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音弧祭り

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「というわけなんだよ。こりゃ勝ったも同然だよね」

「ンなわけあるかい! どういう思考回路になってりゃそう結論づけられるんだよ! 無理だろ。絶対無理だ」

「え? そうかなあ?」

 こいつは音弧祭りというものをわかっているのだろうか? 千人という数字をわかっているのだろうか?

 音弧祭りとは毎年九月の最終日曜日に行われる、まぁ文化祭だ。正式名称は『音弧野祭おとこのさい』だが、学校関係者はもちろん、近隣の住民にも広く『音弧祭りおとこまつり』と呼ばれている。

 文化祭というと素人屋台が軒を連ね、生徒の父兄やら暇を持て余した近隣住人やらナンパ目的の他校の男子やら(ウチは男子校だが)が、それらの店のゆるい味の食料を片手に、ゆるい出し物を見て回るというのがデフォルトだ。

 しかし、音弧祭りはそれらの一般に流布しているゆるゆる文化祭とは一線を画した極めてガチな祭典なのである。フェスティバル、いや、カーニバルと言ってよいであろう。

 なにせ音弧野高は全国レベルの有名選手を多数揃えている。そのような超高校級のスターと間近で接することができるだけでも一般市民、ましてやスポーツファンにとってはたまらない機会であり、それだけでも相当な集客が見込めるのだが、事はそれだけに留まらない。そういった有名選手たちが一同に会するスポーツコンテストまであるのだ。

 というわけで、音弧祭りは毎年大盛況なのだが、その人気はスポーツコンテストやら全国区の運動部に集中し、一般生徒の出し物なんぞほぼ見向きもされない。

 まぁ当たり前だ。俺だって客として音弧祭りに来たら、何が悲しくてそんな低クォリティの学生出し物なんぞ見にゃならんのだ、という気分になるだろう。

 故に、一般生徒であるところの流介の声優部の出し物なんぞには千人はおろか、十人も集らないであろう。いや一人でも来ようものなら是非ともその酔狂な輩を一目見てみたいものである。二目は結構だ。

 しかもその前に掃除……。しかも百日連続……。御百度参りかよ。

 仮に明日から掃除をはじめたとして、百日と言うと七月の最終週頃までかかることになる。夏休みに入っても、最初のうちは学校に来なくてはならない。しかも掃除をするためだけに。こいつにそんな根気や忍耐があるとも思えない。

 そして百の次は千か……。なんというか、バカっぽい。いや、バカそのものだ。

 それになんだろう、この超展開。殴り合ってわかり合うって感じ? まさに男汁満載なこの展開は俺には全く理解できません。

 そしてこいつはなぜそんなに理解不能なポジティブシンキングなのだろう? 俺には負けたも同然にしか思えない。

 しかし、流介の語り口や表情を見る限り、本人はそのことに気付いていないようだ。さすがはアホを通り越した向こう側の住人である。アホはアホらしく、もうしばし、夢を見ててもよいのかもしれない。

 コーラは気が抜けて、かえって飲みやすくなってしまったので(嬉しくない)、あおって飲み干した。上を向いた視線の先には桜の木があった。もう緑が目立つ。その枝先で、未練がましく残っている薄いピンクの花びらがやけに目に付いた。

「とにかくさ、賽は投げられたんだから、先ずは校長室の掃除からだね。ちょっと大変だと思うけど、三ヶ月なんて割とあっという間だよ。だから、頑張ろうゼ!」

 そう言って流介は俺の肩を叩いた。

 ん?


   ◇   ◇   ◇


「なんで俺まで行かなきゃなんねーんだよ」

「だって、これから百日連続で掃除しないと、仮の発足にすら辿り着けないんだよ」

「俺が困るみたいな言い方すんじゃねーよ」

「文句は義務を果たしてから言おうゼ」

「会話しようぜ、会話。噛み合ってねーよ。お前ひょっとして、日本語喋れねぇんじゃねーの?」

 校長室に行く道すがら、ずっとこんな感じだ。翌日の放課後、俺は流介に無理矢理校長室まで連れて行かされた。まぁ俺は帰宅部で他にやることもないから、いいっちゃいいのだが……。

 校長室に辿り着くと、にわかに緊張してきた。思えば、相対するのは初めてだ。つーか、卒業証書もらうまで、面と向かい合うのは御免こうむりたかった。

 すると、ドアが開いた。もちろん、自動ドアみたいな洒落たもんではなく、中から人が出てきただけだ。「失礼します」と室内に頭を下げたそいつは野球部の星野だった。昨日、エースに保健室行ってこいと促した、あの一際小柄な選手だ。

 小柄と言っても、他の部員がバケモノみたいにデカいだけなので、そう見えるだけだ。こうして近くで見ると、俺より少し背は低くはあるが、流介よりは高い。まぁ、普通だ。

 ところが、振り向いた星野の顔は普通じゃなかった。左の頬が腫れ上がっている。流介とおそろいである。昨日グラウンドで見た時はきれいな顔をしていたはずなのだが……。

 驚いてしまったので、思わず星野の顔をまじまじと見てしまった。睨まれた。慌てて目を逸らした。三年ということもあるし、確かキャプテンだったはずなので、小柄でありながらその眼光は極めて鋭い。

 やっぱ体育会系の奴って怖ぇなー、と思いつつ、これからもっと怖い奴と会わなくてはならない。なんで俺はここに来たのだろう?

 一旦閉じられたドアを流介がノックした。

「入れ」

 中から野太い声が聞こえた。
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