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氷堂勇騎
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「失礼しまーす」
あっけらかんとした声で挨拶しながら中に入った流介に続いて、俺も校長室へ踏み入れた。ゴリラの檻にでも入る気分だ。
「しししし、失礼しまぁー……」
最後の「す」は声がかすれて音にならなかった。
流介の背中越しに覗くと、校長がデスクの椅子にふんぞり返って座っていた。
そしてその顔を見て驚いた。左の頬が腫れている。そういやあ昨日流介が反撃権を発動したらしいが、それにしてはやけに生々しい。今殴られたばかりのようにも見える。
そんないぶかる俺には全く興味がないようで、校長は流介を一睨みすると、
「来たか」
と一言つぶやいた。まるで果し合いでもするかのようだ。
そして、いかにもつまらなそうなものを見るように俺に一瞥をくれ、
「そいつは?」
と流介に聞いた。
その一瞥の鋭さといったらなかった。完全に俺はビビり上がった。さすがは革命戦士である。志願兵という噂はどうやら本当のようだ。それに、近くで見るとやはりデカい。よくこんな熊相手に殴り返したもんだ。現物を目の前にすると、にわかには信じられない。
しかし流介は全く動じる様子もなく、
「部員です」
と、俺を紹介した。いや、違うぞ俺は。
校長は鼻で笑うと、
「じゃ、やっとけ」
と言って校長室を出て行った。自分の高校の生徒の紹介に対し、鼻で笑うとはどういうことかと、俺は憤ったが、特に何もリアクションしなかった。怖いからだ。何なら、少し、頭を下げた。
◇ ◇ ◇
桜の木も桃色の要素がすっかりなくなり(桜なのに桃とはこれいかに)、潔く緑色に染め抜かれてきた。来週からはもう五月だ。
あれから毎日、流介から放課後の校長室の掃除に付き合わさせられている。
俺がどんなに強力に断っても、のれんに腕押しで、結局いつも連れて行かさせられている。アホのくせに(アホだからか?)押しが強い。というよりも、奴の中では俺は既に声優部に入っているらしく、押している、という意識もないようだ。部員なんだから当たり前だろ、という感じ。まだ声優部など存在してすらいないのにも関わらず、である。いやはやアホというのは本当に恐ろしい。
しかし、それ以上に恐ろしいのはやはり校長である。あれから毎日放課後になると対面しているのだが、全然慣れない。慣れる気配すらない。校長室に入ると校長はいつも俺たちを待ち構えているが、掃除を始めるとすぐ出て行ってしまう。埃が立つからだろうか。
とにかく、そんな感じで俺も毎日掃除をしている。土日も誘われたが、さすがに俺は行かなかった。でも流介は一人でも行ってるようだ。
まぁ、どうせ学校が終わってもやることがないから掃除に付き合うこと自体は別に良いのだ。
俺には流介以外に友達がいない。
別に作ろうとも思わない。もっと言ってしまうと、音弧野高には何の期待もしていない。入りたくて入った高校ではないからだ。
だから、百日掃除は、俺にとっても都合が良かったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「先行ってるよー」
「おう」
放課後、ホームルーム終わりの男子トイレはいつになく込み合っていた。先に順番を済ませた流介はさっさと手を洗って外に出てしまった。何だよ、と思いつつも、気持ちはわかる。みんなデカいからだ。狭いトイレはむさ苦しい体育会系巨漢男子で混み合っている。俺も早く用を済ませたいが、なかなか順番が来ない。並んだ列が悪かったか。
ようやく自分の番が来たが、両の隣の巨漢さに圧倒された。右にバスケ部エースのスミス十四郎、左にバレー部キャプテン河合。共に百九十は優に超え、スミスに関しては二メートルあるという。間隔は通常のトイレと同じなのに、なんだかやけに狭く感じる。この威圧感をどうすればよいのか。俺は縮みあがりつつ、そそくさと用を済ませ、早々にトイレを退散した。
しかし、トイレ出口にいるはずの流介がいない。
「あの野郎……」
先に校長室へ行ったのだろうか? いつもは逃げようとする俺を捕まえて離さないのに、今日は一体どうしたことか。このまま帰っても良いのだが、帰ったところで何にもやることはない。それに明日色々グチグチと言われるのは嫌だ。仕方がないので、流介を探すことにする。
と言ってあてがないので一旦教室に向かう。その道すがら、たまにスポーツニュースとかで見る顔とすれ違ったり、見かけたり。全国大会ベスト4に進んだサッカー部のトップ下・玖保、インターハイ男子百メートル走第三位の陸上部・山形、オリンピック代表にも内定している水泳部・喜多嶋、こちらも日本代表が噂されている体操部・内邑……。さっきのトイレの大男二人といい、こうして眺めると、実はとんでもない高校だ。そこまでスポーツに興味がある方ではない俺でも顔と名前くらいは知っている奴らが多数いる。
なんとなく気圧され気味で、肩身も狭く感じる廊下を行くと、隣のクラスのドアのところに流介がいた。
流介が楽しそうに語らっている相手は、氷堂だった。この氷堂、スター選手を多数抱える音弧野高においても圧倒的に抜群の知名度を誇る。
