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王太子は戦乙女とともに謎へ挑む02
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テルシャンは王都から遠く離れた小さな領地の街であった。
とはいえこの地方は裕福で田舎と呼ぶには発展しており、街の中心部には大きな建物が建ち並んでいる。
だから夜は、街灯の光すら届かないその影に身を隠して移動するのがちょうどいい。
己以外に人の気配が無いことを確認しつつ息をひそめて、ひっそりと暗がりを駆け抜ける。
「いたか?」「こっちには来ていないぞ」と、己を探す声が近くから響いてくる。
奴らは先ほどからこのあたりをうろうろとしているようだ。自分が付近に隠れていることは感づいているのだろう。
……はやく諦めてくれよ。と、頭の中で悪態をついた。
やがて聞こえてくる声にどんどん殺気が混じってきて、恐ろしく、心細くなってくる。何の足しにもならないだろうが、頭からかぶっていたフード付きのマントでさらに顔を隠した。
しばらくそのまま縮こまっていると、やがて話し声は足音とともに闇の中へと遠ざかって行く。
完全に気配が消えたあと、もう少しだけ身を潜め、足音を立てずに再び移動し始めた。
「見つけたぞ!」
「……っ!」
遠くから張り裂けんばかりの声がして思わず振り返ると、曲がり角から顔を出した男が己に向かって駆け出す様子が見えた。
慌てて逃げ出すも足の速さの差は明白で、あっという間に追いつかれてしまう。
男の手が乱暴に己のマントを掴み、地面に引きずり倒す。どさりという音とともに地面に体を強か打ち付け、痛みに反応が遅れた。
「手間を駆けさせやがって!」
「……ひいっ!」
動くことも出来ないまま背後から首筋にナイフをあてられ、ついに口から悲鳴がもれる。
この刃が皮膚にめり込めば、一気に血が噴き出して死んでしまう。動くことも出来ずに喉を反り上げ、ぼろぼろと涙を流した。
何故こんなことになったのだろう。今までのことがぐるぐると高速で頭の中を回っている。
ちょっと賭け事に負けて借金をしたのがいけなかったのか。そこでローランズ男爵に会ったことか。彼に借金を肩代わりしてやる代わりに、言うことを聞けという話に頷いたのがいけなかったのか。
ただ男爵の娘のふりをして、王太子にコナをかけただけではないか。自分は何も悪いことはしていない。
何に恨みをぶつければいいのかと考えたと同時、「死ね」と言う声が耳元で聞こえた。
瞬間、ひゅっと風を切る音が通り過ぎる。
「ぐうっ……」
「……っ」
半瞬後、背後で上がったのは短い叫び声。
男のナイフは己の喉を切り裂くことは無かった。
何が起こったのかわからないまま身を固くしていると、背後の男は呻きながら地面に倒れていく。
ぎょっとして肩越しに振り返ると、ナイフを持った腕からだらりと血を流して地に伏せる男の姿があった。
「やはり、ここにいたか。アマンダ・ローランズ男爵令嬢」
すぐ近くから聞き覚えのある声が厳しく己の名を呼び、はっと顔を上げる。
座り込む己の前で剣を握り立っていたのは、銀髪の美青年と明るい橙色の髪の女性だった。
◆
剣を鞘に収め、カイルは改めて地面に腰掛けたまま己を見上げる女性を観察した。
「久しぶりだな、アマンダ嬢。男爵から縁を切られ、テルシャンへ連れていかれたという噂は本当だったのだな」
「あ、あ、なんで、アンタが……」
ぱくぱくと口を開閉させる彼女、ローランズ男爵令嬢と名乗っていた娘は己が誰か気が付いたようだ。
目を細めたカイルは「思い出したか」と言って片膝をつき、彼女と目線を合わせる。
「この男たちは男爵の手の物か?君も彼らの甘言に乗せられてしまったんだろう」
「あ、ああ。うん。多分。こいつら、しつこく私を殺そうと……!」
「なるほど」
先ほど己が腕を切り倒れた男にシャノンが近寄り、その顔を確認する。
あまり質の良くない服を着こんだ、人相の悪い男だ。恐らく町のごろつきを男爵が雇ったのだろう。
彼らから男爵とその後ろにいるだろう人物に繋がる証拠は出てこないことを確信し、シャノンは肩を竦めて振り返る。
「どうして男爵に命を狙われているのか、貴女は理由がわかっているのね?」
「う……」
「全部話してくれないかしら?力になれると思うわ」
優しく告げたがしかし、アマンダはうつむきもごもごと口を動かすのみ。
カイルが王都にいられなくなった原因が自分にあることは自覚しているらしく、流石にやましさを感じているのだろう。
ちらりちらりと視線がこちらに向いていることに気が付き、ふう、と吐息をもらして彼女に言った。
「正直に話してくれれば、罪に問うことはしないと約束しよう。君の話が今の俺たちには必要なのだ」
「え……?」
「話してくれればモリスで貴女の身柄を保護するわ。私はモリス辺境伯の娘よ。男爵には絶対に手は出させない」
シャノンの援護で、ついにぱっとアマンダの顔が上に持ち上がる。
その目には希望の光が宿っており、彼女がよほど恐ろしい目にあっていたことが理解できた。
「ほ、ほんとに、私を助けてくれるのかい?」
「モリスの民に二言は無いわ」
「は、話す!話すよ!何でも話す!だから私を助けて!」
必死な様子でアマンダはこちらにすがりつく。
カイルはシャノンと顔を見合わせて苦笑し合い、アマンダの手を取ろうとして───……ふとこちらに近づいてくる気配に気が付いた。
「あそこだ!」
「いたぞ!!」
路地の奥からガラの悪そうな一団が、座り込むアマンダを睨みつけて駆け寄ってくる。
恐らく己が倒した男の仲間だろう。騒いだ割には遅いご到着だった。
「ひっ!」と短い悲鳴を上げるアマンダを背後にかばい、カイルとシャノンは剣を抜く。
「どうするつもり?」
「取り合えず全員ぶちのめして連れて行こう。一人でも逃したら男爵にどう報告されるかわからないからな」
「ふふ、いいわね」
隣にいるシャノンがにやりと笑った気配がした。
とはいえこの地方は裕福で田舎と呼ぶには発展しており、街の中心部には大きな建物が建ち並んでいる。
だから夜は、街灯の光すら届かないその影に身を隠して移動するのがちょうどいい。
己以外に人の気配が無いことを確認しつつ息をひそめて、ひっそりと暗がりを駆け抜ける。
「いたか?」「こっちには来ていないぞ」と、己を探す声が近くから響いてくる。
奴らは先ほどからこのあたりをうろうろとしているようだ。自分が付近に隠れていることは感づいているのだろう。
……はやく諦めてくれよ。と、頭の中で悪態をついた。
やがて聞こえてくる声にどんどん殺気が混じってきて、恐ろしく、心細くなってくる。何の足しにもならないだろうが、頭からかぶっていたフード付きのマントでさらに顔を隠した。
しばらくそのまま縮こまっていると、やがて話し声は足音とともに闇の中へと遠ざかって行く。
完全に気配が消えたあと、もう少しだけ身を潜め、足音を立てずに再び移動し始めた。
「見つけたぞ!」
「……っ!」
遠くから張り裂けんばかりの声がして思わず振り返ると、曲がり角から顔を出した男が己に向かって駆け出す様子が見えた。
慌てて逃げ出すも足の速さの差は明白で、あっという間に追いつかれてしまう。
男の手が乱暴に己のマントを掴み、地面に引きずり倒す。どさりという音とともに地面に体を強か打ち付け、痛みに反応が遅れた。
「手間を駆けさせやがって!」
「……ひいっ!」
動くことも出来ないまま背後から首筋にナイフをあてられ、ついに口から悲鳴がもれる。
この刃が皮膚にめり込めば、一気に血が噴き出して死んでしまう。動くことも出来ずに喉を反り上げ、ぼろぼろと涙を流した。
何故こんなことになったのだろう。今までのことがぐるぐると高速で頭の中を回っている。
