ある日突然、醜いと有名な次期公爵様と結婚させられることになりました

八代奏多

文字の大きさ
上 下
4 / 17

4. 虚無感

しおりを挟む
 翌朝、クライシス伯爵夫人は苛立っていた。

「朝からお茶をかけられるとは思いませんでしたわ……」

 表情には出ていないものの、その声には苛立ちが篭っていて、侍女達は皆怯えから距離を置いている。

 普段、彼女達が叱責されることは無かった。
 それは怒りがアレシアに向いていたからで、アレシアがいなくなった今ではその怒りがどこへ向かうのか分からない。

 侍女達はそれをよく分かっていた。
 女主人の目に付きたくないがために、一緒になってアレシアを虐めていた。しかし、お茶の淹れ方や料理などを教えたのは侍女達だった。

「奥様、朝食の用意が出来ました」
「分かったわ」

 その声は普段よりも少しばかり大きく、侍女達は揃って驚き、怯えた。

「あなた達、何に怯えていますの?」
「い、いえ! 怯えてなんていません!」
「そう」

 侍女の声は震えているが、伯爵夫人は特に気に留めなかった。



 そしてその日の昼下がり、異変が起こった。

「やっぱり不味いですわ……」

 淹れている人物も手順も器具も、全て普段と同じなのに。茶葉も同じなのに。
 何度やり直しても、昨日までのようにとても美味しいお茶は出来上がらない。

「何か材料は変えましたの?」
「水をアレシア様の魔法から井戸水に変えたくらいです」
「ただの水なのに、ここまで味が変わるなんてあり得ませんわ……」

 あり得ないといった様子で口にする彼女の様子に、どうして良いのか戸惑う侍女達。

 水なんかに味など存在しない。
 伯爵夫人も使用人達もそう信じていた。

 そのせいで原因は分からず、彼女は美味しくないお茶で我慢する羽目になった。

 そして、彼女の苛立ちは余計に募っていった。

 一方……

「なんで私の引き立て役がいないのよ! 今日はマークス様とお茶会の約束をしているのに!」

 ……夫人の娘もまた苛立っていて、屋敷の空気は昨日よりも悪くなっていた。

 そんな状況だというのに、この屋敷の主人であるクライシス伯爵は無関心。
 そんな状況だからか、辞表を提出する侍女も現れていた。


   * * *


「アレシア、何してるんだ?」

 テラスでお茶の準備をしていたら、後ろからそんな声をかけられた。

「お茶を淹れていますの。ダメでしたか?」
「いや、駄目ではない。少し驚いただけだ。
 一体どこで技術を身につけたんだ?」

 不思議そうに呟くクラウス様。
 私が無詠唱の魔法で水を加えると、彼は目を見開いていたけれど、それを無視してこう口にした。

「侍女の代わりにやらされていたから、勝手に出来るようになりましたの」
「もしかして、虐められていたのか……?」

 事情を話すと心配そうな口調で問いかけられて、答えに困った。
 正直に答えれば余計な心配をさせてしまうし、答えなくても心配させてしまうから。

「そんな感じですわ」

 仕方なく、それだけ答えた。

「ここにはそんな扱いをする人はいないから、安心してほしい。危ない事以外なら自由にやってもらって構わない」
「ありがとうございます」

 そう答えながら、ここに来てからの生活を思い出す。

 温かいご飯に温かいお茶。そして細かい配慮をしてくれる侍女達。
 私は自由にしていいと言われ、書庫で本を読み漁ったりしているだけ。

 それだけでも満足なのに、クラウス様も出来る限り私を気遣ってくれていて。

 このままでは私はダメ人間になってしまう。そんな気がした。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される

琴葉悠
恋愛
 エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。  そんな彼女に婚約者がいた。  彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。  エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。  冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──

嫌われ貧乏令嬢と冷酷将軍

バナナマヨネーズ
恋愛
貧乏男爵令嬢のリリル・クロケットは、貴族たちから忌み嫌われていた。しかし、父と兄に心から大切にされていたことで、それを苦に思うことはなかった。そんなある日、隣国との戦争を勝利で収めた祝いの宴で事件は起こった。軍を率いて王国を勝利に導いた将軍、フェデュイ・シュタット侯爵がリリルの身を褒美として求めてきたのだ。これは、勘違いに勘違いを重ねてしまうリリルが、恋を知り愛に気が付き、幸せになるまでの物語。 全11話

「いなくても困らない」と言われたから、他国の皇帝妃になってやりました

ネコ
恋愛
「お前はいなくても困らない」。そう告げられた瞬間、私の心は凍りついた。王国一の高貴な婚約者を得たはずなのに、彼の裏切りはあまりにも身勝手だった。かくなる上は、誰もが恐れ多いと敬う帝国の皇帝のもとへ嫁ぐまで。失意の底で誓った決意が、私の運命を大きく変えていく。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔
恋愛
耳が聞こえなくなってしまったシェリー・スフィア。彼女は耳が聞こえないことを隠すため、読唇術を習得した。その後、自身の運命を変えるべく、レイヴェールという町で新たな人生を始めることを決意する。 レイヴェールで暮らし始めた彼女は、耳が聞こえなくなってから初となる友達が1人でき、喫茶店の店員として働くことも決まった。職場も良い人ばかりで、初出勤の日からシェリーはその恵まれた環境に喜び安心していた。 ところが次の日、そんなシェリーの目の前に仮面を着けた男性が現れた。話を聞くと、仮面を着けた男性は店の裏方として働く従業員だという。読唇術を使用し、耳が聞こえる人という仮面を着けて生活しているシェリーにとって、この男性の存在は予期せぬ脅威でしかない。 一体シェリーはどうやってこの問題を切り抜けるのか。果たしてこの男性の正体は……!?

【コミカライズ決定】契約結婚初夜に「一度しか言わないからよく聞け」と言ってきた旦那様にその後溺愛されています

氷雨そら
恋愛
義母と義妹から虐げられていたアリアーナは、平民の資産家と結婚することになる。 それは、絵に描いたような契約結婚だった。 しかし、契約書に記された内容は……。 ヒロインが成り上がりヒーローに溺愛される、契約結婚から始まる物語。 小説家になろう日間総合表紙入りの短編からの長編化作品です。 短編読了済みの方もぜひお楽しみください! もちろんハッピーエンドはお約束です♪ 小説家になろうでも投稿中です。 完結しました!! 応援ありがとうございます✨️

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~

緑谷めい
恋愛
 私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。  4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!  一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。  あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?  王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。  そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?  * ハッピーエンドです。

処理中です...