10 / 10
肉饅頭
しおりを挟む
一族の人たちに最後に改めてお悔やみを申し上げた後、暇を告げた。レトとナタの二人は車まで見送ってくれた。
車に乗り込もうとすると、レトは「あッ!」と言って口に手を当て、
「すみません、ちょっと待っててもらえますか?」
と、一旦家に引っ込んでしまった。俺とナタは取り残された形になった。
なんとなく歳の離れた男二人、若干の気まずい雰囲気も流れたが、俺としては千載一遇だった。実は、どうしても気になっていたことがあった。不躾であることは重々承知で聞いてみた。
「ナタ君さぁ、」
「はい」
「マナの肉を食べる時、君は、そのぉ……、なんというか……、どうだった?」
我ながら質問にもなっていない質問だなぁ、と思う。しかし、彼の答えはあっけらかんとしたものだった。
「いや、そりゃビビりましたよ。だって人ッスよ? 人食べるってどういうことだ?って思いますよね」
「まぁ、ねぇ……」
さすがになんと返事してよいか、困った。言葉が濁ってしまう。
「でも……、食べたんでしょ?」
「もちろん」
即答であった。そのてらいのなさに、またびっくりした。
「やっぱり、そのぉー……、マグ族の思想というか、そういうものが関係したのかな?」
「あー、なんかあるみたいですね。なんか、よくわかんなかったッスけど」
てらいがないにも程がある。
「じゃあ、あんまりそういう、由来とかは、特に関係なかったのかい?」
「ないッスね」
あっけらかんの塊である。
「俺、あんまりそういうのわかんないんスよー。興味がないっていうとアレですけど……」
ナタは、うーん、と少し考え込むように夜空を見上げた。ナタは俺よりも少しだけ背が高い。
「なんというか、俺としては、由来とか、そんなことより、好きな人がやるなら俺もやるっつーか。そこッスね」
「そうかぁ……」
「レトがお母さん食って、俺にも食って欲しいって言われたら、断る理由なんかないッス。なんでレトの民族が親食べるのか、一応理解したつもりではいるんスよ、これでも。でも、今ひとつなんかわかんなくて。そんなことしても、あんま意味ねぇんじゃねーかな、って。でも、そんなのどうでもいいんス。そんなの、多分後からわかると思います。俺は好きな人と同じ生き方がしたいんです」
一旦家に引っ込んだレトが戻って来た。何やら紙袋を下げている。
「今日はありがとうございました。せっかく来ていただいたから、何か渡したくて」
「いやそんな、いいのに……」
紙袋の中には肉饅頭が入っていた。すっかり冷えている。
「母が大好きでいつも食べていたんです。だから、形見ってわけではもちろんないですけど、せっかく来ていただいたんだから、せめて母が好きだったものを受け取って欲しいと思って。よろしければ」
銀色に輝く髪、透き通るような白い肌、雨のようなグレイの瞳。あの頃のマナが目の前にいる。
俺はマグ族の言葉で「ありがとう」と言った。レトは少し面食らったようだ。でもすぐ笑顔を見せた。
「また来てください」
レトはマグ族の言葉で返した。
「え、今、何つったんスか?」
「教えない」
レトは悪戯っぽく笑った。
「何だよ! 俺だけ仲間はずれかよ!」
ナタは不平を言いつつも、笑った。良い、笑顔だった。
俺は一人、車に乗り込んだ。
帰り道、対向車にぶつかってしまった。車は廃車となり、俺は右腕を骨折した。病院へ運ばれる救急車の中で、俺は救急隊員に聞いた。
「俺の肉饅頭は? あったろ? 紙袋に入った」
「いやー……。多分、車の中でぐっちゃぐちゃになってんじゃないですか?」
「取ってきてくれ!」
「無茶言わないでください」
「あの肉饅頭じゃなきゃダメなんだ!」
「また買えばいいじゃないですか」
「あれじゃなきゃ……、ダメなんだ」
「泣かないでくださいよ……。あんた大人でしょ?」
人を食べたことがあるだろうか?
