレス向きだね。どう? やってみない?」
「いや、僕は……」
「もちろん、冗談だとも。君には無理だ」
じゃあ言うなよ、と思ったが、口には出さなかった。
「何でまた、星野さんがプロレスやるんですか?」
「うん。音弧祭りのためらしいよ」
「音弧祭り? ……どういうことですか?」
「優勝しなきゃいけないんだって」
音弧祭り(正式名称・音弧野祭)とは文化祭である。文化祭で優勝とはどういうことか。正確に言うと、音弧祭りで開催されるスポーツコンテストで優勝、ということだ。
音弧野高自慢の超高校級のスター選手を一堂に集め、短距離走や跳び箱、果てはボディビルのような筋肉お披露目合戦まである。その名も音弧野高校各部対抗スポーツ競技会、通称「音弧野王者決定戦」。
もちろん、本職の競技に支障をきたしては本末転倒なので参加選手は基本、力をセーブして各競技に臨むのだが、優勝した選手の部活には賞品として部費が加算される。従って、各選手ともそれなりに真剣に取り組む。優れた肉体を持つ選手が競技の垣根を超えて、ある程度真剣な戦いをするのだ。しかも全国区のスター級が一堂に会するのだから、盛り上がらないわけがない。
しかしそうは言っても、たかが文化祭である。なぜそうまでして盛り上げようとするのか。ここでも音弧野高の知名度を上げ、より多くの入学希望者を獲得しようという学校側の狙いが透けて見える。なんとも商魂たくましい。
俺はキャラメルフラペチーノ(Tall、¥539)を片手に空いてる席を探した。それにしてもTallって思ったよりデケェな。下から二番目だからそんなでもないと思ったが……。Shortにすべきだった。
まぁ、それは良いとして、見渡すとほぼ満席である。先に席を確保しなかった自分を責めたが後の祭りだ。しかし、奇跡的にも窓に面したカウンター席が一つ空いていた。俺はそそくさとその席を確保したが、カウンターの一列を眺めると、本日の「威圧されるその三」が始まった。
ほとんどの連中がマックを開いていた。マックと言っても馴染みのファストフード店などではない。断じてない。マッキントッシュの方だ。銀色に輝くコンピュータの液晶を誇らしげに輝かせ、ある者はドリンク片手に涼し気に画面を見つめ、ある者は周囲を威圧するかの如くキーを叩き、またある者はきらびやかなイラストを描いている。
金、洒脱、有能の三要素をこれでもかとばかりに見せつけてくる。俺は完全に心を折られた。ポッキポキだ。この猛者たちの前でキャンパスノートなど開けるわけがない。同じノートでもなぜこうも違うのか。席に座ったはいいが何もできず、負け犬、つまりルーザードッグの俺は背負ったリュックを降ろすのも忘れ、これ飲んで早く帰ろうと、とりあえずキャラメルフラペチーノをストローからすすった。
「うっま!」
思わず声が出てしまった。周囲の者が俺を見る。慌てて下を向く。しかし、しかしだ。なんじゃこの美味さはー! さすがに一杯千円(四捨五入して)するだけのことはある。こんなにうまいドリンクを飲んだのは生まれてはじめてだ(多分)。いやー、やっぱり何でも体験してみるもんだな。さっきまでの折れた心はどこへやら、一気に気分は上がった。よし、何かものすごい名作が書けそうな気がしてきた。
「お。また君かぁ。奇遇奇遇」
隣の人が声をかけてきた。振り向くと、もしやという嫌な予感は当たった。OWEの近藤さんだった。
「あ……。どうも……」
なぜ学校を離れ、この広い街の中で隣同士にならねばならぬのか。まさかマックブックを開いて俺を威圧してくるメンバーの一人が近藤さんだったとは。世の中狭い。狭すぎる。そしてまた近藤さん、マックブックとスタバが似合うなー。
「何、夏休みの宿題?」
「まぁ……、そんなところです」
近藤さんのマックブックの画面を見ると、幾つものウィンドウが開かれている。グラフだったり、文章だったり、数字がびっしり並んでいたり。
「近藤さんも宿題ですか?」
「うん。学校の方のはもう終わってるんだけどね」
優秀だな、おい。
「これは次の興行についての宿題だよ。本当は近所の行きつけの純喫茶の方が落ち着いた雰囲気でいいんだけど、残念ながら今日は満席でね。仕方がないからこうしてチェーン店に来てるってわけさ。しかしやはり、来てみると相変わらずチェーン店ってものは味気がないね」
「はぁ……」
純喫茶かぁ……。さすがである。俺がこうして威圧され続けているスタバを「チェーン店」呼ばわりだ。
「どう? 君も観に来ないかい?」
「興行ですか……?」
「そう、秋分の日にね。オータムレッスルファイトと銘打ってやるんだ。ほら、トイレで一悶着あった星野も出るよ」
「えー!」
周囲の者が俺を見る。慌てて下を向く。あぁ、俺のキャラメルフラペチーノが少しこぼれてしまった。千円(四捨五入)したのに。そしてズボンに茶色いシミができた。箇所は言いたくない。
「はっはっは。君は面白いなア。そのリアクションの大きさはプロレス向きだね。どう? やってみない?」
「いや、僕は……」
「もちろん、冗談だとも。君には無理だ」
じゃあ言うなよ、と思ったが、口には出さなかった。
「何でまた、星野さんがプロレスやるんですか?」
「うん。音弧祭りのためらしいよ」
「音弧祭り? ……どういうことですか?」
「優勝しなきゃいけないんだって」
音弧祭り(正式名称・音弧野祭)とは文化祭である。文化祭で優勝とはどういうことか。正確に言うと、音弧祭りで開催されるスポーツコンテストで優勝、ということだ。
音弧野高自慢の超高校級のスター選手を一堂に集め、短距離走や跳び箱、果てはボディビルのような筋肉お披露目合戦まである。その名も音弧野高校各部対抗スポーツ競技会、通称「音弧野王者決定戦」。
もちろん、本職の競技に支障をきたしては本末転倒なので参加選手は基本、力をセーブして各競技に臨むのだが、優勝した選手の部活には賞品として部費が加算される。従って、各選手ともそれなりに真剣に取り組む。優れた肉体を持つ選手が競技の垣根を超えて、ある程度真剣な戦いをするのだ。しかも全国区のスター級が一堂に会するのだから、盛り上がらないわけがない。
しかしそうは言っても、たかが文化祭である。なぜそうまでして盛り上げようとするのか。ここでも音弧野高の知名度を上げ、より多くの入学希望者を獲得しようという学校側の狙いが透けて見える。なんとも商魂たくましい。
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