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朝一のトイレ
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「何なんだあれは! オイッ、どういうことだ? 何であんなにすんなり演劇部は通るんだ? 何で声優部はダメで演劇部はオッケイなんだ? 俺たちゃ声優部通すために掃除までさせられて、しかもそれでもダメかもしれないんだぞ! やっぱあれか? 知名度か? スター選手なら何でもオッケイなのか? なぁオイッ、どうなんだ?」
あんまりにも理不尽だったので、ドアがぴったり閉まって音が漏れそうもないことを確認した後、俺は一気にまくし立てた。
「うん。まぁ、そうなんじゃない。彼は特待生みたいなもんだからねぇ」
しかし、当事者の流介は平然としている。それを見て、俺は更に頭に来た。
「おめえ、悔しくねぇのかよ!」
「え? なんで?」
「え……、なんでって……」
「そんなことより早く掃除しようよ」
「そんなことって、何だよ……」
「俺たちじゃどうしようもないことってことさ。じゃあ、今すぐ校長の後を追いかけてって、声優部も認めてください、って言ったところで通ると思う?」
「無理だ」
「でしょ? だから、自分たちの力じゃどうしようもないことに気を病んでもしょうがないじゃない。そんなことに気を遣ってる暇があったら自分たちの出来ることをやった方がいいってことさ。当面、俺たちの出来ることは掃除しかないんだから、それ頑張ろうぜ」
「まぁ……、そりゃそうだ」
多分俺よりこいつの方が何倍も悔しいはずだ。何せ声優部を作りたがってるのはこいつだし、声優になることに本気なのもこいつだ。そんなこいつにこんなことを言われたら、ただ手伝ってるだけの俺にできることは、変わらずこいつを手伝うことだけだ。
「そういやさ、」
流介がはたきを手にしながら俺に話しかける。
「太一も声優部作るのに真剣になってくれてるんだね」
「そんなわけねーだろ。ただの付き合いだ」
「だってさっき声優部作るのに掃除までさせられてるって言った時、『俺たち』って言ってたよ」
俺は何か言い返そうとしたが、結局この言葉しか出てこなかった。
「うるせーよ」
◇ ◇ ◇
以来、なんとなく俺も氷堂とは割と親しく付き合うようになった。廊下で会えば挨拶するし、雑談をする時すらある。
一回、昼休みに流介と三人で、学食でランチをしたこともある。一般の人からすれば羨ましい状況かもしれないけど、よくよく考えたら、同じ学校の同学年の、しかも同じ男子学生だ。そんな同級生としては、特別扱いされてる氷堂の存在は、悔しくないと言えば嘘になる。
しかし、付き合ってみて改めてわかったのだが、本人はいたって良い奴なので、まぁそれはそれ、これはこれというやつだ。
◇ ◇ ◇
その日の朝、電車の遅延があった。
しかし、それが原因で却って乗り継ぎが上手いこといってしまい、普段よりも早めに学校に着いてしまった。当初は、遅延を理由に堂々と遅刻でき、五分遅れるも三十分遅れるも遅刻は遅刻、なんならコンビニで今週のジャンプを立ち読みしてから悠々と教室に登場できるかな、と期待したが、逆の効果となってしまった。
空気の読めないJRに軽い逆上を覚えつつ、なんとなくこのまま教室に行く気にもなれず、とりあへずトイレへ向かった。さすがにこの時間は巨漢体育会系男子で溢れかえっていることはないだろう。朝一のトイレで悠々用を足そうとしたが、先客がいた。
星野である。ユニホーム姿だ。しかも汚れている。やはり朝練なのだろう。しかもこれだけ汚れているということは、朝っぱらから激しくやってるようだ。部に入ってる奴は大変だ。朝はゆっくり寝ていたい派なので、心底部活になんて入らなくて良かったと思う。
というようなことを考えていたら、無意識にも星野を見つめてしまっていたらしい。
