ナンバーズ

小桃

文字の大きさ
上 下
3 / 7

Ⅱ話…五人目

しおりを挟む
『レイン』
と名付けられてから一月ほどが経った。

ベッドから起き上がると視線を感じ、扉に視線を送ると閉められていたはずの扉が少し開いている。
これももう何度目だろうか?

扉を開け、廊下を伺い見ても誰もいない。

最初はフィーアさんが様子を見に来てくれているのかとも思った。
しかし、名前を貰ったあの日から彼とは会っていないし、彼の視線とは違うような気がした。

車輪の音が聞こえ、振り向けばアイスさんがこちらに向かってきていた。

「どうされました? 何かありました?」

「いえ、なんでもないと思います」

「要領を得ない答えです。…お腹の傷も大分癒えたと思いますので今日から事務仕事を手伝って頂けたらと」

「分かりました。僕にできる事であれば」

「では、こちらに」

レインはしっかりと扉を閉めると、アイスについて行く。



連れてこられたのは屋敷の一室であった。
どこか他の場所に連れていかれるのかと思っていたが、見当が外れた。

「そこの椅子を持って、わたしの横に来て頂けますか」

「はい」

急いで、手近の椅子を手に取り横に立つ。

「座って」

言葉に従い座る。
アイスは、いくつかのノートや資料を取り出す。

「それにしても、あなたに回復魔法が効かないのには驚きました」

「…僕もです」

傷を早く治療しようとアインツが回復魔法を使える呪術師を呼び集め、治癒効果の高い回復魔法をかけてもらった。
しかし、一向に傷口が治らずお腹に開いた穴は風通しがよいままだった。
呪術師の魔力が尽きるまで回復魔法をかけられたが、傷口は一ミリも閉じず、偽の呪術師だったのではないかと激昂したアインツが呪術師を手にかけようとした時、抵抗した呪術師の一人が放った雷魔法をアインツを庇ったレインをすり抜け隣にいたドライに魔法がかかったのだ。
その事がきっかけで、レインに魔法が効かない事が分かった。
そのせいで、お腹が落ち着くまでに大分時間がかかってしまった。

「それにしてもあの時のドライの表情と言ったら」

アイスはおかしそうに笑う。

「ドライさん、僕のせいでとばっちりに」

「避けない方が悪いんですもの。あれくらい平気よ」

「でも、僕のせいで呪術師の皆さんが殺されなくて良かったです」

「本当にそう思う? 少なくとも一人はわたし達のリーダーを殺そうとしたのよ。とばっちりで三男坊は雷の魔法を受けた。生きているはずがないじゃない。全員」

「えっ?」

「ここは、そういう所よ。アインツさんを筆頭にその五兄弟が取り仕切る闇組織。表向きは『ナンバーズ』っていう貿易商をやっているけど、その実闇取引や奴隷商などで生計を立ててる。次男坊と四男坊、それに五男坊は暗殺専門ね。三人ともそっちの方が好きだし。まともなのはドライくらいね」

「ちょっと、待って下さい」

「?」

先程から出てくる『五人兄弟』というワードに戸惑う。

「アインツさん達って五人兄弟なんですか?」

「あー、そっか。フンフにはまだ会ってなかったわね。フィーアの下にあと一人いるのよ」

「…」

「わたしは情報精査専門のドライの片腕ですから。あなたがいつ誰と出会って何をしているのかも耳に入っているのよ」

アイスは不敵に笑む。
アイス、急に立ち上がると本棚の上の方から何かを取ろうとする。
レイン、慌てて立ち上がり代わりに取ろうとするが、背伸びをしても手が届かない。
アイス、笑い出す。

