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2. 醜い理由
しおりを挟む 翌朝、久しぶりに上質なドレスに着替えさせられた私は、馬車に揺られていた。
向かう先はアルバラン公爵家で、今の私は生贄にされた気分だった。
それはきっと、まだ見ぬ婚約者に良くない噂があって、おまけに追い出されるようにして馬車に乗ったから。
この噂が真実でなかったら良いのに……。
そんなことを思っているうちに到着した公爵邸。
付き添いの侍女すらいない状態の私を出迎えたのは、思わず立ち止まってしまうほどの人数の使用人と思わしき方々。
久しく他の家にお邪魔していなかったから驚いてしまったけれど、公爵家……いや、伯爵家以上ならこれが普通の対応。
私が戻っても全く出迎えをしないどこかの伯爵家が異常なだけ。
「「お待ちしておりました」」
揃って頭を下げられると、思わず私も頭を下げてしまいそうになった。
やがて奥から人影が迫ってきて私の目の前に来ると、こう口にした。
「久しぶりだな、アレシア。会えるのを楽しみにしていたよ」
そこには息を呑むほどの美形がいて、優しい笑みを浮かべていた。
「どこかでお会いしたことがありましたか?」
「ラウス、と言えば分かるか?」
その名前には記憶があった。
母の死を嘆き悲しんでいる時に唯一私を励ましに来てくれた男の子。その子がラウスという名前だった。
話をしたのは王宮の庭園にいる間の数時間だけだったのだけど、私はその時初めて恋をしてしまった。
そういえば、目の前にいる美形の殿方もあの時のラウス君も目元がまるで同一人物のように似ていて……。
「もしかして、貴方があの時の?」
「ああ、そういうことになる」
「でも、髪の色が違いますわ」
ラウス君は蒼い色の髪をしていて、今目の前にいる殿方はサラサラの金髪。
一目見ただけでは別人にしか思えなかった。
「ああ、あの時はウィッグをかぶっていたからね」
「ウィッグ!?」
「美容師が間違って切りすぎてしまったばかりだったからね」
そう説明しながら自嘲気味に笑われて、私も思わず笑みをこぼした。
「改めまして、クラウス・アルバランだ。今日は来てくれてありがとう」
「アレシア・クライシスと申します。こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
執事からは、こちらから申し込んだ婚約だと聞いていたのだけど……私が招かれたみたいになってるわ。どういうことかしら?
……そんな疑問を浮かべながらも挨拶を交わし、私は応接室と思わしき部屋へと案内された。
すぐに使用人がお茶を運んできて、さっそく私は気になっていることを問いかけた。
「それで、貴方が醜いと言われているの何故ですの?」
「ああ、それなら顔だけで寄ってくる女の対策のために仮面をつけるようにしたからかな」
「それだけでこんな噂が立ちましたの?」
あり得ない、と思いながらそう返すと、彼は困ったような表情を浮かべながらこんなことを口にした。
「いや、まだ続きがある。それでも美形という噂は消えなくて、言い寄ってくる女は減らなかった。
だから、仮面の下に火傷で爛れたようなメイクをして、脅してみたんだ。そしたら、こんな噂が立った。今でもあの悲鳴は忘れないよ」
うん、それは誰でも悲鳴を上げると思いますわ。
「だが、最近になってまた言い寄ってくる女が増えた。どこから漏れたのか、婚約したら俺が公爵位を譲られると知られたんだ」
溜息交じりにそう漏らすクラウス様。
表情から察するに、かなり深刻な状況らしい。
「それで、だ。相談しておきたいことがあるんだ」
「相談、ですか?」
「しばらくはこの婚約を秘密にしておいてほしい。婚約が知られたら、アレシアが社交界でひどい目に遭うと思うから」
初めて会ってから8年経つというのに、たったの数時間しか話していなかったのに、彼は私のことを気遣ってくれている。
そんな彼のことだから――
性格まで醜い。
――こんな噂は全てでっち上げられたものだと思った。
「分かりましたわ。でも、両親にも伝えていただきたいですわ」
「それならもう伝えてある。嫌そうな顔はしていたが、反故にすることはないだろう。
向こうは我が家に借りがあるからな。借金という名のね」
