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大いなる加護

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 ~~☆☆~~
 クリストフ視点


 何も見えない。動けない。
 ソフィーが魔女だとバレてしまい、俺は彼女を守れず、無様に気絶した。
 起きたときには、俺は拘束具か何かで縛り上げられているのだ。
 自由なのは、口と鼻、耳のみだ。
 一日二食運んでくれるため、なんとく時間は分かる。その時にソフィーのことを聞いてみるが、命じられているのか誰も話をしようとしない。

 本当に情けない。

 彼女を守ると言ったのに、結局は何も守れず、未来を変えられずに彼女を失ってしまうかもしれない。

 それを考えた瞬間、力が入り拘束具を引きちぎろうとしたが、俺の力でもびくともしない。
 だがそれでも彼女を救うために歯を食いしばって力を込め続けた。

 しばらく続けると扉を開く音が聞こえた。
 食事を運ぶには早いと思ったが、気配が二つある。

「クリストフ司祭……! このようなお姿なんて……」

 涙する女性の声だが聞き覚えがあった。

「その声はクロエ君……か? どうして君が?」
「今日の食事を運ぶ当番は私ですので……すぐに解放します」

 そんなことをすれば君もタダでは済まない、と言いかけて口をつぐんだ。
 彼女だってそれは分かっている。
 しかしどうして彼女はこんなことをしてくれるのか。
「外れました!」

 拘束が外れようやく自由の身になった。
 薄暗い独房でも、久々に光を見たらまぶしく感じた。近くにいるクロエ君を視認し、もう一人いるであろう人物を見て目を疑った。

「リオネス……殿下?」

 なぜ元ソフィーの婚約者だった男が……散々邪魔してきたこの男がいるのだ……。

 ~~☆☆~~
 見世物のような時間は終わり、今はヒューゴ司祭によって空を運ばれる。
 鉄格子で囲われているのにどうしてか熱を感じない。まるで罪人のように質素な服に、声が発せられないようにマスクが付けられている。
 逃げるつもりはないが、魔女の力を持つ私が自由なのは相手側も不安であろう。
 私の前に布袋か投げられた。


「拾っておけ。戦場が近い」


 ヒューゴはこちらを振り返らず喋った。布袋を開けようとしたときにまた喋り出した。

「これは独り言だ。この戦いが終われば、結果に関わらずソフィア・ベアグルントを始末しろと指令が下された」


 やはりそうなったかと思ったのと同時に死にたくないという気持ちが芽生える。
 司祭であるヒューゴに命じられるのは、元老院クラス。
 もしかすると教王がそうお決めになったのかもしれない。


「人は勝手だ。自分の役に立つときは頼ってくるのに、いざ自分に火の粉が来れば石を投げる。魔女狩りをしていれば何度もその光景を見た」

 魔女を匿っていたと疑われたら、その者も厳しい罰を受ける。
 そうなればたとえ魔女が親しい間柄であっても見捨ててしまうだろう。


「勘違いしてもらいたくないが、私が君を殺すのは確定事項だ。ただし君にも選ぶ権利がある。人を助けるという善行をして死ぬか、もしくは同じ苦しむを他の者達にも与えるか」


 私の覚悟を問うものだ。こちらを見ずとも窺っているのがわかる。
 ただ自分の中で答えはすでに出していた。
 ヒューゴもそれを感じ取ってか次に進む。

「だがこれではあまりにも不憫だ。だから私は善行を行った君に一つだけ願いを聞こう。考えておくといい」


 願いごとはたくさんある。ずっと気が済むまで眠っていたいし、美味しいものをたくさん食べたい。
 一番はやはり彼と一緒に過ごすこと。
 だがこれは叶えられない願いだ。

 肌を襲う威圧がやってきた。
 戦場へ着いたのだ。


 眼前に広がる魔物の数、そしてそれを戦う騎士や神官。
 いくら正教会の戦力があろうとも、数の前には防戦一方のようだ。
 戦況を変えられる方法はただ一つ、強大な力のみ。
 布袋を開くと鍵と薬品が入っている。鍵でマスクを外した。

