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足の間からアレクシスの注いだ精液が、自身から出た赤と混じり漏れ出ていた。
「けっこん……?」
その言葉の意味が分からないとでも言うように、ポカンとして繰り返した。
「そうだ」
言い聞かせるようにアレクシスが言う。
「で、でも私は婚約して……」
「そうだ、婚約者がいるのにも関わらず俺に抱かれたお前はアバズレだ」
「そんな言い方……」
親密な触れ合いの直後に、そんな言葉を投げられるとは思ってもみなかった。
「諦めろ。いずれにしろ俺たちは結婚する以外に道がない」
「でも……ガイになんて言えば……」
突然のことに混乱してエリスティアは言葉が出てこなかった。
「……昔は初夜の翌朝、処女の血を窓枠に純潔の証として晒していたそうだな」
思い出したようにアレクシスが言う。
しかしエリスティアはガイや家族に何と言えばよいのか分からず、上の空で聞き流した。
「あんなに大きな声で喘いでいたくせに、今更なんだというんだ!」
口調から怒り始めているのが分かったエリスティアは、顔をパッと上げた。
「いいか、お前は明日俺と結婚するんだ」
言い聞かせるようにアレクシスが宣言する。
「明日!?」
急すぎるだろう、どう考えても。
「文句でもあるのか」
眉根を寄せるアレクシス。
「無理です!そんな明日なんて」
激しく首を振る。
「つべこべ言わず言う通りにしろ!」
中々首を縦に振らないエリスティアに怒鳴るアレクシス。
「でも……」
「俺は別の部屋で寝る。お前もさっさと寝ろ!」
アレクシスはそう言い残し、いつの間にか床に落ちていた湿ったタオルを再び腰に巻き、足音も荒く部屋を出て行ってしまった。
エリスティアは一人、アレクシスの寝室に取り残される。
一人になっても、さっきあった事を思うとエリスティアは中々寝つけなかった。
(なぜこんな事になってしまったのだろう……)
枕に顔をうずめると、ラベンダーとアレクシスの香りがした。
――――朝方まで悶々としていたエリスティアは、昨日のお喋りなメイドに起こされた。
「おはようございます。エリスティア様」
いつもより寝心地の良いベッドに横になっていた為、いつの間にか寝入ってしまっていたようだった。
「おはよう、ミレディ」
寝ぼけまなこで返事を返したエリスティアだったが、自身が裸でいたことに気づき慌ててシーツを手繰り寄せる。
見るとアレクシスに破かれた服は既に取り除かれていた。
着る服の無いエリスティアが困っていると、メイドが新しいドレスを広げてみせた。
手伝おうとするメイドを振り切り、エリスティアはいつも通りコルセットは着けずに渡されたドレスを身に着ける。不思議とサイズはぴったりだった。手早く髪を整える。
支度が終わるとミレディが部屋まで案内してくれるという。
廊下を歩いていると、皆忙しそうに動き回っていた。城中がバタバタしている様子に、聞くと『急な結婚式の準備』とのことだった。
エリスティアは聞かなければよかったと後悔した。
案内された部屋にアレクシスはいなかった。少し安堵し中へと入る。
そこは暖かな日差しの入る部屋で、別のメイドが紅茶を入れてくれていた。テーブルには焼きたてのパンと温かなスープにオムレツとサラダが並んでいる。
エリスティアからすればいつもより遅い朝だった。もっと早くに家へと帰るはずだったのだが、寝過ごしてしまったのだ。
(昨日は言わずにふらりと出てきてしまったから、家族は心配していないかしら?)
