老舗骨董店の店番はあやかし猫でした。

むに

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第一章 六條家にやってきた

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(この匂い、変わらない……)

 建物の匂いなのか庭の匂いなのか。人にはわからないかもしれないが清々しい空気を感じる。

 靴を脱ぎ向きを変えて揃えると、庭が見える廊下を歩いて客間に案内された。広い床の間のある書院造の和室に段通敷き、テーブルは白いクロスがかけられ椅子は天鵞絨びろうど張りだ。
 実玖みるくは椅子の肌触りを楽しみながら腰をかけスーツのジャケットのボタンを外そうか迷っていた。

「出来合いのお茶ですみません。ひとりぐらしなもので」

 伍塁いつるは茶托に乗せたお茶を差し出して実玖の向かいに腰掛けた。出されたお茶とそれを置く指先に意識が注がれる。

「ありがとうございます、どうぞおかまいなく」

 マニュアル通りの答えを返しつつ実玖は伍塁と合ってしまった目を伏せた。伏せた時に部屋の隅に猫ちぐらが置かれているのに気づき思わず「あ」と声を上げる。

「失礼しました。わたくし香染こうぞめ実玖と申します。こちらには住み込みの家政夫として派遣されました。身の回りの事全てお手伝いさせていただきます、よろしくお願いします」

 実玖は膝に手を置き、深く頭を下げた。

「そんなに堅苦しくしないで。ここは僕しかいないから気を使わなくていいよ。僕は六條ろくじょう伍塁といいます。家のことは僕も一通りはできるから一緒にやりながら覚えてください」

 伍塁は真面目な実玖に頬を緩めた。

「本当は執事として伍塁様にお仕えしたかったのですが、この国にはあまりそういう制度は馴染みがないと聞きまして、家政夫としてこちらに参りました」

 伍塁はその言葉にクスっと笑った。

「僕に仕えたかった?    どういうこと? 執事って……もしかして外国生まれなの?」

 実玖の髪の色は明るい茶色、瞳も日本人にしては色素が薄い。

「違います、日本で生まれ育ちました」

 長い指が五本あり、すべすべと滑らかな自分の手を見て、自信を持って返事をした。

「わたくしは日本のニンゲンです」

(大丈夫、人間としてちゃんと答えられてる!    大丈夫、大丈夫……)

 真っ直ぐに伍塁の瞳を見る。その瞳は懐かしく今すぐに近づいて間近で見たい。

「名前も変わってるからもしかしたら外国の人かなって思った。実玖って珍しいよね。うちに昔いた猫もミルクって言うんだ。あ、ごめんね猫と比べて」

 実玖は自分の名前が伍塁の口から発せられたことに体がじわりと暖かくなった。そして気になっていたことを聞いた。

「お聞きしたいのですが、今もこちらに猫はいるのでしょうか」

部屋の隅にある猫ちぐらは、見覚えのあるものだった。

(もし新しい猫が来ていたら……)

実玖は俯いて目をきつく閉じた。
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