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Ⅴ話…長兄の怒り
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本日幾度目かの大きな破壊音に書き物の手が止まる。
秘密めいた組織『勇者アカデミー』の脱走者を生きたままに擁護したと、故意にしている同業者から連絡が入り、意気揚々と出向いたアインツが目にしたのは壊れかけのラジオの様に『怖い』『ごめんなさい』を繰り返し喋る壊れた人間だった。
何を話しかけても埒が明かず、『勇者アカデミー』という言葉をこちらから投げかければ、恐怖に慄き、呼吸を忘れて失神する始末。
耐えかねて強力な自白剤を用いて無理矢理話させようとすると、突然白目を剥きそのまま死んでしまった。
手間をかけたわりにあっけなく死んでしまった脱走者にアインツは怒り、屋敷に戻ってきてからも色々なものにあたりちらしている。
あれから一週間も経つというのに屋敷に響く破壊音は一定置きに轟き、レインの心臓が驚きで口から出そうになる。
こういったものにはなかなか慣れない。
ドライによれば、アインツの八つ当たりでアインツ付きのナンバーズ(配下)が何人か不能となってしまったという。
はた迷惑なのは他の兄弟のナンバーズにも八つ当たり不能となり、日頃の業務に支障をきたす程なのだとドライは嘆いていた。
自分のナンバーズに手を出せばツヴァイあたりが反撃に出そうだと思ったが、本当の本当にきれにきれている長兄は誰も止めることが出来ず、『触らぬ神に祟りなし』という事で、アインツの機嫌が直るのをただただ皆待つのだという。
アインツの憤りがどこから出てどうなっているのかレインには分からないが、一週間もこのような状態が続くのは少しおかしいような気がした。
黙々と頼まれた書き物をし終えると、それをアイスに渡そうと自室を出ようと扉を開ける。
すると、視界が真っ赤に染まり耳が張り裂けそうな程の大きな警戒音が耳に鳴り響く。
レインの目の端には見たことも無い形相の鋭い眼光がこちらを睨む視線。
レイン、反射的に慌てて自室に戻り扉を閉める。
視界は正常に戻るが、先程よりも大きな警戒音が鳴り響く。
視界が真っ赤に染まらずに鳴り響く警戒音。
今までにはない自身への警戒の形に戸惑ってしまう。
少しの沈黙の後、ゆっくりと扉が開く。
そこには、先程の視線を飛ばしていた眼光とは打って変わり貼り付けた笑顔が不気味なアインツの姿。
「出会い頭に扉閉めちゃうなんて悲しいじゃないか」
「すみま」
アインツに『しー』と人差し指をあてられて続きの言葉が紡げない。
「思ってもいない事を喋ったら殺しちゃうぞ」
いつもの威厳があるアインツと違いやけにテンションが高いのも気になるが、先程から鳴りやまない警戒音に緊張が走る。
「それは?」
アインツ、レインの手に握られているノートに視線を向ける。
「アイスさんから頼まれた書き物です」
「そう、ちょっと貸してくれる?」
レイン、ノートを手渡す。
アインツ、ペラペラと捲り少し感動したように笑む。
「字、綺麗だね。ノートも綺麗にまとまってるし、ドライやアイスが君を重宝するわけだ」
アインツ、ノートをレインに返す。
「文字の読み書きについてはエリシュさんから」
「うん、知ってる。エリシュから聞いてる。エリシュが褒めていたよ。レインは呑み込みが早いって」
アインツ、レインの頭を撫でる。
「ほんと、君は良い子だよね。フィーアが君を連れてきた時は正直どうしようかと思ったけれど、無能なナンバーズと違って君は働き者だし」
アインツ、フーっとわざとらしくため息を吐くと一度返したノートを手に取り、
「これ、俺の方からアイスかドライ、どっちか先に会った方に渡しとくよ」
「あっ」
