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Ⅲ話…手の温もり

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レインは先程から使用人長である執事・シュトリウムから炎系魔法を浴びせられていた。
といっても、とても最弱の魔法から徐々に力を強めていっているようだが、レインには温かみも感じずただ、左手を差し出しているだけの状態…。

シュトリウムは一呼吸置くと、先程までよりも長く呟き始める。
シュトリウムの右手に集まった炎が赤から一転黒く禍々しい色彩になると、レインの視界が真っ赤に染まる。

「ちょ、ちょっと待って下さい」

レインの言葉は聞き入れられず、左手の掌に黒い炎があてがわれる。
それはとても熱く、痛く、人の焦げる匂いとはこういうものかとわが身を持って知る。
直ぐに炎は消される。

「少し焦げ目がつきましたね」

ドライは感慨深気にレインの左手に触れる。
魔法の見た目とは裏腹に掌は赤みを帯び少し膨れただけ。

「ただの炎系魔法ではいくらやってもダメでしたから、炎と闇系魔法の混合魔法にしましたら中級程度で痛みを与えれた。この感じですと、混合魔法であれば、初級程度でもダメージを得ましょう」

「という事は回復魔法と何か他の魔法を組み合わせた混合であればレイン君にも効くんじゃないかな?」

「でしたら、わたしの知り合いに回復魔法と水魔法が得意な者がいます。呼びましょうか?」

「いや、場所だけ教えてくれないかな。レイン君にこの辺りを教えがてらちょっと行ってくるよ」

「わかりました。では、そのように」

シュトリウムは一礼すると、少し開いている扉から出て行く。
フンフがレインを強く抱きしめ、閉じかけていた傷口をあけてしまってからというもの、フンフと出会う前の状態に戻ってしまった。
フンフがこちらを見ているのは分かるのだが、視線が交わるか交わらないか位で姿を消してしまう。
ドライに聞けば、フィーアに怒られ罰を受けたがそれでは喜ぶだけだったからツヴァイによって大分痛めつけられああなってしまったのだという。

レインにとっては、傷口が開いてしまったのはとてつもなく痛く嫌であったがせっかくできた友達と話ができないというのがすこし辛かった。
フンフはレインを『はじめての友達だ』と言った。
それはレインにとっても同じ事。
フンフが『はじめてできた友達』なのだ。
今までは、利用しあい騙しあい生きていかなければならなかった。
心を許せばそれが弱みになる。
そうやって死んでいったものを何度も見てきた。
だからこそ、フンフとの関係が厳密に言って『友達』なのかレインには判断ができなかったが、友達が出来たことがレインには嬉しく思え、そう感じている自分に驚きを感じていた。

「それじゃ、行こうか」

ドライが支度を済ませ、レインに声を掛ける。
レインは慌てて、ドライの後について行った。


フィーアに拾われてからはじめて出る外は自分が知っている外よりも眩しく思えた。
レインの記憶にある外の景色は大半が夜か地下道…、暗闇ばかり。
晴れている外がこんなにも眩しいのかと目を細める。

ドライはレインの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる。
しばらく歩いて行くと、小さな喫茶店・ノワールのテラスに案内される。
ドライは、やってきた店員にコーヒー1つとケーキセットを注文する。
その行動にレインが頭に?を浮かべていると、ドライが微笑む。

「小休憩と案内をかねてね」

ドライは『№』と書かれた大通りに面したお店を指さす。

「あれが、わたし達の表の店の一つ。貿易で得た真っ当な商品を並べているお店だよ。そのはす向かいにある剣のマークがついてる看板のお店。それとその剣のお店の2つ右にある何も看板が出ていないお店。あの2つはよく贔屓にしているお店でね。時々君にもお使いを頼むかもしれないからよく覚えておいて」

店員が注文した商品を運んでくる。
ドライ、自分の分についていたミルクと砂糖も合わせてレインのコーヒーに注ぐ。

「ほら、食べて」

「あの…こんな事聞くの変かもしれないんですけど」

「どうかしたかい?」

「なんで、僕を外に出したり、さっきみたいにお店の場所を教えてくれたりするんですか?」

レインにとって、それが先ほどから沸いた疑問だった。
レインがフィーアに拾われてからというもの、軽い雑務をするのも屋敷の中で、一度も外に出してもらった事は無い。
それは、レインが皆から信用されていないからなのだと思っていた。
それなのに今度は一転、外に出たらお店の場所や取引先の場所まで教わっている。
頭での理解が追い付かない。

