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第四章 伍塁様には見せられない
初めての有給休暇
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「そうだ、有給休暇をとってもらうことにしよう」
伍塁は突然嬉しそうに言った。
「有給休暇、ですか」
「我ながらいいこと思いついたな。ちゃんとお休みしてもらう。明日は朝から何もしなくていい。少しひとりになって心も体も休めて」
実玖は休みを貰ってもすることはない。伍塁に仕えるためにやってきたのだから。
「でも、わたくしは伍塁様と……」
「とりあえず一日、何もしないで自由にしてみて。それからまた話そう」
言いかけた言葉はさえぎられた。
実玖はスマホで「有給休暇」を検索した。働くものの権利で、給料のある休みらしいことはわかった。
「朝も起きなくていい、ゆっくりして」と、仕事に出かけてしまった伍塁は朝ごはんも食べていかなかった。
「わたくしはお休みなど、なくてもいいのに」
伍塁がいないと思うと何もやる気にならない。パジャマのままで裏庭にサンダルばきで降り、猫に餌をやりながら独り言を言ったら返事が返ってきた。
「うにゃ、休みってニンゲンが遊びに行く日のことだろ? にやっ、オレと遊びにいこうぜ」
相変わらず食べながらうにゃうにゃ言うついでに、遊びに行こうと言う。
「遊びに行くって、クロさんと行くんですか?」
「にゃう、嫌なのか?」
一瞬実玖を見上げたが、顔を戻し、また食べながらうにゃうにゃ言っている。
「嫌じゃないです。嬉しいですけど……どこに行くのでしょう」
実玖は休みというのを猫より知らない。猫の時はどうしていたのだろう。毎日が休みだったようなものなのに。
「じゃあ、これ食べたらいこうぜ、にゃっ」
えさばちを隅々まで舐めながらクロはまた誘ってくる。実玖は考えても仕方ないと思い、立ち上がった。
「わかりました。クロさんと遊びに行くことにします。着替えて準備してくるので待っていて下さい」
実玖はお湯を沸かしてハーブに貰ったお茶を水筒にいれた。氷も忘れずに。サプリを飲んでからコップを洗って伏せる。あと、冷蔵庫からクロのオヤツになりそうなものを。
それから伍塁に買ってもらった服に着替え、戸締りを確認して、靴も買ってもらった柔らかいのを履いた。
「お待たせしました」
クロは毛繕いをして待っていた。
「じゃあ、俺についてこい」
クロは実玖を先導するように歩きだしたが、生け垣の下をくぐっていってしまい、慌てて裏門から追いかけた。
猫は道の一番端を歩くので、その斜め後ろについて行く。実玖の一歩の間にクロは何歩動いているのだろう。数えていたら振り向いたクロが実玖を見た。
「おい、もっと楽しそうに歩け」
クロは軽やかに足を弾ませている。実玖はクロがしっぽを立て揺らして歩くのを見ているうちに、自分のしっぽが揺れてる感覚を思い出した。
今はしっぽはないが、あの気持ちだ。おしりが弾む代わりに、胸の辺りが暖かくなり足取りが軽くなった。
「あっ、クロちゃん! ごきげんようなのん。今日はおうちの方とお散歩? また今度、『トムとジェリーごっこ』しましょっ。今日は遥ちゃん、忙しいのーん。またねー!るんたった、るんたった~」
楽しそうにクロに挨拶して通り過ぎる元気な子を見送った。
「あれは人間の友達の遥っていうんだ。俺たちの言葉が分かるみたいなんだよな」
「元気な方ですね」
「あーやって歩けば? るんたったーって」
実玖は恥ずかしかったが、クロがじっと見てくるので周りに誰もいないことを確認した。そして手をおおきく振り、足をあげて歩いてみた。
「るんたったーって言わないの?」
「それはちょっと……」
「言ってみればいいじゃん、楽しそうだから一緒にやろうぜ」
クロは「るんたった、るんたったー」と言っているが、人間が聞いたら「ニャツニャツニャッー」としか聞こえないだろう。
実玖はクロにあわせて小さく「るんたった、るんたった」と口にしながら手を振って歩く。自然に胸が張って上を向いてきて、歩いているだけなのに楽しい気持ちになってきた。
るんたったは効果があるらしい。
「ここ、まがるにゃん」
クロは人が通れなくはないが、普通の大人は通らないような家と家の間に入っていった。
「ここは、猫だけの道ではないですか?」
「大丈夫! ヒゲがハマれば通れるだろ」
「いや、わたくしは今はヒゲはないので……」
実玖の声など聞かずに、クロは草の生えた路地とも言えない隙間を進んでいく。猫はどこでも自由に行ける。
思い切って体を斜めにしながら足を進めた実玖は、家の屋根で細く切り取られた空を見上げ、これから先に何があるかわからないことにわくわくした。
知らない所へどこでも入って進んで行けるのは、猫じゃなくてもニンゲンでも同じだ。
片方の足を進め、後ろの足を引き寄せ、また片方を進めてと繰り返して、また次の狭い路地に出た。
見たことある道のような気がするが、ニンゲンになって来たのは初めてだ。視点が高くなり体の幅が違うだけでこんなに窮屈なのだとわかると、また楽しくなった。
「わたくしは本当にニンゲンになったんですねー」
「は? 何言ってるの?」
振り向いたクロは「にゃっにゃっにゃっ」と、るんたったを繰り返している。クロは自分がるんたったをしたかったんじゃないのかと思いながら、実玖は後について元気に歩いた。
伍塁は突然嬉しそうに言った。
「有給休暇、ですか」
「我ながらいいこと思いついたな。ちゃんとお休みしてもらう。明日は朝から何もしなくていい。少しひとりになって心も体も休めて」
実玖は休みを貰ってもすることはない。伍塁に仕えるためにやってきたのだから。
「でも、わたくしは伍塁様と……」
「とりあえず一日、何もしないで自由にしてみて。それからまた話そう」
言いかけた言葉はさえぎられた。
実玖はスマホで「有給休暇」を検索した。働くものの権利で、給料のある休みらしいことはわかった。
「朝も起きなくていい、ゆっくりして」と、仕事に出かけてしまった伍塁は朝ごはんも食べていかなかった。
「わたくしはお休みなど、なくてもいいのに」
伍塁がいないと思うと何もやる気にならない。パジャマのままで裏庭にサンダルばきで降り、猫に餌をやりながら独り言を言ったら返事が返ってきた。
「うにゃ、休みってニンゲンが遊びに行く日のことだろ? にやっ、オレと遊びにいこうぜ」
相変わらず食べながらうにゃうにゃ言うついでに、遊びに行こうと言う。
「遊びに行くって、クロさんと行くんですか?」
「にゃう、嫌なのか?」
一瞬実玖を見上げたが、顔を戻し、また食べながらうにゃうにゃ言っている。
「嫌じゃないです。嬉しいですけど……どこに行くのでしょう」
実玖は休みというのを猫より知らない。猫の時はどうしていたのだろう。毎日が休みだったようなものなのに。
「じゃあ、これ食べたらいこうぜ、にゃっ」
えさばちを隅々まで舐めながらクロはまた誘ってくる。実玖は考えても仕方ないと思い、立ち上がった。
「わかりました。クロさんと遊びに行くことにします。着替えて準備してくるので待っていて下さい」
実玖はお湯を沸かしてハーブに貰ったお茶を水筒にいれた。氷も忘れずに。サプリを飲んでからコップを洗って伏せる。あと、冷蔵庫からクロのオヤツになりそうなものを。
それから伍塁に買ってもらった服に着替え、戸締りを確認して、靴も買ってもらった柔らかいのを履いた。
「お待たせしました」
クロは毛繕いをして待っていた。
「じゃあ、俺についてこい」
クロは実玖を先導するように歩きだしたが、生け垣の下をくぐっていってしまい、慌てて裏門から追いかけた。
猫は道の一番端を歩くので、その斜め後ろについて行く。実玖の一歩の間にクロは何歩動いているのだろう。数えていたら振り向いたクロが実玖を見た。
「おい、もっと楽しそうに歩け」
クロは軽やかに足を弾ませている。実玖はクロがしっぽを立て揺らして歩くのを見ているうちに、自分のしっぽが揺れてる感覚を思い出した。
今はしっぽはないが、あの気持ちだ。おしりが弾む代わりに、胸の辺りが暖かくなり足取りが軽くなった。
「あっ、クロちゃん! ごきげんようなのん。今日はおうちの方とお散歩? また今度、『トムとジェリーごっこ』しましょっ。今日は遥ちゃん、忙しいのーん。またねー!るんたった、るんたった~」
楽しそうにクロに挨拶して通り過ぎる元気な子を見送った。
「あれは人間の友達の遥っていうんだ。俺たちの言葉が分かるみたいなんだよな」
「元気な方ですね」
「あーやって歩けば? るんたったーって」
実玖は恥ずかしかったが、クロがじっと見てくるので周りに誰もいないことを確認した。そして手をおおきく振り、足をあげて歩いてみた。
「るんたったーって言わないの?」
「それはちょっと……」
「言ってみればいいじゃん、楽しそうだから一緒にやろうぜ」
クロは「るんたった、るんたったー」と言っているが、人間が聞いたら「ニャツニャツニャッー」としか聞こえないだろう。
実玖はクロにあわせて小さく「るんたった、るんたった」と口にしながら手を振って歩く。自然に胸が張って上を向いてきて、歩いているだけなのに楽しい気持ちになってきた。
るんたったは効果があるらしい。
「ここ、まがるにゃん」
クロは人が通れなくはないが、普通の大人は通らないような家と家の間に入っていった。
「ここは、猫だけの道ではないですか?」
「大丈夫! ヒゲがハマれば通れるだろ」
「いや、わたくしは今はヒゲはないので……」
実玖の声など聞かずに、クロは草の生えた路地とも言えない隙間を進んでいく。猫はどこでも自由に行ける。
思い切って体を斜めにしながら足を進めた実玖は、家の屋根で細く切り取られた空を見上げ、これから先に何があるかわからないことにわくわくした。
知らない所へどこでも入って進んで行けるのは、猫じゃなくてもニンゲンでも同じだ。
片方の足を進め、後ろの足を引き寄せ、また片方を進めてと繰り返して、また次の狭い路地に出た。
見たことある道のような気がするが、ニンゲンになって来たのは初めてだ。視点が高くなり体の幅が違うだけでこんなに窮屈なのだとわかると、また楽しくなった。
「わたくしは本当にニンゲンになったんですねー」
「は? 何言ってるの?」
振り向いたクロは「にゃっにゃっにゃっ」と、るんたったを繰り返している。クロは自分がるんたったをしたかったんじゃないのかと思いながら、実玖は後について元気に歩いた。
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