ちょっと賭け事に負けて借金をしたのがいけなかったのか。そこでローランズ男爵に会ったことか。彼に借金を肩代わりしてやる代わりに、言うことを聞けという話に頷いたのがいけなかったのか。
ただ男爵の娘のふりをして、王太子にコナをかけただけではないか。自分は何も悪いことはしていない。
何に恨みをぶつければいいのかと考えたと同時、「死ね」と言う声が耳元で聞こえた。
瞬間、ひゅっと風を切る音が通り過ぎる。
「ぐうっ……」
「……っ」
半瞬後、背後で上がったのは短い叫び声。
男のナイフは己の喉を切り裂くことは無かった。
何が起こったのかわからないまま身を固くしていると、背後の男は呻きながら地面に倒れていく。
ぎょっとして肩越しに振り返ると、ナイフを持った腕からだらりと血を流して地に伏せる男の姿があった。
「やはり、ここにいたか。アマンダ・ローランズ男爵令嬢」
すぐ近くから聞き覚えのある声が厳しく己の名を呼び、はっと顔を上げる。
座り込む己の前で剣を握り立っていたのは、銀髪の美青年と明るい橙色の髪の女性だった。
◆
剣を鞘に収め、カイルは改めて地面に腰掛けたまま己を見上げる女性を観察した。
「久しぶりだな、アマンダ嬢。男爵から縁を切られ、テルシャンへ連れていかれたという噂は本当だったのだな」
「あ、あ、なんで、アンタが……」
ぱくぱくと口を開閉させる彼女、ローランズ男爵令嬢と名乗っていた娘は己が誰か気が付いたようだ。
目を細めたカイルは「思い出したか」と言って片膝をつき、彼女と目線を合わせる。
「この男たちは男爵の手の物か?君も彼らの甘言に乗せられてしまったんだろう」
「あ、ああ。うん。多分。こいつら、しつこく私を殺そうと……!」
「なるほど」
先ほど己が腕を切り倒れた男にシャノンが近寄り、その顔を確認する。
あまり質の良くない服を着こんだ、人相の悪い男だ。恐らく町のごろつきを男爵が雇ったのだろう。
彼らから男爵とその後ろにいるだろう人物に繋がる証拠は出てこないことを確信し、シャノンは肩を竦めて振り返る。
「どうして男爵に命を狙われているのか、貴女は理由がわかっているのね?」
「う……」
「全部話してくれないかしら?力になれると思うわ」
優しく告げたがしかし、アマンダはうつむきもごもごと口を動かすのみ。
カイルが王都にいられなくなった原因が自分にあることは自覚しているらしく、流石にやましさを感じているのだろう。
ちらりちらりと視線がこちらに向いていることに気が付き、ふう、と吐息をもらして彼女に言った。
「正直に話してくれれば、罪に問うことはしないと約束しよう。君の話が今の俺たちには必要なのだ」
「え……?」
「話してくれればモリスで貴女の身柄を保護するわ。私はモリス辺境伯の娘よ。男爵には絶対に手は出させない」
シャノンの援護で、ついにぱっとアマンダの顔が上に持ち上がる。
その目には希望の光が宿っており、彼女がよほど恐ろしい目にあっていたことが理解できた。
「ほ、ほんとに、私を助けてくれるのかい?」
「モリスの民に二言は無いわ」
「は、話す!話すよ!何でも話す!だから私を助けて!」
必死な様子でアマンダはこちらにすがりつく。
カイルはシャノンと顔を見合わせて苦笑し合い、アマンダの手を取ろうとして───……ふとこちらに近づいてくる気配に気が付いた。
「あそこだ!」
「いたぞ!!」
路地の奥からガラの悪そうな一団が、座り込むアマンダを睨みつけて駆け寄ってくる。
恐らく己が倒した男の仲間だろう。騒いだ割には遅いご到着だった。
「ひっ!」と短い悲鳴を上げるアマンダを背後にかばい、カイルとシャノンは剣を抜く。
「どうするつもり?」
「取り合えず全員ぶちのめして連れて行こう。一人でも逃したら男爵にどう報告されるかわからないからな」
「ふふ、いいわね」
隣にいるシャノンがにやりと笑った気配がした。
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