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ソフィアの最後

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 大聖堂の一室を与えられ、私は監視があるが比較的自由に過ごした。
 だけどそれも終わりだ。
 私の処刑が今日行われるからだ。
 私を連れ出すのはヒューゴ司祭の役目だった。

「今日が最後の日だが、あまり悲観そうな顔ではないな」

 お菓子を食べ終わった後は、娯楽も無いので本を読んで過ごしていた。


「だってジタバタしても仕方が無いでしょ? お願いしたら、死んだことにして他国へ逃がしたりしてくれますか?」
「それがお望みとあれば」


 こんな時に冗談で返すとは。ただもちろん望みはある。

「クリスとまた会いたいです」
「それだけは叶いませんね」

 やはり彼とは会えないのか。だがそれがいいのかもしれない。
 もし会ってしまったらきっとお別れが辛くなる。
 それに彼はきっと暴れてしまうだろう。

「怒っているかな……」


 私がこうして大人しくしているのは、ヒューゴとの約束だから。
 魔女である私が全ての罪を被ることで、彼を助けてもらうという。
 だからこそ魔女の秘薬の研究にも協力してもらい、始祖を討つことができたのだ。

 コンコン、と部屋をノックする音が聞こえ、ヒューゴは外へ出る。
 そしてすぐに戻ってきた。

「王太子殿下が面会を求めているがどうするかね」
「殿下が? 構いませんわ。前のことのお礼も述べておりませんから」

 元婚約者である彼とは色々あった。そんな彼が来るとは思ってもみなかった。
 すぐにリオネスがやってきた。
 しかしどうしてリオネスは頬が腫れているのだろう。


「久しぶりだね」
「はい。王太子殿下こそ。お約束をお守りくださりありがとう存じます」
「あの棟でのことか。君との約束だったからね。自分の正体を露わにする代わりに、魔女の始祖をおびき寄せる。だけどあれは失敗に終わった」


 彼と二人っきりになったときに、交換条件を出したのだ。
 彼は魔女にいいように利用された可哀想な男、そして私はそんな悪い魔女であるということを知らしめる。
 そうなれば彼の名声に傷が付くこともない。
 人々は、誰もが私とクリストフの関係ばかりに注目するのだから。


「あの日猊下が幽閉され、僕は内通者の協力もあってあの男を助け出した。どうしてそうしたのか分からない。だけどそうせざるをえなかった。おかげで重い一撃をもらったけどね」

 どうやら頬の腫れはクリストフによるものらしい。
 だから彼が来れたのか。



「最後までご配慮くださりありがとう存じます」


 私は頭を下げた。色々とぶつかることも多かったが、これで本当に全てが終わりだ。


「さて、僕はこれで失礼する。あまりここに居ても気持ちが重くなるだけだろう」

 そう言って彼は部屋から出て行った。

「あの男を最後に殺さないでいいのかね?」
「司祭とは思えない物騒な発言ですね。ですがいいです。今となっては全て過ぎたことですから」
「そうか……さて、時間だな」

 私もとうとう中央広場にある処刑場へ向かうことになった。
 両手に手錠をはめられて、足には重りを付ける。


 馬車から外が見えないようになっているが、外から大勢の声が聞こえてきた。
 どんどん体が震えてくる。

「寒いのか?」
「いいえ……いくら取り繕っても駄目ですね。体と心は正直です」

 命の時間がどんどん短くなっていくのを感じた。私は今日公開処刑を受けるのだ。
 死にたくない。だけどこれが私の選んだ道だ。
 後悔はない。だが未練はあった。彼と過ごしたかった日常を。

「そうか……」


 ヒューゴは小さく呟き、それ以降は沈黙していた。
 処刑場にたどり着き、ヒューゴと供に歩き出す。


 一歩歩く毎に人々の熱気を感じる。前方には私の処刑を観に来た、たくさんの民衆がいることであろう。階段で高い台を昇ると、処刑を観に来た者達が見えた。

 色々な目がこちらを向いている。
 ただ見物しに来た者。
 可哀想な目で見る者。
 そして畏怖する者。
 多種多様だ。

 私の隣には不気味な女性のような鉄の人形が置いてあった。

「これは?」
「今回の処刑器具だ。剣を穴に刺して殺す……」
「ギロチンかと思っていました」
「……私からの配慮だ。誰にも見えず、死の形相も見せることなく死ぬだけだ」