俺はまだない。
了
車に乗り込もうとすると、レトは「あッ!」と言って口に手を当て、
「すみません、ちょっと待っててもらえますか?」
と、一旦家に引っ込んでしまった。俺とナタは取り残された形になった。
なんとなく歳の離れた男二人、若干の気まずい雰囲気も流れたが、俺としては千載一遇だった。実は、どうしても気になっていたことがあった。不躾であることは重々承知で聞いてみた。
「ナタ君さぁ、」
「はい」
「マナの肉を食べる時、君は、そのぉ……、なんというか……、どうだった?」
我ながら質問にもなっていない質問だなぁ、と思う。しかし、彼の答えはあっけらかんとしたものだった。
「いや、そりゃビビりましたよ。だって人ッスよ? 人食べるってどういうことだ?って思いますよね」
「まぁ、ねぇ……」
さすがになんと返事してよいか、困った。言葉が濁ってしまう。
「でも……、食べたんでしょ?」
「もちろん」
即答であった。そのてらいのなさに、またびっくりした。
「やっぱり、そのぉー……、マグ族の思想というか、そういうものが関係したのかな?」
「あー、なんかあるみたいですね。なんか、よくわかんなかったッスけど」
てらいがないにも程がある。
「じゃあ、あんまりそういう、由来とかは、特に関係なかったのかい?」
「ないッスね」
あっけらかんの塊である。
「俺、あんまりそういうのわかんないんスよー。興味がないっていうとアレですけど……」
ナタは、うーん、と少し考え込むように夜空を見上げた。ナタは俺よりも少しだけ背が高い。
「なんというか、俺としては、由来とか、そんなことより、好きな人がやるなら俺もやるっつーか。そこッスね」
「そうかぁ……」
「レトがお母さん食って、俺にも食って欲しいって言われたら、断る理由なんかないッス。なんでレトの民族が親食べるのか、一応理解したつもりではいるんスよ、これでも。でも、今ひとつなんかわかんなくて。そんなことしても、あんま意味ねぇんじゃねーかな、って。でも、そんなのどうでもいいんス。そんなの、多分後からわかると思います。俺は好きな人と同じ生き方がしたいんです」
一旦家に引っ込んだレトが戻って来た。何やら紙袋を下げている。
「今日はありがとうございました。せっかく来ていただいたから、何か渡したくて」
「いやそんな、いいのに……」
紙袋の中には肉饅頭が入っていた。すっかり冷えている。
「母が大好きでいつも食べていたんです。だから、形見ってわけではもちろんないですけど、せっかく来ていただいたんだから、せめて母が好きだったものを受け取って欲しいと思って。よろしければ」
銀色に輝く髪、透き通るような白い肌、雨のようなグレイの瞳。あの頃のマナが目の前にいる。
俺はマグ族の言葉で「ありがとう」と言った。レトは少し面食らったようだ。でもすぐ笑顔を見せた。
「また来てください」
レトはマグ族の言葉で返した。
「え、今、何つったんスか?」
「教えない」
レトは悪戯っぽく笑った。
「何だよ! 俺だけ仲間はずれかよ!」
ナタは不平を言いつつも、笑った。良い、笑顔だった。
俺は一人、車に乗り込んだ。
帰り道、対向車にぶつかってしまった。車は廃車となり、俺は右腕を骨折した。病院へ運ばれる救急車の中で、俺は救急隊員に聞いた。
「俺の肉饅頭は? あったろ? 紙袋に入った」
「いやー……。多分、車の中でぐっちゃぐちゃになってんじゃないですか?」
「取ってきてくれ!」
「無茶言わないでください」
「あの肉饅頭じゃなきゃダメなんだ!」
「また買えばいいじゃないですか」
「あれじゃなきゃ……、ダメなんだ」
「泣かないでくださいよ……。あんた大人でしょ?」
人を食べたことがあるだろうか?
俺はまだない。
了
0
お気に入りに追加
4
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる