王太子は蛮族の乙女に恋をした~浮気の冤罪で追放されてしまった王子ですが、辺境の女騎士を愛したのでもう元婚約者に心は動かされません~

天藤けいじ

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王太子は辺境の地の太陽に焦がれる01

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 カイル・ロックウェルはクロム王国の王太子であった。
 父親譲りの勇猛さと母親譲りの銀髪碧眼の麗しい美貌、そして彼らの慧眼と知性を受けついだ19歳の青年である。

 いまだ王太子として学びを受けている最中であったが彼の優秀さは抜きん出ており、手本となっていた王、王妃、そして実の母親である側妃ですら舌を巻くほどとの噂だ。
 いずれはこの国を治める良き王になるだろう。期待を込めた未来絵図は貴族階級だけでなく、王国の民の間でも語られていたほどである。

 ───そのはずだった。
 輝かしい将来が約束されていた彼は、今現在騎士の流刑地とまで言われる辺境の地モリスで剣を持ち魔獣と戦っている。

 辺境の地は先の魔法戦争で大きな被害を受けており、一歩人里離れた場所へ出ると、強大なマナに影響を受けた獣たちが闊歩する危険地帯。
 この地をおさめる辺境伯とその兵士たちは、魔獣たちの暴走を食い止めるため、民の安全を守るために日夜剣を振るっている。

 そして今日も兵士たちと王太子は、辺境の森奥深くで大量発生した巨大熊の討伐に追われていた。
 状況はあまり芳しくない。運悪く獣が狂暴となる春先と重なった大量発生は、兵士たちをとり囲み、徐々にその距離を狭めていく。

「……っ、カイル!!!」
「ぐっ、」

 隣で戦っていた兵士に名を呼ばれ、美貌の王太子が振り返ると同時に、巨大熊の太い腕がその体を打ち付ける。
 構えたロングソードでもって攻撃を受け止めたカイルだったが、衝撃は体の軸を揺らす。それは大きな隙となり、素早い熊は今一度腕を振り上げた。

 避けることも受けることも出来ない。
 命の危機を前に、カイルは呆然と迫りくる爪の切っ先を見つめ───……その時だった。

「カイル!伏せなさい!」

 凛と鋭い鋼のような声。
 それに導かれるように身をかがめたカイルの頭すれすれを、背後から飛んできたハルバードが薙ぎる。
 重い戦斧は己を殺そうとしていた熊の体にぶち当たり、のけ反らせて悲鳴を上げさせた。

 その際大きく開いた熊の首元をカイルは目ざとく見つけ、ロングソードを勢いよく突きこんだ。

 森の中に断末魔の悲鳴が響いた。
 喉を突かれた巨大熊は、ごぶりと血を吐きそのまま後ろに向かって倒れる。そしてそのまま、再び動くことは無かった。

 突然のことに周りにいた熊たちは恐怖を覚えたらしく、こちらを攻撃してくる手を止めて距離を取ってくる。
 その隙にカイルは息を整えながら背後……、ハルバードが飛んできた方向を振り返った。

 巨大熊の包囲網を破るようにこちらへ向かってくる、橙色の影が見える。
 熊の薄汚れた毛皮の中で一際目立つその影は、襲い掛かる強敵を次々に切り捨て、確実に数を減らしていく。

 一騎当千のその戦いぶりに、兵士たちは驚き、わっと沸き上がった。

「姫様だ!」
「みんな、シャノン様が来てくださったぞ!持ちこたえろ!!」

 おおっ!と周りから闘気に満ちた雄たけびが上がり、皆勇猛果敢に巨大熊に挑みかかっていく。
 カイルも改めてロングソードを握りしめ、こちらを睨みつける獣たちへ向けて駆けだしていった。



 カイルがあまりに少ない護衛と簡素な馬車、両手で収まるほどの荷物のみでモリスにやって来たのは、半年ほど前のことだった。
 モリス辺境伯は突然やって来た美貌の王子に困惑し、「しばらく息子を預かってくれ」と言う王直筆の手紙に混乱した。

 それでも己を受け入れてくれたのは辺境伯のおおらかな人柄と、カイル自身が戦場で数多くの武功をたててきたからである。
 戦の民とも言われ、蛮族が住むところと後ろ指をさされることもあるモリスでは、戦での誉は何よりも尊ばれるもの。
 何より常に魔獣の脅威にさらされるこの地では、優秀な戦士は歓迎される存在であった。

 もちろん唐突に辺境へ送られてきたカイルに対し、白い目を向ける者も少ないわけではない。
 王都で何かやらかしたのだろう、意外にも素行が悪かったのでは?と言う噂を間接的にも直接的にも聞いたことがあった。

 うざったいとは思っているが、それ以外に特に弊害はない。
 訓練と討伐に剣を振るう生活は、魑魅魍魎跋扈する王宮での暮らしより己に向いているなと思っているほどだ。

 やはり己は戦場の方が好きだ。
 巨大熊を討伐し終え、モリスの城壁内にある屯所に帰還したカイルはそう考えて水を煽った。

 屯所内に作られた食堂には、己と同じように水分補給をしながら語り合っている兵士たちがいる。
 先ほどの鬼気迫る戦場とは打って変わって和やかな空気に、カイルは気楽なため息をついた。

「カイル、お疲れ様」

 ふと声をかけられて、カイルは誰が来たのか予感をともないながら振り返る。
 笑顔を浮かべて己に近づいてくるのは、太陽にも負けぬ存在感を放つ女性。予想通りだった。

 橙色の髪を後ろで結わえ、女性にしてはがっしりとした体と日に焼けた皮膚を鎧に包んだ勇ましき戦士。
 顔立ちは凛としているが何処となく猫のような愛らしさも見える人……それがモリス辺境伯の一人娘、シャノン・モリッシである。

 周りから「姫様」と呼ばれ親しまれている彼女は、カイルの前に立つと少しだけ目に意地悪な光を称え、顔を覗きこんだ。

「今日は油断したみたいだわね。巨大熊の相手は初めてだったかしら」
「シャノン……、さっきは命を助けられた。礼を言う。少し遅れを取ってしまったようだ」

 王太子は微笑み、穏やかに礼を言う。
 シャノンは仲間内で流れる胡乱な噂を信じぬ一人であった。こうして気軽に己に話しかけてくれ、先ほどのように戦場では手を差し伸べてくれる。

 シャノンはカイルに「気にしなくていいわ」と告げて、己の隣の椅子に腰かけた。

「しかし驚いた。ハルバードを投げたのか」
「咄嗟に体が動いたのよ。貴方が危ないと思ったからね」
「その後は何で戦ったんだ?」
「一つの武器しか持ってないとお思い?モリスの女なら色んなところに刃を仕込んでおくものよ」

 にやりと唇をつり上げる彼女に、思わず苦笑する。
 王都にいたら絶対にお目にかかれない勇敢な令嬢だ。蛮勇ともとれる戦い方で駆け抜け、武勇伝を語り戦傷を誉とうたう。

 確かに、これは蛮族と言われても仕方がない。
 しかしカイルは、そんなシャノンのことが好きなのであった。
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