 でもギロチンと違い、こちらの方が死ぬ苦痛が長そうでどっちにしろ嫌だ。

 そして処刑が始まった。

「これより異端審問によって暴かれた魔女ソフィア・ベアグルントの処刑を執り行う」


 ざわざわと周りも騒がしくなる。一人の神官が罪状を読み上げる。

「魔女ソフィアが犯した罪を読み上げる。一つ、人々を欺き、魔女であることを隠匿したこと、二つ、魔女の力で世を混乱させたこと、三つ魔女あること、以上を持って処刑に処する」


 淡々と述べられる。
 あとは私の処刑を――。

「おっと、ただ殺すのでは面白くもないな」
「うっ!」

 突然にも私の髪を掴まれ、強く引っ張られた。
 予定していなかったことなのか神官達も騒がしくなっていた。

「急にどうしたのよ……」


 こんなことは予定になかったはずだ。
 ただ私を殺すだけで終わるはずなのに、明らかにヒューゴの暴走だ。


「民達よ、これが魔女の顔だ! これまで畏怖されてきた人ならざる者だ! 驚いたか? 普通の少女であることが! この女のしてきた罪を知っているものはいるか!」


 ヒューゴに返事する者はいない。それよりも身内側から反発が出た。

「おやめなさい、ヒューゴ! その方をそれ以上辱める行為は許しません!」
「ははは、セリーヌ様、何を仰いますか。この女は汚らしい魔女ですよ。人間じゃない!」

 セリーヌの言葉にヒューゴは笑い出した。
 普段笑わない男だが、まるで狂気に満ちたような高笑いをする。


「おやおや、良いタイミングで来ますね」


 全員が固唾を呑む中で、広場が騒がしくなってきた。馬で駈ける騎士達がいた。

「あの紋章は大貴族のベアグルント家グロールングの両家か!?」
「まさか魔女を助けに!?」

 戦闘を走るのはお父様やブリジット、そして私の大事な騎士達だ。
 未だに引っ張られるせいで髪が痛いが、それよりも目の前の光景に困惑した。

「どうして……」


 明らかに戦意がある。これでは私が犠牲になる意味がなくなってしまう。
 広場がどんどん混沌になっていく。

「娘を助けろ!」
「ソフィアさんを死なせてはだめよ!」


 迫り来る騎士達は他にもいた。それは私が飢饉で援助した領地も含まれている。
 だがヒューゴはそれを無視して話を続ける。


「魔女を助けようとするとは愚かな事だと思わないか! たとえ、飢饉から国を守ろうと、国に害をなす者達を止めようと、お前達は無関心を貫き通すのだろ! 神官達よ! あの者達を止めろ!」


 ヒューゴは命令を飛ばして、迫り来る軍勢に神官達を差し向けた。
 広場で大乱闘が起きている。

「俺の女から……離れろ!」


 獰猛な声が聞こえたと同時に、ヒューゴの腕に鎖が巻き付いた。
 いつの間に接近していたのか。
 だがそれにヒューゴは一切の動揺を見せない。


「来たか、黒獅子。貴様とは決着を付けようと思っていたところだ。お前達、魔女をその人形の中へ入れろ!」


 神官達に私を任せてヒューゴは戦いに行く。

「ヒューゴ! クリスももうやめて! 離して!」

 神官達は私を人形に押し込もうとする。
 死ぬ覚悟は出来ていた。
 だけどそれよりもみんなを止めないと、全員が正教会に敵とみなされて殺されてしまう。


「無駄なことをする! これは反逆であるぞ!」
「だからどうした! ソフィーが何をした!」


 二人の拳がぶつかり合う。何度も拳を打ち、一切の手加減がなかった。


「あの惨状を見たであろう! あれが魔女の力だ! 人ではない! どんな善行を積もうとも魔女は全て滅ぼすべきだ!」


 ヒューゴの身体能力が急激に上がった。手にいつの間にか、サックがはめられていた。
 クリストフの腹を打つ。

「ぐっ……魔女であるからと彼女の価値を決めるな!」



 彼はヒューゴの頭を抱えて、膝で蹴り上げた。
 お互いに一撃を与え合い、それでもぶつかりあった。

「助けてみせろ! お前達がのうのうと休んでいる間にあの娘は戦っていた。何回も生き返り、そして今日を迎えたのだ! 平和の世の中に化け物はいらない! そう思っているから間抜け面でこの公開処刑を観に来ているのだろ! お前達は自分の屑さと間抜けさを後悔しておけばいい! 俺のように何もできないことを後悔すればいい!」


 ヒューゴの言葉は全員の肝を冷やさせる。本気でこの処刑を実行しようする決意すら感じた。

「ソフィア・ベアグルントよ、選べばいい! 貴様がその人形に自分から入れば、この者達の処遇は軽くしてやろう! だがここから逃げ出すのなら正教会に楯突く異端として全員を処刑してやる!」