「すぅ――」

 息を吸うと、全身に冷たい酸素が行き渡るようだ。
 久しぶりにしっかりと息を吸い込んだ気がする。
 すると急に目の前に綺麗な衣が目の前に現れた。

「それを羽織れ。遠目からは聖女に見えなくもない。今回はセリーヌ様が同行していないが士気は上げる必要がある。それに少しは炎等に耐性もある特別な衣だ」


 始祖と戦うのだから良い装備はいくらあっても足りない。
 ありがたく白い衣も羽織った

「準備は良いか?」


 青の薬品の瓶を呷った。先日にガハリエと戦った時に飲んだ薬だ。
 体が熱くなり、体の内側から刺されるような痛みが襲ってくるが次第に収まる。

「ええ、いつでもいいわ」


 どんどん降下していくと、魔物と戦っている者達もこちらに気付く。


「あれはセリーヌ様か?」
「いいや、あれは罪人を運ぶものだ」
「罪人……そうなると、聞いていた魔女の娘だな」


 戦いは激しく、どうにか戦況を維持しているようだ。千の魔物の群れによく戦っている状況ともいえる。
 絶望的な状況で、恐れていた破壊の力が助けになったときに人はどう思うのだろうか。


「グルルル! ガウッ!」


 獣たちが私を見てよだれを垂らしていた。
 まるで魔女を食べたくてたまらないかのように。
 もしかすると魔物達は私の魔女の匂いを辿ってきているのだろうか。

「やはり来たな。ソフィア・ベアグルント」


 気持ち悪い声が降り注いでくる。
 姿は見えず、声だけこちらに飛ばしているようだ。


「この魔物達が何に引き寄せられているか分かるか? 其方の魔力が惹きつけているのだ。何をしたのかは知らないが、魔力を上げれば上げるほど魔物達は気が狂ったように求めるだろう。戦場の屍を作ったのは貴様だ! 貴様の存在がこのような惨状を生み出したのだ!」


 空からはよく見える。魔物や人の動きが。その中には魔物に食い殺された後だと思われる死体がいくつも転がっていた。
 ガハリエの言葉は、兵士や神官達へ向けた言葉であろう。
 私を孤立するために。


「ガハリエの言葉に惑わさ――」
「分かってる」



 ヒューゴの言葉を遮った。
 相手の魂胆なんてお見通しだ。そう自分に言い聞かせた。
 そうしなければ、心を保てない。
 虚勢を張らなければならない。

「無駄よ。私は今日ここで貴方を討って魔女の因縁に決着を付ける。そうすれば私も魔女では無くなる。全てが良い方向へ向かうのよ!」


 今日を逃してはならない。ガハリエは神官から追われて満足に回復ができていないはずなのだから。


「ガルルゥ!」


 サーベル風の魔物が私目がけて突進してくる。
 手を前に掲げて自分の力に集中した。
 理性を失っているかのようによだれを垂らしながら、牙をこちらへ向けてきた

「ごめんね……魔女の力よ、解き放て!」

 罪の無い魔物への謝罪後に、目の前へ直線上に力が放たれた。
 火柱が立ち、距離が離れる毎に弧を描きながら扇状に火柱が魔物達を包み込んだ。


「魔物が一瞬で……」
「これが魔女の力……なのか?」


 兵士や神官が人外の力に唖然としていた。
 これまで苦戦していた魔物達が一瞬で焼き尽くされたのだから、驚くのも無理が無いだろう。
 これで本物の化け物になったのだ。
 覚悟を決めていてもやはり気分が下がり、顔も自然と下を向く。

「神官達よ! 声を上げろ!」



 ヒューゴが大声を上げた。
 それに神官達も注目する。


「神に仇なす敵の戦力は削いだ! 最高神の導きを示せ! 我々には大いなる力の加護がある! 戦え!」

 おおおお!、と神官達は武器を上げて雄叫びを上げた。
 それに呼応するかのように兵士達の部隊も声を上げた。

「私の娘が開いた道だ! ベアグルント家の勇猛な戦士達よ! 娘の呪いを解くため、全力で戦え!」


 遠くからお父様の声が聞こえた。一瞬だけこちらへ目を向けた後は一目散に戦場を走る。


「この戦いに魔女であることは関係ない」

 ヒューゴが私へ語りかける。

「全員の共通の敵は魔女の始祖のみだ。そのためなら私は全てを利用しよう。たとえそれが魔女であろうともな」


 ひねくれた言い方だがおそらくは私を気遣ってのことだろう。
 だけど今は味方であるという証明だ。
 この調子でどんどん力を使おうとしたが、急に胸の痛みがやってきて、両膝を突いた。
 まるで体がバラバラになりそうなほどの苦痛が襲う。
 大いなる力の代償がやってきたのだ。
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