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コンプレックス
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校長室を出てすぐ、俺は流介の肩を掴んだ。
「おい、一体これはどういうことだ?」
「あぁ、知らなかった?」
「聞いてない」
「まぁ、言ってないからね」
「殴っていい?」
「ダメ」
口じゃあ俺も声優部の一員みたいなことを言っておきながら、肝心要のことを俺に言わないということはどういうことだ。いや、声優部に入った覚えはないのだが、なんかムカつく。
「じゃあ、話を聞かせろ」
「うん。そしたら、とりあえず学食戻ろうか?」
昼休みはまだあと十五分ほど残っていた。氷堂も含めて三人で学食に戻って話をすることになった。
◇ ◇ ◇
「実は、僕は声が低いのがコンプレックスでね」
学食に入って、空いていたスペースに俺たちは陣取ると、流介が給湯器からお茶を三人分、お盆に乗せて持ってきてくれた。流介は圧倒的に自分勝手で、自分のことしか考えていない人間であるというのは動かし難い事実ではあるのだが、こうして妙に気が効くところもある。人って不思議だ。
そしてお茶を飲みつつ、今回のことについて話を聞いてるのだが、氷堂と給湯器のお茶という組み合わせが妙にミスマッチに感じた。なんせ『氷の王子様』だ。学食の安っぽい湯飲み茶碗との落差がすごい。ミスマッチさと、違和感と、そこになんとなくの可愛らしさを感じてしまう。
早速、なぜ氷堂が声優部と合同で舞台に立ちたいと思うようになったのか、そもそもの疑問を問うと、上記のような答えが返ってきた。やはりそこか、という感じである。
「声が低くなりはじめたのは中一に上がったくらいからで、中三の頃にはもう声変わりは終って、それでまぁ、今のような声に落ち着いたんだ」
「落ち着いた、良い声だよなぁ」
俺は素直な感想を言った。そして、我ながら上手いことを言ったと思った。
「いやぁ、そう言ってもらえると嬉しいんだけど、これが結構悩ましくてね」
そうだ。こいつはそれで悩んでるんだった。失言だったかもしれない。俺はしばらく黙ることにした。
「幸いにして、中二くらいから選手として、まぁ頭角を現すことができるようになって、全国とか、海外へも遠征に行けるようになって、そのこと自体はもちろん、すごく嬉しくて、楽しかったんだけど、」
実はさらっとスゲエスケールのデカいこと言ってるな。今更ながら、氷堂と同じテーブルを共にしてることのすごさを感じてしまう。
「そうなると、必然的に人と会う機会も多くなっちゃって。で、その先々で色んな人に挨拶するときに、みんなそのぉ、僕の声を聞いて驚くんだよね。意外に声低いんだね、って……」
「それがすごい嫌なんだよね」
言葉を引き継いだ流介に、氷堂は、
「うん……」
と言って俯いて、お茶を一口飲んだ。
氷堂の声は確かに低い。めちゃめちゃ低い。女の子のようなルックスからは想像もできないほど低い。そりゃ、初めて聞いた人は驚くだろう。俺だって驚いた。自分を弁護するわけではないが、驚いた人に罪はないと思う。悪気があって言ったとは考えにくいからだ。
というのも、本人にも言ったように、声自体は落ち着いた、とても良い声だからである。渋いと言ってもいいくらいだ。FMのラジオのDJのようだ。むしろ声優部に欲しいくらいだ。俺は声優部じゃないが。
ただ、見た目と声が合っていないだけなのだ。
だから、ひょっとしたら気にしなくても済むような問題かもしれないし、人によっては羨ましいとさえ思うかもしれない。しかし、だからと言って、いちいち会う人会う人に驚かれたら、そりゃ嫌にもなるだろう。コンプレックスを感じるところは人それぞれ違うのだ。
ちょっと沈黙ができてしまったので、雰囲気を変えるためにも、俺は思い切って訪ねてみた。
「じゃ、何で一人芝居なんてやろうとしたの?」
ちょっと不躾だったか。
「うん、流介と話してる時にね、」
氷堂は気分を持ち直したように顔を上げた。ちょっと安心したが、俺はちらッと流介に顔を向けた。何食わぬ顔をしてやがる。やはりこいつの入れ知恵か。
「ちょうどオフシーズンになった頃だったんだ。これから半年はオフだから、何かスケート以外のことをやってみたいなぁ、っていう話になったんだ」
氷堂はあたかも自発的に話を持ち出したように言ったが、思うに、そういう風に話を持っていったのは流介なのではないか。
「そしたらね、流介が、だったら演劇部を立ち上げてみるのは面白いんじゃない、って提案してくれたんだ」
ほら見ろ。誘導尋問だったんじゃねぇか? すると、その張本人である流介が話を継いだ。
「演劇なら、表現力を磨く、という点で本業のフィギュアスケートにも役立つし、それに、今までずっとペアで一緒だった華蓮とは、高校は別々になったわけだし、せっかくだから一人でできる、一人芝居をやってみたら、って言ったのさ」
よくしゃあしゃあと言えたもんだな、お前。やはり黒幕はこいつだったか。盗人猛々しいとはこのことだ。いや、何も盗んではいないが。
「それで、せっかくだから、音弧祭りで一人芝居をやってみたいなぁ、って思ったんだけど、まぁ、さっき言った理由で、声にはコンプレックスがあってね。最初はもちろん、一人でやるつもりだったんだけど、やっぱりちょっと、声を出して驚かれるのは辛いかなぁって思って……」
