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計画通り
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「サイレント、っていうのも考えてはみたんだけど」
なるほど、その手があったか。それでいいじゃないか、と思ったが、話の腰を折るのは嫌なので、口には出さなかった。
「それだとちょっとインパクトに欠けるんじゃない?って流介に言われて」
うわぁ。完全に誘導されてる。
「それで、だったら俺が声を充ててやるよ、って言ってくれて、」
ハイ来ましたぁー。言ってくれてるわけじゃないぞ、氷堂。
「演劇部と声優部の共催という話になったんだ」
やはり流介の入れ知恵であった。氷堂はうまい具合に利用されているだけなのだが、氷堂自身は全く気付いていない。見かけによらずちょっと抜けてる、というよりは、人が策を弄する、という考えがハナっからないのだろう。この人は根っから純粋な人なんだと思う。
一方流介についてなのだが、目的のためなら全国区のスター選手すら利用するとはとんでもねぇ神経の図太さだ。これでまだ十五歳なんだから同じ高校一年生男子として末恐ろしい。
結局、氷堂に演劇部を作らせ、声優として氷堂に声をあてる、という流介の思惑通りになったのだ。今にして思うと、どうりで校長が演劇部を二つ返事で認めた時、顔色一つ変えなかったわけだ。むしろ、自分の計画通りに事が進んだので、笑いを必死にこらえていたくらいなのかもしれない。
ただ、なるほど、とも思った。これならアニメを作らなくても、声優部として活動ができる。星野から出た疑問は、実は流介の中では解決されていたわけだ。
「演目もね、もう決まってるんだ」
氷堂は実に楽しそうである。まぁ、この小悪魔に利用されているとはいえ、本人が良いのであれば、良いのではないか。
「へぇ、何やんの?」
「メーテルリンクの青い鳥」
「あぁ、あれかぁ」
「うん、まぁねー」
どことなく、ホントにどことなくなのだが、流介が乗り気じゃない感があるのが気になったが、まぁ、捨て置くことにする。
読んだことないけど。タイトルはもちろん知ってるし、内容も大体わかる。チルチルとミチルの兄弟(下は妹だったか?)が青い鳥を捕獲しにいくファンタジー風味の冒険譚だろう。氷堂のイメージにはピッタリ合ってると思うし、それを考えると俺も観たくはある。しかし、声をあてる流介にはまるで合っていないと思う。この薄汚れた策士がこの名作の台詞を喋ると思うと、作品に対する冒涜にすら思えてしまう。
「あの戯曲を一人芝居用にアレンジして上演しようと思うんだ」
戯曲? あれ、原作は絵本じゃなかったの?
「元は舞台用に作られたものだから、脚本自体はそんなに時間かからずに作れると思うんだよね」
戯曲であることはもちろん知ってるだろ?という感じのしたり顔で、流介が俺に向かって言葉を継いだ。
「なるほどね。うまいことかんがえたなァ」
「あ、そうだ。音弧祭りの公演用のLINEグループ作ろうよ」
流介は俺の返答を聞き終わらないうちに、そんなことを言った。ついでに関係ない俺も入れられてしまった。正直迷惑ではあったが、間接的ではあるものの、氷堂勇騎と連絡先が繋がったことは、俺の中で一つの事件ではあった。
◇ ◇ ◇
それからしばらくは特にどうということもなく、中間テストがあって衣替えがあり、梅雨が来て、鬱陶しい日が続いたと思ったら、ある日デカい雷が鳴って、その翌日から急激に暑くなり、期末テストが終わった後、夏休みに入った。
その間ずっと、ウィークデイは毎日放課後になると校長室の掃除をした。夏休みに入ってからも一週間余り、流介は毎日校長室の掃除に行き、俺もまぁ、勢いで全日付き合った。
そして流介が校長室の掃除を始めてから百日目、七月も下旬になっていた。
最後の日、校長室に赴くと、中から「ありがとうございました!」というデカい声が響いてきた。何事か、と思った途端、ドアが開かれた。星野であった。このパターン多いな。目が合った瞬間にキッと睨まれたが、すぐに星野は速足で廊下の角へと消えていった。本当は走りたかったのがよくわかる速足であった。星野の目のまわりは赤かった。
