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第五章 伍塁様とお仕事 2
初だしにいこう
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「うちはもう、そういうの面倒だから遠慮する……置き場所もないし……いいよ、トラックもないし……。だからさ……。……。あーもう! わかったよ」
伍塁が何かを渋っているのも、そんな言い方をするのも珍しいと実玖は思う。
夕食を終え、伍塁のリクエストでコーヒーを淹れているところだ。コーヒー豆は伍塁と商店街の端にあるお店で選んだもので、マンデリンという名前。
深入りで酸味がなく、甘味を感じるものもあるとか。実玖には苦味しかわからないが、酸味のあるものは苦手なことはわかった。
豆の分量をスプーンで計り、スライドする小窓のような入口からミルの中へ入れる。取手を回しているうちに香ばしい香りがしてきた。
「実玖、急だけど明日は仕事に行くからついてきてくれる?」
実玖の側まで近づいてきた伍塁は「いい香り」と椅子に座った。
「もちろんです。お役に立つようお手伝いいたします」
ヤカンのお湯を一旦別のポットに移しながら返事をする。沸騰したお湯を少し冷ましてから淹れると渋みや余分な苦みが出にくくなるとか。
「力仕事とか、面倒な作業もあるかもしれなくてさ。本当は、あんまり行きたくないんだよ」
伍塁は髪に左手を差し込みかき混ぜるように動かしてから目を閉じ、首を左右に傾け、更に肩を上下させている。
「先程、少し聞こえましたが渋っていたのは、何か面倒なことがあるのですね」
「んー。いろいろね。僕は怠け者だから面倒はなるべく避けたいのに」
「伍塁様は怠けていません。いつも真面目にお仕事されていますし、わたくしにも仕事を教えてくださります」
実玖は挽いた豆をペーパーに入れ、その真ん中を指でへこませてから小さい丸を描くように湯を注いで止めた。ムクムクと豆が膨らむのを頬杖で覗き込む伍塁と共に無言で見つめる。
「上手に出来るようになったね」
「何度も伍塁様に教えてもらいました」
視線を合わせて目を細め合うと伍塁は伸びてきた髪をゴムでまとめながら立ち上がった。
「お客さんがくれたチョコレート、コーヒーと一緒に食べよう」
冷蔵庫から出したチョコレートは、四角く区切られた枠の中にひとつずつ行儀よく並んでいて、全部違う飾りや模様が付けられていた。
「綺麗なチョコレートですね。食べてしまうのがもったいないです」
「味も全部違うんじゃないかな」
実玖は膨らんだ後の落ち着いたコーヒー豆に、ゆっくりお湯を回し入れた。
お湯で温めたカップにコーヒーを注ぎ、伍塁に差し出してから椅子に座る。いろいろな角度からチョコレートを観察していると伍塁に笑われた。
「そういうのにも研究熱心だね」
「わたくしは知らないことが沢山あるので、何でも勉強になります」
「明日はまた新しい体験をすることが出来ると思うよ」
伍塁は一番シンプルなチョコレートを半分かじった。
「行儀悪いけど、見て。綺麗な色」
その断面は赤紫色だった。実玖は目を寄せてじっと見つめる。
「何味なんでしょう? 綺麗ですねぇ」
伍塁に手招きをされ、さらに顔を近づけた。
「あーん」
「あーん?」
「あーんって言われたら口を開けない?」
「わたくしが口を開けるのですか?」
「そうだよ、あーん」
「あー……」
テーブル越しに実玖の口の中にチョコレートが入ってきて、唇に伍塁の指が触れた。その指を伍塁はペロリと舐めてからティッシペーパーで拭き取り、口の中にチョコレートが入ったまま固まる実玖を見て片笑む。
「半分こだよ。味が気になるんでしょ」
口を閉じ甘酸っぱいチョコレートの味が広がるのを両手で頬を挟んで味わう。そして顔に熱を持っているのも感じた。
「甘いのと酸っぱいのと混ざるとどちらも強調されるのですね……」
