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五話…不揃いな羽

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 この混沌とした世界でも特に不可思議な光景が広がっていた。
無数の鳥が飛び交い、鳥がモノを運び、鳥が機織りを扱い、鳥がくちばしで刺繍を行う。
その異常な光景の中心にいるのは、クジャクの羽が豪快に背面に生えた青年とキラキラと瞳を輝かせる少女の姿。
サリエルは、クジャクの羽の青年に向かって声をかける。
「アンドレアルフス、お前も召喚なんかしたんだ?」
「お前は…、そういうお前こそ召喚したのか」
「まあね。七夜、紹介するよ。こいつ悪魔のアンドレアルフス。気に食わないやつは全て鳥に変えてこき使う奴だから気を付けて」
「…今鳥に変化させたいのはサリエルお前だけどな」
「またまた」
二人は笑いあう。
「…アンドレ様、次はどのようにしたら?」
アンドレアルフスの傍らに立つ少女が声をかける。
「あぁ、ここかい? ここは先程のステッチとは色を変えてこうやって…。分かるかい?」
「はい!」
少女、嬉しそうに手元にある刺繍に針を通していく。
「縫物教室?」
七夜、感じたことがそのまま口に出る。
豪奢な服に身を包み貴族感たっぷりな彼が、儚げな少女に刺繍を教えているというのは少し奇妙に感じた。
「七夜、あいつが何の悪魔かわかるかい?」
「刺繍の妖精?」
「遠からずって所かな。あいつ、呪いが得意だし、図形とか空間とか測量の計算が得意で星読みの才能があって弁論術に優れてるって感じのまあ、理系悪魔? なんだけど、あいつルシファーの衣装係なんだよね。ルシファーがフリフリの変なの着てるのあれのせい」
衣装係…。だから鳥たちが機織りしたり布を裁断したりしているのかと納得がいく。
「フリフリなの?」
「そう、フリフリ。大きめのフリルが所かしこについてて、やたら煌びやかで悪趣味」
「そうかな? 似合いそうだけどな」
「えー、興味あるの? フリフリ?」
似合いそうだと思った想像先はルシファーではなく、サリエルに対して。今の目の前の小さな彼女はもちろんの事、一瞬だけ見れた彼女の本来の姿であっても似合いそうだと思う。
フリフリなサリエルを想像していると自身の手に熱が集まり想像が中断される。
見れば、アンドレアルフスと少女に手を握られている。
「少年にもこのフリルの良さが分かるか! 昨今の者、特に男どもはフリルの良さをどんなに語っても分かってもらえず。喜ばしいことだ。なあ、リュカ?」
「アンドレ様、私もそう思います」
キラキラした瞳で二人に見つめられ、自分が興味があるのではなくサリエルに着させて見たいと思っていたとは言えなくなってしまう。
サリエル、二人から七夜を引き離し、
「君はなんでいつも僕以外のにこうも簡単に触れさせるのさ。僕言ったよね? あれは悪魔だって。少しは警戒心を持ちなよ」
「ごめん。サリエルが普通に話しかけてたから大丈夫かなって? それにサリエルが近くにいてくれるし」
「…それ、ずるいよ」
「?」
サリエル、プイっとそっぽを向く。
リュカと呼ばれた少女、ヨーロッパ貴族風のフリフリなシャツを手にし、それを七夜に合わせる。
「…貴方には大きすぎるかしら。でも、黒髪に白い肌。この大きめのフリルが貴方の耽美的な美しさを際立てるよう。アンドレ様、私創作意欲がモリモリ沸いてきました」
「そうかい、それはよかった。…なぁ、サリエル。君に聞くのも癪なんだが少しいいか?」
「…僕にも利点があるのなら」
サリエル、アンドレアルフスの元による。
七夜、リュカの傍に行き。
「君ってお裁縫好きなの?」
「えぇ、だからとても今が幸せなの。アンドレ様を召喚して良かったと思ってる」
彼女の言葉に一瞬?が頭に浮かぶ。
「召喚されたんじゃなくて?」
「私がアンドレ様を召喚したの。病室に縛られていた時、とても暇でね。悪魔図鑑を読みふけってた。そこで、アンドレ様を知って。どうせ命をくれてやるのなら私に理不尽な病を押し付けた神でも死神でもなく自由な悪魔にくれてやるって思って。召喚魔術の書って眉唾だと思っていたけど、試してみて良かった。魂が食われてもあそこに縛られていた時よりも自由だし、なにより好きなことが永遠に出来る。体を自由に動かせる」
「魂を食われる?」
「そうよ、夢物語の小説とかでもあるでしょ? 悪魔と契約した者は魂を食われる。願いの対価に」
「それじゃ、君は」
「そうよ、私はアンドレ様を召喚した時点であちらでは死んでるの。貴方とはそこが違う。貴方は可哀そう。あちらの世界で惨めに生かされ続けているのでしょうから」
「女、可哀そうかどうかはこちらで決める。お前に選択の権利は無い」
