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脚本書いていいよ
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「ところで、公演では何をやるんだ?」
「はい、メーテルリンクの『青い鳥』をやります」
「何? オリジナルではないのか?」
「えぇ、まぁ……」
流介が口ごもった。こういう流介を見たのは、これが初めてかもしれない。
「そんなものは認めーん!」
校長は机を叩いて怒鳴った。窓ガラスが震えたような気がした。
「え……!」
「そんな条件なかったはずですが!」
俺は反射的に声を上げていた。
「黙れ!」
「はい」
一喝され、俺は黙った。怖かったからだ。
「お前ら若いモンが、自分を表現せずして何とする! 人様の前で自分を表現する、こんな機会はそう多くはない。しかも、千人を集めると担架を切ったではないか! お前らが考えた、お前らの言葉で、舞台に立ち、お前ら自身を表現しろ! 来ていただいたお客様も皆、それを期待しているはずだ。他人の言葉を借りるなど言語道断! そんなものは絶対に認めん!」
ここでまた一発、巨大な両の手で机を叩いた。
「舞台に立ちたくば、オリジナルの脚本を書け!」
校長の恫喝のような大声の後、部屋は静まり返った。校長と流介の睨み合いがしばらく続いたが、やがて流介は静かに口を開いた。
「いいんですね?」
「何?」
「脚本を書け、と仰ったのは校長自身ですからね?」
「む……? 当り前だ。それがどうした」
流介の口は、笑っていた。
「わかりました。それでは、これからオリジナルの脚本を作ります」
「うむ。よろしい。しっかり、励めよ」
「では、失礼します」
今度こそ、俺たちは校長室を出た。
◇ ◇ ◇
「太一、脚本書いていいよ」
校長室を出て開口一番、流介はそう言った。
「だから書けるわけねぇだろ! お前が書けよ!」
「いや俺は声をあてる人だから」
「じゃあ、俺も声あてる!」
「無理だよ」
「そう無理だよ! できねぇよ! でも脚本なんてもっとできねぇよ!」
「じゃあ何で声優部にいるの?」
「いねえよ! 入った覚えねぇよ!」
「まったくもぅ、わがままだなぁ太一は」
「お前にだけは言われたくねぇよ……」
「んー、わかった。じゃあ、試しに俺も書いてみるから、太一も書いてみてよ。あと、勇騎にも書いてもらうよう、聞いてみるね」
「はじめからそう言えや」
というわけで、脚本はおろか、落書きの漫画さえも描いたことがない俺だが、まぁ困ってる友達を見てみぬフリもできないので、やってみることにした。それにしても校長、考えやがったな。やってくれたぜ。
しかし、なぜ流介はあの時笑ったのだろう?
◇ ◇ ◇
その日以来、俺たちは夏休みの宿題を後回しにして、脚本執筆に取り組んだ。
氷堂にも頼みはしたものの、オフシーズンの間もトレーニングで忙しく、実際そんな時間を取るのは無理だ。従って、実質俺ら二人でやるしかないのだが、如何せん二人とも脚本はおろか創作活動なるものをやったことがない。
先ず、どうやって書き始めてよいものかすらわからない。突破口すら見出せず、しばらくは何も進展しないまま時間が過ぎてしまい、あっという間に七月が終わった。
そして八月。やっぱり何も変わらない。月が変わるくらいで何かが変わるのであれば苦労はしない。何か参考にしようにも、小説なんてあんまり読んだことないし、ましてや舞台なんぞ観に行こうと思ったことすらない。
どうやって脚本書こうかと悩んだ末に辿り着いた結論は、形から入るに限る、ということだった。
大体こういう書き物をする人は、脚本家にしろ、小説家にしろ、コント職人にしろ、喫茶店でネタを考えるというではないか。俺もそれに倣うことにした。多分、喫茶店には名案が浮かぶ魔力があるのだろう。そういうスポットであるに違いない。
俺はクソ暑い中、電車を乗り継いで近場の開けた駅に降り立った。
俺の行き着けのコーヒー屋といえばマックだが、今日の俺は脚本家である。小説家である。文筆家はそんなジャンクな店には行かない。