「そういや今日、野球部、準々決勝だったね」
流介が小声で耳打ちした。
「あ、そうなん?」
そうかぁ、今日試合だったか。あの様子だと、多分負けたのだろう。残念ながら(俺にはどうでもよいことだが)、野球部の部費は据え置きだろう。下手すれば廃部になるかもしれない。この学校では、結果を残さなければ生き残っていけないのだ。
流介がドアをノックした。
◇ ◇ ◇
いつもなら俺たちが掃除を始めると席を外していた校長が、最後となるこの日は見届けるようにデスクの椅子にどっかと腰をおろしたままだった(正直、スゲエ邪魔だった)。それ以外は普段と別段変わったこともなく、無事掃除を済ませ、百日間連続校長室掃除も終了となった。終わってみると感慨深い。全く無駄な達成感に、少し浸ってしまった。
「終わりましたー」
と流介が言うと、
「よし」
と言って校長は椅子の上でふんぞり返り直った。
「一旦、声優部の発足を認めることとする。音弧野祭ではしっかり励め」
当り前のことな上、他人事だがホッとした。約束を守ることは大人として当然だと思うが、校長のことだからこの期に及んで変な条件を付けて声優部仮発足を見送るかもしれないという考えがあったからだ。
「ありがとうございました」
校長の言葉を受けて、流介が頭を下げる。俺もついでになんとなく頭を下げた。まぁ、これで声優部は存続となるだろう。なんせこっちには氷堂勇騎がいる。動員千人など、普通に考えれば勝ったも同然だ。
「それでは失礼します」
どこか勝ち誇ったように、流介がそう言って、俺たちは校長室を後にしようとした。その俺らの背中に向かって校長が声をかけた。
なるほど、その手があったか。それでいいじゃないか、と思ったが、話の腰を折るのは嫌なので、口には出さなかった。
「それだとちょっとインパクトに欠けるんじゃない?って流介に言われて」
うわぁ。完全に誘導されてる。
「それで、だったら俺が声を充ててやるよ、って言ってくれて、」
ハイ来ましたぁー。言ってくれてるわけじゃないぞ、氷堂。
「演劇部と声優部の共催という話になったんだ」
やはり流介の入れ知恵であった。氷堂はうまい具合に利用されているだけなのだが、氷堂自身は全く気付いていない。見かけによらずちょっと抜けてる、というよりは、人が策を弄する、という考えがハナっからないのだろう。この人は根っから純粋な人なんだと思う。
一方流介についてなのだが、目的のためなら全国区のスター選手すら利用するとはとんでもねぇ神経の図太さだ。これでまだ十五歳なんだから同じ高校一年生男子として末恐ろしい。
結局、氷堂に演劇部を作らせ、声優として氷堂に声をあてる、という流介の思惑通りになったのだ。今にして思うと、どうりで校長が演劇部を二つ返事で認めた時、顔色一つ変えなかったわけだ。むしろ、自分の計画通りに事が進んだので、笑いを必死にこらえていたくらいなのかもしれない。
ただ、なるほど、とも思った。これならアニメを作らなくても、声優部として活動ができる。星野から出た疑問は、実は流介の中では解決されていたわけだ。
「演目もね、もう決まってるんだ」
氷堂は実に楽しそうである。まぁ、この小悪魔に利用されているとはいえ、本人が良いのであれば、良いのではないか。
「へぇ、何やんの?」
「メーテルリンクの青い鳥」
「あぁ、あれかぁ」
「うん、まぁねー」
どことなく、ホントにどことなくなのだが、流介が乗り気じゃない感があるのが気になったが、まぁ、捨て置くことにする。
読んだことないけど。タイトルはもちろん知ってるし、内容も大体わかる。チルチルとミチルの兄弟(下は妹だったか?)が青い鳥を捕獲しにいくファンタジー風味の冒険譚だろう。氷堂のイメージにはピッタリ合ってると思うし、それを考えると俺も観たくはある。しかし、声をあてる流介にはまるで合っていないと思う。この薄汚れた策士がこの名作の台詞を喋ると思うと、作品に対する冒涜にすら思えてしまう。
「あの戯曲を一人芝居用にアレンジして上演しようと思うんだ」
戯曲? あれ、原作は絵本じゃなかったの?