「気持ちは嬉しいけど、あなたの背じゃ届かないわよ。足の腱が切られているから歩けないけれど、慣れちゃえばこれ位は自分で出来るから。でも、ありがとうね」

アイスに優しく微笑まれ照れてしまう。

「ここに記入例を書いておいたからこの通りにこれをこっちに書き換えておいてもらえるかしら。終わったら自室に戻っていいから。よろしくね」

アイスはそのまま車いすで出て行ってしまう。
一人になったのが少し寂しい気もしたが、今自分にできる事をと思い言われた作業をこなしていく。

三時間程経っただろうか、言われた作業を一通りこなし終える。
ふっとノートから視線をあげると、机に肘をついてレインをガン見しているメイドと目が合った。

「!」

あまりにもびっくりして、椅子から立ち上がり、後退りする。
すると、ひっくり返った椅子に足が取られ後ろにひっくり返りそうになる。

慌てて目を瞑ると、優しく後ろから抱き留めれた感触に戸惑いつつ目を開ける。
すると、先程のメイドがいつの間にか後ろでレインを支えていた。

「す、すみません。ありがとうございます」

「いえ、わたくしも軽率でした。しかし、すさまじい集中力をお持ちなのですね。仕事を始めてからはほっぺたを突っついても無反応でした」

「えっ?」

慌てて自分の頬を触る。

「冗談です」

目の前の無表情のメイドは悪びれもなくこたえる。

「申し遅れました。わたくし、アインツ様付きメイドのエリシュと申します。先日はアインツ様を助けて頂きありがとうございました」

エリシュは深々とお辞儀をする。
レイン慌てて首を振る。

「僕は、別に。それに助けようとして逆にドライさんに被害が…」

「聞いております。とても滑稽だったと。その場にいなかった事が悔やまれます」

エリシュは、レインが広げていたノートや資料を綺麗に整えていく。

「わたくしのご主人様を助けようとして頂いた事への感謝の念を込めたクッキーをお部屋に置いておきましたので召し上がって下さい。こちらは、わたくしが責任を持ちましてアイスさんに渡して置きますので。さあ、さあ」

エリシュは廊下に向けて、レインを押し出す。

「ちょ、エリシュさん」

レインが振り返ると、そこにエリシュの姿も先程まで勤しんでいた書き物も姿を消していた。


仕方がないので自室に戻ると、しっかりと閉めておいたはずの扉が少し開いていた。

扉を開けると何かの影がベッドの下に潜り込むのが見えた。
ゆっくりと部屋に入る。
ベッドの下を覗こうと一歩前に進む。
視界が真っ赤に染まらない。
という事は、大丈夫なはず。
意を決して、ベッドの下を覗くとにんまりと笑った顔と目があった。
その者の左頬にはⅤの刺青。
そして、フィーアと似ている顔。

「フンフさん?」

「よくわかったね」

フンフは楽しそうにケラケラ笑いながらベッドから出てくる。
しかし、フンフの服を見て絶句してしまう。
服には誰かの血がびっしり染み込んでいる。

「君って、目が早いよね。僕が覗いてるとだいたい気が付いてこっち見てたもんね。…? ん? あー、これ? ごめんね、汚いよね。僕ってどうやってもフィーア兄さんみたいに綺麗にできなくて。見苦しくてごめんよー」

フンフは人懐っこい笑顔で笑って見せる。

「僕ね、フィーア兄さんが兄さんの中で一番大好きなんだ。普段はあんまりかまってもらえないけど。…フィーア兄さんが君を匿ったって聞いたから。だからね、君とお友達になりたくて。ダメかな?」

「いえ、ダメじゃないです」

フンフ、レインに抱きつく。

「よかった。ありがとう! ねぇ、エリシュ、僕にはじめて友達ができたよ」

「それは、ようございました。ですが、仕事後すぐのあなたが抱きしめるのはやめた方がよろしいかと」

「なんで?」

フンフ、レインから離れる。
フンフの洋服に出来ていた染みがレインの洋服に移っている。

その事は抱きつかれた瞬間に想像が出来た。
しかし、いつこのメイドは入ってきたのだろうか?

視線を向けると、エリシュは手に持っていた紅茶セットを机に置く。

「ノックはしましたよ」

全く気が付かなかった。

「それにしても、目の前の事に集中しすぎると他が疎かになるのはいけませんね」

エリシュ、レインの後ろに立つと見覚えのあるナイフを首元にあてがわれる。
一瞬空気が凍ったように感じる。

「冗談です」

エリシュ、直ぐにナイフをレインのポケットに戻す。
冗談なのは分かっていた。
なぜなら、視界が真っ赤に染まらなかったから。
それでも、一瞬の出来事とはいえ、迫力があり冷や汗が出てしまう。

死なないと分かっていても実際に起こる怖い出来事は怖い。慣れはしない。

「大丈夫? エリシュ、僕の友達をいじめないでよ」

「いじめてはおりません。これはちょっとした警告です。この屋敷は外と変わらず危険にあふれてますので、少しでも長く生きて頂く為には心得ておいていただかなくては。それよりも、先程のわたくしの注意覚えていないのですか?」

フンフ、レインを強く抱きしめている。
強く抱きしめられ、塞がってきている傷口が痛み、顔の血の気が引けてくる。

エリシュがフンフを諫めようとした時には、傷口が再び開くような痛みで意識が宙を飛んだ。

死ぬような出来事ではないと自覚していても痛いものはものすごく痛いのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...