上 下
19 / 41
第二章 試用期間は2週間

追いかけろ!

しおりを挟む
「実玖っ」

 伍塁に男が身体をぶつけて走り去り、カートは実玖を乗せたまま通路を走っている。

「誰かっ!    ドロボー!!    捕まえてー」

 どこかから女性の声が聞こえた。

 実玖はカートの中に頭を突っ込んでじたばたしていたが体制を建て直し、カートから降りて後ろから来る伍塁に叫んだ。

「泥棒はどこですかっ?」

「あっちに走っていった!    青い帽子の男だ!」

 実玖は指さされた方へ素早く方向転換をして、人を上手く避けながら音もなく走り、あっという間に男に追いつき腕を掴んだ。

「泥棒はいけません」

 実玖は掴んだ手をしっかり離さず、男を睨みつけた。180センチほどの実玖に捕まえられ腕を持ち上げられた小柄の中年男は体を捻って抵抗したが敵わなかったようだ。
 追いついてきた伍塁は警備員を呼んでから追いつき、実玖の肩に手をかける。

「走るの早いんだね、びっくりした。大丈夫?」

 息を上げながら伍塁は実玖に怪我がないかと心配をしたが、無事なようで安心して両膝に手を着き、大きく呼吸を繰り返した。

「大丈夫です、この人は捕まって諦めたようです。伍塁様はお怪我はありませんか」

「僕は大丈夫。でも久しぶりに全力で走っちゃったよ、全然走れなかったけど。実玖はすごいんだな」

「伍塁様に買っていただいた靴が柔らかくて走りやすかったからです」

 バッグをひったくられたおばあさんにお礼をしたいと言われたが丁重に断り、放置したカートを探しに戻った。

「あ、あそこにありますよ」

 実玖は壁にぶつかって止まっていたカートを押し、宝物を探し当てたような顔を伍塁に見せる。

 さっきの泥棒を追いかける真剣な顔は、少し険しくて迫力があったのに全然違う可愛い顔だ。伍塁もつられて頬を緩ませ、実玖と肩を組んだ。

「今日は実玖が活躍したから、美味しいもの食べに行こうか」

「美味しいもの……ですか」

「何がいい?    実玖は何が好きなの」

 実玖は肩を組まれてることも褒められてることも嬉しくて美味しいものを考えられなくて

「肉とか魚が好きです」

と、中途半端な答えを返してしまった。もちろんニンゲンの美味しいものにはそれほど詳しくない。

「えー焼肉?    ステーキ?    寿司?」

「わたくしが選んでいいんですか?」

 実玖は焼肉もステーキも寿司もまだここにきてから食べてはいない。本物はまだどれも食べていないのだが。

「もちろん!    僕も最近食べてないものばかりだから何でもいいよ」

 どれも食べてみたい。もちろんニンゲンになる前から肉と魚は好きだ。

「寿司を……食べてみたいです」

「寿司ね、わかった!」

 伍塁はどこの寿司屋にするか頭の中で候補をあげていたが全て違った。

「寿司って回ってるんですよね」

「え?    回ってるところもあるけど、普通の寿司屋でもいいよ?」

「どう違うのですか」

 実玖はご飯の上に生の魚が乗っているのが寿司というのはわかっているが「回っている」の意味がわからなくて見てみたいと思っていた。

「んー値段とか魚の産地かなぁ。実は僕も回ってるところは行ったことないんだ。せっかくだから行ってみるか」

「ありがとうございます、楽しみです」

「じゃあ買い物を済ませよう」

 目に付いたクッションの肌触りを試したり、造花の観葉植物のリアルさに驚いたりしながらレジに向かって並んで進んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

威風堂々

紅城真琴
キャラ文芸
『王家に生まれ国の将来を担う王子と旅先で出会った少女の初恋のお話』を目指します。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

処理中です...