少し奮発して背伸びして、俺が向かった先はスターバックスであった。いわゆる「スタバ」だ。初めて入るので少々緊張するが、そんなことは言ってられない。今日の俺は文筆家なのだから。
しかし、中に入っていきなり威圧された。
夏休みだというのに高校生がいない。大人ばっかだ。しかし、足を踏み入れてしまった。今更引き返すことはできない。意を決してカウンターに行く。スタバといえばキャラメルフラペチーノである。店員のねーちゃんにその名を告げた。するとねーちゃんはこう言った。
「サイズはいかがなさいますかー?」
サイズか。普通サイズが良いであろう。
「Mください」
しかし、ねーちゃんは、
「Mですかぁ……。えーっとぉ……。サイズは、こちらのものとなります」
と、今一つ噛み合わない返事を返した。その言葉に従い、メニュー表を見た。目がテンになった。
サイズと言えば、S、M、Lである。それがどうだ。四つもある。Short、Tall……、そこから先にも二つほどサイズがあるが、読めもしない。
Mとなればミディアムサイズ、つまりド真ん中だが、この表からすると四つある。偶数である故、「真ん中」というものが存在しない。となると、「中」と呼べるものはTallか、もしくは「G」で始まる怪しげな文言の二種類となる。それにしても、なぜ四つだ? せめて五つであればど真ん中、三番目のものにできたものを……。
俺はTallと「G」の二つで悩んだ挙句、解読可能な「Tall」を指さし、
「Tallで……」
と答えた。自分でも蚊の鳴くような声だということは重々分かった。それでもねーちゃんは俺の指さした文字を見て注文を理解したようだ。
「はい、キャラメルフラペチーノ、トールサイズですね。五百三十九円となりまーす」
ごごご、ごひゃくさんじゅうきうえん! 俺は慌ててサイフの中身を確認した。
「はい、メーテルリンクの『青い鳥』をやります」
「何? オリジナルではないのか?」
「えぇ、まぁ……」
流介が口ごもった。こういう流介を見たのは、これが初めてかもしれない。
「そんなものは認めーん!」
校長は机を叩いて怒鳴った。窓ガラスが震えたような気がした。
「え……!」
「そんな条件なかったはずですが!」
俺は反射的に声を上げていた。
「黙れ!」
「はい」
一喝され、俺は黙った。怖かったからだ。
「お前ら若いモンが、自分を表現せずして何とする! 人様の前で自分を表現する、こんな機会はそう多くはない。しかも、千人を集めると担架を切ったではないか! お前らが考えた、お前らの言葉で、舞台に立ち、お前ら自身を表現しろ! 来ていただいたお客様も皆、それを期待しているはずだ。他人の言葉を借りるなど言語道断! そんなものは絶対に認めん!」
ここでまた一発、巨大な両の手で机を叩いた。
「舞台に立ちたくば、オリジナルの脚本を書け!」
校長の恫喝のような大声の後、部屋は静まり返った。校長と流介の睨み合いがしばらく続いたが、やがて流介は静かに口を開いた。
「いいんですね?」
「何?」
「脚本を書け、と仰ったのは校長自身ですからね?」
「む……? 当り前だ。それがどうした」
流介の口は、笑っていた。
「わかりました。それでは、これからオリジナルの脚本を作ります」
「うむ。よろしい。しっかり、励めよ」
「では、失礼します」
今度こそ、俺たちは校長室を出た。
◇ ◇ ◇
「太一、脚本書いていいよ」
校長室を出て開口一番、流介はそう言った。
「だから書けるわけねぇだろ! お前が書けよ!」
「いや俺は声をあてる人だから」
「じゃあ、俺も声あてる!」
「無理だよ」
「そう無理だよ! できねぇよ! でも脚本なんてもっとできねぇよ!」
「じゃあ何で声優部にいるの?」
「いねえよ! 入った覚えねぇよ!」
「まったくもぅ、わがままだなぁ太一は」
「お前にだけは言われたくねぇよ……」
「んー、わかった。じゃあ、試しに俺も書いてみるから、太一も書いてみてよ。あと、勇騎にも書いてもらうよう、聞いてみるね」
「はじめからそう言えや」
というわけで、脚本はおろか、落書きの漫画さえも描いたことがない俺だが、まぁ困ってる友達を見てみぬフリもできないので、やってみることにした。それにしても校長、考えやがったな。やってくれたぜ。
しかし、なぜ流介はあの時笑ったのだろう?