「何見てンだよ」
いつかの時と同じ鋭い目で凄まれてしまった。そりゃそうだ。朝一のガランとしたトイレで、局部だけ丸出しの状態で見知らぬ新入生男子に見つめられていたら、誰だって不気味に思う。
「あ、すみません」
相手は三年なのでもちろん敬語だ。それに怖いし。
チーッとチャックを上げる音がし、星野が動くと、ッジャー、と水が流れた。人がいないのでよく響く。
「おめぇ、どこの部だよ?」
「いえ、特には……」
「なんだ……」
そう言って、俺の横を通りすぎ(ちょっと肩が当たった。多分わざとだと思う)、洗面所へ向かった。俺より背は低いがユニホーム姿だと、制服の時とは違い、体の厚みがよくわかる。なかなかの威圧感だ。
「学校来て帰るだけの奴か……」
手を洗いながら、心底侮蔑したような声で呟きやがった。
「おおお、俺だってやってますよ! 部活くらい」
反射的に言ってしまった。言わなきゃ良かった。
「……さっきと言ってること違うじゃねーかよ。じゃあ、何の部だよ?」
「えー? せー……、声優部、です……」
「声ゆうぅー? ヘッ、文化部かよ」
半笑いで俺を見下しやがった。俺より背が低いくせに「見下す」とはどういう物理状況だ。
「い、いいじゃないですか、文化部だって!」
いや、まだ発足してないし、できるかどうか相当怪しいけど。ここはそう言い切ってみた。
「そもそも、高校で声優ってどうやんだよ? アニメでも作んのか?」
「あー、まー……、そんな感じッス!」
そういや、どうやんだ? まあいい。今度流介に聞いとこう。
「フン。軟弱者が……」
そう鼻で言い捨てて、トイレを出て行こうとした。なんというか、音弧野高イズム満載だな。もちろん、誉めてない。
と、出て行く星野のすれ違いざまにプロレス同好会……、じゃない、OWE……、じゃなくていいや、プロレス同好会会長の近藤さんが入ってきた。
「てめぇ……!」
すると、星野は下から鋭く近藤さんを睨み上げた。俺へのメンチの切り方なんぞ比較にならないくらいの鋭い眼光だ。バーサーカーレベルだ。尋常ではない。一体何があったのか? しかし、近藤さんはそんな星野にも全く動じた様子はない。
あんまりにも理不尽だったので、ドアがぴったり閉まって音が漏れそうもないことを確認した後、俺は一気にまくし立てた。
「うん。まぁ、そうなんじゃない。彼は特待生みたいなもんだからねぇ」
しかし、当事者の流介は平然としている。それを見て、俺は更に頭に来た。
「おめえ、悔しくねぇのかよ!」
「え? なんで?」
「え……、なんでって……」
「そんなことより早く掃除しようよ」
「そんなことって、何だよ……」
「俺たちじゃどうしようもないことってことさ。じゃあ、今すぐ校長の後を追いかけてって、声優部も認めてください、って言ったところで通ると思う?」
「無理だ」
「でしょ? だから、自分たちの力じゃどうしようもないことに気を病んでもしょうがないじゃない。そんなことに気を遣ってる暇があったら自分たちの出来ることをやった方がいいってことさ。当面、俺たちの出来ることは掃除しかないんだから、それ頑張ろうぜ」
「まぁ……、そりゃそうだ」
多分俺よりこいつの方が何倍も悔しいはずだ。何せ声優部を作りたがってるのはこいつだし、声優になることに本気なのもこいつだ。そんなこいつにこんなことを言われたら、ただ手伝ってるだけの俺にできることは、変わらずこいつを手伝うことだけだ。
「そういやさ、」
流介がはたきを手にしながら俺に話しかける。
「太一も声優部作るのに真剣になってくれてるんだね」
「そんなわけねーだろ。ただの付き合いだ」
「だってさっき声優部作るのに掃除までさせられてるって言った時、『俺たち』って言ってたよ」
俺は何か言い返そうとしたが、結局この言葉しか出てこなかった。
「うるせーよ」
◇ ◇ ◇