氷堂勇騎、十五歳。昨年度フィギュアスケートペア部門世界ジュニア選手権優勝者だ。
あっけらかんとした声で挨拶しながら中に入った流介に続いて、俺も校長室へ踏み入れた。ゴリラの檻にでも入る気分だ。
「しししし、失礼しまぁー……」
最後の「す」は声がかすれて音にならなかった。
流介の背中越しに覗くと、校長がデスクの椅子にふんぞり返って座っていた。
そしてその顔を見て驚いた。左の頬が腫れている。そういやあ昨日流介が反撃権を発動したらしいが、それにしてはやけに生々しい。今殴られたばかりのようにも見える。
そんないぶかる俺には全く興味がないようで、校長は流介を一睨みすると、
「来たか」
と一言つぶやいた。まるで果し合いでもするかのようだ。
そして、いかにもつまらなそうなものを見るように俺に一瞥をくれ、
「そいつは?」
と流介に聞いた。
その一瞥の鋭さといったらなかった。完全に俺はビビり上がった。さすがは革命戦士である。志願兵という噂はどうやら本当のようだ。それに、近くで見るとやはりデカい。よくこんな熊相手に殴り返したもんだ。現物を目の前にすると、にわかには信じられない。
しかし流介は全く動じる様子もなく、
「部員です」
と、俺を紹介した。いや、違うぞ俺は。
校長は鼻で笑うと、
「じゃ、やっとけ」
と言って校長室を出て行った。自分の高校の生徒の紹介に対し、鼻で笑うとはどういうことかと、俺は憤ったが、特に何もリアクションしなかった。怖いからだ。何なら、少し、頭を下げた。
◇ ◇ ◇
桜の木も桃色の要素がすっかりなくなり(桜なのに桃とはこれいかに)、潔く緑色に染め抜かれてきた。来週からはもう五月だ。
あれから毎日、流介から放課後の校長室の掃除に付き合わさせられている。
俺がどんなに強力に断っても、のれんに腕押しで、結局いつも連れて行かさせられている。アホのくせに(アホだからか?)押しが強い。というよりも、奴の中では俺は既に声優部に入っているらしく、押している、という意識もないようだ。部員なんだから当たり前だろ、という感じ。まだ声優部など存在してすらいないのにも関わらず、である。いやはやアホというのは本当に恐ろしい。
しかし、それ以上に恐ろしいのはやはり校長である。あれから毎日放課後になると対面しているのだが、全然慣れない。慣れる気配すらない。校長室に入ると校長はいつも俺たちを待ち構えているが、掃除を始めるとすぐ出て行ってしまう。埃が立つからだろうか。
とにかく、そんな感じで俺も毎日掃除をしている。土日も誘われたが、さすがに俺は行かなかった。でも流介は一人でも行ってるようだ。
まぁ、どうせ学校が終わってもやることがないから掃除に付き合うこと自体は別に良いのだ。
俺には流介以外に友達がいない。
別に作ろうとも思わない。もっと言ってしまうと、音弧野高には何の期待もしていない。入りたくて入った高校ではないからだ。
だから、百日掃除は、俺にとっても都合が良かったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「先行ってるよー」
「おう」
放課後、ホームルーム終わりの男子トイレはいつになく込み合っていた。先に順番を済ませた流介はさっさと手を洗って外に出てしまった。何だよ、と思いつつも、気持ちはわかる。みんなデカいからだ。狭いトイレはむさ苦しい体育会系巨漢男子で混み合っている。俺も早く用を済ませたいが、なかなか順番が来ない。並んだ列が悪かったか。
ようやく自分の番が来たが、両の隣の巨漢さに圧倒された。右にバスケ部エースのスミス十四郎、左にバレー部キャプテン河合。共に百九十は優に超え、スミスに関しては二メートルあるという。間隔は通常のトイレと同じなのに、なんだかやけに狭く感じる。この威圧感をどうすればよいのか。俺は縮みあがりつつ、そそくさと用を済ませ、早々にトイレを退散した。
しかし、トイレ出口にいるはずの流介がいない。
「あの野郎……」
先に校長室へ行ったのだろうか? いつもは逃げようとする俺を捕まえて離さないのに、今日は一体どうしたことか。このまま帰っても良いのだが、帰ったところで何にもやることはない。それに明日色々グチグチと言われるのは嫌だ。仕方がないので、流介を探すことにする。
と言ってあてがないので一旦教室に向かう。その道すがら、たまにスポーツニュースとかで見る顔とすれ違ったり、見かけたり。全国大会ベスト4に進んだサッカー部のトップ下・玖保、インターハイ男子百メートル走第三位の陸上部・山形、オリンピック代表にも内定している水泳部・喜多嶋、こちらも日本代表が噂されている体操部・内邑……。さっきのトイレの大男二人といい、こうして眺めると、実はとんでもない高校だ。そこまでスポーツに興味がある方ではない俺でも顔と名前くらいは知っている奴らが多数いる。
なんとなく気圧され気味で、肩身も狭く感じる廊下を行くと、隣のクラスのドアのところに流介がいた。
流介が楽しそうに語らっている相手は、氷堂だった。この氷堂、スター選手を多数抱える音弧野高においても圧倒的に抜群の知名度を誇る。
氷堂勇騎、十五歳。昨年度フィギュアスケートペア部門世界ジュニア選手権優勝者だ。
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