「元は舞台用に作られたものだから、脚本自体はそんなに時間かからずに作れると思うんだよね」
戯曲であることはもちろん知ってるだろ?という感じのしたり顔で、流介が俺に向かって言葉を継いだ。
「なるほどね。うまいことかんがえたなァ」
「あ、そうだ。音弧祭りの公演用のLINEグループ作ろうよ」
流介は俺の返答を聞き終わらないうちに、そんなことを言った。ついでに関係ない俺も入れられてしまった。正直迷惑ではあったが、間接的ではあるものの、氷堂勇騎と連絡先が繋がったことは、俺の中で一つの事件ではあった。
◇ ◇ ◇
それからしばらくは特にどうということもなく、中間テストがあって衣替えがあり、梅雨が来て、鬱陶しい日が続いたと思ったら、ある日デカい雷が鳴って、その翌日から急激に暑くなり、期末テストが終わった後、夏休みに入った。
その間ずっと、ウィークデイは毎日放課後になると校長室の掃除をした。夏休みに入ってからも一週間余り、流介は毎日校長室の掃除に行き、俺もまぁ、勢いで全日付き合った。
そして流介が校長室の掃除を始めてから百日目、七月も下旬になっていた。
最後の日、校長室に赴くと、中から「ありがとうございました!」というデカい声が響いてきた。何事か、と思った途端、ドアが開かれた。星野であった。このパターン多いな。目が合った瞬間にキッと睨まれたが、すぐに星野は速足で廊下の角へと消えていった。本当は走りたかったのがよくわかる速足であった。星野の目のまわりは赤かった。
「そういや今日、野球部、準々決勝だったね」
流介が小声で耳打ちした。
「あ、そうなん?」
そうかぁ、今日試合だったか。あの様子だと、多分負けたのだろう。残念ながら(俺にはどうでもよいことだが)、野球部の部費は据え置きだろう。下手すれば廃部になるかもしれない。この学校では、結果を残さなければ生き残っていけないのだ。
流介がドアをノックした。
◇ ◇ ◇
いつもなら俺たちが掃除を始めると席を外していた校長が、最後となるこの日は見届けるようにデスクの椅子にどっかと腰をおろしたままだった(正直、スゲエ邪魔だった)。それ以外は普段と別段変わったこともなく、無事掃除を済ませ、百日間連続校長室掃除も終了となった。終わってみると感慨深い。全く無駄な達成感に、少し浸ってしまった。
「終わりましたー」
と流介が言うと、
「よし」
と言って校長は椅子の上でふんぞり返り直った。
「一旦、声優部の発足を認めることとする。音弧野祭ではしっかり励め」
当り前のことな上、他人事だがホッとした。約束を守ることは大人として当然だと思うが、校長のことだからこの期に及んで変な条件を付けて声優部仮発足を見送るかもしれないという考えがあったからだ。
「ありがとうございました」
校長の言葉を受けて、流介が頭を下げる。俺もついでになんとなく頭を下げた。まぁ、これで声優部は存続となるだろう。なんせこっちには氷堂勇騎がいる。動員千人など、普通に考えれば勝ったも同然だ。
「それでは失礼します」
どこか勝ち誇ったように、流介がそう言って、俺たちは校長室を後にしようとした。その俺らの背中に向かって校長が声をかけた。
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