「何?」
「いえ、何でもないです」
「安心しな。俺は仲間との約束は守るから。…それと、あと一日くらいはこの部屋でじーっとしててくれる? うっかり殺しちゃうといけないから」
「…分かりました」
「素直な子は好きだよ。大人しくしててくれたら、エリシュあたりにケーキ持ってこさせるからさ。エリシュのケーキ美味しいだろう?」
「はい!」
レイン、あまりにも大きな声で返事をしてしまった事に恥ずかしくなり顔を下に向ける。
アインツ、少し笑って、
「いいんだよ。君はこどもだ。こどもは素直なのが一番。それじゃ、俺との約束しっかり守ってね」
アインツはひらひらと手を振ると部屋を後にする。
アインツの足音が遠くなるのと同じく、耳に響く警戒音も小さくなっていく。
警戒音が消えると、緊張がほぐれてどっと疲れが出てベッドにうつ伏せになる。
死なないように生きていく。
それはこの混沌に覆われた世界ではとてつもなく疲れる。
でも、今日も無事に生き延びられた事に安堵のため息が零れる。
すると、次第に眼が落ち脳が布団をひきだす。
眠りに引っ張られる瞬間、自分の命の砂時計を見た気がした。
その砂時計の砂はとてつもなく少なくなっていた…。
アインツはレインの部屋を出る。
廊下の角を曲がるとそこにいる人影に持っていたノートを押し付けた。
「これ、渡しておいてくれ」
「…」
「…あいつはまだ死なないよ。流石の俺もあれを殺しはしないさ。…安心しろ、俺とお前だけの秘密。家族との秘密はしっかり守るのが俺の信条だ」
「…」
「フィーア、全てを抱え込むな。何の為に兄弟がいるか考えろ」
アインツは、今日何度目かの溜息を吐くと壁に穴をあけた事に怒っているであろうシュトリウムの元に向かう。
別にアインツは先日の事で苛立っているのではない。
いつも何も出来ない自分自身に憤っているのだ。
自分の家族は何が何でも守る。
それがどんなに世界から批判されたとしても。
アインツの目にはいつもの強気の眼差しが戻っていた。
秘密めいた組織『勇者アカデミー』の脱走者を生きたままに擁護したと、故意にしている同業者から連絡が入り、意気揚々と出向いたアインツが目にしたのは壊れかけのラジオの様に『怖い』『ごめんなさい』を繰り返し喋る壊れた人間だった。
何を話しかけても埒が明かず、『勇者アカデミー』という言葉をこちらから投げかければ、恐怖に慄き、呼吸を忘れて失神する始末。
耐えかねて強力な自白剤を用いて無理矢理話させようとすると、突然白目を剥きそのまま死んでしまった。
手間をかけたわりにあっけなく死んでしまった脱走者にアインツは怒り、屋敷に戻ってきてからも色々なものにあたりちらしている。
あれから一週間も経つというのに屋敷に響く破壊音は一定置きに轟き、レインの心臓が驚きで口から出そうになる。
こういったものにはなかなか慣れない。
ドライによれば、アインツの八つ当たりでアインツ付きのナンバーズ(配下)が何人か不能となってしまったという。
はた迷惑なのは他の兄弟のナンバーズにも八つ当たり不能となり、日頃の業務に支障をきたす程なのだとドライは嘆いていた。
自分のナンバーズに手を出せばツヴァイあたりが反撃に出そうだと思ったが、本当の本当にきれにきれている長兄は誰も止めることが出来ず、『触らぬ神に祟りなし』という事で、アインツの機嫌が直るのをただただ皆待つのだという。
アインツの憤りがどこから出てどうなっているのかレインには分からないが、一週間もこのような状態が続くのは少しおかしいような気がした。
黙々と頼まれた書き物をし終えると、それをアイスに渡そうと自室を出ようと扉を開ける。
すると、視界が真っ赤に染まり耳が張り裂けそうな程の大きな警戒音が耳に鳴り響く。
レインの目の端には見たことも無い形相の鋭い眼光がこちらを睨む視線。