人間の食べ物の複雑な美味しさが、少しだけわかるようになってきた気がした実玖は、明日からコーヒーや紅茶の砂糖を少し減らしてみようと思った。
伍塁が何かを渋っているのも、そんな言い方をするのも珍しいと実玖は思う。
夕食を終え、伍塁のリクエストでコーヒーを淹れているところだ。コーヒー豆は伍塁と商店街の端にあるお店で選んだもので、マンデリンという名前。
深入りで酸味がなく、甘味を感じるものもあるとか。実玖には苦味しかわからないが、酸味のあるものは苦手なことはわかった。
豆の分量をスプーンで計り、スライドする小窓のような入口からミルの中へ入れる。取手を回しているうちに香ばしい香りがしてきた。
「実玖、急だけど明日は仕事に行くからついてきてくれる?」
実玖の側まで近づいてきた伍塁は「いい香り」と椅子に座った。
「もちろんです。お役に立つようお手伝いいたします」
ヤカンのお湯を一旦別のポットに移しながら返事をする。沸騰したお湯を少し冷ましてから淹れると渋みや余分な苦みが出にくくなるとか。
「力仕事とか、面倒な作業もあるかもしれなくてさ。本当は、あんまり行きたくないんだよ」
伍塁は髪に左手を差し込みかき混ぜるように動かしてから目を閉じ、首を左右に傾け、更に肩を上下させている。
「先程、少し聞こえましたが渋っていたのは、何か面倒なことがあるのですね」
「んー。いろいろね。僕は怠け者だから面倒はなるべく避けたいのに」
「伍塁様は怠けていません。いつも真面目にお仕事されていますし、わたくしにも仕事を教えてくださります」
実玖は挽いた豆をペーパーに入れ、その真ん中を指でへこませてから小さい丸を描くように湯を注いで止めた。ムクムクと豆が膨らむのを頬杖で覗き込む伍塁と共に無言で見つめる。
「上手に出来るようになったね」
「何度も伍塁様に教えてもらいました」
視線を合わせて目を細め合うと伍塁は伸びてきた髪をゴムでまとめながら立ち上がった。
「お客さんがくれたチョコレート、コーヒーと一緒に食べよう」
冷蔵庫から出したチョコレートは、四角く区切られた枠の中にひとつずつ行儀よく並んでいて、全部違う飾りや模様が付けられていた。
「綺麗なチョコレートですね。食べてしまうのがもったいないです」
「味も全部違うんじゃないかな」
実玖は膨らんだ後の落ち着いたコーヒー豆に、ゆっくりお湯を回し入れた。
お湯で温めたカップにコーヒーを注ぎ、伍塁に差し出してから椅子に座る。いろいろな角度からチョコレートを観察していると伍塁に笑われた。
「そういうのにも研究熱心だね」
「わたくしは知らないことが沢山あるので、何でも勉強になります」
「明日はまた新しい体験をすることが出来ると思うよ」
伍塁は一番シンプルなチョコレートを半分かじった。
「行儀悪いけど、見て。綺麗な色」
その断面は赤紫色だった。実玖は目を寄せてじっと見つめる。
「何味なんでしょう? 綺麗ですねぇ」
伍塁に手招きをされ、さらに顔を近づけた。
「あーん」
「あーん?」
「あーんって言われたら口を開けない?」
「わたくしが口を開けるのですか?」
「そうだよ、あーん」
「あー……」
テーブル越しに実玖の口の中にチョコレートが入ってきて、唇に伍塁の指が触れた。その指を伍塁はペロリと舐めてからティッシペーパーで拭き取り、口の中にチョコレートが入ったまま固まる実玖を見て片笑む。
「半分こだよ。味が気になるんでしょ」
口を閉じ甘酸っぱいチョコレートの味が広がるのを両手で頬を挟んで味わう。そして顔に熱を持っているのも感じた。
「甘いのと酸っぱいのと混ざるとどちらも強調されるのですね……」
人間の食べ物の複雑な美味しさが、少しだけわかるようになってきた気がした実玖は、明日からコーヒーや紅茶の砂糖を少し減らしてみようと思った。
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