やりたいのか、やりたくないのか、どっちなんだ?と正直思ったが、口には出さなかった。
「おい、一体これはどういうことだ?」
「あぁ、知らなかった?」
「聞いてない」
「まぁ、言ってないからね」
「殴っていい?」
「ダメ」
口じゃあ俺も声優部の一員みたいなことを言っておきながら、肝心要のことを俺に言わないということはどういうことだ。いや、声優部に入った覚えはないのだが、なんかムカつく。
「じゃあ、話を聞かせろ」
「うん。そしたら、とりあえず学食戻ろうか?」
昼休みはまだあと十五分ほど残っていた。氷堂も含めて三人で学食に戻って話をすることになった。
◇ ◇ ◇
「実は、僕は声が低いのがコンプレックスでね」
学食に入って、空いていたスペースに俺たちは陣取ると、流介が給湯器からお茶を三人分、お盆に乗せて持ってきてくれた。流介は圧倒的に自分勝手で、自分のことしか考えていない人間であるというのは動かし難い事実ではあるのだが、こうして妙に気が効くところもある。人って不思議だ。
そしてお茶を飲みつつ、今回のことについて話を聞いてるのだが、氷堂と給湯器のお茶という組み合わせが妙にミスマッチに感じた。なんせ『氷の王子様』だ。学食の安っぽい湯飲み茶碗との落差がすごい。ミスマッチさと、違和感と、そこになんとなくの可愛らしさを感じてしまう。
早速、なぜ氷堂が声優部と合同で舞台に立ちたいと思うようになったのか、そもそもの疑問を問うと、上記のような答えが返ってきた。やはりそこか、という感じである。
「声が低くなりはじめたのは中一に上がったくらいからで、中三の頃にはもう声変わりは終って、それでまぁ、今のような声に落ち着いたんだ」
「落ち着いた、良い声だよなぁ」
俺は素直な感想を言った。そして、我ながら上手いことを言ったと思った。
「いやぁ、そう言ってもらえると嬉しいんだけど、これが結構悩ましくてね」
そうだ。こいつはそれで悩んでるんだった。失言だったかもしれない。俺はしばらく黙ることにした。
「幸いにして、中二くらいから選手として、まぁ頭角を現すことができるようになって、全国とか、海外へも遠征に行けるようになって、そのこと自体はもちろん、すごく嬉しくて、楽しかったんだけど、」
実はさらっとスゲエスケールのデカいこと言ってるな。今更ながら、氷堂と同じテーブルを共にしてることのすごさを感じてしまう。
「そうなると、必然的に人と会う機会も多くなっちゃって。で、その先々で色んな人に挨拶するときに、みんなそのぉ、僕の声を聞いて驚くんだよね。意外に声低いんだね、って……」
「それがすごい嫌なんだよね」
言葉を引き継いだ流介に、氷堂は、
「うん……」
と言って俯いて、お茶を一口飲んだ。
氷堂の声は確かに低い。めちゃめちゃ低い。女の子のようなルックスからは想像もできないほど低い。そりゃ、初めて聞いた人は驚くだろう。俺だって驚いた。自分を弁護するわけではないが、驚いた人に罪はないと思う。悪気があって言ったとは考えにくいからだ。
というのも、本人にも言ったように、声自体は落ち着いた、とても良い声だからである。渋いと言ってもいいくらいだ。FMのラジオのDJのようだ。むしろ声優部に欲しいくらいだ。俺は声優部じゃないが。
ただ、見た目と声が合っていないだけなのだ。
だから、ひょっとしたら気にしなくても済むような問題かもしれないし、人によっては羨ましいとさえ思うかもしれない。しかし、だからと言って、いちいち会う人会う人に驚かれたら、そりゃ嫌にもなるだろう。コンプレックスを感じるところは人それぞれ違うのだ。
ちょっと沈黙ができてしまったので、雰囲気を変えるためにも、俺は思い切って訪ねてみた。
「じゃ、何で一人芝居なんてやろうとしたの?」
ちょっと不躾だったか。
「うん、流介と話してる時にね、」
氷堂は気分を持ち直したように顔を上げた。ちょっと安心したが、俺はちらッと流介に顔を向けた。何食わぬ顔をしてやがる。やはりこいつの入れ知恵か。
「ちょうどオフシーズンになった頃だったんだ。これから半年はオフだから、何かスケート以外のことをやってみたいなぁ、っていう話になったんだ」
氷堂はあたかも自発的に話を持ち出したように言ったが、思うに、そういう風に話を持っていったのは流介なのではないか。
「そしたらね、流介が、だったら演劇部を立ち上げてみるのは面白いんじゃない、って提案してくれたんだ」
ほら見ろ。誘導尋問だったんじゃねぇか? すると、その張本人である流介が話を継いだ。
「演劇なら、表現力を磨く、という点で本業のフィギュアスケートにも役立つし、それに、今までずっとペアで一緒だった華蓮とは、高校は別々になったわけだし、せっかくだから一人でできる、一人芝居をやってみたら、って言ったのさ」
よくしゃあしゃあと言えたもんだな、お前。やはり黒幕はこいつだったか。盗人猛々しいとはこのことだ。いや、何も盗んではいないが。
「それで、せっかくだから、音弧祭りで一人芝居をやってみたいなぁ、って思ったんだけど、まぁ、さっき言った理由で、声にはコンプレックスがあってね。最初はもちろん、一人でやるつもりだったんだけど、やっぱりちょっと、声を出して驚かれるのは辛いかなぁって思って……」
やりたいのか、やりたくないのか、どっちなんだ?と正直思ったが、口には出さなかった。
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