6 / 7
(3)
しおりを挟む
「ハエちゃん、今日来るでしょ?」
五月になった。ここ最近で変わったのはハエちゃんがうちに来る回数が増えたこと、そして、毎日一緒に帰るようになったことくらい。ハエちゃんの態度も変わらなければ、俺も大して変わらない。友達の延長線上をなぞっただけの恋人、といったところだろうか。なんかちょっとうまいこと言ったな、俺。
ちんたらと荷物をカバンに詰めながらハエちゃんが「うん。」とうなずいた。俺は自分の机の中に忘れ物がないかだけ確認をする。
「ねえフータ。」
「ん?」
「今日の小テスト、数学の。」
「あー、うん。俺九点だった。ハエちゃんは?」
今日の小テスト。五時間目の数学の時間に行われた、十点満点の小さなテストだ。高校内容での初のテストということもあり、追試なし、対象範囲のワークの問題をある程度解けるようにしとけば八割は固いテストだ。
「八点……ってそうじゃなくて。」
「え、あ、うん。」
「⑶番できた?」
「⑶? あ、それ俺ちょうど間違ったとこだ。」
「そう、じゃあちょっと職員室に聞きに行ってくる。」
それだけ言ってハエちゃんはリュックをその場においてテスト用紙をつかんで職員室へと走っていった。ハエちゃんってなんか真面目だよなあ、なんて思いながら、ハエちゃんが放り出していったリュックを丁寧にひろい、職員室前に向かった。
五月、ハエちゃんの月だ。俺は教室を一度出たところで立ち止まり、窓の外を眺めた。晴天の空の下、緑の木々がそよ風に揺られて。家の近くの小学校にはこいのぼりが掲げられている。五月に生まれたから皐月だなんて安直だよね、と笑うハエちゃんの顔が思い浮かんだ。確かにプライバシーさらしながら生きてるみたいなもんだしね。そう考えたら俺ってハエちゃんのこと名前で呼んだことなくないか? いつもハエちゃんハエちゃんばっかりで。仮にも彼女のことをハエ呼ばわりするのは、でも、うーん。
少し考え込んでみたけれど、結論そんなことを気にしてたらハエちゃんとすれ違ってしまうことに気が付いた。早歩きで廊下を進み、突き当たったところの階段を降りようとした時。ふっと十五段下りた先の踊り場に、ハエちゃんが現れる。
「ハエちゃん。」
思わず俺は声を掛けた。ハエちゃんがこっちを仰ぎ見て、ボケッとしてた顔が我に返った顔になった。
「先生ね、いなか……きゃっ。」
ほんの一瞬の出来事だった。この世界のすべての物がほんの少しだけいつもより遅く動いているように見えて。踏み出したはずのハエちゃんの右足は階段の一段目をとらえられずに滑り落ち、それでバランスを崩した彼女の体がゆっくりと後ろに傾いていって。
「皐月!」
叫んで手を伸ばしても無駄だ。届くはずがない。どすん、と鈍い音をたてて彼女の体が冷たい床にたたきつけられる。あわてて階段を下りた。「大丈夫?」と聞く声が大きくなった。俺はこんなにあせっているのに彼女はへらっと笑って、「何そんなに焦ってるの?」と言って立ち上がって見せる。何もなかったかのように、スカートの埃をほろう仕草をする彼女をこの目に映した時、やっと気が付いた。俺は彼女を失ってしまうのがすごく怖いんだ。春だけじゃない。恋愛とか生とか死とか、そういう物に彼女との関係を理不尽に壊されてしまうのが。だったら、春を嫌えばいいのだろうか。恋愛なんかしなきゃいいのだろうか。生とか死とかをひどく恨めばいいのだろうか。いや違うだろう。そんなことしたところでこの不安は消えない。ずっとまとわりついて離してくれることはない。だったら俺は、どうすればいいのだろうか。
五月になった。ここ最近で変わったのはハエちゃんがうちに来る回数が増えたこと、そして、毎日一緒に帰るようになったことくらい。ハエちゃんの態度も変わらなければ、俺も大して変わらない。友達の延長線上をなぞっただけの恋人、といったところだろうか。なんかちょっとうまいこと言ったな、俺。
ちんたらと荷物をカバンに詰めながらハエちゃんが「うん。」とうなずいた。俺は自分の机の中に忘れ物がないかだけ確認をする。
「ねえフータ。」
「ん?」
「今日の小テスト、数学の。」
「あー、うん。俺九点だった。ハエちゃんは?」