レイン、反射的に慌てて自室に戻り扉を閉める。
視界は正常に戻るが、先程よりも大きな警戒音が鳴り響く。
視界が真っ赤に染まらずに鳴り響く警戒音。
今までにはない自身への警戒の形に戸惑ってしまう。
少しの沈黙の後、ゆっくりと扉が開く。
そこには、先程の視線を飛ばしていた眼光とは打って変わり貼り付けた笑顔が不気味なアインツの姿。
「出会い頭に扉閉めちゃうなんて悲しいじゃないか」
「すみま」
アインツに『しー』と人差し指をあてられて続きの言葉が紡げない。
「思ってもいない事を喋ったら殺しちゃうぞ」
いつもの威厳があるアインツと違いやけにテンションが高いのも気になるが、先程から鳴りやまない警戒音に緊張が走る。
「それは?」
アインツ、レインの手に握られているノートに視線を向ける。
「アイスさんから頼まれた書き物です」
「そう、ちょっと貸してくれる?」
レイン、ノートを手渡す。
アインツ、ペラペラと捲り少し感動したように笑む。
「字、綺麗だね。ノートも綺麗にまとまってるし、ドライやアイスが君を重宝するわけだ」
アインツ、ノートをレインに返す。
「文字の読み書きについてはエリシュさんから」
「うん、知ってる。エリシュから聞いてる。エリシュが褒めていたよ。レインは呑み込みが早いって」
アインツ、レインの頭を撫でる。
「ほんと、君は良い子だよね。フィーアが君を連れてきた時は正直どうしようかと思ったけれど、無能なナンバーズと違って君は働き者だし」
アインツ、フーっとわざとらしくため息を吐くと一度返したノートを手に取り、
「これ、俺の方からアイスかドライ、どっちか先に会った方に渡しとくよ」
「あっ」
「何?」
「いえ、何でもないです」
「安心しな。俺は仲間との約束は守るから。…それと、あと一日くらいはこの部屋でじーっとしててくれる? うっかり殺しちゃうといけないから」
「…分かりました」
「素直な子は好きだよ。大人しくしててくれたら、エリシュあたりにケーキ持ってこさせるからさ。エリシュのケーキ美味しいだろう?」
「はい!」
レイン、あまりにも大きな声で返事をしてしまった事に恥ずかしくなり顔を下に向ける。
アインツ、少し笑って、
「いいんだよ。君はこどもだ。こどもは素直なのが一番。それじゃ、俺との約束しっかり守ってね」
アインツはひらひらと手を振ると部屋を後にする。
アインツの足音が遠くなるのと同じく、耳に響く警戒音も小さくなっていく。
警戒音が消えると、緊張がほぐれてどっと疲れが出てベッドにうつ伏せになる。
死なないように生きていく。
それはこの混沌に覆われた世界ではとてつもなく疲れる。
でも、今日も無事に生き延びられた事に安堵のため息が零れる。
すると、次第に眼が落ち脳が布団をひきだす。
眠りに引っ張られる瞬間、自分の命の砂時計を見た気がした。
その砂時計の砂はとてつもなく少なくなっていた…。
アインツはレインの部屋を出る。
廊下の角を曲がるとそこにいる人影に持っていたノートを押し付けた。
「これ、渡しておいてくれ」
「…」
「…あいつはまだ死なないよ。流石の俺もあれを殺しはしないさ。…安心しろ、俺とお前だけの秘密。家族との秘密はしっかり守るのが俺の信条だ」
「…」
「フィーア、全てを抱え込むな。何の為に兄弟がいるか考えろ」
アインツは、今日何度目かの溜息を吐くと壁に穴をあけた事に怒っているであろうシュトリウムの元に向かう。
別にアインツは先日の事で苛立っているのではない。
いつも何も出来ない自分自身に憤っているのだ。
自分の家族は何が何でも守る。
それがどんなに世界から批判されたとしても。
アインツの目にはいつもの強気の眼差しが戻っていた。
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