お父様、そんなことをしていたのね……。
改めてロクでもない父に呆れた。
向かう先はアルバラン公爵家で、今の私は生贄にされた気分だった。
それはきっと、まだ見ぬ婚約者に良くない噂があって、おまけに追い出されるようにして馬車に乗ったから。
この噂が真実でなかったら良いのに……。
そんなことを思っているうちに到着した公爵邸。
付き添いの侍女すらいない状態の私を出迎えたのは、思わず立ち止まってしまうほどの人数の使用人と思わしき方々。
久しく他の家にお邪魔していなかったから驚いてしまったけれど、公爵家……いや、伯爵家以上ならこれが普通の対応。
私が戻っても全く出迎えをしないどこかの伯爵家が異常なだけ。
「「お待ちしておりました」」
揃って頭を下げられると、思わず私も頭を下げてしまいそうになった。
やがて奥から人影が迫ってきて私の目の前に来ると、こう口にした。
「久しぶりだな、アレシア。会えるのを楽しみにしていたよ」
そこには息を呑むほどの美形がいて、優しい笑みを浮かべていた。
「どこかでお会いしたことがありましたか?」
「ラウス、と言えば分かるか?」
その名前には記憶があった。
母の死を嘆き悲しんでいる時に唯一私を励ましに来てくれた男の子。その子がラウスという名前だった。
話をしたのは王宮の庭園にいる間の数時間だけだったのだけど、私はその時初めて恋をしてしまった。
そういえば、目の前にいる美形の殿方もあの時のラウス君も目元がまるで同一人物のように似ていて……。
「もしかして、貴方があの時の?」
「ああ、そういうことになる」
「でも、髪の色が違いますわ」
ラウス君は蒼い色の髪をしていて、今目の前にいる殿方はサラサラの金髪。
一目見ただけでは別人にしか思えなかった。
「ああ、あの時はウィッグをかぶっていたからね」
「ウィッグ!?」
「美容師が間違って切りすぎてしまったばかりだったからね」
そう説明しながら自嘲気味に笑われて、私も思わず笑みをこぼした。
「改めまして、クラウス・アルバランだ。今日は来てくれてありがとう」
「アレシア・クライシスと申します。こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
執事からは、こちらから申し込んだ婚約だと聞いていたのだけど……私が招かれたみたいになってるわ。どういうことかしら?
……そんな疑問を浮かべながらも挨拶を交わし、私は応接室と思わしき部屋へと案内された。
すぐに使用人がお茶を運んできて、さっそく私は気になっていることを問いかけた。
「それで、貴方が醜いと言われているの何故ですの?」
「ああ、それなら顔だけで寄ってくる女の対策のために仮面をつけるようにしたからかな」
「それだけでこんな噂が立ちましたの?」
あり得ない、と思いながらそう返すと、彼は困ったような表情を浮かべながらこんなことを口にした。
「いや、まだ続きがある。それでも美形という噂は消えなくて、言い寄ってくる女は減らなかった。
だから、仮面の下に火傷で爛れたようなメイクをして、脅してみたんだ。そしたら、こんな噂が立った。今でもあの悲鳴は忘れないよ」
うん、それは誰でも悲鳴を上げると思いますわ。
「だが、最近になってまた言い寄ってくる女が増えた。どこから漏れたのか、婚約したら俺が公爵位を譲られると知られたんだ」
溜息交じりにそう漏らすクラウス様。
表情から察するに、かなり深刻な状況らしい。
「それで、だ。相談しておきたいことがあるんだ」
「相談、ですか?」
「しばらくはこの婚約を秘密にしておいてほしい。婚約が知られたら、アレシアが社交界でひどい目に遭うと思うから」
初めて会ってから8年経つというのに、たったの数時間しか話していなかったのに、彼は私のことを気遣ってくれている。
そんな彼のことだから――
性格まで醜い。
――こんな噂は全てでっち上げられたものだと思った。
「分かりましたわ。でも、両親にも伝えていただきたいですわ」
「それならもう伝えてある。嫌そうな顔はしていたが、反故にすることはないだろう。
向こうは我が家に借りがあるからな。借金という名のね」
お父様、そんなことをしていたのね……。
改めてロクでもない父に呆れた。
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