今日の小テスト。五時間目の数学の時間に行われた、十点満点の小さなテストだ。高校内容での初のテストということもあり、追試なし、対象範囲のワークの問題をある程度解けるようにしとけば八割は固いテストだ。
「八点……ってそうじゃなくて。」
「え、あ、うん。」
「⑶番できた?」
「⑶? あ、それ俺ちょうど間違ったとこだ。」
「そう、じゃあちょっと職員室に聞きに行ってくる。」
それだけ言ってハエちゃんはリュックをその場においてテスト用紙をつかんで職員室へと走っていった。ハエちゃんってなんか真面目だよなあ、なんて思いながら、ハエちゃんが放り出していったリュックを丁寧にひろい、職員室前に向かった。
五月、ハエちゃんの月だ。俺は教室を一度出たところで立ち止まり、窓の外を眺めた。晴天の空の下、緑の木々がそよ風に揺られて。家の近くの小学校にはこいのぼりが掲げられている。五月に生まれたから皐月だなんて安直だよね、と笑うハエちゃんの顔が思い浮かんだ。確かにプライバシーさらしながら生きてるみたいなもんだしね。そう考えたら俺ってハエちゃんのこと名前で呼んだことなくないか? いつもハエちゃんハエちゃんばっかりで。仮にも彼女のことをハエ呼ばわりするのは、でも、うーん。
少し考え込んでみたけれど、結論そんなことを気にしてたらハエちゃんとすれ違ってしまうことに気が付いた。早歩きで廊下を進み、突き当たったところの階段を降りようとした時。ふっと十五段下りた先の踊り場に、ハエちゃんが現れる。
「ハエちゃん。」
思わず俺は声を掛けた。ハエちゃんがこっちを仰ぎ見て、ボケッとしてた顔が我に返った顔になった。
「先生ね、いなか……きゃっ。」
ほんの一瞬の出来事だった。この世界のすべての物がほんの少しだけいつもより遅く動いているように見えて。踏み出したはずのハエちゃんの右足は階段の一段目をとらえられずに滑り落ち、それでバランスを崩した彼女の体がゆっくりと後ろに傾いていって。
「皐月!」
叫んで手を伸ばしても無駄だ。届くはずがない。どすん、と鈍い音をたてて彼女の体が冷たい床にたたきつけられる。あわてて階段を下りた。「大丈夫?」と聞く声が大きくなった。俺はこんなにあせっているのに彼女はへらっと笑って、「何そんなに焦ってるの?」と言って立ち上がって見せる。何もなかったかのように、スカートの埃をほろう仕草をする彼女をこの目に映した時、やっと気が付いた。俺は彼女を失ってしまうのがすごく怖いんだ。春だけじゃない。恋愛とか生とか死とか、そういう物に彼女との関係を理不尽に壊されてしまうのが。だったら、春を嫌えばいいのだろうか。恋愛なんかしなきゃいいのだろうか。生とか死とかをひどく恨めばいいのだろうか。いや違うだろう。そんなことしたところでこの不安は消えない。ずっとまとわりついて離してくれることはない。だったら俺は、どうすればいいのだろうか。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
一目ぼれした小3美少女が、ゲテモノ好き変態思考者だと、僕はまだ知らない
草笛あたる(乱暴)
恋愛
《視点・山柿》
大学入試を目前にしていた山柿が、一目惚れしたのは黒髪ロングの美少女、岩田愛里。
その子はよりにもよって親友岩田の妹で、しかも小学3年生!!
《視点・愛里》
兄さんの親友だと思っていた人は、恐ろしい顔をしていた。
だけどその怖顔が、なんだろう素敵! そして偶然が重なってしまい禁断の合体!
あーれーっ、それだめ、いやいや、でもくせになりそうっ!
身体が恋したってことなのかしら……っ?
男女双方の視点から読むラブコメ。
タイトル変更しました!!
前タイトル《 恐怖顔男が惚れたのは、変態思考美少女でした 》
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃった件
楠富 つかさ
恋愛
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃうし、なんなら恋人にもなるし、果てには彼女のために職場まで変える。まぁ、愛の力って偉大だよね。
※この物語はフィクションであり実在の地名は登場しますが、人物・団体とは関係ありません。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる