水巫女はハレムで溺れる

愛月なみ

文字の大きさ
上 下
2 / 29

夢の中の泉の出会い(1)

しおりを挟む
 無抵抗に体を差し出したバフォールにアランが持つブラッディソードが腹部を貫いた。ドクドクと剣が血を吸い取っていることを感じるほど剣が脈打つ。

「契約者の死は我の自由……。さあ、あいつが来る前に我を求めよ――――」

 耳元でバフォールが囁くがアランは目を閉じ、剣がソルブの血を飲み込んでいくのをただ感じていた。全てを吸いつくすとバフォールの力が抜け、アランの胸からずり落ちるように倒れた。

「お前は簡単に契約者を捨てるんだな」

 干からびたバフォールに向かってアランは吐き捨てるように言う。汚いものを見るかのようにバフォールを睨んでいるとモワっと黒い煙が上がる。アランは思わず後ずさり、剣を構えてその様子を注意深く見つめた。

 煙は影となり、大きな二つの角、山羊のような耳、背中には大きなコウモリのような翼があるような形を形成していった。しかしその姿もまた苦しそうに立っている。

「それがお前の本来の姿か……哀れだな」

 "……あのままいても本体と共に朽ちていた……お前の体をよこせ……さすればここから逃げることもできよう……さあ、望みを言え……手に入れたいものがあるのだろう……?"

「俺はお前と契約などしない」

 アランははっきりとバフォールを拒絶をし、目の前の大きな黒い塊に剣を横から切り込んだ。しかし、影が散りじりとなるだけで当たることはなかった。

 "くっくっく……お前はまだその剣を使いこなせてはいないようだ……"

 身体の無くなったバフォールは、しつこくアランを誘う。黒い影がアランにまとわりついてくる。

 "素直になるがいい。お前の心は何を求めている……? 本当は――――"

「いい加減にしろ!」
「アラン!」

 アランが声を張り上げたその時、セイン王子が背後から走ってくる。

 "一番知られたくはないやつが来たな……俺があいつに教えてやろうか? くっくっく……その体を差し出せば秘密を守ろう……"

 アランの耳元で小さく囁く。アランの剣を持つ手が震える。手の中のブラッディソードが相変わらず禍々しい色で鈍い光を放っていた。

「アラン、退いて!」

 セイン王子は影となったバフォールに光の剣を両手で振り上げ、飛び掛かる。しかしバフォールはアランの背後へ素早く移動をしたため、アランはセイン王子の振るう剣を受け止めた。後ろからバフォールの声が囁く。

 "セイン王子よ……お前はこの者の想いを知らない……これ程までに苦しんでいる原因は――――"

「いい加減黙れ! 根拠がない!」

 アランは怒鳴り声をあげ、セイン王子の剣を弾いた後、背後のバフォールに斬りかかる。バフォールはセイン王子に何かを伝えようとしているようだった。アランの苛立ちがセイン王子に伝わり、二人を交互に見る。

 俺たちの仲を引き裂こうとしているのか?

「アラン! こんなやつの言葉に耳を傾けちゃダメだ!」
「分かってる! お前は、真実ではないことを言って俺たちの動揺を誘っているだけだ!」

 しかし、アランは実際には動揺をしていた。ただ、たとえセイン王子にバフォールの言う真実というものが知られたとしても魂を売るつもりはなかった。アランには信念がある。


――アトラスを守る!


 アランは再度剣を振るう。肉体のないバフォールは、今までと同様に剣で切り裂こうとしてもすぐにすり抜けてしまった。しかし今回は、すり抜けた瞬間にアランの持つ剣がドクンと脈打つ。剣を見ると、すり抜けたはずの剣から赤い無数の蜘蛛の糸ようなものがバフォールにまとわりついていた。その糸は蛇のようにうねうねと這い回る。
 これなら煙のように散り散りにならない。

 "っ! これがお前が引き出した力か……!"

「レイ! 早く!」
「言われなくても! バフォール、人の気持ちを弄ぶのも大概にしろ!」

 バフォールの背後にまわったセイン王子は、すべての魔力を剣に注ぎ込む。今まで囲っていた光の壁までをも吸収していく。
 その光が全て剣に集まると、セイン王子は勢いをつけるために剣を後ろに引いた。

 赤い糸が張り巡らされた身動きの取れないバフォールもまた最後の足掻きをする。

 "この者はおまえの―――"

「もう煩いんだよっ!!!!」

 セイン王子が力を込めて背中の翼と翼の間に剣を突き刺す。

 "ぐ、ぐはぁあああああっっ!!"

 手ごたえはある。刺し込んだ手元、バフォールの内側から光が次々と侵食していく。

「俺とアランの間にもし何かあったとしても俺はアランを信じる! 俺たちの仲を裂こうとしたって無駄だ!」

 さらに剣に魔力を込めるとバフォールの体全体が輝き、一気に弾け飛んだ。光の雨が降り注ぎ、その場にいた全員が息をするのも忘れて見入った。何が起きたのか頭の整理が出来ていなかったのだろう。誰もが声を発しなかった。



「終わった……?」

 最初にその沈黙を破ったのはセイン王子だった。

「……」
「終わったの?」
「……ああ、終わったみたいだな……」

 もう一度問いかける。目の前に立つアランも放心状態だった。お互いの目が合うと、じわじわと実感が込み上げてくる。


 二人は片手を上げ、思いっきり手を振り、高い音を響かせた。


 そんな二人の顔には笑顔が浮かんでいた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

処理中です...