ナンバーズ

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Ⅳ話…アカデミーの脱走者

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『勇者アカデミー』の生徒が脱走をした。
その知らせを受けてからといもの屋敷の中があわただしくなったようにレインは感じていた。

要はどこかの学生の生徒が学校から逃げ出しただけ。
そのような報告に何故こんなにも慌ただしく動いているのか分からなかった。

フンフに聞いても、
「僕もよくわからないけど、見つけたら殺さずにつれ帰ってこいって、言われたよ。殺さないって難しいんだよね」
という答えだけ。

屋敷が慌ただしくなると、レインに構っている暇が無いと言わんばかりにお手伝いをしなくていいから部屋で大人しくしていろと、この屋敷の最高権力者であるアインツからの指示が出て、レインは暇を持て余していた。

すると、コンコンとノックの音がし、扉の方に振り向けばエリシュが分厚い本と紅茶セットを持って部屋に入ってきた。

エリシュは持っていたものを机に置くと、
「アインツ様の命により少しお話をしにきました。今暇ですよね? なら問題ありません」
と言って、レインを机の前に座らせる。

「アインツ様のお言葉で『無知の知こそ死すべし』というのがあります。これの意味は、『無知である事を知って何故なにゆえ知ろうとしないのか。行動を怠る者は弱者。即ち死』ですので、貴方がアインツ様のナイフに倒れないよう貴方の疑問に応えに来ました」

それは、ありがたいのだがちょいちょい不吉な言葉が挟まっていた気がする。

エリシュは手直の椅子を引き寄せるとレインの隣に座る。

「レインさんは『勇者アカデミー』についてどれだけご存知ですか?」

「この世界の安寧と秩序を守る為の養成所? みたいな。そこに入るのにも相当大変で、そこの学校に入学できても卒業できる人はごくわずか。でも、そこを卒業できればこの世界を導ける、すごく優秀な人材としてどこにいくにも高収入で生活できる感じ」

「まあ、そんな感じです。この地球から一時的とはいえ、悪魔や神などと自身を謳う化け物どもを撤退させた勇者。今となってはその勇者がどのように現れ、どのように戦い、どのように死んだのか昔の事すぎて夢物語ですが、確かに勇者は存在しました。ですので、この世界はまだ死にきっていない。その最初の勇者のような勇者を創り上げることを目的とした機関が『勇者アカデミー』。ですが、その目的の裏にアカデミーに入学した者は徹底的な管理下に置かれ、実習という名目の元どこかの村や町に現れた魔物を倒しに遠征に出かける以外通常時は姿を現さない。そして、アカデミーに入って行く数と出て行く人数の数が合わない。謎に包まれた組織が『勇者アカデミー』なのです」

「…」

「表向きは勇者養成所としての顔を見せていますが、裏の顔としては『神または悪魔に学生を生贄として捧げているのではないか?』これがアインツ様のお考えです」

「なんで、そこで生贄? の話になるんですか?」

「アカデミーの生徒は特殊な術で入学時に顔に術をかけられます。そこには数字が表れるようになっていて…これですね」

エリシュ、本を開く。
そこには一人の男の人の死体が映っていた。
顔のアップには『level 32』と書かれていてその下には何か模様が出ている。

「この写真は死にたてほやほやの方でしたので、この右頬の文字と模様がまだ浮き出ていますね。…違いますよ。わたくし達が殺したんじゃありませんからね。これも頂いた資料ですから」

「…」

聞いてもいないのに行ってくる所が少し怪しい。
エリシュ、わざとらしく咳払いをして続ける。

「次のページに移りますと、この模様と文字が薄れているのが分かりますか? これで死後30分程。その次のページに移りますと死後だいたい60分程。この写真では模様が綺麗に無くなっています」

「…」

「因みにこの死んでいる方。黒魔術師の方だったのですが、模様が消えてからこの方を解剖して見てみると黒魔術師としての素質が消えているのです」

「どういう事ですか?」

「シュトリウムや先日の癒し手の魔女のように魔術を使う者は祖に天使か悪魔と交わった者の末裔か天使か悪魔に直接力を注がれた者でないと魔術を使う事ができません。どちらの場合だったとしても人の身に過ぎた力を持つ者は解剖すると、わたくしたちのような人間とは違う部位が出てくるのです。それが、解剖してみると、わたくしたち人となんら変わらない。この者が魔術を使っていた形跡がどこにもないのです」

「…」

「この者の死因は魔物討伐の失敗。魔物に対して、黒魔術をぶっ放している所を目撃していた者がいましたので、死ぬ寸前まで魔術を使っていた。しかし、この模様が消えてからの解剖では先ほども申しましたが黒魔術の素養がどこにも見当たらない。そして、びっくりなのは、共に戦っていた者と引率していた先生らしき者がこの者を見捨てて帰った事」

「え?」

「この者をアカデミーに照会をかけるとアカデミーで生きている事になっているんですよ。そして、こちらを見て下さい」

エリシュ、ページをパラパラとめくる。

「この者の顔を見て下さい。こちらはアカデミーを卒業して、『魔術ギルド』なるものを作った者です。頬の模様の形が変わっていませんか?」

Level 100 と書かれた数字の下の模様が先ほどよりも複雑化している。

「このような模様に変化した者は例外なくアカデミーの話を嫌い、全くもって話しません。アインツ様曰く、この模様に変わった者はなんらかの誓約をアカデミーから受けており、内情を漏らした者は死ぬのではないかと推測されています。という事は、逆を言いますと?」

「逆?」

「はい。そうでございます。逆です」

エリシュは、ニッコリと微笑んでいる。
しかし、手にはケーキを食べるように用意されたナイフが握られている。
間違えたら死ぬのだろうか?
いや、視界は真っ赤に染まらない。
だとしても、嫌な緊張感が走る。

「…模様が変容する前ならアカデミーの内情を喋ってもらえる」

「そうでございます。勇者アカデミーはこの腐った世界の組織の中でも優位に位置する機関。その仄暗い裏側を知る事ができれば、あいつらの出鼻を挫ける。そうすれば、なんとも笑いが収まらない楽しいことが起こる。そういうわけで、裏側の人間たちはどこもかしこもこの脱走者を探しているのです」

「そんなに大事ならアカデミー側も必死なんじゃ」

「そうでしょうね。生きて連れ帰るというよりは殺して亡き者にしようとするでしょうね」

「なんでころ」

なんで、殺そうとするの?
と聞こうとして、直ぐに口をつぐむ。
『死人に口なし』それは文字通り。
殺してしまえば、ただの人間の死体として処理される。
アカデミーの失態も隠せるし、何よりもれてはいけない内情が漏れるのを防げる。

レイン、俯く。
多分、未来を夢見てアカデミーに入学して、なにか凄い事を知って、抱えきれなくなって逃げ出して、そして殺される。
こんなことが起きていいのだろうか?
やっぱり人間は愚かだ。
結局自分の保身しか考えていないんだ。

エリシュ、フォークでショートケーキのイチゴを刺すと、おもむろにレインの口に無理矢理突っ込む。
レイン、驚き、むせてしまう。

「違いましたか? 元気がない時は甘いものに限ります」

口に突っ込まれたイチゴは甘いというより少し酸っぱかった。

「わたくしの授業で少しは無知を埋められたでしょうか?」

レイン、勢いよく何度も首を縦に振る。

「それはようございました」

エリシュ、微笑み部屋を出ようと扉のノブを掴むが、外側から勢いよく扉が開け放たれる。
シュトリムが入ってくる。

そして、告げられたのはナンバーズと友好のある組織がアカデミーの脱走者を庇護したとの情報だった。
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