「それが変な事かい?」

「…僕が逃げたり、お店の情報を誰かに漏らしたりとか考えないんですか?」

「本当に変な質問だね。それをしようとする者はそうやって質問しないし、逃げたら殺せばいいだけ。お店の情報だって敵が本気で調べようとすればこれ位直ぐに漏れてしまう。そもそも君は逃げないでしょう? 逃げたとしてもどこに行くの? 
これからレイン君の傷を治しにいくんだから、動けるようになったら屋敷の外にも出て働いてもらおうと思う。だからこれはその為の布石。用事は一度に済ませるだけ済ませた方が効率がいいからね」

「…」

「多分君は優しくされる事、信頼される事に慣れていないんでしょう。少しでもそういった感情を向けられると戸惑ってしまう。何でも疑うのは良い事。ゼロとして働くのであればその感情が必要になる。でも、わたしも君の事を気に入っているんです。だから、わたしはゼロでは無く、君にはわたしの目の届く所でわたし達を手伝ってもらいたい。でだから、今感じている感情に少しずつでいい、慣れていって。
…ほら、コーヒーが冷めてしまいます。ミルクも砂糖も2倍入れましたから苦くは無いはず」

ドライに促されてコーヒーを一口飲む。
とてつもなく甘いそれはレインの心に沁みた。


ケーキを食べ終えると、喫茶店を後にする。
表通りから裏路地に入る。

「どうして、隠者はこういう細い道の先を好むのでしょうか?」

ドライはレインを気にかけながら先に進んでいく。

「ここですね」

扉の前に置かれた木箱の山を豪快に左側へ投げ捨てると、扉を開きレインを中に入れる。
扉の先は地下に続く階段が続いているのだが明かりがなく、おそるおそる階段を確かめながら降りる。

ドライがレインを優しく抱き上げると、真っ暗闇の中スタスタと階段を下りていく。
レインが驚いていると、「夜目がきくんですよ」とドライが応える。

「そういえば、レイン君は知っていますか? 魔法を使う者はその者の祖に神か悪魔と交わったか、力を与えられた経緯があるとか」

「それじゃあ、シュトリウムさんも?」

「ええ、彼の祖先が『モレク』という悪魔から力を授かったのだとか。ですから彼は闇魔法や攻撃魔法である炎系の魔法が得意なんです。これから会う隠者はシュトリウムと昔殺しあった事がある程仲が良い相手なのだとか」

『殺しあう程仲が良い』というワードに疑問を感じる。

「シュトリウムが紹介する隠者、彼女は彼女自身が堕天使から力を注がれたとの事です。そのせいで、姿かたちが少し変容しているのだとか。ですので、あまり彼女を見て、驚いた顔をしないように気を付けて下さいね」

「…はい」

ドライが立ち止まると、レインを床に降ろす。
ドライ、目の前の扉を開けると、物がごった返した部屋の中心にケープを身にまとった女性がこちらを見ていた。

女性は一見すると自分たちと変わらないように見える。
しかし、彼女が立ち上がりドライとレインを部屋の中に招き入れる際、ケープが外れてそれは姿を現した。
女性の背中から2本の腕が余分に生えているのだ。

「これは、これは」

ドライは興味深気に彼女を見つめるが、彼女は気にする様子は無い。

「わたしは、癒し手の魔女とか隠者とか呼ばれている者。君も好きに呼ぶといい」

隠者は、レインの前に歩み寄ると、しゃがみレインの上着の裾をめくる。
綺麗に巻かれた包帯からは血が滲み出ている。
服用している痛み止めのお陰で痛みは和らいでいるが、再び傷口が開いてからというもの、治りが悪くなっている。

背中から生えている腕で、水盆を探り、取り出すと隠者はそれに呪文を唱えていく。
水盆にうっすらと水が張られる。
すると、隠者はレインの左手を掴むと水盆の水に入れる。