 二人の戦いは熾烈だった。大地がふるえ、空気が熱い。拳が地面を破壊した。
 その時、クリストフは一瞬の隙を突いて、私を捕まえていた神官達を鎖でなぎ払った。


「ソフィー! 俺がなんとかする! だからこっちへ来い!」

 他の神官が私を捕まえようと近づく。
 今なら逃げ出せるだろう。だけど足が進まなかった。

「できないよ! 私がそっちへ行ったらみんな殺されちゃうんだよ!」


 私だけ死ねば全て収まる。このまま長引けばそれだけみんなの罪が重くなっていく。
 私は人形の中へ自分から入ろうとした。


「ソフィアさん、駄目です! 貴女は何も悪いことをしていないのですよ! 聖女様、本当にこれが正しいのですか! 彼女は英雄ではないのですか!」


 ブリジットの声が届き、セリーヌもまた止めるように言う。

「双方おやめなさい! 今回の処刑はいったん保留にします!」


 セリーヌの声で安堵する者もいた。
 だがヒューゴはそれを邪魔をする。


「神官達よ! 今日の処刑は教王の御意志だ! たとえ聖女でも止めることは許さない! 選べ、ソフィア・ベアグルント! そしてここにいる国民へ後悔を教えてやれ!」


 ヒューゴは本気だ。絶対に私を処刑する。これは誰もが確信した。
 だからこそ私が決めないといけない。

「みんなやめてえええ!」

 大声を叫ぶと、ようやく戦いが収まった。
 そして私は自分から人形の中へと入った。


「私が死ぬから……だからもうやめて!」

 これでいいのだ。これで全てが終わる。
 だが彼はまだ諦めない。


「なぜ諦める! 君が死ぬ必要なんてないんだ!」
「あるよ! そうしないとみんな助からないんだよ!」

 教王の命令は絶対だ。もし逆らえばきっと全員が不幸な未来が来る。
 そんなのは望んでいない。それに十分叶ったのだから。


「わたしね、嬉しかったの……みんなが助けに来て……だって未来では私の死をみんなが望んでいたんだよ! 毎日罵倒されたり、石を投げられたり、賞金も付けられて追い回されたり……でもこんなに危険なのに助けに来てくれて……嬉しいから……みんなには死んでほしくない……」

 涙がどんどんこぼれていく。
 死にたくない。
 生きたい。
 このまま逃げ出したい。
 だけどそれはみんなの命とは代えられない。

「クリスと一緒に居て毎日が楽しかった……一緒にお散歩して、美味しい物を食べて……クリスの顔も匂いも性格も全部好きだよ……一緒に生きたかったよ……でも私は魔女だから生きちゃいけないんだよ」
「そんなことはない! どけえ! ヒューゴどいてくれ!」


 人形の蓋が閉められていく。光が遮られていく。

「生まれ変わったら……また私を好きに……なってくれますか……」
「ソフィー!」

 ガタンっと人形が完全に閉じた。



「何度も言わせるな! 貴様達には助けられない! あの娘が魔女であると知れ渡るしかこの国は守れなかったのだ! 全ての者が責任を持て! 一人の女に全てを任せきったことをな! お前達! 剣で突き刺せ! 処刑を実行する」

 その言葉を最後に――

 ~~☆☆~~

 やめろ! やめてくれ! 
 もう目の前にいるのに、ヒューゴが邪魔をする。
 彼女は人形の中へ入り、神官達が一斉に剣を人形へと何本も差し込む。
 剣には血が付いており、彼女の断末魔が聞こえてくる。
 大量の血が人形からこぼれていく。
 それはもう人が助かる量ではない。


「ソフィー……」

 膝から崩れ落ちるしかなかった。
 敵が目の前にいるのに、完全に無防備になって、彼女が死にゆく様子をただ黙って見ているしかなかった。

「いや……きっと彼女の魔法がまた過去に……」


 俺は目をつぶって目をまた開けた。
 だが景色は変わらない。
 彼女は未だに人形の中だ。
 涙がこぼれ、頭が考えるのを拒否した。
 彼女が魔女でなくなったことをこれほど後悔したことはなかった。
 やっぱり二人で逃げればよかったのだ。
 また俺は救えなかったのだ。

「うおあああああああああ!」

 ただ子供のようにわめくしかできなかった。
 彼女の笑顔を守れなかったのだ。
 雨が降り始めてきた。

 この場に来た騎士達全てがただ立ち尽くす。
 これほどの数を揃えたのに、一人の少女も救えなかったのだ。

 そして神官達すら誰も喜んでいなかった。
 いったい今日は誰にとっての良き日なのか。



 ソフィア・ベアグルントは――。

 死んだ。
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