そんな事を考えながらエリスティアは紅茶を口にした。美味しい。
ノックの音が響く。
返事をすると、入ってきたのは貫禄のあるマダムだった。後ろに自身の小間使いを何人も従え、ぞろぞろと入ってきた。
有名な仕立て屋なのだろうか、奇抜なドレスを身を包んでいるが不思議と似合っていた。指に煌めくゴテゴテした宝石の輝きが眩しい。
挨拶もそこそこにドレスの仕立てが開始される。
言われるがままエリスティアはマダムの持ってきた最新の美しいドレスに身を包み、寸法を直すべく待ち針が止められていく。
それが時たま肌を突き刺し、痛みに震えが走った。
エリスティアは言われるがまま、文字通り針のむしろになっていた。
「今日はお食事はお控えになってくださいましね、お嬢様」
気取った異国風の訛りでマダムが言う。
「えっ、でも私まだお茶しか飲んでない……」
起きて早々にこの作業が始まって、目の前の美味しそうなご飯はすっかり冷めてしまっている。お茶だけではお腹もペコペコで、今にも腹の虫が鳴きそうだった。
「ドレスが入らなくなっては大変ですもの。お茶もあと一杯だけにしてくださいましね」
威厳たっぷり、貫禄たっぷりに脅すようにマダムが言った。
エリスティアにもさすがに分かっていた。これは普段エリスティアがコルセットも無しに着るドレスではないと。その綺麗な純白のドレスは繊細なレースがふんだんにあしらわれており、見るからに高そうな生地で仕立てられようとしていた。
そのドレスが一番輝くよう仕立ててくれている、エリスティアは従うしかなかった。
昨日の今日で無理だと思われた結婚式も、周りの頑張りがあってか元々段取りがしてあったかのように滞りなく本日中に行われようとしていた。
小国と言えど一国の王子の結婚式に出席すべく、急な話にも関わらず近隣諸侯がほとんどだが大勢の人が広間に集っていた。
エリスティアが当初着る予定だった母から譲り受けた年代物のドレスとは違う、最新の高級な美しいドレスを身に着け真っ白なベールを纏い登場した。
目指す先にはアレクシスが傲慢そうな笑みを浮かべ待ち構えている。
(私が結婚するのはガイだったはずなのに……)
思ってた結婚式とはあまりに違う急展開に、エリスティアの顔が曇る。
そう思いながらも一歩前へ足を踏み進める。
知らぬ顔ばかりの中、ふとガイと目が合った。
エリスティアの歩みが止まった。
(まさか……)
客席で座っていたガイは悲壮な面持ちで、こちらを恨めし気に見ていた。
立ち止まるエリスティア。周りが不信に思い騒ぎ始める前にガイから顔を背けた。
なんとかアレクシスの元へと再び一歩を踏みしめ向かう。
(なぜここにガイが?)
アレクシスが呼んだのだろうか?
なぜそんな酷いマネが出来るの……?
アレクシスへの疑惑と疑念から、エリスティアは目の前の相手を見るも更に表情が強張ってしまう。
滞りなく式は進んだ。
エリスティアの心中を知ってか知らずか、素知らぬ顔のアレクシスは決然とした声をもって高らかに誓いの言葉を宣言した。
促されるようにエリスティアも震える声でその言葉を復唱する。
それが終わると、被っていたエリスティアのベールをそっとめくり、アレクシスは昨日とは打って変わって慎ましいキスをエリスティアの唇へと落とした。
その直後、広場は盛大な祝福の歓声へと包まれる。
エリスティアは傍観者にでもなったように心は遠く離れ、それを聞いていた。
これにて二人の結婚が皆の前で認められた事となる。
ここからは豪勢な食事と上等なワインが振る舞われ、音に乗せてダンスをしたりといった盛大な宴が始まるのだ。
祝福の言葉が飛び交うが、エリスティアは自分ではない誰か別の人への言葉のような気がしていた。
(本来ならこんなところで笑っていられる身分でもないのに……)
張り付けた笑みも、そろそろ限界を迎えそうなほど堅くなっていた。
沢山の人に紹介されたが、その誰もがエリスティアとは
違い、高尚な肩書の人たちばかりだった。
(この人たちは私のことなんてこれまで一つも知らなかったのに、まるで昔からの知り合いのように話しかけてくる)
上っ面だけの中身のない会話……なのになぜ私は愛想笑を浮かべてアレクシスの隣にいるのだろう。
疲れたので風に当たってくると言い残し、引きとめようとするアレクシスを置いて一人広間を抜け出した。