サリエル、今までになく恐く、低い声で応える。
サリエルの眼光は一瞥を受けただけでその者を死に至らしめそうな程。
「サリエル、俺は大丈夫だから」
なんだかとても恐ろしくて、サリエルの手を取る。
「…ほら、もう行くよ」
サリエル、七夜の手を握ると歩き出す。
「待て、待て。良い話を聞かせてもらったからな。その礼をやる。リュカ、俺の羽を一枚抜き取ってくれるか?」
リュカ、アンドレアルフスの後ろに回ると、両手で勢いよく根元から一枚引き抜く。
それは、とてつもなく痛そうな音。
「少年、眉間に皺がよっているぞ。案ずるな。直ぐに生える」
アンドレアルフスは、リュカから受け取った羽を七夜に渡す。
「?」
「昨今はここらもあのろくでなしのせいで何が起きるかわかったものじゃないからな。天使の加護の羽とこの俺の呪いの籠った羽。どちらも持っていれば少しはマシだろう」
「ありがとう。アンドレアルフス」
「ノンノン。少年。俺を呼ぶときは親しみを込めてアンドレと。それにフリルを愛する希少種を殺されては悲しいからな。いつかまた会う時には君の服を仕立ててあげよう」
「ありがとう。アンドレ」
「…行くよ」
サリエルに手を引かれて今度こそ歩き出す。
こちらに向かってにこやかに手を振り続けるアンドレと懸命に刺繍を一面の布に施していくリュカを残して。

「ねえ、サリエル。彼女、アンドレを召喚したって言ってた。あれって、本当?」
「…」
「彼女、魂を食われたけど今が幸せだって…」
「魂を悪魔に食われていればこんな所にはいない」
「え?」
「あれこそ僕達天界の者から言わせてみれば真に可哀そうな魂だよ」
「どういう事?」
「あれが言っていた通り人間の世界ではあの女は死んでいる。でも、あれはあの女があのクジャクを召喚したんじゃないよ。あのクジャク、悪魔の中でも頭がきれる。そうそう、ただの女の召喚に応じたりなんてしないし、そもそも悪魔召喚の書物がそう簡単に手に入ると思う? 召喚に見せかけた悪魔の取引きにサインさせられただけ。悪魔との契約は召喚や魂を食われるよりもひどい。普通なら死んでも魂は浄化されて再生の時を待つ。でも、悪魔と契約を交わした魂に救いは無い。魂は腐り続けて再生する事も無いしただただ摩耗されていく。それでも魂が消滅する事は無い。だからって、悪魔になるって訳でも無いからいつまで経っても中途半端者。魂が腐っているから気付く事も無い。永遠に己の愚かさに気付かない」
「でも、彼女今幸せだって」
「今はそうかもね。でもね、七夜。知っておくといいよ。『永遠』ほど死にたくなるものは無い」
「?」
「今は良いかもしれない。自由に動く体。大好きなお裁縫。どんなに大好きなものでもずっとずっと同じ事を休む暇なくやっていればいつの日か嫌気がさすと思わない? そしてそれを悪魔が許すと思う? アンドレアルフスはずっとあの女に縫物をやらせるよ。それが苦痛の顔になればなる程、あの悪魔を楽しませる」
「…」
「まぁ、いいんじゃない? あの女。今が楽しいんでしょ? だったら楽しい今がずーっと続くといいよね。大天使であるこの僕がそれを願ってあげるよ」
そんな事思ってもいないような抑揚のない言葉。
サリエル、急に立ち止まると、懐からラファエル印の小瓶を取り出す。
自分の服の裾を鎌で斬るとその布に小瓶の液体を染み込ませる。
それをおもむろに七夜の鼻と口を隠すようにあてがう。
「自分でそれでそうやって押さえてて」
意味が分からないが頷きサリエルに言われた通りにする。
サリエル、七夜を抱きかかえると小さく唸る。
サリエルの背に左右不揃いで羽が毛羽立ち控えめに言っても綺麗ではない白い羽が生えると、眉間に皺を寄せ大きく唸りながらその羽をはためかせる。
ゆらゆらと揺れながらも徐々に七夜を抱えたまま空に舞い上がる。
「サリエル、大丈夫?」
あまりのサリエルのつらそうな表情に七夜心配して声をかけるが、「集中してるから声かけないで。それよりも変なの吸わないようになるべく息しないで」とか細い声で言われる。
サリエルの悲鳴に近い大きな声と共に大きく羽ばたくと一気にその場を離れるように大きく揺れ動きながら飛んでいく。
七夜、サリエルのつらそうな表情に胸が痛くなる。
ふと、下を見ると大きなドラゴンに乗った悪魔の姿。
悪魔はこちらを見やると七夜に向けて微笑んだ気がした。
あれは何だろうか? と思った矢先、サリエルの羽が一枚、また一枚と舞い散っていく。
「サリエル? 羽が…」と心配気に声をかけた矢先、真っ逆さまに落ちていく。
サリエルの目はとても虚ろで…。それでもサリエルは七夜にケガをさせまいと自身が下になるように体を動かし、七夜が落ちないように強く強く抱きしめた。
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