◇ ◇ ◇
その日以来、俺たちは夏休みの宿題を後回しにして、脚本執筆に取り組んだ。
氷堂にも頼みはしたものの、オフシーズンの間もトレーニングで忙しく、実際そんな時間を取るのは無理だ。従って、実質俺ら二人でやるしかないのだが、如何せん二人とも脚本はおろか創作活動なるものをやったことがない。
先ず、どうやって書き始めてよいものかすらわからない。突破口すら見出せず、しばらくは何も進展しないまま時間が過ぎてしまい、あっという間に七月が終わった。
そして八月。やっぱり何も変わらない。月が変わるくらいで何かが変わるのであれば苦労はしない。何か参考にしようにも、小説なんてあんまり読んだことないし、ましてや舞台なんぞ観に行こうと思ったことすらない。
どうやって脚本書こうかと悩んだ末に辿り着いた結論は、形から入るに限る、ということだった。
大体こういう書き物をする人は、脚本家にしろ、小説家にしろ、コント職人にしろ、喫茶店でネタを考えるというではないか。俺もそれに倣うことにした。多分、喫茶店には名案が浮かぶ魔力があるのだろう。そういうスポットであるに違いない。
俺はクソ暑い中、電車を乗り継いで近場の開けた駅に降り立った。
俺の行き着けのコーヒー屋といえばマックだが、今日の俺は脚本家である。小説家である。文筆家はそんなジャンクな店には行かない。
少し奮発して背伸びして、俺が向かった先はスターバックスであった。いわゆる「スタバ」だ。初めて入るので少々緊張するが、そんなことは言ってられない。今日の俺は文筆家なのだから。
しかし、中に入っていきなり威圧された。
夏休みだというのに高校生がいない。大人ばっかだ。しかし、足を踏み入れてしまった。今更引き返すことはできない。意を決してカウンターに行く。スタバといえばキャラメルフラペチーノである。店員のねーちゃんにその名を告げた。するとねーちゃんはこう言った。
「サイズはいかがなさいますかー?」
サイズか。普通サイズが良いであろう。
「Mください」
しかし、ねーちゃんは、
「Mですかぁ……。えーっとぉ……。サイズは、こちらのものとなります」
と、今一つ噛み合わない返事を返した。その言葉に従い、メニュー表を見た。目がテンになった。
サイズと言えば、S、M、Lである。それがどうだ。四つもある。Short、Tall……、そこから先にも二つほどサイズがあるが、読めもしない。
Mとなればミディアムサイズ、つまりド真ん中だが、この表からすると四つある。偶数である故、「真ん中」というものが存在しない。となると、「中」と呼べるものはTallか、もしくは「G」で始まる怪しげな文言の二種類となる。それにしても、なぜ四つだ? せめて五つであればど真ん中、三番目のものにできたものを……。
俺はTallと「G」の二つで悩んだ挙句、解読可能な「Tall」を指さし、
「Tallで……」
と答えた。自分でも蚊の鳴くような声だということは重々分かった。それでもねーちゃんは俺の指さした文字を見て注文を理解したようだ。
「はい、キャラメルフラペチーノ、トールサイズですね。五百三十九円となりまーす」
ごごご、ごひゃくさんじゅうきうえん! 俺は慌ててサイフの中身を確認した。
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