一人になれる場所を探して外へと出る。いつの間にか外は暗くなっており、室内の熱気に当てられていたエリスティアは、夜風の少し冷たい空気が気持ちいい。おのずと人気のない、明かりも少ない場所へと足が向いた。
やっと一息つけるかと思った時、後ろから声がした。
「君を殺してやりたい」
突然の声に驚いて振り向くと、そこには怒れるガイの姿があった。
普段は温厚なガイの、これほど怒った姿なんてエリスティアは見たことがなかった。
「ガイ……」それほどまでに裏切ってしまったということか。
エリスティアはこれから始まるであろうガイの怒りの言葉に、諦めたように呟いた。
「君を絞め殺してやりたい……君と結婚できる時を小さい頃からずっと夢みて待っていたのに、君は……!」
ガイは力強い足取りでゆっくりと近づいてきた。手は固く握りしめられている。
これまで手を上げられたことはなかったが、暴力を振るわれてもおかしくないこの状況に恐怖を感じてもいいはずだった。なのにエリスティアはそれを甘んじて受ける覚悟で、向かってくるガイを見つめていた。
「こんなことになってしまって、本当にごめんなさい」
アリスティアは何と言えばいいのか分からず、型通りの言葉しか出ない。
謝罪するエリスティアの声も憤怒に燃えるガイには届いてはいないようで、ガイの大きな手がエリスティアのほっそりとした首に巻きついた。
「今までずっと、あんなに大切にしてきたのに、こんな……! こんな!!」
いつでも首を絞められるような状態だ。だがガイは自身の手の中にある、今にも折れそうなエリスティアの首を、まるでひよこでも包んでいるかのように裏切りに震える指で包みこんでいた。
「あなたを愛してるわ」
エリスティアはそんな揺れ動くガイの心情を察するように、その瞳をじっと覗き込みながら告げた。
それは罪悪感から口に出たガイへの慰めの言葉だった。
ガイはしばしエリスティアを見つめた。
その愛らしさに思わず唇を押し付けてきた。
慣れたアレクシスのキスとは違う、痛みを感じる程の荒々しい口づけだったがエリスティアは無抵抗にそれを許した。
ガイはエリスティアの女性らしい柔らかさや温もりを体により刻み込むように、がむしゃらに唇を貪った。
ガイにこんなにも激しい部分があったとは、エリスティアは知らなかった。
口腔に押し込まれたガイの舌がエリスティアの舌を絡め取る。エリスティアはされるがままにそれを許した。
首にあった手は、今はエリスティアの体をまさぐるように抱きしめていた。
エリスティアの体を余すところなく探るように手を伸ばす。
一人燃え上がるガイをよそに、エリスティアはどこまでも冷静だった。
「エリスティア……」
一通りキスに満足したらしいガイが口を放した。
「そこで何をしている」
突如声がした。
二人が振り向いた先にいたのはアレクシスの姿だった。
「けっこん……?」
その言葉の意味が分からないとでも言うように、ポカンとして繰り返した。
「そうだ」
言い聞かせるようにアレクシスが言う。
「で、でも私は婚約して……」
「そうだ、婚約者がいるのにも関わらず俺に抱かれたお前はアバズレだ」
「そんな言い方……」
親密な触れ合いの直後に、そんな言葉を投げられるとは思ってもみなかった。
「諦めろ。いずれにしろ俺たちは結婚する以外に道がない」
「でも……ガイになんて言えば……」
突然のことに混乱してエリスティアは言葉が出てこなかった。
「……昔は初夜の翌朝、処女の血を窓枠に純潔の証として晒していたそうだな」
思い出したようにアレクシスが言う。
しかしエリスティアはガイや家族に何と言えばよいのか分からず、上の空で聞き流した。
「あんなに大きな声で喘いでいたくせに、今更なんだというんだ!」
口調から怒り始めているのが分かったエリスティアは、顔をパッと上げた。
「いいか、お前は明日俺と結婚するんだ」
言い聞かせるようにアレクシスが宣言する。
「明日!?」
急すぎるだろう、どう考えても。
「文句でもあるのか」
眉根を寄せるアレクシス。
「無理です!そんな明日なんて」
激しく首を振る。
「つべこべ言わず言う通りにしろ!」
中々首を縦に振らないエリスティアに怒鳴るアレクシス。
「でも……」
「俺は別の部屋で寝る。お前もさっさと寝ろ!」
アレクシスはそう言い残し、いつの間にか床に落ちていた湿ったタオルを再び腰に巻き、足音も荒く部屋を出て行ってしまった。
エリスティアは一人、アレクシスの寝室に取り残される。