以来、なんとなく俺も氷堂とは割と親しく付き合うようになった。廊下で会えば挨拶するし、雑談をする時すらある。
一回、昼休みに流介と三人で、学食でランチをしたこともある。一般の人からすれば羨ましい状況かもしれないけど、よくよく考えたら、同じ学校の同学年の、しかも同じ男子学生だ。そんな同級生としては、特別扱いされてる氷堂の存在は、悔しくないと言えば嘘になる。
しかし、付き合ってみて改めてわかったのだが、本人はいたって良い奴なので、まぁそれはそれ、これはこれというやつだ。
◇ ◇ ◇
その日の朝、電車の遅延があった。
しかし、それが原因で却って乗り継ぎが上手いこといってしまい、普段よりも早めに学校に着いてしまった。当初は、遅延を理由に堂々と遅刻でき、五分遅れるも三十分遅れるも遅刻は遅刻、なんならコンビニで今週のジャンプを立ち読みしてから悠々と教室に登場できるかな、と期待したが、逆の効果となってしまった。
空気の読めないJRに軽い逆上を覚えつつ、なんとなくこのまま教室に行く気にもなれず、とりあへずトイレへ向かった。さすがにこの時間は巨漢体育会系男子で溢れかえっていることはないだろう。朝一のトイレで悠々用を足そうとしたが、先客がいた。
星野である。ユニホーム姿だ。しかも汚れている。やはり朝練なのだろう。しかもこれだけ汚れているということは、朝っぱらから激しくやってるようだ。部に入ってる奴は大変だ。朝はゆっくり寝ていたい派なので、心底部活になんて入らなくて良かったと思う。
というようなことを考えていたら、無意識にも星野を見つめてしまっていたらしい。
「何見てンだよ」
いつかの時と同じ鋭い目で凄まれてしまった。そりゃそうだ。朝一のガランとしたトイレで、局部だけ丸出しの状態で見知らぬ新入生男子に見つめられていたら、誰だって不気味に思う。
「あ、すみません」
相手は三年なのでもちろん敬語だ。それに怖いし。
チーッとチャックを上げる音がし、星野が動くと、ッジャー、と水が流れた。人がいないのでよく響く。
「おめぇ、どこの部だよ?」
「いえ、特には……」
「なんだ……」
そう言って、俺の横を通りすぎ(ちょっと肩が当たった。多分わざとだと思う)、洗面所へ向かった。俺より背は低いがユニホーム姿だと、制服の時とは違い、体の厚みがよくわかる。なかなかの威圧感だ。
「学校来て帰るだけの奴か……」
手を洗いながら、心底侮蔑したような声で呟きやがった。
「おおお、俺だってやってますよ! 部活くらい」
反射的に言ってしまった。言わなきゃ良かった。
「……さっきと言ってること違うじゃねーかよ。じゃあ、何の部だよ?」
「えー? せー……、声優部、です……」
「声ゆうぅー? ヘッ、文化部かよ」
半笑いで俺を見下しやがった。俺より背が低いくせに「見下す」とはどういう物理状況だ。
「い、いいじゃないですか、文化部だって!」
いや、まだ発足してないし、できるかどうか相当怪しいけど。ここはそう言い切ってみた。
「そもそも、高校で声優ってどうやんだよ? アニメでも作んのか?」
「あー、まー……、そんな感じッス!」
そういや、どうやんだ? まあいい。今度流介に聞いとこう。
「フン。軟弱者が……」
そう鼻で言い捨てて、トイレを出て行こうとした。なんというか、音弧野高イズム満載だな。もちろん、誉めてない。
と、出て行く星野のすれ違いざまにプロレス同好会……、じゃない、OWE……、じゃなくていいや、プロレス同好会会長の近藤さんが入ってきた。
「てめぇ……!」
すると、星野は下から鋭く近藤さんを睨み上げた。俺へのメンチの切り方なんぞ比較にならないくらいの鋭い眼光だ。バーサーカーレベルだ。尋常ではない。一体何があったのか? しかし、近藤さんはそんな星野にも全く動じた様子はない。
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