水の中に掌が入ると、隠者は先程とは違う呪文を呟く。
水の中に光が溢れ、その光が次第に左手の掌に集約される。

光が収まり水から左手を出すと、今朝方の魔法のケガが綺麗に治っている。

隠者はレインの上着を捲し上げると、それをドライに持たせる。
捲し上げられた洋服の布のせいで、何がどうなっているかレインには見えない。
頭上からは感嘆の息が漏れる、その音だけが聞こえる。

傷口に手があてがわれたのが分かる。
視界が見えないだけで、感触がいつもより敏感になる。

少しの間の後、冷たい感触と不思議な感覚が腹部に集まる。
なんだか、くすぐったいような、言い表せない不思議な感覚。

「はい」

隠者の声がかかると、服が下ろされる。
恐る恐る、服の裾をめくってみると、傷口がどこにあったのか分からないくらい綺麗な肌がそこにあった。
驚き過ぎて言葉が出ない。

「それにしても単一魔法は全く効かないのに融合魔法だけ効くっていうのはじめて聞いた。奇特な体質ね」

「ありがとうございます」

レインは深々と頭を下げる。

「シュトから貰えるものは貰うから君は気にしないで。それにわたしとしては面白い子が見られて満足だし。…終わったんだからさっさと帰ってよね」

隠者は何故か照れたような素振りを見せ、元居た場所に戻る。
ドライはレインを来た時と同じように抱きかかえると、一礼してその場を後にする。


隠者の店を出て、裏路地を歩いていく、ドライは面白いものが見れたと終始ご機嫌である。

もうすぐで、裏路地を抜けるという時に、ドライが歩く方向を変える。
路地の横道をグイグイと進んでいく。
屋敷に帰らないのかと不思議に思っていると、ドライが袋小路で足を止める。

「レイン君、少しそこの隅でしゃがんで動かないでいてくれるかな?」

ドライがレインを庇う様に一歩前に出る。
すると、体躯の良い男二人が現れる。
その男の内一人は見覚えのある顔であった。
ついこの間までいた武器商人の手下。

見覚えのある男はレインとドライを見比べる。

「こいつらで間違いねえ。そこの男がお父貴を殺したんだ」

フィーアとドライを勘違いしているのが分かる。

「ちが…」

違うと叫ぼうとするが、ドライが不敵に笑んだのを見て、言葉が詰まる。

「見られてたんですね。珍しく詰めが甘い」

「ほざけ」

見覚えのある男は手にした拳銃をドライに向けて打ち込む。
しかし、ドライはそれらを交わすと一瞬で距離を詰め、男の拳銃を蹴り飛ばす。
たじろんだ男に代わりもう一人の男が刃物を取り出すと、それをドライに向けて振り下ろす。
それも華麗にかわすと男が隠し持っていたナイフを抜き取りすれ違いざまに男の首筋にあてる。
勢いよく引かれたナイフにより男は倒れ、血の海に沈む。

「レイン君、見てました? いくら対格差があっても相手をよく見て、考え行動する事です。頭に血が上っている相手程御しやすい」

見覚えのある男は形勢不利になると唇を噛みしめ走り出す。

ドライ、レインを立たせると、ズボンについた砂を掃ってあげる。

「ありがとうございます」

「いえ、いいんですよ。久しぶりにいい運動になりましたし、まだわたしも動けるなっていう再確認ができたので」

ドライは微笑む。
レイン、男が逃げ出した方向に視線を向ける。

「気になりますか? 大丈夫ですよ。君のご主人様が片づけてくれていますから」

「えっ?」

慌てて男が去った方に駆け出す。
そこは静寂そのもので、ほんの少しの血の跡以外何も残っていない。

ドライ、後ろからやってきて、
「兄弟皆、フィーアみたく後処理もしっかりとしてくれれば何をしても文句は言わないんですけどね」

ドライの声に振り返り見れば、先程の袋小路に倒れていた男の姿が消えている。
ドライを見れば、ニッコリと微笑んでいる。

「さあ、帰りましょう。明日からは今まで以上に働いてもらいますからね」
差し出された手を取る。

同じ顔、同じ表情でも差し出された手の温かみはあの時と違っていた。
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