一人になっても、さっきあった事を思うとエリスティアは中々寝つけなかった。
(なぜこんな事になってしまったのだろう……)
枕に顔をうずめると、ラベンダーとアレクシスの香りがした。
――――朝方まで悶々としていたエリスティアは、昨日のお喋りなメイドに起こされた。
「おはようございます。エリスティア様」
いつもより寝心地の良いベッドに横になっていた為、いつの間にか寝入ってしまっていたようだった。
「おはよう、ミレディ」
寝ぼけまなこで返事を返したエリスティアだったが、自身が裸でいたことに気づき慌ててシーツを手繰り寄せる。
見るとアレクシスに破かれた服は既に取り除かれていた。
着る服の無いエリスティアが困っていると、メイドが新しいドレスを広げてみせた。
手伝おうとするメイドを振り切り、エリスティアはいつも通りコルセットは着けずに渡されたドレスを身に着ける。不思議とサイズはぴったりだった。手早く髪を整える。
支度が終わるとミレディが部屋まで案内してくれるという。
廊下を歩いていると、皆忙しそうに動き回っていた。城中がバタバタしている様子に、聞くと『急な結婚式の準備』とのことだった。
エリスティアは聞かなければよかったと後悔した。
案内された部屋にアレクシスはいなかった。少し安堵し中へと入る。
そこは暖かな日差しの入る部屋で、別のメイドが紅茶を入れてくれていた。テーブルには焼きたてのパンと温かなスープにオムレツとサラダが並んでいる。
エリスティアからすればいつもより遅い朝だった。もっと早くに家へと帰るはずだったのだが、寝過ごしてしまったのだ。
(昨日は言わずにふらりと出てきてしまったから、家族は心配していないかしら?)
そんな事を考えながらエリスティアは紅茶を口にした。美味しい。
ノックの音が響く。
返事をすると、入ってきたのは貫禄のあるマダムだった。後ろに自身の小間使いを何人も従え、ぞろぞろと入ってきた。
有名な仕立て屋なのだろうか、奇抜なドレスを身を包んでいるが不思議と似合っていた。指に煌めくゴテゴテした宝石の輝きが眩しい。
挨拶もそこそこにドレスの仕立てが開始される。
言われるがままエリスティアはマダムの持ってきた最新の美しいドレスに身を包み、寸法を直すべく待ち針が止められていく。
それが時たま肌を突き刺し、痛みに震えが走った。
エリスティアは言われるがまま、文字通り針のむしろになっていた。
「今日はお食事はお控えになってくださいましね、お嬢様」
気取った異国風の訛りでマダムが言う。
「えっ、でも私まだお茶しか飲んでない……」
起きて早々にこの作業が始まって、目の前の美味しそうなご飯はすっかり冷めてしまっている。お茶だけではお腹もペコペコで、今にも腹の虫が鳴きそうだった。
「ドレスが入らなくなっては大変ですもの。お茶もあと一杯だけにしてくださいましね」
威厳たっぷり、貫禄たっぷりに脅すようにマダムが言った。
エリスティアにもさすがに分かっていた。これは普段エリスティアがコルセットも無しに着るドレスではないと。その綺麗な純白のドレスは繊細なレースがふんだんにあしらわれており、見るからに高そうな生地で仕立てられようとしていた。
そのドレスが一番輝くよう仕立ててくれている、エリスティアは従うしかなかった。
昨日の今日で無理だと思われた結婚式も、周りの頑張りがあってか元々段取りがしてあったかのように滞りなく本日中に行われようとしていた。
小国と言えど一国の王子の結婚式に出席すべく、急な話にも関わらず近隣諸侯がほとんどだが大勢の人が広間に集っていた。
エリスティアが当初着る予定だった母から譲り受けた年代物のドレスとは違う、最新の高級な美しいドレスを身に着け真っ白なベールを纏い登場した。
目指す先にはアレクシスが傲慢そうな笑みを浮かべ待ち構えている。
(私が結婚するのはガイだったはずなのに……)
思ってた結婚式とはあまりに違う急展開に、エリスティアの顔が曇る。
そう思いながらも一歩前へ足を踏み進める。
知らぬ顔ばかりの中、ふとガイと目が合った。
エリスティアの歩みが止まった。
(まさか……)
客席で座っていたガイは悲壮な面持ちで、こちらを恨めし気に見ていた。
立ち止まるエリスティア。周りが不信に思い騒ぎ始める前にガイから顔を背けた。
なんとかアレクシスの元へと再び一歩を踏みしめ向かう。
(なぜここにガイが?)
アレクシスが呼んだのだろうか?
なぜそんな酷いマネが出来るの……?
