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アニメ作っていいよ

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 質問と答えが食い違っている上に、何の脈絡もなさすぎる。あまりに虚を突かれたので動揺してしまい、閉めようとしたペットボトルの蓋を落としてしまった。

「あ! ほらぁ、お前が変なこと言うからぁ……」

 一度地面に落ちた蓋を飲み口に嵌めるほど俺は不潔な人間ではない。帰り道はこれからである。コーラはついさっき買ってきたばかり、二口ほど飲んだだけ、ほぼ満タンである。蓋が開いているからコーラの気は抜け続ける上、心許ない。特に電車に乗る時が危険だ。揺れてこぼしてしまい、他の乗客にかかったら大変だ。ましてその乗客がヤのつく職業のお方だったら、俺は沈められるか埋めらるかのどちらかになるだろう。若干十五歳。今年で十六歳。あまりにも短すぎる人生になってしまう。それを思うと流介の罪は重い。

「変なことなんて言ってないよ。極めて真面目な議題だ」

 なんと、重罪人であるはずの流介は悪びれるどころか自分の正当性を主張してきたではないか。これは思った以上の極悪人である。盗人猛々しいとはこのことだ。何? 彼は何も盗んでいない? いやいや、俺からコーラの蓋を奪ったではないか。これを盗人と呼ばずして何と呼ぼう。

 しかも流介は、変なことは言っていない、と言うが、これもまたおかしな話だ。こいつは俺に向かって「アニメ作っていいよ」と言った。

 作っていいよ、だ。

 もう一度言おう。「いいよ」だ。

 ナニナニしてもいいよ、とは相手がその「ナニナニ」をしたがっている、欲している時に使われるべき言葉だ。つまり、流介の言うところでは俺がアニメを作りたくって仕方がない、ということになる。しかし、俺はアニメなんぞ作りたくもないし、もっと言ってしまうとアニメなんざ興味すらない。そんな俺に対して「アニメ作っていいよ」とはどういうことか。

「アニメはいいよー。絶対作った方がいいって。絶対後悔しない。いやむしろ作らなかったら絶対後悔するよ」

 こうも軽々しく「絶対」を連呼できる根拠はどこにあるのだろう? 何も考えていない証拠である。何も考えていないアホの話に付き合うのは時間の無駄だ。

「何で俺の後悔をお前が決めンだよ。いいよやんねーよ、そんなもんよー」

 ここは断固、拒否の意思を示さなくてはならない。

「そうかなー? 太一向いてると思うんだけどなー」

「どこがどう向いてンだよ! 俺が絵ぇ下手なの知ってンだろ」

「あ、知らないかなー、ヘタウマの魅力」

「ヘタウマと下手は違う。俺のはただのド下手だ」

 何で俺は自分の劣ってる部分を強く主張しなきゃならんのだ。

「そもそも何なんだよ突然よー。何で俺にアニメ作らせたがんだよ。そんなに作りたきゃ自分で作れよ」

「いや、俺は作る人じゃないから」

 自分じゃ作らないつもりだったのか……。てことは俺一人にアニメを作らせようとしたのか? アニメのことはほとんど知らない俺でもわかる。アニメを作るには何十人ものアニメーターが必要なはずだ。それを一人で、しかも絵の下手な俺にやらせようとしてたとはとんでもねぇドS野郎だ。

「お前、ひょっとしてアニメっつーものをホントはわかってないだろ?」

「うん」

 うん、と抜かしやがった。一体どういう了見だ?

「だって俺は声をあてる人だから」

「何お前、声優になるの?」

「ゆくゆくはね。でも、俺はまずこの高校で声優部を作るんだ」

「無理だろ」

「ひどいな」

「だって、ウチの学校、文化部認められてねーじゃん」

「でも、ブラバンとかあるよ」

 相変わらず、校舎の方からはブラバンの音が響いてくる。曲は「ロッキーのテーマ」に変わった。上手いんだか下手なんだかわからない演奏力だ。

「三つだけじゃねーか。ブラバン、援部、それからぁー……」

「写真部」

「そう、それだ! つーか、どれも運動部絡みの部だろ? ブラバンと援部は運動部の応援にかり出されるためのもんだし、写真部は各大会の写真を撮る専門じゃねーか。スポーツと関係なかったら認可なんかされねーよ。声優をどうやってスポーツに絡めんだよ」

「別に絡める必要なんてないじゃん」

「あるんだよ。こんな脳筋高校で、純粋に文化の部なんて存在できるわけねーだろ」

「やってみなきゃ、わかんないよ」

「そもそもやれねーよ」

「これがまたやってみたんだよね」

「え? やったの? 何を?」

「太一に待ってもらってたのは、校長室に行ったからさ。声優部作りますけどいいですかー?って、言いに行ったのさ」

 俺は口につけたコーラを盛大に吹き出してしまった。

 流介のこの行動が、いかに常軌を逸脱しきっていて背筋が凍るほどのものであるかは、この学校の者でしかわからないだろう。

 おと高校校長・大熊おおくま正至まさし、通称革命戦士。

 若かりし頃は志願兵として世界中の戦線を転々としていたという噂がまことしやかに流れており、額に残る大きな十文字の傷はその時代の名誉の負傷と言われている。そのため校内ではチェ・ゲバラ、長州力と並び称され、革命戦士という通り名で呼ばれている(陰で)。

 そんな校長にいきなり直談判するとは絶対に頭のネジが五、六本ゆるんでるに違いない。

「まさか、お前のその頬の腫れって……」

「お。太一にしては察しがいいなぁ。いや、実はね……」

 流介から聞いた話は以下の通りである。聞いた話である故、俺の演出も入っている。従って、ちょっと違うかもしれないが、大体合ってると思う。
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