行くゼ! 音弧野高校声優部

涼紀龍太朗

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いや、違うぞ俺は

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 ゴールデンウィークも過ぎ去り、五月も中旬になった。

 俺は連休中は特にどこにも行かず、家でゲームやったりマンガ読んだり、たまに町に買い物行ったりして時間を潰してた。

 流介は連休中も校長室の掃除をしていたらしい。百日間連続なので仕方がないのだが、よくあきらめずに続くものだ。その間、校長もチェックと称し、校長室にいたというのだから、なんというか、意地の張り合いのようにも見える。

 当然連休明け一発目も、流介に急かされて校長室に向かった。

 しかし今日は特別ゲストが現れた。校長室に行く前に流介に隣の教室前に連れて行かさせられた。ドアの前には氷堂がいた。そして流介は俺に氷堂を紹介した。

「あ、こっち勇騎。太一は初めてだったよね」

「あぁ……、どうも……」

 さすがに緊張してしまい、声が掠れてしまった。何せ何回もテレビで見た顔だ。近くで見ると、テレビで見るより更にほっそりとしているし、顔の作りも丁寧だ。背は意外に低くて、大体流介よりちょっと高いくらい。俺よりも低かった。ちなみに顔は流介の三分の二ほど。小さくて細くて綺麗。まるで壊れ物のようだ。

「どうしたんだよ、太一。掠れた声なんか出して。誰かのモノマネか?」

「あう……」

 うるせー、と言うつもりが、喉がキュッと閉まった。

「あ、こいつ、太一ね。声優部の部員」

「いや、違うぞ俺は」

「はじめまして。氷堂勇騎です。よろしくね」

 氷堂はクールな佇まいと苗字のせいもあってか、世間では『氷の王子様』と呼ばれている。しかし俺の目を見てニッコリ笑ったその表情はとても柔和で、めちゃめちゃ感じが良い。普段からマスコミの対応に慣れているから、というのではない元々の人柄のようなものが感じられた。やっぱスゲエ奴は人格的にもすごいのかな。

 ただ……声が低い。非常に低音なのだ。

 思えば、氷堂の声を聞いたのは初めてかもしれない。彼は普段からマスコミのインタビューに答えることが少ない。専ら、ペアの橘華蓮がマスコミ対応する。彼女がこのペアのスポークスマンといったところか。

 それに、氷堂の声は低い上にくぐもっていて、簡単な挨拶だったが、それすらちょっと聞き取りにくかった。元々名前を知らなかったら、正確な名前はわからなかったかもしれない。

 ま、フィギュアスケーターに声は関係ないからそれはいいとして、それよりも流介は何で氷堂のところに来たんだ? まさかこいつ、氷堂にまで校長室の掃除をさせようというんじゃ……。

「じゃ、校長室行こうか」

 おいおい、国民的スター候補生だぞ! 何やらせようとしてんだよ! しかし、氷堂は当たり前のように流介の後に続いて歩きだした。


   ◇   ◇   ◇


 校長室に入って真っ先に俺の目に飛び込んできたのは、校長の丸くなった目だった。今にも飛び出しそうだ。ついでに座っていたデスクの椅子からも飛び出しそうだ。その視線の先には当然氷堂がいた。そりゃそうだろう。まさに熊が豆鉄砲喰らったような顔だ。しかし流介はそんな熊を気にも留めずに話し始めた。

「今日は掃除の前に紹介したい人がいて……」

「知ってる」

 流介を遮って校長が答えた。当たり前だ。今や日本にいて氷堂のことを知らない人の方が珍しい。

「あ、そうなんですね。そしたら話が早い。じゃ、勇騎」

 流介が氷堂を促した。しかし実はさっきから気になっていたのだが、流介は氷堂のことを下の名前で呼んでいる。いつの間にそこまで親しくなったんだ? まぁ、それを言うなら俺も下の名前で呼ばれてるし、俺も流介のことは下の名前で呼んでいる。思うにこいつは人と親しくなるのが得意なのかもしれない。人たらし、というやつか。

「校長、実は折り入って頼みたいことがあるのですが」

 促された氷堂が話し始めた。低いベース音が校長室に響く。やはり顔と声のギャップに違和感がある。

「うむ。言ってみなさい」

 校長の目はカッ開いたままだ。

「演劇部を作りたいのですが、宜しいでしょうか」

「え!」

 校長と俺は同時に声を上げた。何を言い出すんだこいつは。いや、無理だろ。スポーツに全然関係ないじゃん。それにそんなことしてる暇はねぇだろ。フィギュアはどうすんだ。

「うー……ん……」

 しかし校長はデスクに手をついて視線を落としてしまった。おい、ウソだろ革命戦士。

「これから半年間はオフシーズンですし、それに演技力はフィギュアの表現力にも役立つと思うんです」

 もう一押し、というやつだ。校長は首を斜めに捻った格好のまま、一転、ギュッと目を閉じ、しばし静止した。そして、絞り出すように言った。

「……わかった。許可しよう」

 何ィ! 二つ返事かよ!

「ありがとうございます」

 氷堂は深々と頭を下げる。声は低いが、やはり所作は美しい。フリープログラムの演技終了さながらだ。

「では、手続きをしよう。ワシが付き添うから、氷堂くんも来なさい」

「はい」

 そうして二人は校長室を出て行った。なんだか孫とお爺ちゃんといった風情だ。出て行く際、氷堂は流介に「ありがとう」と一言添えた。そして校長室には俺と流介だけが取り残された。
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