アレクシスへの疑惑と疑念から、エリスティアは目の前の相手を見るも更に表情が強張ってしまう。
滞りなく式は進んだ。
エリスティアの心中を知ってか知らずか、素知らぬ顔のアレクシスは決然とした声をもって高らかに誓いの言葉を宣言した。
促されるようにエリスティアも震える声でその言葉を復唱する。
それが終わると、被っていたエリスティアのベールをそっとめくり、アレクシスは昨日とは打って変わって慎ましいキスをエリスティアの唇へと落とした。
その直後、広場は盛大な祝福の歓声へと包まれる。
エリスティアは傍観者にでもなったように心は遠く離れ、それを聞いていた。
これにて二人の結婚が皆の前で認められた事となる。
ここからは豪勢な食事と上等なワインが振る舞われ、音に乗せてダンスをしたりといった盛大な宴が始まるのだ。
祝福の言葉が飛び交うが、エリスティアは自分ではない誰か別の人への言葉のような気がしていた。
(本来ならこんなところで笑っていられる身分でもないのに……)
張り付けた笑みも、そろそろ限界を迎えそうなほど堅くなっていた。
沢山の人に紹介されたが、その誰もがエリスティアとは
違い、高尚な肩書の人たちばかりだった。
(この人たちは私のことなんてこれまで一つも知らなかったのに、まるで昔からの知り合いのように話しかけてくる)
上っ面だけの中身のない会話……なのになぜ私は愛想笑を浮かべてアレクシスの隣にいるのだろう。
疲れたので風に当たってくると言い残し、引きとめようとするアレクシスを置いて一人広間を抜け出した。
一人になれる場所を探して外へと出る。いつの間にか外は暗くなっており、室内の熱気に当てられていたエリスティアは、夜風の少し冷たい空気が気持ちいい。おのずと人気のない、明かりも少ない場所へと足が向いた。
やっと一息つけるかと思った時、後ろから声がした。
「君を殺してやりたい」
突然の声に驚いて振り向くと、そこには怒れるガイの姿があった。
普段は温厚なガイの、これほど怒った姿なんてエリスティアは見たことがなかった。
「ガイ……」それほどまでに裏切ってしまったということか。
エリスティアはこれから始まるであろうガイの怒りの言葉に、諦めたように呟いた。
「君を絞め殺してやりたい……君と結婚できる時を小さい頃からずっと夢みて待っていたのに、君は……!」
ガイは力強い足取りでゆっくりと近づいてきた。手は固く握りしめられている。
これまで手を上げられたことはなかったが、暴力を振るわれてもおかしくないこの状況に恐怖を感じてもいいはずだった。なのにエリスティアはそれを甘んじて受ける覚悟で、向かってくるガイを見つめていた。
「こんなことになってしまって、本当にごめんなさい」
アリスティアは何と言えばいいのか分からず、型通りの言葉しか出ない。
謝罪するエリスティアの声も憤怒に燃えるガイには届いてはいないようで、ガイの大きな手がエリスティアのほっそりとした首に巻きついた。
「今までずっと、あんなに大切にしてきたのに、こんな……! こんな!!」
いつでも首を絞められるような状態だ。だがガイは自身の手の中にある、今にも折れそうなエリスティアの首を、まるでひよこでも包んでいるかのように裏切りに震える指で包みこんでいた。
「あなたを愛してるわ」
エリスティアはそんな揺れ動くガイの心情を察するように、その瞳をじっと覗き込みながら告げた。
それは罪悪感から口に出たガイへの慰めの言葉だった。
ガイはしばしエリスティアを見つめた。
その愛らしさに思わず唇を押し付けてきた。
慣れたアレクシスのキスとは違う、痛みを感じる程の荒々しい口づけだったがエリスティアは無抵抗にそれを許した。
ガイはエリスティアの女性らしい柔らかさや温もりを体により刻み込むように、がむしゃらに唇を貪った。
ガイにこんなにも激しい部分があったとは、エリスティアは知らなかった。
口腔に押し込まれたガイの舌がエリスティアの舌を絡め取る。エリスティアはされるがままにそれを許した。
首にあった手は、今はエリスティアの体をまさぐるように抱きしめていた。
エリスティアの体を余すところなく探るように手を伸ばす。
一人燃え上がるガイをよそに、エリスティアはどこまでも冷静だった。
「エリスティア……」
一通りキスに満足したらしいガイが口を放した。
「そこで何をしている」
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